【3】天下一の武人〈客 上杉謙信 前編〉
天下一の茶人 利休が、地獄で密かに茶会を催す。似ていないようで似ている、武将と茶人の「ここだけの話」。第三話の客は、天下一の武人と崇められた上杉謙信。
【地獄待庵にて 上杉謙信と利休】
「利休殿」
「上杉謙信殿。よくお越しくださいました」
「天下一の茶頭にお招き頂いて光栄ですが、俺は作法も何も知らない無骨者ですよ」
「私も、天下一のご武人をお招きできて嬉しいです。作法なんて、有って無いようなものなので、お心のままにしてくださって結構ですよ」
「そうさせて頂きます。えっと…では、お茶割りをお願いします」
「承知しました。日本酒は、越乃景虎でよろしいですか?」
「あ、はい。事前準備、すごいですね」
「謙信殿のお好みを、佐々成政殿に聞いておいただけですよ」
「聞いておいただけって言いますが、それが意外にできないもんなんですよ。特に武将なんて人種は、一部のやつ以外は脳が大雑把にできているんで、後先のことなんかロクに考えもしないんです」
「そうですか。でも、謙信殿が大雑把だとは思えませんよ。成政殿も、謙信殿をとても尊敬しているようでした」
「俺も成政のことは認めています。現世で敵だったあいつとは、地獄に来てから親しくなったのですがね。成政は、強いし良いやつだし、大酒飲みだし目も良いんです。でもそれは、馬鹿同士で認め合っているだけです」
「成政殿の目が良いというのは、どういう意味ですか?」
「織田信長という男を一途に慕い続けたのは、主君を見る目が良いということです」
「謙信殿は、信長様とは敵対していましたが、認めてもいたということですか」
「大いに認めていましたよ。将軍 足利義昭が、織田信長討伐令なんか出したせいで、敵対することになっただけです。
俺は、室町幕府による秩序の回復を旗印に掲げていましたから、将軍の命令に背くことはできなかったのです。いくら足利義昭がちょっとアレだと分かっていても、戦う意義をコロコロ変えるわけにはいきませんでしたからね」
「なるほど。思い通りにいかない事情があったのですね。謙信殿は先ほど、後先を考えもしないと言われましたが、十分考えていたと思います」
「いえ、信長や利休殿のように、天下一になる人間と比べたら、その程度の考えは、ただの保身に過ぎません。どんな分野でも、天下を取る人は、他の者とは思考がまるで違うのでしょう」
「謙信殿も、天下一の武人と言われているではありませんか」
「………。
利休殿、これ、お代わりお願いします」
「承知しました。また同じものでよろしいですか?」
「できたら、ハーフ&ハーフでお願いします」
「はい」
「俺が天下一だなんて、とんでもないですよ。俺は病弱だった兄に代わって、越後を統一しただけです。武田信玄、北条氏康、蘆名盛氏とは引分け、織田信長を一度だけ撃退しただけなのに、天下一だなんておかしな評価ですよ」
「謙信殿は謙虚なお方ですね。まあ、私も自分が天下一の茶人とか言われるのが不思議ですけどね」
「利休殿は天下一の茶人ですよ。失礼ながら、茶の湯は一部の人間のオタクっぽい趣味だったのに、それを質の高い文化に変えたのです。名だたる武将たちが、挙って師事した茶人は利休殿だけでした。
他にはいない存在、即ち天下無双、天下一の茶人で間違いありませんよ」
「ありがとうございます」
「でも俺は、無双の存在ではありませんでした。もっと言えば〈義の武将〉でもありません」
「謙信殿は、自身が誇大化されていると言いたいのですね」
「そうです。矮小化されるのも嫌ですが、誇大化されるのは もっと嫌ですね。俺たちみたいな人間は、評価を上げたり下げたりされがちですが、死んでいるから反論もできません」
「それは、歴史に名を遺した偉人の宿命でしょうね。しかし、謙信殿のありのままの姿は、どんなものだったのですか?」
「時代に取り残された、野蛮なだけの戦野郎です。さっきも言いましたが、俺は幕府の復権を目指していました。将軍 足利家には、何の期待もできなくなっていたというのに、時代の流れが まったく見えていなかったのです。後にそれに気づきましたが、時すでに遅しです」
