↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/100

第十一話 パンを求めた民衆に、騎兵が突撃した

城門前の広場に、鐘が三度鳴った。

「最後の警告だ。解散しろ!」

城壁の上から兵士が叫ぶ。

だが、背後まで続く群衆には声が届かない。

前列の男が後ずさると、後列の者はそれを前進の合図と勘違いして押し寄せた。

騎兵の蹄が石畳を打つ音に、子供を抱いた女が振り向いた。

逃げる方向には倒れた老人がいた。

エリクは麦袋を置き、老人の腕をつかんだ。

命令を出す者には、この距離が見えていない。

エリクはクリスを荷車の陰に座らせた。

「ここから動くな。ガルムさん、妹をお願いします」

「お前はどうする」

「子供が門の前に挟まれている」

鉄の盾が一斉に前へ出た。

群衆の先頭にいた女が転び、抱えていた空の木椀が石畳を転がる。

「押すな! 倒れてる人がいる!」

エリクの声は怒号に消えた。

門の脇から、鎧を着た騎兵が二十騎現れる。

先頭の指揮官は広場を見下ろし、ためらうように手綱を握った。

「道を開けろ。突撃の用意!」

その隣の若い騎兵が言った。

「隊長、あそこには子供もいます」

「命令だ。城門を破らせるな」

「ですが、逃げ道がありません」

指揮官は答えなかった。

手が上がる。

「突撃!」

馬蹄が石畳を叩いた。

群衆は一斉に背を向けたが、後ろにいる者は何が起きたか知らず、前へ押し続ける。

転んだ人間の上に別の人間が倒れた。

エリクは老人の腕を掴んだ。

「立ってください!」

「脚が……動かん……」

老人の足首は曲がっていた。

エリクは肩を貸そうとしたが、老人は立てない。

背後で馬がいなないた。

「エリク!」

ガルムが横から飛び込み、エリクを突き飛ばした。

騎兵の刃がガルムの肩を裂く。

血が石畳に散った。

「ガルムさん!」

「俺を見るな! その爺さんを引っ張れ!」

ガルムは斧の柄で馬の鼻先を打った。

驚いた馬が横へ逸れ、騎兵の列にわずかな隙間ができた。

エリクは老人の脇に腕を入れ、ガルムと二人で路地へ引きずり込んだ。

しかし老人は首を振った。

「俺より……向こうの子を……」

広場の端に、小さな少女がうずくまっていた。

エリクが走り出そうとしたとき、城壁の上にいた若い兵士が路地の奥の戸を開いた。

馬蹄の音が消えたあとも、石畳には逃げ遅れた人々の荷物が散らばっていた。

命令を下した者の顔より、その荷物の持ち主をエリクは思い浮かべた。

「こっちだ! 裏の通路を使え!」

「どうして助けるんです」

兵士は答える前に、広場を見た。

「俺の母も配給を待っていた。さっき、馬の下敷きになった」

馬蹄の音が近づいたとき、エリクは列の後ろにいた老人の腕を引いた。

走れる者だけが逃げれば、倒れた者が踏まれる。

彼は人々を路地へ誘導しながら、麦を求める声が命乞いに変わるのを聞いた。

その目には涙がなかった。

「俺は、何を守っていたんだろうな」

エリクは答えられなかった。

兵士が戸を開けている間に、少女と老人を地下室へ運び込んだ。

ガルムの肩の傷には布を押し当てたが、血はなかなか止まらない。

日が暮れても広場の叫び声は途切れなかった。

後に千人以上が死傷したと記録されたが、その夜、正確な人数を数えられる者はいなかった。

エリクは拾った木椀を少女の手に戻した。

椀は空だった。

城門の内側には麦がある。

外側には死者がいる。

両者を隔てているのは、たった一枚の扉だった。

「次は、扉を開ける方法を考える」

負傷者を運ぶ若い兵士は、地面の血を見ないようにしていた。

自分が押し戻した列の中に、妹と同じ年頃の少女がいたからだ。

「命令だった」と呟く声をエリクは聞いた。

命令に従った者にも家族がいる。

だが、その言葉で倒れた人は起き上がらない。

エリクは少女の名前を聞き、空の椀の底に小さく刻んだ。

エリクは震える声で言った。

「もう誰にも、パンを求めて死んでほしくない」

槍が突き出される直前、クリスは倒れた子供の手を離さなかった。

「逃げろ!」とエリクが叫ぶ。

「この子を置いて?」

その問いに、彼は返す言葉を失った。

自分もまた、妹だけを連れて逃げれば助かると考えていたのだ。

ガルムが荷車を横倒しにし、狭い退路を作った。

カールは騎兵の前へ歩み出て、武器を持たない群衆を指さした。

「ここで殺せば、明日から誰が畑を耕す」

騎兵の隊長は答えなかった。

ただ、若い兵の槍先が震えていた。

エリクは初めて、敵の鎧の下にも飢えと恐怖があるのだと気づいた。

だが気づいたからといって、突撃が止まるわけではない。

「右へ! 子供と動けない者から!」

エリクは叫び続けた。

全員を助けられないと知っていても、次の一人を諦める理由にはならなかった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。