【2】共犯者 〈客 石田三成〉
天下一の茶人と謳われた利休が、地獄で密かに茶会を催す。似ていないようで似ている、武将と茶人の「ここだけの話」。第二話の客は、秀吉の側近として活躍した石田三成。
【地獄待庵にて 石田三成と利休】
「利休殿。私をお招きになるとは意外ですね。秀吉様でなくても良いのですか?」
「前回、信長様につられて つい私も秀吉様を貶してしまったので、熱りが冷めるまで、秀吉様を招くのはやめることにしました。いずれ、忘れた頃にしようと思います」
「あれは、貶したのか本当のことを言っただけなのか、微妙でしたけどね。しかし私も、秀吉様の側近として、利休殿の切腹に深く関わっていましたし、こうしてまたお話しする機会があるとは思っていませんでした」
「三成殿は、秀吉様に命じられたことをやっただけでしょう。当時まだ三十歳になったばかりだったのに、秀吉様の信頼の厚い優秀な方だと思っていました。一度じっくりとお話しさせて頂たかったのです。三成殿からすれば、こんな爺いを相手にするのは退屈かも知れませんがね」
「とんでもないことです。私も利休殿と、立場を忘れてお話ししてみたいと思っていました。しかし、頭が固いうえに人の心の機微を感じ取れない私に、利休殿の話相手が務まるかは不安です」
「三成殿は、ただ実直過ぎたのでしょう。失礼ながら、やや融通が利かないと感じることもありましたが、それは裏を返せば、仕事に全く遺漏がなかったということでした」
「そうですか。でも私の目には利休殿のほうこそ、融通が利かないと映っていましたよ。いや、妥協を許さないと言ったほうが、適切かも知れませんね」
「確かに仰る通りでしたね。私も融通や妥協とは無縁でした。そのせいで、切腹までする羽目になりましたよ」
「あの大徳寺の木像の件を、秀吉様に報せたのは私です。利休殿に罪を着せる口実を見つけるよう、命じられていたのです。しかし秀吉様は、利休殿に本当に切腹まで言い渡す気はありませんでした。そのことは知っていましたよね?」
「知っていましたよ。何人もの方から、一言詫びれば咎めはないと忠告されていましたからね」
「それでも、詫びる気はなかったのですね」
「そうです。あのときは、太閤だろうが将軍だろうが、私を殺せるものなら殺してみろという、傲慢で挑発的な気持ちでしたね」
「本当に罪を犯したのなら別ですが、利休殿ほどの功労者を、ただの言いがかりで殺すことには何の意味もありませんでした。秀吉様も、振り上げた拳をどこで降ろすかを探っていたのです。しかし どうやっても、そのタイミングが訪れないことに苛立ちを募らせていました。
ならば、私がお二人の間に入って、事を穏便に済ませれば良かったのでしょうが、私は自らも秀吉様の怒りを買うことを恐れ、命じられるがままに行動してしまいました」
「私がほんの少し、あの頑なな態度を崩すだけで穏便に済んだでしょう。しかし私は、様々な方に心労をかけながら、それを最後まで拒否したのです」
「態度ひとつで死なずに済むことを知っていながら、どうして あれほどに頑なでいられたのですか?」
「謂れのない謝罪をしたら、自分が貫いてきた生き方まで、否定することになってしまいます。それでは私が生涯をかけた、美しさの追求にも疵がつくと思ったのです。安物の茶器を、法外な値で売り付けて大儲けしているなどという、とんでもない言いがかりまで認めたことになる。
あのとき私はもう七十歳。切腹しなくとも、いつ死んでもおかしくはありませんでした。ならば、最後まで自分の生き方を貫いたほうが、断然良いと思ったのです」
「そうだったのですか。それに私が気づいていれば…いえ私ごときが利休殿のお気持ちを察するなどとても無理だったでしょうね。しかし、誰かが察していれば、利休殿の生き方に疵をつけずに、あの騒動を収められたのかも知れないのに…」
「三成殿が気に病む必要はありませんよ。私が秀吉様に仕えたときから、最後はああなる運命だったのです。あれは誰が何をしても、変えることはできなかったはずです」
「お話を聞いていると、利休殿は自ら死を望んでいたかのようにも感じられます」
「気づかれてしまいましたか。仰る通り私は、あの一件で最終的には、死を望むようになっていました。
殺せるものなら殺してみろという傲慢な思いから、徐々に、死を命じられるのがだんだんと待ち遠しく思えてきたのです。それが、いつからなのか定かではありませんが、運命に従って死ぬことに憧憬の念を抱いていたのは確かです」
