【1】利休は詐欺師〈客 織田信長〉
天下一の茶人と謳われた利休が、地獄で密かに茶会を催す。似ていないようで似ている、武将と茶人の「ここだけの話」。第一話の客は、文化人としても知られた織田信長。
地獄待庵にて 織田信長と利休
「なあ利休。また一段と狭くなったな」
「はい。ここは三畳の茶室です。二畳の茶室も作ったことがありますし、私独りで茶を服すときは、一畳半の茶室を使います」
「一畳半か。四角形にならないが、それもまた面白い」
「正確には二畳ですが、半畳分の床の間があり、そこは畳より一段高くなっているので、人が座れるのは一畳半になります」
「躙り口(出入口)もさらに低くしたな。畳に膝を付けないと入れない」
「引戸の高さは、二尺三寸(約70㎝)です」
「不便だな」
「そうですね」
「気に入った」
「ありがとうございます」
「機会があったら一畳半にも入らせてくれ。二人なら入れるだろう?」
「入れますが、客を招くことを想定していませんので、本当に狭いですよ」
「俺を客だと思わなければ良いだろう。なんか置いてあると思え」
「そういうのには慣れていませんが…信長様がお望みなら構いませんよ」
「一畳の茶室は作れないか?」
「一畳に二人 入るのですか?」
「そうだ」
「それだと、茶を点てるスペースがありませんね」
「茶は別室で点て、服するためだけの茶室ならどうだ?」
「それならできます」
「引き戸の高さは一尺(約30㎝)にしろ」
「それでは、這いつくばって出入りすることになります」
「面白いじゃないか。その自分の姿を想像してみろ」
「確かに面白いですね。考えてみます。既成観念に囚われない、信長様の発想は勉強になります」
「お前のこの茶室を見たから思い付いたんだ。ここは不便で窮屈で、わざとらしい飾りがなくて最高だ」
「不評を買うこともしばしばありました。気を衒っているだけだとか、客を馬鹿にしているだとか」
「分からんやつは放っておけば良い。本当は茶に興味がねえやつが批判していただけなんだろう。的外れな批判をするやつは、大概そんなもんだ。秀吉とかな」
「固有名詞を出すのはやめてください」
「ああ、すまん。あとは、黒田官兵衛も分からんだろう」
「そのお二人は、分からん人間の代表格ですね。黒田官兵衛は自ら、分からないと明言していましたから良いのですがね」
「そうだ。分かっていねえのに、分かっている気になってるやつが、一番質が悪いんだ。例えば秀吉とかな」
「そうですね。秀吉様はその場では褒めておきながら、後でボロカスに文句を言っていたらしいです」
「そんなやつだな」
「あとは公家の方々にも嫌がられていました。裾が長い着物で低い引戸を潜って入るのが、お気に召さなかったようです」
「文句を言うなら来なきゃ良いのにな。どんな設えの茶室か、事前に聞いていないはずがないんだからな」
「しかし、なぜか貴人であるほど、私の茶室に招かれたがっていました」
「一種のステータスだったのかな」
「そうかも知れません。そんな風に扱われることを望んでなどいなかったのですがね。言われれば八畳間ででも十畳間ででも茶を点てて差し上げたのに、おかしなことでした」
「やはり、本当に分かるやつは少なかったんだろうな。あくまでも俺の感想だがな、広くて便利で快適で豪奢な部屋なんて、金を積めば誰にでも作れるし、普段は俺もそういうところで生活していた。広いのに必ず誰かが側に控えていて、声をかければ即座に用を聞きにくる。それが悪いわけではないが、ときどき自分が、死ぬほど滑稽に思えるんだ。そういうときは、兵の指揮でもしたくなる」
「私も何度か、戦陣というものを見ましたが、あの不便で快適さの欠片もない場所に、なぜか立ち去り難い思いを抱きました」
「それは分かる気がする。ずっといると気が滅入ってくるが、ときどき不便で危険で汗臭くて飯がまずい、あの環境が恋しくなるんだ」
「あえて不便や危険を求めるのも、人の本能なのでしょうかね」
「多分そうだ。茶室と戦陣は似ても似つかないが、根底には何か通じる部分もあるのかな」
「武将によって、陣の張り方は大きく違うものですか?」
「まるっきり違うな。できるやつの陣は、隙がなくて空気まで張り詰めている。ああそうか。それと同じか。茶人にとって茶室の設えは、陣立てみたいなもんなんだな」
「今まで、そういう感覚はありませんでしたが、非常によく似ていると気づきました」
「平凡な武将ほど、必要以上に広い陣を張る。少しでも広いほうが、自分も兵も体を休め易いからなんだろうな。だが戦でだらだら休むことを考えるくらいなら、勝ってから屋敷で休んだほうがマシだ。だから、できるやつの陣は、最低限の広さで、兵は常に緊張感を持っているもんだ」
