【10】嫌われ者の役目〈客 松永久秀 前編〉
【地獄待庵にて 松永久秀と利休】
「おい、与四郎」
「おお、松永Bomber 久秀殿」
「Bomberじゃねえよ。爆死なんかするか」
「しただろう。最新の研究で、松永弾正の〈弾〉は、爆弾の弾であると判明したのだ」
「そんな馬鹿な研究をするやつはいねえよ。それに織田信長も弾正忠だぞ」
「信長様のは、弾丸の弾だ。
知っているか?長篠に百万発の弾丸を持って行ったのだぞ。鉄砲の数が比較されがちだが、本当に重要なのは、鉄砲より弾薬の数だったのだ」
「そんなことは知っている。武田にだって鉄砲はあったんだ。だが弾丸の数と材質。それに兵数がまるで違ったんだよ。
おい、これ何の話だ?」
「武田も、高坂弾正(昌信)を参戦させていれば〈弾〉の数も互角になっただろうという話だ」
「何だそれ。えらく馬鹿で大胆な新説だな」
「この説が、来年から歴史の教科書に載るぞ」
「馬鹿言うんじゃねえよ」
「良いじゃないか。どんなに馬鹿らしくても、説は説なんだ。信憑性はゼロでもな」
「あっそ。歴史の授業が面白くなるなら良いがな。
で、だから何の話だよ?」
「信憑性の判定なんて、適当なんだ。だから松永久秀Bomber説も、いちいち否定するほどではないって話だ」
「ああ、そこに繋がるわけか。周りくどい」
「じじいの話は、得てしてそうだ」
「お前、俺より若くなかったか?」
「そうだっけ」
「年下には丁寧な口調なくせに、俺にはぞんざいなんだな。
まあ良い。さて、茶を点ててもらおうか」
「それが生憎と、茶釜がなくてな。あんた、持って来ていないか?」
「テッチンみたいで、人に媚びない佇まいが絶妙な茶釜を持っていたが、俺と一緒に木っ端微塵になったんだよ」
「まだ持ってるくせによ」
「お前がBomberとか言ったんじゃねえか」
「あんたは、爆死なんかするか とか言ったよ」
「平蜘蛛を まだ持っていたとしても、簡単には見せてやらんぞ。触らせるなんて、もってのほかだ」
「あっそう。別に良いけど。
はい、お茶どうぞ」
「お前、これ……いとう園のペットボトルじゃねえかよ」
「だから、茶釜がないって言っただろう」
「そうか。しかし いとう園は、お前の茶より千倍は美味そうだな。いただくぞ」
「…どうだ、美味いか?」
「美味い。いつ どこで、誰がどんな気持ちで飲んでも美味い。品質が常に一定なのが素晴らしい」
「いずれ、茶人なんて要らない時代が来るんだ」
「武士も要らなくなる。だが、それでいいんだ」
「必要とされる人間の種類が変わるだけだからな。
家康殿が幕府を作ってから、体育会系を重用しなくなったとか言われるが、そんなの当たり前のことだろう」
「ただ 本人たちが、ちょっと寂しかっただけだ。会社一筋に生きてきたお父さんが、定年後に昔語りしたくなるのと同じだ。
まあ 現代では、定年後にのんびりするのさえ、贅沢になってしまったようだがな」
「あんたも、死ぬまで休まなかった」
「できるなら休みたかったぞ。
武士は戦って死ぬのを望むものだなんて、戦を知らんやつの幻想だよ。戦は、そんな甘美なもんじゃない」
「本当は凄惨だったからこそ、甘美にしたくなるんだよ」
「ああ、そうかもな」
「だから松永久秀はBomberなんだ」
「話を盛りすぎな気がするがな。それに甘美でもない」
「どうやら、その逸話ができたのは、近代になってかららしい。日本の戦後社会に漂った鬱屈が、そんな痛快な逸話を求めていたのではないかな」
「よく分からん」
「大切なものを敵に差し出して生きるより、それ諸共 爆死の道を選んだ、勇ましい男がいた。そう思いたい。つまり懐古主義に近いのではないかと思う」
「なるほどな。自分の本当の過去に、そんな体験はない。だから昔の知らん人間に、自身を投影してみるんだな」
「多くの人々は、松永久秀には なれなかったからな。その思いが、夢や創作を生んだんだ」
「それは、歴史に限ったことでもないな。小説・漫画・映画・ゲーム、どれも同じだ」
「せめて一冊の小説を読んでいる間くらいは、違う人生の主役になりたいんだよ。
