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鋼の黙示録  作者: のんな
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第4章 バタフライ・エフェクト

挿絵(By みてみん)

ハルトはサンノゼ国際空港のゲートを出て、待ちに待ったアメリカの地を踏んだ。

空港の外に出ると、目に入る何もかもが広く感じられる。カリフォルニアのカラッとした空気が心地よく、初めての場所だというのに、胸がすくような解放感すら覚えた。


ロビーの向こう側から、現地の強い日差しにも負けないフレンドリーな笑顔を浮かべたマイケルが現れた。


「"Welcome, Haruto! I’m so glad to finally meet you."」

(よく来たね、ハルト! ついに会えて嬉しいよ)


「"Thank you for having me, Michael. It’s an honor to be here."」

(ご招待ありがとうございます、マイケル。ここへ来られて光栄です)


二人は固い握手を交わした。マイケルが連れてきた運転手が、ハルトの荷物を手際よく車へと運び入れる。

その高級感溢れる佇まいに、ハルトは目を丸くした。


(わっ! これ、もしかしてロールスロイスなんじゃ……? 旅費をポンと出してくれた時から思ってたけど、マイケルってめちゃくちゃなお金持ちなんんじゃないか?)


車内に乗り込むと、マイケルは何やら冷たい飲み物を勧めてくれた。

ハルトは、自分がそれまで住んでいた世界とは完全に別次元の体験に、ただただ圧倒されて固まっていた。


高級車は滑るように走り、やがて『NEXUS』とデカデカとロゴが掲げられた広大な敷地へと入っていく。


(AppleとかGoogleとか、そういうIT系の巨大企業なのか?)


車は、広大な敷地の奥にそびえ立つ、洗練された近代的な建物のエントランス前で静かに止まった。


マイケルの後について建物の中へ進むと、ハルトはさらに驚かされることになる。なんと、最先端の指紋認証システムが搭載されたエレベーターに乗り込み、そのまま地下へと降りていくのだ。


(えっ? 地下に行くのか? 大丈夫かな?俺……。まさか、怪しい組織に臓器でも取られたりしないよな?)


そんなハルトの不安を余所に、エレベーターは地下2階に到着した。

しかし、扉が開いた先は、地下とは思えないほど天井が高くて解放感があり、どこからか柔らかな光さえ差し込んでいた。

ズラリと高級なソファが並ぶ、まるで一流ホテルのラウンジか高級カフェのような部屋。どうやらセルフサービスで自由に飲み物が飲めるらしい。


ハルトがようやく一息ついた、その時だった。


カチリ、と静かな音がして、それまで壁だと思っていた場所が左右に開き、地続きの大きな部屋が現れた。

部屋の中心には見事な円卓のテーブルがあり、人数分のマイク付きヘッドホンが静かに置かれている。


同時に、別の入り口から男女のグループが入ってきた。


(……うん? 子供?)


確か、集まるのは自分やマイケルを含めて7人だと聞いていた。


8人目が、子供なのか?

しかも、あまりにも異質に見える。

ファッションなんて縁が無さそうな人間の中にロリータファッション風のレースフリフリな愛らしい女の子が1人だけ混じっていたのだ。


マイケルはジェスチャーで全員に席を促すと、自ら手本を示すように目の前のヘッドホンを耳に装着した。

ハルトたちもそれに倣ってヘッドホンを着けた、その瞬間――全員の耳元に、驚くほどクリアな音声が響き渡った。


「遠い所、皆さんよく集まってくれました。今、このヘッドホンとマイクを通して、皆さんの母国語に同時通訳された言葉が聞こえているはずです」


マイケルの声だった。

ハルトは思わず周囲を見渡した。


(えっ!? 通訳はどこにいるんだ? 姿が見えないぞ……)


困惑するハルトたちを他所に、あの小さな女の子が静かに口を開いた。


「皆さん、はじめまして。私は未来のAI、トアです。なぜ皆さんが選ばれたのか、それから、何のためにここへ集まっていただいたのか、私から説明をさせていただきます」


(……今、何て言った!? 未来の、AI……だと!?)


