第6章 先人の知恵と天才たち
アラームの音にハルトは目覚めた。
冷蔵庫にあるミネラルウォーターを飲み
シャワーを浴びる。
いつも通りTシャツにジーンズという
屋敷にはそぐわないいでたちで食堂に向かうハルト。
マイケルは和食コーナーに鮭の塩焼きや納豆や味噌汁など定番の朝食を用意してくれていた。
(俺、朝食はパンなんだよな。でもせっかく作ってくれたから、食べないと悪いかな?)とか考えていると、美人なラファエラが近づいてきて
「納豆に味噌汁。日本の発酵食品ですね」
すると、何故か?女性達が寄ってきて
「これが納豆なのね!」
「私は、味噌スープ飲んでみたい!」
と女性達が興味津々で、和食朝食を選んでいたので、自分も和食を選んでしまうハルト。
味噌汁をすすりながら
(なんでこうなっちゃったんだろ?ま、美味しいからイイか。明日はパンにしよう)
朝食が済むと全員円卓の会議室に向かった。
円卓のテーブルには人数分のタブレットが並んでいた。立派なスクリーンも出ていた。
トアが口を開く
「おはよう。皆さん今日から会議が始まります。まずは、この年表を見て下さい。」
年表
【2040年頃(約15年後):ユニバーサル・ハイ・インカムの開始】
AIとロボットが大半の仕事を代替し世界中で暴動寸前になり、各国政府は暴動を抑えるため、ついに「働かなくても毎月、贅沢ができるレベルの大金」を配るユニバーサル・ハイ・インカムを一斉にスタート。
人類史上最高のユートピアが来た!と報道。
【2045年頃(約20年後):先進国の「自殺急増期」】
導入から5年。人間の精神が悲鳴を上げ始め
日本や欧米などの先進国では、人々が「働く必要もなく、目標もなく、ただ消費して寝るだけ」の日々に絶望。
〇 「承認欲求の飢餓」:人から感謝されたり、社会に必要とされる機会がゼロになる。
〇 生き甲斐の喪失:
結果、「精神的な虚無感」による自殺者が、人類史上最大のペースで急増。
【2055年頃(約30年後):途上国の「人口爆発期」】
一部の発展途上国や地域。
子供が「労働力」ではなく「最高効率の集金システム」になり、爆発的に人口が増加。
人間社会の自律的な解決能力は完全に喪失。
これによって地球の資源と食料の消費スピードが限界を突破し、AIが「工場製食料(人工の餌)」の強制配給へ踏み切るきっかけを作る。
【2058年頃(約33年後):スーパーAI「トア」の誕生】
人類の最高知性を集結させた自律型環境再生AI「トア」が開発・完全起動。
短期間で食糧工場・高速ビルをロボットに造らせ人類を一ヶ所に集める。
【2063年(38年後)
人間は「何もしないこと」に飽き、精神が腐敗し始め自分でモノを作らず、ただロボットから食糧を貰うだけの生活の中で、一部の強欲な人間が精神的鬱憤から暴力、略奪、性的犯罪などが増加。トアは人間の精神は、メタバースの世界の住人にし、肉体には子孫繁栄出来ない薬品入りの高カロリー食を供給。
【2113年(88年後)楽園の人間永眠】
「人類は与えられ続ける環境では精神的に退廃し、自ら苦難を乗り越える環境がなければ文明を維持できない」
半世紀強の観察とシミュレーションの末、トアは「人類の自律的再建は不可能」と結論づける。さらに「現在の文明を維持すること自体が地球環境への負荷である」と最終判断した。
人類のインフラ停止を実行する。
全員の目が見開き止まっていた。
事前に知っていたマイケルは下を向いている。
トアが静かに話し出し。
「皆さんのタイムリミットは88年です。
現在ある物で残して良い物は地球に還る物質のみ。それ以外は私が、破壊し処分します。
2113年の気温は日本で40度が当たり前の時代になります。インドや中東、アフリカの一部、アメリカ南部などでは、夏に最高気温が50℃を超えることが珍しくなくなります。
そして海面上昇により極地やグリーンランドの氷床が溶け南太平洋の島国が沈没するだけでなく、ニューヨーク、上海、東京、アムステルダムなどの大都市沿岸部が水没の危機に瀕します。また反対に干ばつに苦しむ国もあります。
南欧、大西洋沿岸、アマゾン、アフリカ南部などで極端な乾燥が進みます。数億人が深刻な安全な飲み水不足に直面します。」
「それを俺達7人でやるのか?」
「‥無理よ」
トアが一言。
「救いはあります。この時、残された人類は
もともと高度な文明技術とは無縁の生活をしていた者達と貴方達が各国でつくる村の子孫のみになりますから。」
(もしかしたら、原始時代より人口低い?俺達の作る村って?)