「なるほど。学ばせて頂ました」
「こちらこそだ。お前の この陣立ては、誰よりも優れている。だから張り詰めた空気が心地良いんだ」
「ありがとうございます」
「ここにいると、お前が試行錯誤の末に創り出した美しさが、体に染み込んでくる。茶の道とは、美しさを追求する心だよな」
「そうです。道具も所作も美しいことが第一です。私は、それが最高のもてなしだと思っています」
「そうだ。ところがそれを、金銭的価値にしか換算できない馬鹿も意外なほど多い。茶器も茶室も、高価なほど良いというわけではない。良いものに、自ずと高い価値が付くのが本来だ」
「信長様は、美しさと金銭的価値はイコールではないと思いますか?」
「美しさを追い求めるには、金があったほうが、可能性が広がるというだけのことだ。ただ同然でも、美しいものはいくらでもある」
「その通りですね。美しさの基準は様々ありますが、特に私が求めた美しさは調和でした。均衡と言い換えても良いですね」
「無闇に高価な名品を並べても、調和や均衡は生まれないということか」
「そうです。茶室を狭くしていったのも、調和を極めるためです。何の用も為さない畳が敷いて あるだけでも、空間の調和を乱すことになるのです」
「調和するものだけを残したら二畳になっただけか」
「ご理解が早いですね。言葉では理解してもらえないことが多かったのですがね」
「それでも一部の分からんやつを除いて、大概のやつが、なんだかんだ言いながらお前の茶を好んでいた。理解するかしないかは、実は大きな問題ではないよな」
「そうですね。私が勝手に私の基準で美しさを追求しているだけで、それを理解しようとするより、ただ心地良さを感じて頂ければ良いのです。工夫したことに気づいてもらえれば、さらに嬉しいと思いますがね」
「なるほど。では引き戸を低くしたのは、どんな意図だ?」
「一人ずつ身を屈ませてしか入れず、中の人数も最小限に抑えたかったのです。手を付いて入ることで、余計なものを持ち込みにくくしました。貴人は得てして、取巻きを連れてどかどかと踏み込んで来ます。中には太刀を履いた護衛を何人も侍らせるような者もいました。そんな輩に調和を壊されたくなかったのです」
「お前さっき、用を為さない畳を敷かないと言ったが、無駄なものは排除したほうが良いと思うか?」
「本当に無駄なものなら、排除したほうが良いと思います。しかし無駄に見えて無駄ではないものがあるので、取捨選択が難しいのです」
「太刀を履いた護衛は無駄か」
「私の茶室では無駄です。身を護ってもらわなければ、茶を服すこともできないのであれば、 屋敷に籠もっていれば良いと思いませんか。それから、茶の毒見をさせた大馬鹿もいました」
「そうやって、本来あるべき形が歪められていくんだよな」
「そもそも私は、茶で金儲けや政事への関与など、する気はまったくなかったのに、勝手に秀吉様の顧問であるかのように扱われたのです。確かに狭い茶室は密談に適していますが、そういう使われ方には、苦々しい思いをしたものです」
「ものの価値がまるで分からん不粋なやつも、一定数はいたんだよ。ただ一つ言えるのは、お前が創り出した美しさを完全に理解できた者は、一人もいなかっただろうということだ」
「一人もですか」
「完全に理解できた者は、一人もいなかったと思うぞ。お前は孤高過ぎたんだ」
「孤高ですか。それは褒め言葉として受け取って良いのですね」
「褒めているんだから当たり前だ。お前もたまには、当たり前のことも言うんだな」
「では私からも、一つ言わせて頂いて良いですか?」
「良いよ」
「信長様も、孤高の人でした」
「それは褒め言葉ではねえよな。茶人にとっては褒め言葉でも、俺みたいなやつにとって、孤高というのは短所だろう?」
「唯一の短所です。あれだけのことを成し遂げた信長様には、数えきれない長所がありました。しかし、ただ一つの短所だった孤高さが、信長様の命を奪ったのです」
「唯一かどうかは知らんが、殺された要因が、その短所にあったのは事実だ」
「間違いなく唯一ですよ。短所がたったそれだけというのは、逆説的な褒め言葉です」
「そうか。利休の正体は詐欺師だったのか。この心地良い空間で茶を服し、ついでにそんな世辞を言われたら、つい何でも喋ってしまいそうになる」
「なるほど。私は詐欺師ですか」
「そうだ」
「…………」
「つまり、あの天下人さえ恐れさせたのは…
お前こそ、天下一の人たらしだったからだ」