「もちろん将軍家にも責任はあったでしょうし、室町幕府の復権は成りませんでしたが、幕府に従わず、世を乱していただけの武士たちより、謙信殿の考えのほうが、至極まともではないですか?」
「俺の子供の頃からの師匠である、林泉寺の光育先生にも、そう言われました。若い頃は、俺もその通りだと信じていましたが、必ずしも幕府の支配が正義ではないことが、徐々に分かるようになりました」
「謙信殿は、何が正義だと思ったのですか?」
「その前提として、正義とは一つではありません。俺にとっての正義が、他者にとっては悪にもなり得ます。
それを分かっていても、正義…つまり、今 何が正しいのかは決めなければなりません。しかしそれは、話し合って決まることではありませんでした。 だから、最も武力がある者が決めたことが〈正しいこと〉になったのです。
元々は足利家も、武力を背景に正義たり得たのですから、その力が弱まれば、正義ではなくなるのです」
「それでは…永遠に戦がなくなりませんね」
「仰る通りです。俺が話したのは野蛮人の論理です。
戦をなくし 秩序を保つには、武力以外の尺度が必要でした。しかしそれが何かは、俺のアルコール漬けの頭では思い付きませんでした。だから思考を止めて、戦いに明け暮れるようになったのです」
「しかし謙信殿は、無闇に版図を拡大することはありませんでした」
「それについては よく誤解されますが、俺は版図を拡大しなかったのではなく、できなかったのです。
ある分析データによると、俺の戦の勝率は、同じ時代の大名の中でトップらしく、上杉謙信があと十年 生きていれば、天下を取れたなどと言われることもあります」
「それは私も聞いたことがあります」
「でも、勝率が高いのに版図が拡がっていません。その理由は、ごく単純なことです。勝ってもその土地を、自領として定着させられなかったからです。
俺が攻めれば敵は退き、土地の国衆や民衆は従いますが、俺が去れば、また敵方に付く…。これを繰り返していました。
俺には人望がなく、国衆は、元の領主の統治を強く望んでいたのです。勝率だけが高くなるのも納得でしょう」
「そのような事情だったのですね。しかし謙信殿が、他国に兵を出した発端は、上杉憲政や村上義清の救援のためでした。決して私欲のためではなかったでしょう」
「確かにあれは、私欲のためではなかったですよ。格好良いでしょう?だが周りに良い格好ばかりしていては、足元が疎かになるのです」
「足元とは、自領のことですか?」
「そうです。だんだん家臣らの不満が溜まってしまうのです。救援の戦では、勝っても版図を拡げにくく、与えられる恩賞は僅かです。
それを解消する方法はただ一つ、攻めた土地での略奪です」
「略奪は、勝者の権利のようなものでした。ある程度は認めざるを得ないのが、不文律だったのではありませんか?」
「そうですね。しかし俺は、次第に戦う意義そのものを見失い、作物の略奪のために、定期的に他国を侵略するようになっていきました」
「そうなのですか。それが本当なら、一般的な上杉謙信殿のイメージとは、かなり違っていますね。しかし、ご自身を卑下しているように感じますが、戦はきれい事だけで済むものではなかったですし、他の武将にも、同じような部分はあったのではありませんか?」
「確かにそうですが、俺が義の武将などと評されるに相応しくなかったことは、お分かり頂けたでしょう」
「分かりました。しかし謙信殿が認めていた信長様や、新しい幕府を作った家康殿も、やはり武力で国を切り従えました。謙信殿が言われた、武力以外の正しさの尺度を見つけることは、誰にもできなかったのではないですか?」
「実は…そうでもないのです」
「どういうことですか?」
「それは、ええと…」
「…………」
「利休殿、
これ、お代わり、頂けますか?」
「承知しました」
【4】利を休ませる 〈客 上杉謙信〉 に続く




