第8章 しばしの別れ。
マイケルの屋敷に滞在させてもらって、半月が過ぎた。
帰国してからの準備や、実際に動いてみないと分からないことも多い。
そのため、これから毎年7月にこの7人がアメリカへ集まることが決まった。
村を作るための莫大な資金は、すべてマイケルが出してくれることになったのだが……。
(でもなぁ……。こんなにお世話になってるのに、資金を全部マイケルに頼るわけにはいかないよな……)
ハルトはベッドの上で頭を抱えていた。
何か、自分でも資金を稼ぎ出す方法はないだろうか。
そう考えていた時、ハルトの脳裏に突拍子もないアイデアが閃いた。
「あ! 一回だけなら、ズルしても許されるんじゃないかな……?」
ハルトは、一攫千金の代名詞である『宝くじ』の存在を思い出したのだ。
「トア。食堂に来て」
ハルトはすっかり『てんとう虫通信』に慣れていた。
ちょうど朝食の時間になったこともあり、ハルトは慌てて食堂へと走った。
食堂では、すでにメンバーたちがそれぞれお皿に料理を盛り付けているところだった。
「何か御用ですか、ハルト?」
トアが不思議そうに首をかしげる。
ハルトはゴクリと唾を飲み込み、食堂の真ん中で思い切って声を大にした。
「一回だけズルしたい!! ロト6の当選番号を調べて欲しいんだ!」
その場にいた全員の視線が、一斉にハルトへと集中する。
「俺はまだ学生だし、バイトしたくらいじゃ大金なんて作れない。それに、マイケルばかりに資金を出してもらうのも申し訳ないからさ……。人類を救うために使う大金なら、一回くらいズルしても神様だって許してくれるんじゃないか!?」
ハルトの必死の弁明を聞いたトアは、淡々と、しかし凄まじい事実を口にした。
「なるほど。それなら日本のロト6ではなく、アメリカのパワーボールを買えば良いのでは? 日本のロト6はキャリーオーバーがあっても最高10億円ですが、パワーボールなら最高3000億円近くですよ」
「さ、3000億……!? 何だか想像もつかない金額だな……」
ハルトが目を丸くしていると、マイケルがトーストを片手に近づいてきて、優しく笑った。
「ハルト、33年後には現金なんてただの紙クズになるんだ。だからお金のことなんて気にしなくてイイんだよ?」
「でも、私は良いアイデアだと思うわ」
女性メンバーのラファエラがクスリと笑う。
「それなら、毎年順番に買えばイイんじゃないか?」
「そうだね、資金はいくらあっても困らないし!」
メンバーたちが口々に賛成する中、マイケルが少し真面目な顔をしてハルトに問いかけた。
「ハルト、君はなぜそこまで巨額の資金が必要なんだい?」
ハルトは真っ直ぐにマイケルを見つめ、内に秘めていた熱い計画を語った。
「日本で村の準備が整ったら、本物の職人さんたちを引き抜くためです。彼らのこれからの生活を完全に保証しなきゃならない。……俺には、陶器もガラスも布も、何一つ作れないから。親方たちだけじゃない。次世代を担う若い弟子たちにその技術を継承してもらわないと、世界の崩壊と同時にそこで全部終わってしまうから」
ハルトの言葉に、食堂が静まり返る。
18歳の少年が、そこまで真剣に未来の『人間の営み』を守ろうとしている。
その心意気に、トアの瞳が静かに青く輝いた。
「私にとってはすべて過去のデータですので、当選番号を調べることは容易です。ただし、一括受け取りや税金などで受け取れる金額は大きく減ります。それでも日本のロトに比べれば遥かに高額ですね」
(かりに1000億円手元に残るとしても‥)
あまりにも桁が多すぎて、ハルトの脳内では完全にピンとこなくなっていた。
「……ガリガリ君なら、一体何本買えるのかな?」
ハルトは呆然としながら、ついそんな独り言を呟いてしまった。
すると、トアの思考スピードが超高速で演算を開始する。
『ガリガリ君の価格:1本80円(税込86円)
買える本数:1,162,790,697本(約11億6,000万本!)
