第16魔:これで邪魔者はいなくなったことだし
「よし、ここまで来れば、とりあえずは大丈夫だ」
キングオークを撒いたギルは、そっと私を下ろした。
「あ、ありがと……。ゴメンね、私が不甲斐ないばかりに……」
「いや、セレナの体調への気遣いが足りなかった、俺にも責任はあるよ。……ゴメンな、俺はセレナのパートナーなのに」
「そ、そんなことないわ!」
「――! ……セレナ」
思わずギルの手を握る。
ギルの手は、今日も分厚く硬く、逞しかった――。
「悪いのは私なの……。私、ギルを失うのが……怖くて……」
「……! セレナ――」
ギルは翠の目を、大きく見開いた。
「この前ギルが死にかけた時、私、心臓が張り裂けそうだった……。その時気付いたの――私の中の、ギルの存在の大きさに……」
「……」
私の視界が、水の膜で歪む――。
「もう私――ギルがいない人生なんて考えられない。だからまたギルを傷付けてしまうかもと思ったら、怖くて魔力が練れなくて……」
私の頬を、生暖かい水が伝った。
嗚呼、いつから私、こんな弱くなっちゃったんだろう……。
私は、天才だったはずなのに――。
「……セレナ、実は俺、1年位前から、セレナにずっと憧れてたんだ」
「…………え?」
ギ、ギル……!?
ななななな、何を言い出すのよ急にッ!?
「今から1年前、ロンジェヴィティギガントタートルの討伐依頼が出たことがあっただろ?」
「あ、うん」
そういえばあったわね、そんなことも。
ロンジェヴィティギガントタートルは、大型の亀の魔獣で、その強靭な甲羅は如何なる攻撃も弾いて、誰も討伐できなかった。
業を煮やしたギルドは、大規模な討伐隊を編成して、集団で一気に狩ることにしたんだ。
その中に、私も含まれてたってわけ。
まあ、何やかんやあって、結局最後は私の魔法でロンジェヴィティギガントタートルは屠ったわけだけど。
「あの時の討伐隊の中に、俺もいたんだよ」
「えっ、そうだったの!?」
全然気付かなかった……。
まあ、ぶっちゃけ他のメンバーのことなんか、肉壁くらいにしか思ってなかったしな、私……。
「当時の俺は、まだ今ほど身体も鍛えてなかったからさ……。ロンジェヴィティギガントタートルの攻撃に、為す術なくて……。アブソリュートヘルフレイムドラゴンに襲われた時のトラウマが蘇って、死が目の前をよぎったよ――」
「ギル……」
ギルは虚ろな瞳を、彼方に向ける――。
「でもそんな時さ! 君が超絶魔法で、一撃でロンジェヴィティギガントタートルを灰燼に帰したんだ! ――あの時から、君は俺の憧れだった。何とか君に並び立ちたくて、今まで以上に必死に自分を鍛え直した。――だから、あの日君にパートナーに誘ってもらった時は、内心飛び跳ねたくなるくらい、嬉しかったんだよ」
「……フフ、何だ、そうならそうと、言ってくれればよかったのに」
「はは……なかなか言う機会がなくてさ。――それに、君とパートナーとして過ごしていくうちに、俺の中での君への恋心がどんどん膨らんでいって、自分でもどうしていいかわからなくなっていたってのもあるし」
「――!!?」
んんんんんんんん????
私の聞き間違いかな????
今、ギル、こここここ、恋心って言わなかった????
「――俺は君が好きだよ、セレナ。この世の誰よりも、君を愛してる」
「……!!」
……ギル。
「君の俺に対する想いは、俺とは違って、あくまで仲間としてのものだってのはわかってる。――でも、俺は自分の気持ちは伝えておきたかったからさ」
「――! ち、違うッ! 仲間としてなんかじゃないッ!」
「……!! セ、セレナ……!?」
思わず私は、ギルにギュッと抱きついた。
ギルの心臓は、私と同じく、バクバクとうるさいくらい高鳴っていた。
「…………私も、ギルが好き――。この世の誰よりも、ギルが好きなの。だ、だから、私とギルは……同じ気持ち……なのよ……」
「――! セレナ――!!」
うわああああああああああ!!!!
何か言っちゃってから、滅茶苦茶恥ずかしくなってきたああああああ!!!!
顔が熱い熱い熱い熱い――!!
うううぅ……。
こんなんもう、ギルの顔見れない……。
「ありがとう、セレナ! 俺もセレナが大好きだよ!」
「ひゃっ!?」
今度はギルから強く抱きしめられた。
「痛い痛い痛い痛い痛い!?!?」
骨が折れる折れる!?!?
人体には260個くらいしかないはずの関節が、300個くらいに増えようとしてるわ!!!
「あっ! ゴ、ゴメン、セレナッ! あまりに嬉しくて、つい……」
「もう! アンタ自分がキングオーク以上の怪力だってこと、自覚しなさいよね!」
「わ、悪かったって。……ははははは」
「……フフフフフ」
「あははははは!!」
「ハハハハハハ!!」
何故か無性におかしくなって、私とギルは暫く大笑いした。
「はー……。――セレナ」
「――!」
ギルが翠の瞳を潤ませながら、私の両肩に手を置いてきた。
んおおおおおおおお????
――こ、この流れは!!
「…………ん」
ゆっくりと目を閉じながら、唇を寄せてくるギル。
わ、わああああああ!!!
私まだ――心の準備が――!
――ええい、ままよ!
意を決して、私もギュッと目を閉じた――。
「ブモオオオオオオオオオ」
「「――!!」」
が、お約束とばかりに、最悪のタイミングでキングオークが水を差してきた。
――この、クソボケ豚があああああ!!!!
そんなに死にたいのかッ!!
「……やれやれ、無粋なキングオークもいたもんだ。――精々地獄で後悔するといいよ」
おお?
珍しくギルがキレてる――!
「うおおおおおおおおおお」
「ブモオオオオオオオオオ」
ギルが両手の【黒崖】でキングオークを前方に押し出し、そのまま私と距離を取った。
「セレナ、今だ! 俺のことを信じてくれ! 俺はもう絶対に――愛する君を残して死にはしないから!」
「――!」
フフ、本当にギルは、恥ずかしい台詞を真顔で言うわよね――。
「――了解! あなたを信じるわ、ギル!」
――私は右手に持つ杖の先を、キングオークに向ける。
「盲目なる傲慢
果てのない強欲
海より深い嫉妬
慟哭する憤怒」
嗚呼、かつてないほど、力が溢れてくるわ――。
フフ、月並みだけど、これが愛の力ってやつなのかしら――。
「溶け出でる色欲
嗤う暴食
渇望する怠惰
七つの罪が頭蓋を焼く
――獄炎魔法【断罪の火球】」
私の杖から放たれた特大の火球が、キングオークに直撃した。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
火球は瞬く間にキングオークを焼き尽くし、後にはキングオークの魔石だけが残されていた。
「はは、完全に復活だね、セレナ」
復ッ活ッ。
セレナ復活ッッ。
セレナ復活ッッ。
セレナ復活ッッ。
セレナ復活ッッ。
セレナ復活ッッ。
セレナ復活ッッ。
「――では、これで邪魔者はいなくなったことだし」
「……!」
むせるような色気を振り撒きながら、ギルがまた私の両肩に手を置いてきた。
あれれれれれ????
いつもは従順なワンコみたいなクセに、意外とギルって、狼だったの????
「――目をつぶって、セレナ」
「ひゃ、ひゃい……」
言われるがまま、私はそっと目を閉じた――。