江戸時代に、能や歌舞伎、講談などが盛んだったのも、甘美な夢に酔いたい民衆の心を掴んだからだ」
「それで美化された人物は多いな。上杉謙信や真田幸村あたりが代表的だ」
「逆に、意図的にイメージを貶められた人物もいる」
「それも俺のことか」
「そうだ。松永久秀は、良くも悪くも、イメージをかなり操作されていると思う」
「主への反逆は、大罪だからな」
「幕府の下で秩序を保つためには、そう強く思わせる必要があった。家康殿だって、反逆して天下を取ったのにな」
「主が、身の安泰を保証してくれるとは限らない。ならば主を変えるのも、兵を挙げるのも、処世術の一種だったんだ」
「戦乱の時代にはな」
「戦乱が止んだ途端に、価値観がひっくり返ってしまった。ひっくり返す必要があったんだがな。
それに上手く利用されたのが、俺であり荒木村重だった。反逆者のお手本として、反面教師にされてしまった。つくづく、歴史は勝者が綴るものだと分かる。
石田三成や石川数正も、長年 貶められてきたしな」
「秀吉様も、そうなのかな?」
「お前がそれを言うとは思わなかった。秀吉はよく分からん。美化されている部分も、かなりあるだろうしな」
「そうだな。しかし、そういう対象にされる人物には、共通点がある」
「共通点…それは?」
「有能だってことだ」
「お褒め頂き、光栄だよ」
「周知の事実だろう。あんたは有能で、しかも使える男だった。だから信長様も、あんたを受け入れたし、一度 背いても赦した」
「有能と使えるは、違うんだな」
「使えるっていうのは、能力ではなく、特定の一族や組織に顔が利くとか、特定の地域に詳しいとかいう意味だ」
「畿内には、三好家に仕えていた頃からの人脈があったからな」
「そういうことだ」
「有能だと、反面教師にされやすいのか」
「有能で、主に厚遇されていた人物ほど、裏切ったという事実に、インパクトがあるからな」
「しかし、厚遇なんて永久保障ではない」
「そんなことまで、後世に正しくは伝わらない。もしくは、伝えない、かな。
だから、厚遇されていたのに 二度も裏切った松永久秀は、裏切りは愚劣極まりない行為だと浸透させるのに、うってつけだった」
「迷惑な話だ」
「しかし近年、評価は変わりつある」
「四百年以上の時を経て、やっとか」
「そんなの、珍しくもない。それに、嫌われ者の役目を、しっかり果たした功労者とも言える」
「徳川幕府のプロパガンダの、お役に立てたわけか」
「そういうことだ」
「まったく いつの時代も、権力者とメディアってやつは…」
「言いたい気持ちは分かるがな。しかし、裏切り者とされた松永久秀や、荒木村重が嫌われたということは、日本人に正常な価値観が浸透した証ではないか」
「荒木村重な。妻子を見捨てて逃げた男が嫌われ者なのは、家族愛が日本人の心に、しっかり根付いたということだろうな。
逆に言えば俺たちの時代は、現代と比べれば、相当イカレていたんだよ」
「多分そうだな。逃げ果せた荒木村重は、茶人としては立派に名を遺しているからな」
「利休十哲にも数えられているよな」
「あれは、私が選んだわけではないが、そうだ。
つまり当時は、妻子を見捨てた男でさえ、受け入れられていたということだ。文化人の感覚は、武士よりさらに常識外れなところもあったがな」
「ちなみに道糞という号も、創作の可能性が高い」
「そこまで徹底的に貶めたわけか。じゃあ、明智光秀はどうだろうな?」
「あいつも分からない。やったことが強烈すぎて、下手に触れられなかったのかも知れない。
もしも本能寺の変が、徳川家康との共謀だったとしたら…」
「それを否定するために、大々的な明智光秀叩きをしたかもな」
「面白いな」
「推測だって、忘れないでくれよ」
「説の信憑性なんて、適当だって言わなかったか?」
「言ったという説もある。 じゃあ、あいつはどうだ?」
「まだ いるのか?あいつって、どいつだ?」
「織田信雄だよ」
「ああ……織田信雄はな…」
松永久秀 後編に続く。
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