日本国民全員(約1億2千万人)に配った場合:
国民全員が、1人あたり約10本ずつ食べられます。
なお、ハルトが毎日1本ずつ食べ続けた場合、すべてを食べ終わるまでに約318万年かかります』
ハルトは顔を真っ赤にした。
メンバーたちが、一斉に大爆笑の渦に包まれる。
ハルトの微笑ましいボケと、トアの容赦ない超正確なツッコミ。
それはまるでカリフォルニアのまぶしい日差しのように、その場にいる全員の心へ温かく広がっていった。
(よし……これで、これからの資金問題は完全にクリアできそうだ)
ハルトは心の中でガッツポーズを決める。
(日本に帰国したら、真っ先に母方の従兄弟である源さん。何代も続く宮大工の名門、真壁家の現棟梁である『真壁源』さんのところに直談判しに行こう。あの一族の、木の骨組みをあえて見せて呼吸させる『真壁造り』の神技があれば、きっと33年後もビクともしない家が作れる……!)
それからの半月の間、ハルトは驚くべき未来の知識を次々と吸収していった。
汚染された水を、飲料水に変える方法。
大気中から安全な水を取り出す技術。
過酷な山岳地帯でも圧倒的な収穫量を誇る植物や薬草の栽培方法。
そして、何年もの長期保存に耐えうる備蓄食糧の作り方。
排泄物の嫌な臭いを完全にカットし、その発酵熱を利用して冬でも機能する温室のインフラ方法――。
どれもが、未来を生き抜くための最強の内政チート知識だった。
他のメンバーたちも、自国に戻り次第、それぞれの専門分野で再び研究を加速させるらしい。
また来年の7月にここで会い、お互いの成果を発表し合うことを約束した。
人類存亡をかけたカウントダウンの時計は、静かに、しかし確実に動き出したのだ。
別れ際、全員の手には、トアから手渡された「てんとう虫」が百匹入った、「アクセサリーパーツ」と書かれた小さな市販の箱があった。
その小さな機械のてんとう虫たちは、これから各国での情報収集を極秘裏に助けてくれる無敵の相棒だ。
「このてんとう虫には一切の金属が使われていませんので、空港の金属探知機にも引っかかりません。安心して手荷物としてお持ち帰りください。帰国されたら、晴れた日に窓を開け、箱の蓋を開けてください。太陽光でエネルギーチャージを終えた後、彼らは勝手に空へ飛び立ち、ネットワークをビルドしますから」
トアの頼もしい説明を聞いた後、マイケルがハルトの肩をポンと叩いた。
「じゃあハルト。まず日本に帰国したら、来月中に【トア・コーポレーション・ジャパン】を設立しよう。君には、そこの若き最高責任者(社長)になってもらうよ。有能な秘書はこちらで手配する。君はまだ学生だ、卒業するまでは信州で学業と研究をしっかり頑張ってくれ」
そう。資金のマネーフローを完璧にクリアさせ、日本での社会的信用を得るために、マイケルが日本で起業する形を取ってくれたのだ。
しかも、トアのコア・コードを冠した『トア』の名前がつく会社や資産には、人間が家畜化される33年後からインフラが止まる88年までの55年間、機械による監視やハッキングを完全に免除されるという絶対的なステルスセキュリティが備わっている。その上、インフラも無償で供給され続けるのだ。
これ以上ない、最強の盾を手に入れた。
名残惜しいけれど、しばしの別れだ。
固い握手を交わし、熱いハグをして、メンバーたちはそれぞれの国へと帰路につく。
8月の照りつける暑い日。
7人の未来への決意をその翼に乗せて、飛行機は大空へと飛び立っていった。
第9章へ続く。