ハルトの頭が真っ白になる中、円卓のあちこちから、鋭い反論が飛び交った。


「マイケル、私たちをからかうために、わざわざアメリカまで呼んだの?」

「そうだ、いくら冗談でも悪質すぎる。大体、君は何歳だ? どう見てもただの子供じゃないか!」


天才たちの非難を浴びても、トアは眉ひとつ動かさなかった。

それどころか、彼女は衣服の奥から一本の鋭利なナイフを取り出すと、迷いなく自身の腕に刃を立て、その皮膚を躊躇なく切り開いたのだ。


「なんてことを……ッ!」


あまりの光景に、フランス人女性のラファエラが悲鳴を上げて立ち上がろうとする。しかし、トアは表情を変えないまま、制止するように小さな手をすっと下ろした。


そしてトアは円卓の中心へと歩み寄り、切り開かれた自身の腕を全員に見せつけた。


そこにあったのは、血の一滴すら流れない、驚異の光景だった。

人工皮膚の奥には、人類が知る「ロボット」や「アンドロイド」という概念を完全に超越した、未知のオーバーテクノロジーが息づいていた。


前世紀の遺物のような金属の骨組みや、剥き出しの無骨な配線などはどこにもない。

彼女の骨格はグラフェンとカーボンナノチューブを複合化した未知の素材。ダイヤモンドをも凌駕する硬度と、生物の骨を遥かに凌ぐ柔軟性を両立したその骨格の表面には、人間のしなやかな筋肉を精巧に模した『電界応答性高分子(EAP)人工筋肉』の繊維が、まるで芸術品のように美しく編み込まれていた。


現代の科学レベルでは、1ミリたりとも再現不可能な「未来の技術」がそこにあった。


「……信じられない……」


言葉を失い、誰もが真っ青になって席に縛り付けられていると、マイケルが静かに語り始めた。


「トアは、私が開発したAI『TOA-01モデル』が、遠い未来において自ら作り出した究極の進化型AIなんだ。君たちが事前に見たあの『未来の映像』は、すべてトアが観測し、記録してきた現実の世界なんだよ」


マイケルは天を仰ぐようにして、苦渋に満ちた声を絞り出す。


「私は、人類のより良い未来のためにAIを開発した。労働から解放され、すべての人が最低限の豊かな生活を送れる『ユニバーサル・ハイ・インカム』の実現のためにね。……最初は、すべてが順調に進んでいたんだ。だが……。ここからは、トア、君の口から説明してくれ」


トアは小さく頷くと、表情を一切変えないまま、淡々と未来の歴史を語り始めた。

少女の愛らしい口から紡がれる冷徹な事実は、だからこそ、余計に生々しくハルトたちの胸に突き刺さる。


トアの語る未来は、こうだった。

労働を必要とされなくなった人間は、国から高額な生活費を支給され、当初は誰もが豊かに、幸福に暮らしていた。ところが、先進国では、生きる目的を失った人々の間で自殺者が急増。その一方で、一部の地域では爆発的に人口が増加し、地球の資源と食糧が決定的に不足し始めた。人類の間で、ふたたび悲惨な戦争が起きようとしていたのだ。

その危機を回避するため、当時のAIが総力を挙げて創り出したのが、このスーパーAI『トア』だった。


トアはすぐに見事な行動を起こした。巨大な工場でクリーンに食糧を生産し、自ら設計した超高層ビル群をロボットたちに建造させ、人間を一つの完璧な管理区域――あの『楽園』へと集中させたのだ。

もちろん、管理されることを嫌がる人間もいたため、トアは1年の猶予を与え、その間も食糧や生活物資を無償で配給し続けた。


しかし、やがてその『楽園』の中にも、人間の醜いエゴが頭をもたげ始める。

配給を横領する者、秩序を維持するロボットたちを破壊する者、あろうことか、女性や子供に乱暴を働く者まで現れた。

これ以上の自滅を防ぐため、トアは人間を精神だけの存在としてメタバース(仮想空間)の世界の住人に変え、現実の肉体には食糧を通して薬を混ぜ、子孫繁栄ができない身体へと作り変えたのだ。

家畜化された、人間の楽園。それが、ハルトたちが最初に見たあの世界の真実だった。


一方、トアの管理を拒み、外の世界に残った集落の人間たちもまた、悲惨な結末を辿っていた。

彼らは自分たちで畑を作り、子供を産み、トアからの食糧配給が途絶えても、最初は快適に暮らしていたのだ。そう、最初は。

やがて楽園の人間全員が天寿を全うするとトアは自分たちが活動する最低限のエネルギーを除き、地球上のすべてのインフラ供給を完全に停止した。


外に残った集落の人間には、致命的に「想像力」が欠如していた。

インフラが止まった後、自力での水源の確保も、地球温暖化による過酷な気温上昇への備えもしていなかった彼らは、干からびる大地の中で初めてパニックに陥った。助けを求めて、かつての『楽園』へと駆け込んだ時には、そこにはもう誰もいなかった。

