【9】宣教師の無駄な努力〈客 織田信長〉
【地獄待庵にて 織田信長と利休】
「利休」
「信長様。また来て頂けたのですか」
「ここが気に入ったからな。俺の後も、色々なやつが来たみたいだな」
「はい。秀吉様もお招きしましたよ」
「そうなのか。でも あいつ、元気にしていたぞ」
「少し迷いましたが、結局 何も混ぜないでおきましたからね」
「まあ、どうせ死人に何を飲ませても効かねえしな。
秀吉の他には誰を招いたんだ?」
「石田三成殿、上杉謙信殿、武田信玄殿、真田幸村殿です」
「石田三成以外は、茶の湯にまったく興味がなさそうだな」
「そうでした。しかし どなたのお話も、実に興味深いものでした。さすがは、時代を彩った偉人たちだと思いましたよ」
「お前もそうだけどな」
「恐れ入ります」
「武田信玄には、俺も手を焼いた」
「そういえば 武田信玄殿の本拠地だった、甲斐の躑躅ヶ崎の館跡からは、天目茶碗が出土しているようですね。それが武田家の当主の所有物だったのかまでは、明らかではありませんが」
「あの武田信玄が、わざわざ天目茶碗など買うとは思えんな。もしかしたら、誰かから献上されたが、価値も分からず、それで酒でも飲んでいたかも知れん」
「その茶碗が、極上の美品だったら、ちょっと笑えますね」
「そうだよな。もし、松永久秀が持っていた平蜘蛛みたいに、俺がそれを所望していたら……
歴史が変わっていたこともあり得るな」
「武田信玄殿の死後、息子の勝頼殿が持っていて、それを渡せば甲斐一国を安堵する…なんて交渉があったかも知れませんね」
「武田勝頼なら、渡した可能性が高いな」
「面白いですね。それなら、甲斐一国に値する茶碗として、名を馳せたでしょうね」
「茶碗一つが、武田家を滅亡から救うことにもなった。日本の色々なことを記録したルイス=フロイスには、とても理解できない話だっただろうな。
今のが本当の話だったら、フロイスの記録には何て書かれていたかな?」
「日本を支配するためには、武力も宗教も要らない。天目茶碗とかいう、粗末な焼き物が五十個ほどあれば良い。こんなところでしょうか」
「あり得る話だ。だが、天目茶碗なら何でも良いわけでもない」
「そのあたりは、宣教師たちには、とても理解不能だったでしょうね」
「価値観がまるで違ったからな。そういえば、キリスト教も一時的には流行したが、いくら布教したって、あれが日本に本当に根付いていたわけがねえよな」
「日本には、八百万の神々がいますからね。キリシタンが増えたのは、ちょっとしたブームか、買収されたかではないですか」
「そうだ。日本人は、神に対する考え方が鷹揚なんだよ。だから、みんな揃って唯一の神を崇拝しろなんて、しないし できない民族なんだ。
ポルトガルの文明や情報は貴重だったから、やつらの滞在は認めたけどな」
「唯一神を崇拝することは、他の神を否定することになりますしね」
「他宗教を邪教だとか糾弾するのは、ロクなもんじゃないよ。
だがな、それが対立を生み、殺し合いにまで発展すると思われがちだが、実は違う」
「どういうことですか?」
「しばしば、異教徒との対立くらいはあっても、それが血で血を洗う殺し合いにまで発展するのは、歴史的には稀なことなんだ。異教徒を殺し尽くせなんていうのは、侵略のための方便なん だよ。
だから、宗教が戦争を引き起こすんじゃない。宗教を利用して、戦争を起こす悪人がいるだけだ」
「日本に伝わった仏教も、そうですか?」
「近い部分はある。一部の寺院が、巨大な経済力と軍事力を持ったせいで、戦乱が余計にややこしくなったんだ。まあ それは、武士の統治者目線の話であって、寺院にも言い分はあるだろうがな」
「寺院が、純粋な布教のみを担ったわけではないのは、分かります」
「それは、民衆も分かっていた。日本の教育レベルは高かったからな。だから、例えば一向一揆に加わっていた民衆も、実は寺院に利用だけされていたわけではない」
「利用されたふりをしていたということですか?」
「その通りだ。多くの民衆が一向一揆に身を投じたのは、大本に暮らしへの不満があったからで、宗教弾圧とは無関係だった」
「寺院と民衆の、利害が一致しただけなのですね」
「そもそも、神と仏も違うんだ。仏教だって、日本古来のものではないし、民衆にそこまで浸透してはいなかったんだ。
南無阿弥陀仏と唱えれば、死後に極楽浄土に行ける…だから喜んで戦って死ねなんて、普通 信じるか?」
「確かに、信じませんね。それを信じるなら、辛い現世を生きるより、極楽へ行く人間が続出したはずです」
「僧たちも、教義から逸脱しまくっていたし、矛盾だらけだったんだ。
それで、本願寺を大人しくさせたと思ったら、次はキリシタンだ。あれを、日本人が馬鹿正直に信じ込むわけねえが、教会ってやつが、反乱の温床になるのは十分にあり得た。だから禁止しただけなんだ。
だが、イエス=キリストを信じていねえんだから、踏み絵にだって、本当は何の意味もなかっただろうな」
「政事に不満があれば、民衆も反乱くらいは起こすとしても、宣教師の尖兵になって、日本への侵略に手を貸すはずなどありませんね」
「だから宣教師どもも、無駄な努力をお疲れさんだったんだよ」
「禁止されたのに、九州の大名は、キリシタンが立て籠もれる要塞を造っていましたね」
「九州の大名は、賄賂をもらっていたんじゃないのかな。いつの時代にも、国益より利権に群がる権力者がいるんだよ。数百年後には、もっと酷くなっているかもな」
「やり方は、宣教師たちより巧妙になるでしょうからね」
「それでも、自国の民衆や利益を優先するのは ごく当たり前のことだ。外国人差別なんかでもない」
「利権に群がる権力者に、日本が売られないことを願うばかりです」




