第12魔:お願い、死なないで……
「ギルッ!! ギルゥゥ!!!」
「…………」
私がどれだけ大声で呼び掛けても、ギルはピクリともしない。
完全に気を失っている……!
「クッ!」
私はありったけの回復ポーションを取り出し、それをギルの全身にブチ撒いた。
「……ギル」
が、それでも皮膚の火傷が多少治ったくらいで、依然危険な状態であるのは火を見るよりも明らかだ。
……やっぱりいくらギルでも、私の【雷神の戦鎚】は耐えられなかったんだ。
多分ギルもそれはわかっていたはず。
……でも、あの場で私を助けるためには、ああやって噓をつくしかなかったんだ。
そうしなきゃ、今頃アンノウンに私もギルも殺されていたから……。
「ギル……!!」
思わずギルの頬に触れる。
ギルの体温は燃えるように熱く、とても生きた人間のものとは思えなかった――。
――この瞬間、私は生まれて初めて『恐怖』を感じた。
ギルを失うのが怖い――。
二度とギルの笑顔が見れないのが怖い――。
――ギルがいない人生なんて、考えられない。
「ギル……、死なないで、ギル……!」
私はギルを背負い、急いで冒険者ギルドに戻った。
ギルの大きな身体はあまりにも重く、全身の筋肉が悲鳴を上げているが、こんなもの、ギルが今受けている苦しみに比べたら屁でもない――。
「絶対に……あなたを助ける、から……!」
今日まで私はずっと、ギルに心身共に助けられてきた。
――だから今度は私が、ギルを助ける番よ。
「ゼェ……! ハァ……! ゼェ……!」
「っ!? セレナ!? どうしたんだにゃ、ギルのその怪我は!?」
這う這うの体でギルドに着くと、異変を察知したキャミィさんが、いの一番に駆けつけてくれた。
「ア、アンノウンが……あまりにも強大で……。ギルがアンノウンを羽交い絞めにしてるうちに、私の【雷神の戦鎚】で倒すしかなかったんです……。でも、そしたらギルが……!」
「――! なるほど、わかったにゃ。急いでギルを、医務室に運ぶにゃ!」
「は、はい……!」
キャミィさんに肩を貸してもらい、二人で慎重にギルを医務室に運んだ。
「これは……酷いわね……」
医務室のベッドに寝かされたギルを見て、常駐の僧侶は眉間に皺を寄せた。
「申し訳ないけど、私の回復魔法じゃ、ギルを治すことはできないわ」
「っ!?」
そ、そんな――!
「フザけんじゃないわよッ! あなたそれでもプロなの!? プロだったら、最後まで諦めないで、最善を尽くしなさいよッ!!」
ギルは諦めなかった――。
ギルは盾役のプロとして、最後まで自分の使命を全うしたんだ――。
「落ち着いてセレナ。私の言い方が悪かったわ。私じゃ無理だけど、キャミィさんなら、きっと治せるわ。――そうですよね、キャミィさん?」
えっ!?
キャミィさん、が……!?
「にゃ。セレナの言う通り、最善を尽くしてみるにゃ」
「キャミィさん……」
キャミィさんは両手をギルに向け、魔力を込めた。
「大蛇は怒りに燃え
その泉に身を潜める
世界樹の命を啜り
終末の日に天に羽ばたく
――全快魔法【霧の国に沸き立つ鍋】」
こ、これは、最上級回復魔法の、【霧の国に沸き立つ鍋】――!!
実際に使える人、初めて見たわ……。
「わあ!」
見る見るうちにギルの全身の火傷が治り、すっかり元通りになった。
凄い!
流石最上級回復魔法!
「キャミィさん、【霧の国に沸き立つ鍋】なんて使えたんですね!? 知りませんでした……」
「にゃふふ、昔取った杵柄ってやつだにゃ」
「キャミィさんはね、【掃き溜めの野犬】の僧侶だったのよ」
「えっ!?」
【掃き溜めの野犬】といえば、今でも語り草になってる、伝説の冒険者パーティーの名前だ。
私が生まれた頃にはもう解散してたらしいけど、まさかキャミィさんがその一員だったなんて……。
てか、キャミィさんって何歳なの???
見た目的に、勝手に20代後半くらいだと思ってたんだけど……。
「昔の話だにゃ。……それに、まだ予断は許さないにゃ。むしろ生きてるのが奇跡なくらい、内蔵を含め全身ズタズタになっていたにゃ。――ギルが目覚めるかは、正直五分五分といったところだにゃ」
「そんな……」
「だからギルの目が覚めるように、セレナが手を握ってあげててほしいにゃ」
「え?」
キャミィさんは「にゃふふ」と、いたずらっ子っぽく笑った。
クッ、またこの人はこうやって、お見合いオバサンムーブしおってからに……!
