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鋼の黙示録  作者: のんな
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第7章 大地の知恵、未来の設計図

挿絵(By みてみん)

数日間に及ぶ白熱した会議が一段落し、今日1日は待望の自由時間フリータイムとなった。


仲間たちはそれぞれ、マイケルの豪邸にあるプライベートプールやテニスコートへ繰り出し、束の間のお祭り騒ぎを楽しんでいるようだった。しかし、ハルトは一人、ゲストルームのベッドに大の字になって寝転がり、天井をにらみつけながら今後の生存戦略を貪るように思考していた。


タイムリミット――すべての都市インフラが完全に停止する「88年後」。

だが、本当のデッドラインはその前にある。人類の知的社会が崩壊し、人々が家畜化される「33年後」だ。それまでに、何が何でも自給自足の楽園(村)を完成させなければならない。しかも、灼熱の夏の間だけでも、あの涼しい山の中で村人全員が生き延びられる環境を整える必要がある。


(いったい、山で何人までなら住めるのか?そして、今から何を用意すればいい……?)


思考がぐるぐると渦巻く。

(まずは衣食住だ。当分の間は現代の遺物や備蓄品で食いつなげるとしても、いずれ自分たちの手でゼロから生み出せなきゃ、数世代で全滅する。……だけど、さすがに『家』を素人が建てるのは不可能だな。日本には地震があるし、文明が崩壊した後の世界なら、いずれ役目を終えたときに地球へ還る自然の素材じゃなきゃダメだ。となると……あの人に頼るしかないか)


ハルトの頭に浮かんだのは、一回り年上の従兄弟、げんの顔だった。岡山に工房を構える彼は、全国の国指定重要文化財や、由緒ある神社仏閣の修繕・新築を手がける本物の「宮大工」だ。


(日本に帰国したら、真っ先に源さんのところに直談判しに行こう)


トントン、と小気味よいノックの音が思考を遮った。


「ハルト。入ってもいい?」

「あ、はい、どうぞ!」


ドアを開けると、ユリアが立っていた。イギリスの種子凍結保存機関「極限環境シードバンク」の研究員である彼女は、いつもは少しおとなしい性格だが、今日はどこか楽しげだ。


「マイケルがね、カリフォルニアの観光に連れて行ってくれるそうなの。ハルトも気分転換に行かない?」

「行きます、ぜひ!」


ハルトはベッドから跳ね起きた。

どうやら参加メンバーは、マイケル、ユリア、ガブリエル(独)、ラファエラ(仏)、そしてハルトの5人。サリ(豪)とセラフィナ(加)は、灼熱の太陽の下でテニスを満喫することを選んだらしい。


マイケルが運転するラグジュアリーな大型車は、カリフォルニアの青空の下を滑るように走り、様々な名所を巡った。


そして最後に訪れたのが、マイケルの紹介で特別に見学が許可された、世界最先端の航空宇宙テクノロジーが結集する聖地――『NASAエイムズ研究センター』だった。


目の前にそびえ立つ、巨大な次世代宇宙船のフルスケール模型。火星探査の最新データや、人類の知性の結晶である超ハイテク機器の数々。

……しかし、それらを目の当たりにしたハルトたちの胸に去来したのは、感動ではなく、息が詰まるほどの圧倒的な「絶望」だった。


「33年後」には世界が崩壊を始め、「88年後」には宇宙どころか、電球1つ灯らない原始の闇が訪れる。人類が数百年かけて積み上げ、今まさに目の前にあるこの星のトップテクノロジーへの切符は、すべて塵となって完全に消え去るのだ。

その残酷な物理的未来を、天才たちは言葉もなく、ただ突きつけられていた。帰りの車内は、まるでお通夜のように静まり返っていた。


バックミラー越しにハルトが沈み込んでいるのを見たユリアが、隣の席から心配そうに顔を覗かせてきた。


「ねえハルト、さっき部屋でもずっと考えていたけれど……どこか具合でも悪いの?」


「いや、体調は万全だよ、ユリア。……ただね、NASAの輝かしい技術を見て、逆にタイムリミットの現実を突きつけられちゃってさ。僕たちが集落を作らなきゃいけないのは33年後だ。それまでにどうやって強固な村を作るべきか考えてたんだ。特に日本は地震大国だから、建築の専門家が必要で……。実は日本にはね、『宮大工』という最高峰の職人がいるんだよ。釘を一本も使わず、木と木を複雑に組み合わせるだけで、何百年も地震に耐えてそびえ立つ神社仏閣を建てちゃうんだ」


ハルトの言葉に、運転席のマイケルがバックミラー越しに目を丸くした。

「おいおいハルト、正気か!? 金属の補強なしで、何百年も地震に耐える木造建築だって!?」


「アハハ! ハルト、それはドイツの伝統的な『ファッハヴェルクハウス(木組み住宅)』と全く同じ思想だね!」


驚いたことに、いつもはクールなドイツの天才ガブリエルが、興奮に目を輝かせて身を乗り出してきた。


「僕の故郷の中部にある世界遺産の街、クヴェトリンブルクにはね、1300棟もの中世の木組み住宅が現役で並んでいるんだ。太いオーク材の骨組みに、職人が手作業で複雑な凹凸(ほぞとほぞ穴)を彫り込み、木のピン(栓)だけでガチガチに連結する。ヨーロッパは日本より地震が少ないけれど、その代わり、季節の湿度で木材が乾燥して歪むのを、構造全体で『いなして逃がす』ための、緻密な構造計算がされているんだよ」


