第9章 帰省
マイケルの計らいでハルトは、信州のアパートではなく、岡山県高梁市の母の実家に向かった。丁度、源さんも岡山に帰ってきている時期だった。
サンノゼ空港から高梁市まで実に20時間近い長旅だったが、若さと執念のパワーでハルトは乗り切り、山間部の懐かしい祖父のぶどう畑が見えてきた。
「こんにちは〜!婆ちゃん、いる〜?」
ガラガラと玄関を開けると懐かしい、畳と線香と山の匂いがした。
「あらまぁ、ハルト! よく帰ってきたねぇ〜。長旅で暑かったろう、大変じゃったねぇ」
と手招きして茶の間に通される。何も変わってない。ハルトの大好きな空間だ。
ハルトが山岳地のヤギを使った農業の研究をしようと思ったきっかけが、この母の実家だった。母には姉がいるが、宮大工の真壁家に嫁ぎ、母はサラリーマンの父に嫁いだので、農家は祖父母がやっている。ぶどう農園と畑をやっているが、祖父母だけだと将来かなりキツくなると思い、自分がここを守ろうと思ったのだ。
「婆ちゃん。これお土産」
とガサガサ取り出した。
「爺ちゃんにはスペースシャトルの模型で、婆ちゃんには、よう分からんのじゃけど有名なチョコレートとナッツだよ」
「まぁ! 遠いとこからわざわざありがとねぇ。大事に食べさせてもらうよ。
あんたも疲れたろうから、今日はゆっくり休みんさいよ」
と冷たい麦茶を出してくれた。一口飲むと、ヤカンで丁寧に作った麦茶の味がした。
「やっぱこの味だなぁ〜!」
ハルトの脳内は、夏休みになると遊びに来ていた懐かしい思い出に溢れていた。
「ハルト、汗かいただろう? お風呂沸かしといたけぇ、入りんさい」
「ありがとう」
ハルトは早速風呂でサッパリして、茶の間に戻ると――。
「さぁさ、これもお上がり」
祖母は、大皿にハルトの好物、いなり寿司を沢山作ってくれていた。婆ちゃんのいなり寿司は、油揚げで酢飯を巻いている物で、絶品だから何個でも食べられる。婆ちゃん自慢の漬け物があるから無限ループで食べられるのだ。
「あ、全部食べちゃったけど爺ちゃんの分は大丈夫?」
「大丈夫よ、ちゃぁんと取ってあるけぇ」
と台所を指差すと、二人分が見えた。
(ああ‥やっぱりここは最高だな)
お腹一杯になると、いつも自分が泊まっている部屋。元は母の部屋だった所に向かう。そこは母の部屋の面影は無く、ハルトの部屋になっていた。机の上には家族の写真が飾ってあり、壁にはハルトが子供の頃に描いた絵が額に入って飾ってあった。
窓を開けて窓ぎわにてんとう虫の箱の蓋を開けて置くと、てんとう虫達は、すぐ飛び立って行った。
(早! 頑張って情報収集してくれよ)
婆ちゃんは気をきかして布団を敷いておいてくれた。ハルトは布団に寝転がり天井を見つめる。
「ここは、何度になるのかな?」
と独り言を言うと、てんとう虫トアが
「この辺りの標高は650mくらいなのであまり気温差が無いですね」
「そうか、ありがとう。もっと高い場所でないと夏場生きられないな」
ハルトは、祖父母や両親には事実を告げない決心をしていた。あと33年は普通に暮らせる。88年後にはきっと俺もいないだろう。人間、知らんほうがイイ事がある。
長旅で疲れたのか、いつの間にかハルトは寝落ちた。
気がつくと夕方になっていて、茶の間に行くと爺ちゃんが晩酌をしている。
「ハルト! 疲れは取れたんか?」
「うん。爺ちゃんも元気そうで安心した」
「スペースシャトル、ありがとなぁ。ええもんもろたわ」
爺ちゃんは、床の間に模型を飾っていた。婆ちゃんは、次々に天ぷらや煮物や刺身など並べてくれた。その日は3人で夕食を食べながら、楽しく過ごして夜はふけていった。
次の日
「ハルト。源ちゃんとこ行くなら悪いけど、コレ持って行って」
とシャインマスカットの入った袋を持たされる。
「分かった。じゃ行ってくるわ」
源の工房は岡山市にあるので、備中高梁駅から岡山駅まで特急やくもで向かった。
立派な真壁の表札。
正月には爺ちゃんちに集まるから、この家は子供の頃2,3回来た程度だった。
チャイムを押すと
「ハルちゃん、いらっしゃい。受験があったけぇ、2年振りじゃねぇ」
「伯母ちゃんも元気そうでよかった。ハイこれ、婆ちゃんから」
「ありがとう。わ! シャインマスカットね♡」
どうやら伯母の好物らしく嬉しそうにしていた。客間に通されたハルト。すると源がやってきた。
「ハルちゃん、2年振りだなあ〜」
「源さん。あ、コレお土産です」
とGoogleのロゴ入りノートを何冊か渡す。
「Googleのノートか? 珍しいな」
「ちょっとシリコンバレーに行ってたんです」
伯母が飲み物やらシャインマスカットを洗って持って来てくれた。
「爺ちゃんのシャインマスカット、美味しいけぇ食べんさい。ほら、これも」
と伯母は台所と客間を忙しく移動している。ハルトは真面目な顔をして源に伝える。
「どうしても源さんと2人で話したい事があるんです」
「分かった。とにかく食べてしまえ。母ちゃんが座ると長くなるから」
2人はガツガツ食べて伯母が来た時には
「ちょっと工房見たいらしいからハルトと行ってくるよ」
「ご馳走様でした」
2人はサッサと同じ敷地内の工房に向かう。ハルトはトアから送られてきた写真を3枚見せてこれまでの経緯を伝えた。
源は下を向いて考えていた。
(やはり言葉だけじゃ無理かもしれん)
そこで、てんとう虫に頼み、源も簡易メタバースでハルトと同じ体験をする。そしてトアは、マイケル邸での会議の様子も見せていた。てんとう虫が源の肩から離れると
日頃親方として威厳のある源の目が見開き、手が震えていた。ゴクリと唾を飲み込み
「ハルト……若いのに大変な重荷を背負っとったんじゃな」
「源さん。お願いです。どうか人類存続の為に力を貸して下さい!! 地球に還る素材以外は全て壊されてしまうんです。源さんの知識を、技術を、未来の為に使って下さい」
「……分かった。今は知るのは俺だけでええか?」
「はい。僕も両親や爺ちゃん達には知らせません。33年後に人類は家畜化され、88年後にはインフラが止められるなんて、知らんほうがええ事もあるから」
「それで、俺は何を作ればええ?」
「トアが設計した家です」と設計図を渡す。
「こ、これは凄いなんてもんじゃないな。……建てる場所は?」
「山と鍾乳洞がある場所を探しています。来月にはトア・コーポレーション・ジャパンが設立され、僕が社長に就任する予定なので、大丈夫です」
「じゃあ、新見市はどうだ? あそこはカルスト大地だし、山も鍾乳洞もあるぞ」
「トア調べて」
てんとう虫から機械音が聞こえる。
「そこは、良いと思います」
「分かった。明日、買える土地があるか調べてくる」
源が驚き、
「本当に大丈夫か?」
ハルトは不敵な笑みを浮かべ、ブラックカードを源に見せた。
10章に続く。