実年齢も相当上だとわかった以上、余計そう感じるわ……。
ま、まあでも、ここはキャミィさんの言う通り、ギルの手を握っておくとするか。
いや、別に、私がギルの手を握りたいわけじゃないけどね!?
……誰に言い訳してるのかしら、私。
「あっ」
「どうしたにゃ、セレナ?」
「これ」
ギルは左手に、アンノウンの魔石を握りしめていた。
そして右手には、【白波】の欠片を。
そういえば倒れる直前、これを拾っていたものね。
こんなにボロボロになっても放さなかった辺り、流石ギルだわ。
「アンノウンの魔石と、こっちは【白波】という盾の欠片です。アーチボルドっていう有名な盾職人の最新作らしいんですけど、それを素手で粉砕するくらい、アンノウンはとんでもない存在でした」
「ふぅん。そのアンノウンの特徴を、詳しく教えてもらえるかにゃ」
「あ、はい」
どの道あのアンノウンについては、後日報告書に纏めることになるでしょうし。
私は覚えている限り、なるべく詳しくアンノウンの特徴を話した。
「ふんふんふん、なるほどにゃぁ。――その魔石、この場で鑑定してもいいかにゃ?」
私の話を聞き終えたキャミィさんが、私の手元の魔石を指差した。
「あ、それは、もちろん」
魔石をキャミィさんに手渡す。
「ありがとにゃ。では――」
キャミィさんが、魔石に魔力を込める。
「その目が写すは塩基の螺旋
事実は一つ 真実は二つ
壱と零とが折り重なり
形作るは砂の城
――鑑定魔法【神の左目】」
キャミィさんの左目が、ボワッと青く光った。
今思えば、キャミィさんが鑑定魔法なんていう希少な魔法を使えたのも、【掃き溜めの野犬】で僧侶をやってたからと考えると、辻褄が合う。
でも、そんな伝説的な存在が、なんでこんな辺境の冒険者ギルドで受付嬢をやってるのかしら?
いつかじっくりお酒でも飲みながら、キャミィさんの昔話を聞いてみたいものだわ(私は下戸だけど)。
「こ、これは――!」
キャミィさんが猫耳を、ピクピクっとさせた(カワイイ)。
「どうかしたんですか、キャミィさん!?」
「……この魔石は、キングオークのものだにゃ」
「――!?」
そんな――!!
「そんなはずありません! あれはキングオークとは、明らかに別の生き物でした! それに、キングオークにしては、随分身体も小さかったですし」
「うん、もちろんセレナが噓を言ってるとは思ってないにゃ。でも、鑑定結果にはそう出ているのにゃ。――正確には、キングオークが更に進化した存在にゃ」
更に……進化、ですって……!?
「で、でも、キングオークはオークの最終進化形で、あれ以上の進化はしないはずじゃ……?」
「その通りだにゃ。――だからこれは、誰かがその法則を無理矢理捻じ曲げたとしか思えないにゃ」
「……!」
てことは――。
「やっぱり、闇ギルドが……」
「その可能性が高いと思うにゃ。――これで最近の、キングオーク頻出の原因もわかったかもしれないにゃ」
ま、まさか――!
「それも、闇ギルドの人間が……?」
「にゃ。恐らくこの件の黒幕は、まず手始めに、通常のオークを意図的にキングオークに進化させる実験をしていたんだにゃ」
「――!」
つまり最近私とギルが狩りまくっていたキングオークは、人為的に作られたものだった……ってコト!?
「そして黒幕は次の段階として、キングオークを更に進化させたということにゃ。それがさっきセレナたちが狩った、アンノウンってわけにゃ」
「じゃあ、今後はあのアンノウンが、宝くじが当たった後の遠い親戚みたいに、ボコボコ生えてくるってことですか!?」
そんなの、控えめに言って地獄じゃない――!!
「……もしくは、もっとよくないことが起きるか、にゃ」
「え?」
あのアンノウンが頻出する以上によくないことって、そんなのあるんですか?
「何にせよ、アタシは急いでこの件を上に報告しなきゃいけないんで、これで失礼するにゃ」
「あ、はい」
「ギルのことは、よろしく頼むにゃ、セレナ」
「――!」
キャミィさんはまた、「にゃふふ」と笑った。
……クッ。
「りょ、了解、です」
「にゃふふふふ」
これでもかとニヤニヤしながら、キャミィさんは去って行った。
……まったくもう。
「私も少し外すから、何かあったら呼んでね」
「あ、うん」
常駐の僧侶も、医務室から出て行った。
この場には、私とギルだけが残された。
「……ギル」
私はまた、ギルの頬にそっと触れた。
さっきに比べれば大分マシにはなったものの、依然熱は高い。
ギルはまるで死人のように、安らかに眠っている。
「ギル……お願い、死なないで……」
私の視界が、水の膜で歪む――。
――この日、私は一晩中ギルの手を握りながら神に祈っていたが、外が明るくなる頃になっても、ギルが目覚めることはなかった。




