【8】偶像〈客 真田幸村 後編〉
【地獄待庵にて 真田幸村と利休】
「それでも利休殿は、最後まで矜持を捨てなかったではありませんか」
「当時、私はもう七十歳でした。どうせ生き延びても、死は近い…そう思えたからです」
「俺の親父は、最後まで〈死にたくねえ、今度こそ家康に勝つ〉って言い続けましたよ。頭もボケてきて、死ぬ半年くらい前には、怨念の塊みたいになっていました」
「気持ちが強いお方でもあったのでしょうね」
「そうですかね」
「頭や体が衰えるのは やむを得ませんが、気持ちは折れなかったのでしょうからね。
それに、真田昌幸殿の優れた智謀が窺える逸話は、徳川軍に勝ったという以外にも、枚挙に暇がないでしょう」
「そうですね。まあ 親父はそうかも知れません」
「幸村殿は、ご自身をどう思われているのですか?」
「何も為し得ていない凡人です。俺ほど過大評価されてきた者は、珍しいと思いますよ」
「失礼ながら、確かに何かを為したわけではないですね」
「はっきり言ってもらって構いませんよ。真田幸村は、意図的に作られた偶像なのです。
俺の姿を描いた絵を見たことがあるでしょう。俺は偶像だから、歳も取らないのですよ。利休殿は初めに、俺が歳を取ったと言われましたよね?」
「言いました。私が知る幸村殿は、二十代半ばでしたからね」
「俺は、その年代で時を止められたのです。大坂の陣の時には、俺は五十近い歳なのに、妙に若いイケメンに描かれてしまいます」
「確かにそうですね」
「それに俺は、人質として豊臣家に預けられていただけなのですから、高い軍才など発揮したことはなかったのです。なぜか秀吉様に気に入られ、家臣に取り立てられたとされていますがね」
「秀吉様に気に入られる何かを、持っていたのではないですか。真田昌幸殿が、秀吉様から特別に優遇されたわけでもないのですから、真田家というより、幸村殿個人を高く評価していた のでしょう」
「そうかも知れないですが、もう確かめようはないですね。ただ、秀吉様に優遇された恩義に、最後まで忠実だったように見えるのも、俺の評価を上げる要因の一つになっているようです」
「幸村殿は、どうして大坂城で豊臣方として戦うことを選んだのですか?」
「秀吉様の恩に報いるためではないですよ。
九度山で死んだ親父が〈真田が家康を討て〉と、トータル百万回くらい言っていたんです。それで洗脳されたようなものですよ。どうせ他に、やることもなかったですしね」
「つまり、家康殿を討ちに行ったのですか?」
「そうです。馬鹿でしょう?俺が行ったところで、家康を殺せるわけがないんです。でも行きました。東軍か西軍か選ばざるを得なかった、関ヶ原とは違うのにです」
「大坂城に出城を築きましたよね。通称 真田丸」
「城の奥に引き籠もっていても、大将は討てませんからね。家康を殺す機を窺うために、前に出たのです。
でもあれも、俺の勇敢さの象徴のように言われますが、あの出城に籠もったのは、俺の部隊だけではなかったのですよ」
「そうなのですか」
「だから、真田丸という呼び名は適切ではないんです」
「なるほど。それも偶像の一部だったわけですね」
「ご存知だと思いますが、幸村という名もそうです。真田信繁では、武田信繁や松平信繁と混同され易いので、物語の中で勝手に変えられたのでしょう」
「それは あり得る話ですね」
「とにかく俺に関しては、脚色だらけだということです。創作を否定はしませんが、あまりにも実像と違う姿にされるのも、歯痒い思いです」
「大坂夏の陣で、家康殿をあと一歩のところまで追い詰めたという逸話は、どうですか?」
「豊臣軍が、徳川軍の予想以上に善戦したことは確かです。しかし それは、俺一人の力ではないし、両軍の戦意が低かったせいでもあります」
「戦意が低かったとは、どうしてですか?」
「徳川軍は、正確には江戸幕府の大名の混成軍でした。あの戦で功を立てても、大きな恩賞は期待できませんでしたから、諸大名の軍は、出来る限り損害を出さないように戦っていただけなのです。
だから徳川家康が窮地に陥っても、命がけで救出しようとする者は少なかったのです」
「なるほど。では豊臣方は?」
「大坂に集まった者の大半が牢人でした。つまり豊臣家と主と仰いでいる者は少なく、戦う目的もバラバラだったのです。
死に場所を求めて来た、なんて格好良い台詞を吐くやつも、いざ銃弾が飛びかう戦場に出ると、本性を丸出しにすることもよくありました。そんな中で、死ぬことも覚悟して戦った、俺や後藤又兵衛あたりが目立ったのも当然です。
そういえば、牢人の中には、徳川軍に内通して恩賞を狙うような輩までいましたよ。俺も幕府に兄貴がいたから、寝返る気ではないかなどと疑われて、本当にムカつきました。そんなやつらを、月が出ていない夜に三人ほど……」
「それは怖い。しかし こうして聞いてみると、伝承と実像は、かなり違うものなのですね」
「そうですね。念のため もう一度言いますが、創作を全否定してはいませんからね。真田十勇士なんて、むしろ好きですよ」
「私も創作では、異国の姫を匿ったり、元海賊みたいにされたり、そんなアホなと思いつつも、実は嫌いではないですね」
「ありましたね。俺はある小説では、若い頃に茶々様と、恋仲になりかけたこともあります」
「その小説では、茶々様のために大坂に行ったのですか?」
「それが直接の目的ではありませんでしたが、茶々様が関係していた気はします」
「いつの世も男は、女性のために命を賭ける姿に、憧れてしまうのでしょうかね」
「そこだけは、時代も年齢も関係ないのかも知れません」
「女性のために命を賭ける、男の理想像までも背負っているなら、幸村殿が常に若々しい美形に描かれるのも、受け入れるしかないですね」
「そういうことだったのですね」
「一つの時代の終焉を彩った、ヒーローだったのですよ」
「まあ、神にされるよりはマシですが……
それならば俺は、永遠の偶像でいるしかないのですね」