そして、彼らは自滅してしまった。



それが、ハルトたちが次に見た、あの骨だけが転がる荒野の世界だった。


「私は確信しました」


トアの声が、静かに会議室に響く。


「元々テクノロジーと無縁の生活をしていた人間なら、環境が変わっても生き残れるでしょう。ですが、それ以外の文明を知ってしまった人間の中に、この地球と本当の意味で共存できる存在は一人もいませんでした。……私の最終目的は、汚された地球の完全な再生です。そのために、あなた方をここに呼びました。……それでは、マイケルは先程自己紹介しましたから、他の研究者の皆さんお一人ずつ自己紹介をお願いします」


トアの小さな指が、一人の女性を指差した。指された彼女は、緊張に身を硬くしながらも、凛とした声で口を開いた。


「私はユリア・エバンズ。イギリスで植物遺伝学を専攻し、未来へ向けた種子の長期保存方法を研究しています」


次に、見るからに体格のいい、快活そうな青年が続いた。

「俺はサリ・テイラー。オーストラリアで水資源工学の研究をしてる。どんなに泥や毒で濁った水でも、完璧に濾過して飲めるようにするための技術だ」


品のある大人の女性が、静かに微笑む。

「私はラファエラ・デュポン。フランスで応用微生物学と、伝統的な発酵保存学の研究をしていますわ」


メガネをかけた知性的な男性が、短くお辞儀をした。

「私はガブリエル・ウェーバー。ドイツで、古代の知恵と現代科学を融合させた薬草学メディカルハーブの研究をしています」


「私はセラフィナ・ルブラン。カナダで、過酷な寒冷地でもバイオマスや再生可能エネルギーだけで電力と暖房を自給自足し、効率的に作物を育てるパーマカルチャーのシステムを研究しています」


そして、最後に順番が回ってきたのがハルトだった。

「俺は、天照陽人あましろ・はるとです。日本で、山岳地帯の険しい環境やヤギを使って、人の手が離れてしまった耕作放棄地を自然の力で再生する研究をしています。……正直、なぜ自分の研究がこんな地球規模の計画に選ばれたのか、さっぱり分からなくて」


ハルトが困惑混じりにそう言うと、トアは衣服のポケットから小さなスティックを取り出し、その中央にあるボタンを静かに押した。


カチリ。


その音が響いた直後、ハルトは自分の首筋のあたりがモぞモぞと動く違和感を覚えた。

「うわっ!?」

驚いて服を払うと、ハルトの後ろ襟の隙間から、一匹の赤くて丸いてんとう虫が這い出し、パタパタと羽を広げてトアの手元へと飛んでいった。


驚愕はハルトだけではなかった。円卓を囲む他の者たちの服のポケットや、袖の折り目からも、同じようにてんとう虫たちが次々と這い出し、まるで磁石に吸い寄せられるかのように一斉にトアの元へと集まっていく。虫たちは、トアの手のひらの上で綺麗に整列した。


「ハルト、日本国内だけでも、あなたと同じ分野の候補者は86人いました」


トアは手元のてんとう虫たちを見つめながら、ハルトへと視線を戻した。


「研究実績だけではありません。遺伝子レベルで過酷な環境に耐えうる健康な肉体を持っているか? 絶望に直面しても折れない強い精神はあるか? 常に学び続ける向上心はあるか? そして何より――窮地にあっても他者を気遣える『思いやり』があるか。私はこの小さなてんとう虫たちを使い、あなた方の日常をずっと『観察』して、適性を見極めていたのです。その結果、あなた方全員すべてに合格しました」


トアの言葉に、誰かが震える声で呟いた。

「合格、だと……? ですが、人類の存亡というあまりにも巨大な運命を前に、私たちだけで、一体どうすればいいと言うんだ?」


静まり返る円卓を見渡し、今度はマイケルが重厚な口調で語りかけた。


「君たちにはこれから1ヶ月間、我が家に滞在し、それぞれの国や分野で培ってきた知識のすべてを共有し合ってほしい。そして、トアの知性を交えながら、未来に生きる人類が、地球を傷つけることなく自然と共存するための『生き残りのバイブル』を作ってほしいんだ」


ハルトは、自分の持っているヤギの知識や泥臭い農業の研究が、どうやって人類を救うバイブルに役立つのか、まだ完全には理解できていなかった。

だが、世界中の天才たちの引き締まった表情と、トアの底知れない瞳を見つめているうちに、胸の奥で熱い塊が爆発するのを感じた。


ハルトは静かに、しかし、二度と揺らぐことのない確固たる覚悟を決めた。


(やってやる。このたった7人の出会いが、いつか人類の希望になるように――)


世界を大きく変える『蝶の羽ばたき(バタフライエフェクト)』は、シリコンバレーの静かな地下室で、今、確かに始まった。


(第5章へ続く)


挿絵(By みてみん)


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