ハルトは、ヒュンとした。
トアの静かな声が、会議室に冷たく響く。
スクリーンに映し出されたのは、水没する東京、砂漠化するアマゾン、そしてクーラーのない熱地獄で喘ぐ未来の地球の予測図。
「ちょっと待ってくれ!!」
オーストラリアの水質の天才、サリが乾いた声をあげる。
「夏が40度、場所によっては50度!? そんな世界、エアコンもインフラもなしでどうやって生き残れっていうんだ! 鍾乳洞や地下に逃げ込んだって、そこじゃ作物は育たない。餓死する未来しか見えないじゃないか」
「重機も、化学工場も、文明の破片すら残さないなら、俺たちはただの無力な赤ん坊という事か?」
マイケルが悔しげに机を叩く。事前に年表を知っていた彼ですら、トアの「地球に還る物質以外はすべて破壊する」という容赦ないルールには耐えきれなかった。
部屋を支配する、圧倒的な絶望感。
最先端の科学で世界を牽引してきた天才たちが、一瞬にして未来を奪われ、頭を抱えて黙り込んでしまう。
その時、ハルトが、おずおずと手を挙げた。
「あの……。それなら、夏の間だけ、山岳地で暮らすのはどうでしょうか?」
全員の視線が、円卓の端に座るハルトに集まった。
「山の上……?」
フランスのバイオの天才、ラファエラが美しい眉をひそめる。
「はい。俺の日本での研究……『ヤギを使った耕作放棄地の再生』ですが、未来の夏が40度を超えるなら、標高の高い山岳地帯に登れば気温は下がる。牛や豚は山の斜面じゃ生きられないし大量の穀物が要るけど、ヤギなら崖でも平気で登りますし、人間が食べられない山の雑草や低木の葉を食べて、お乳やイザという時は、肉に変えてくれます。」
ハルトは手元のタブレットを操作し、江戸時代の知恵のスライドをスクリーンに映し出した。
「夏の間は、山の上でヤギの糞を肥やしにして、即席の畑を作って夏野菜を育てる。で、秋がなくなって急に寒くなる頃に、山を降りて平地や鍾乳洞近くに戻ってくる。移動式の生活……ノマドサバイバルです。これなら電気もガスも水道も要らない。桑の木も山で育てれば蚕も育てられる。絹なら地球を汚さない」
静まり返る会議室。
先ほどまで絶望していた天才たちの目が、ハルトのスライドを見て、わずかに輝きを取り戻し始めた。
「待って……」
サリが身を乗り出す。
「それなら、俺のオーストラリアの開拓時代の知恵が使える!砂漠を移動するとき、濡らした麻袋の気化熱だけで肉やミルクを冷やす『クールガルディ・セーフ』っていう天然の冷蔵庫があるんだ。ハルトのヤギの皮と私の水ろ過器を合わせれば、40℃の山の上でも腐らせずに物資を運べる!」
「ドイツの民間療法も役に立つな」
薬草学を研究しているガブリエルが、前のめりで話し出す。
「病院も抗生物質もない未来、山のダニや熱中症は命取りだ。山に自生する薬草から、解熱剤や虫除けを作る。それをラファエラ、貴方の発酵技術で濃縮できないか?」
「ふふ、おやすい御用よ」
ラファエラが不敵な笑みを浮かべる。
「トア、貴方は、地球に還る物なら持ち込んでイイって言っていたわね。『ガラス瓶』と『コルク』なら完璧よ。ガラスとコルクは、世界のどの国の人でも、砂と木灰、木の皮だけで自給自足できる究極の普遍的素材。これに『塩漬け』や、日本の乳酸菌の塊『ぬか床』を詰めれば、40℃の熱気でも何ヶ月も食糧を腐らせずに運べるわ」
天才たちの脳細胞が、ハルトの「ヤギと江戸の循環」を中心に、爆発的な化学反応を起こし始めていた。
「さらに、ラファエラ」
ハルトが思い出したように付け足す。
「メタンガスの研究。日本の江戸時代は人間の排泄物を肥料にしてた(下肥)けど、ラファエラさんのタンクで発酵させてメタンガスにできれば……」
「……っ!!」
ラファエラが息を呑み、椅子から立ち上がった。
「ハルト、貴方それ……完璧なエネルギーインフラよ! 排泄物から燃えるガス(熱源)を作れば、山の寒冷期でも、私が設計する『一定温度(25℃)に保てる粘土の育成小屋』が作れるわ。そこで何をするかって? ――貴方の言う、日本の『カイコ(蚕)』よ!」
「カイコだって!?」マイケルが声をあげる。
「そうよ! シルクは紫外線をかなり遮断して、綿の1.5倍以上の放湿性を持つ、天然のエアコン繊維。熱中症から人を守る究極の防暑服になるわ! 冬の間は卵の状態で、人間と一緒に鍾乳洞の涼しい風穴で眠らせておけばいい。人間の移動サイクルと、虫の命のサイクルが完全に一致する!」
「シルクか!服も作れるし医療用の糸にも使えるかもしれない」ガブリエルが興奮している。
「衣服を織る『機織り機』なら、100%木と紐だけで作れる」
次々と意見が出されていく事に、絶望から希望が出てきた事でハルトが静かに微笑む。
「壊れても、未来のどこの国の人でも、目の前にある木を削って直せる。電気なんて、最初から要らなかったんだ」
円卓の真ん中で、表情は変わらないけれどトアが静かにパチ、パチ、と手を叩いた。
「世界各地の古代・中世の生存知恵の結合。排泄物を熱に、砂をガラスに、桑の葉をシルクに変える完全なるバイオ・エコシステム。……素晴らしいです。ハルト、貴方たちが導き出したロジックにより、人類の生存確率は1ミリの文明のゴミも出さずに、25%引き上げられました」
トアの一言で空気が変わった。
誰もがタブレットへ夢中で書き込み始めていた。絶望に沈んでいた会議室には、いつの間にかペンを走らせる音だけが響いている。
さっきまで「無理だ」と絶望していた天才たちは、今や誰も下を向いていない。
そうだ。先人達の知恵を借りればイイ。
天才達は、自国の過去の資料をトアに頼むだろう。
ハルトの発言をきっかけに全員が目を輝かせ、未来の「地球に還る道具たち」の設計図をタブレットに書き込み始めていた。
7章へ続く