「あら、それなら我がフランスのノルマンディー地方にある『コロンバージュ』も負けていないわ!」

今度はラファエラが、誇らしげに美しい髪をはね上げて胸を張った。


「ルーアンの街並みを見たことがあるかしら? 15世紀の木造建築よ。1階よりも2階、2階よりも3階が外側にせり出す『オーバーハング(キャンティレバー)』という特殊な構造なんだけどね、あえて上の階の重みを利用して、下の階の木組みの継ぎ目をギチギチに締め付けるの。重力という負荷を、建物の強度へ変換する逆力学的な知恵。まさに日本の宮大工と同じ精神ね!」


すると、いつもはおとなしいユリアまでが、頬を紅潮させて言葉を繋いだ。

「イギリスのウェストミンスター・ホールにある『ハンマービーム屋根』もそうですわ! 14世紀に建てられた広大な木造空間ですが、中央に柱を一本も立てていないんです。複雑に噛み合わされた木組みのアーチだけで、巨大な天井の自重を壁へと分散させて支持している。……それこそ、現代のトラス構造の先駆け。当時の名もなき職人たちの、最高峰の知恵の結晶です!」


車内の空気が一変した。

世界中の天才たちが、自国の歴史の底に眠る「釘を使わない木組みの神技」を、まるでパズルのピースを合わせるように熱く語り合う。

最先端のNASAの宇宙技術が消え去る未来で――人間が大自然と何百年も対話して受け継いできた『大地の知恵』が、今、ハルトの言葉をハブにして、強固に一つへと繋がろうとしていた。


マイケルはハンドルを力強く握り締めながら、大興奮で叫んだ。


「最高じゃないか、みんな!!! 明日の会議のメイン議題は決まりだ! この『世界各国の伝統建築のロジック融合』による、ハイパーインフラ建築のビルドをやろう!」


「はい。ベースになる、一般の村人たちが快適に住める基本構造の設計は、トアにシミュレーションしてもらっても良いかもしれませんね」


ハルトがそう言って自身の肩の上のてんとう虫に目をやると、皆も深く頷いた。


すると聞いていたトアの返事が、てんとう虫から、電子音声で響く。


『ハルト。世界中のあらゆる歴史的木組み建築のデータを即座にハッキング・抽出し、現代の応力解析を掛け合わせます。33年後の大自然の素材でも絶対に崩れない【最強の魔改造・楽園住宅】の設計図を、用意します』


(……今、堂々とハッキングって言ったな)


ハルトは思わず吹き出しそうになりながら、車窓の向こうに見える、迫りくる 33年後の未来の闇が、職人たちの知恵という松明たいまつによって少しだけ明るく照らされたような気がした。


――翌朝。


食堂で、ハルトはトースト、みずみずしいサラダ、ふんわりとしたスクランブルエッグを皿に盛り、どれも美味しそうな数種類の高級ハムを贅沢に迷いながらトングで挟んでいた。

(いやぁ……朝から贅沢だよなぁ。日本に帰ってからは雲泥の差なんだよな)

いつものインスタントコーヒーとトーストを食べる自分を思い出すハルト。

(ま、アレはアレで旨いんだけど‥)


席に着き、淹れたてのコーヒーを口に含みながら、ハルトはずっと脳裏に引っかかっていた「1つの謎」を、今日こそトアに確かめたいと考えていた。


「ねえマイケル、この時間、トアはどこにいるのかな?」

隣の席でマフィンを齧っていたマイケルに尋ねてみる。

「トアかい? いつも通りなら、自分の部屋のメインサーバーにこもってデータを精査していると思うよ」


――カチャ、と小気味よい音がして、まるで計ったかのようにトアが食堂の自動ドアから姿を現した。


「何かご用ですか? ハルト」


ハルトはもう、その神がかったタイミングの登場にも驚かなかった。皿を置き、トアの綺麗なブルーの瞳をじっと見つめる。


「トア。実はさ……初めてあの『人類家畜化の悲惨な未来映像』を見せられた時、タイムスリップしたって思ってたんだ。……だけど、よく考えたらそれはおかしい気がして‥あれは別の技術なんじゃないか?」


ハルトの鋭い問いかけに、首をかしげ


『私は、てんとう虫型ナノ端末で、あなたの脳神経へ直接仮想現実の信号を送っていました。つまり、あなたが見た未来はタイムスリップではなく、脳内に再現したメタバースです』


皆が(そうだったのか⁈)と驚いた顔をする。


「じゃ、あの雷は?」

『偶然ですね』

「‥そうか。分かったありがとう」

『では』

‥とトアが去った後、その場にいた経験した全員が

(脳大丈夫なのか?)

と思ったけれど、皆黙っていた。


8章に続く



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