「運命に従って死ぬ…。なるほど、そのお気持ちは理解できます」
「三成殿の最後も、そうだったのでしょうね」
「そうでした。ただ私は、死を望んでいたわけではありませんから、憧憬ではなく諦念ですね」
「しかし自分が老い、弱り、床について死ぬ姿を想像できましたか?」
「それは想像できませんでしたが、反 徳川家康の旗を揚げたとき、死を覚悟していたのは確かです」
「これは失礼しました。若かった三成殿と、私のような老人の思いが、同じなはずがありませんでしたね」
「年齢ではなく、何を最も大切にして生きていたかの違いなのでしょう。利休殿には、誇り高く、美しくあることが、何より大切だったのだと感じました。
私はもし、自ら選ぶことができたならば、誇り高い死よりも、屈辱と醜態に塗れた生を求めたと 思います。たとえ、どれほど蔑まれようともです」
「そう言える三成殿こそ、本当に誇り高い方ですよ。
自ら死を望んだなんて、潔くて恰好の良いものに見えたでしょうが、私の心の底には、呪い、恨み、蔑みも渦巻いていたのですよ。私が毅然としたまま死ねば、秀吉様の顔に一生拭えない泥を塗ることができる…。死を望んだ真の動機は、そんな小さく薄汚れたものだったのかも知れません」
「自分の生き方を貫きたかったというのも、秀吉様の顔に泥を塗りたかったというのも、利休殿にとっては同じくらい強く正直な思いだったのでしょうね。老いて衰弱していきたくなかったというお気持ちもあったのでしょう。
人が死を望む理由も、拒む理由も、一つだけなはずは ないですからね。特に利休殿ほどの方なら、尚更のことです。今 語って頂いたすべてが、とても理解し、共感し得るものでした」
「そうですか。とても理解し難い話を、我慢して聞いてもらっているのではないかとも思っていました」
「そのようなことは ありません」
「三成殿は人の気持ちが理解できないなどと、一体 誰が言ったのでしょうね」
「いえ、人の気持ちになど興味がなかったのは事実ですよ」
「なるほど。理解できないではなく、〈興味がなかった〉が適切だったのですね」
「どちらであっても、結果は同じことです」
「結果だけを見ればそうですね。でも私は、結果より過程を重視します。何をどうしたら こうなるという方法論を、無数に積み上げたのが私の茶の湯です」
「私がよく担っていた、政事にも兵站にも、完璧ということはあり得ません。計画の何割が遂行できるかは、やってみなければ分かりませんし、運にも大きく左右されます。ですから私は、結果をより重視していました」
「そうですね。毎回 同じ場所で同じことをするわけではなかった。ならば机上の計算より結果が重要ですね。茶の湯にばかり身をやつしてきたせいか、どうも私は視野が狭いようです」
「そのようなことはありません。利休殿の見識は非常に深く広いです。茶の湯以外のことにも精通しています。
しかし私には、茶の湯の話は あまりできそうもありません。嫌いだったわけではないのですが、 多忙を極め、茶を嗜む余裕すら持てませんでした」
「それだけ、秀吉様が三成殿を重用していたということですよ。私が豊臣政権で、財政的、文化的貢献をしたなどと言われますが、三成殿の貢献度は、桁が二つは違います」
「天下人の威を借る狐だっただけですよ」
「それはむしろ反対でしょう。天下人が発した無理難題を、三成殿の能力で、奇跡的な短期間で実現できたのだと思います。豊臣政権の功績の半分以上は、三成殿の存在によるものでしょう」
「やはり、信長様の言う通りですね。利休殿には、人の心を惹き付ける魔力があります。天下を取っても、人の心だけは掴めなかった秀吉様に、妬まれたのもよく分かります」
「そうですか。私はただ、茶を心から愉しんで頂けるように もてなしているだけのつもりなのですがね」
「それが良いのでしょうね。利休殿が仕えたのが、秀吉様ではなかったら…と、思わずにはいられません。おっと…つい本音が」
「今のは聞かなかったことにします。それができるのが、狭い茶室の会話の良いところです。しかし気づけば私も、ついつい秀吉様を貶していましたね」
「私も聞かなかったことにします」
「それはありがたい。聞かなかったことにしてくれますか。これで、私たちは共犯ですね」
「やられました」
「現世の仕返しです」
「これで切腹するときは…
私も道連れにされますね」




