第29章 彩り
クリスが走ってやってきた。
「社長!! 皆のユニフォームが完成しました」
「え? 作務衣か?」
「はい。念願だった結城紬の作務衣です」
クリスは感無量といった顔をしている。
クリスに誘われるがまま事務所に行くと、色とりどりの作務衣が完成していた。
ハルトは、機織り職人をお願いするなら、蚕の糸からすべて手作業で作り上げる結城紬が良いのではないかと思っていた。3世代で使えるほど丈夫で軽く、冬は暖かく夏は涼しい理想的な生地だったが、工程が多く、それぞれに熟練した職人が必要なことから、これが最後の壁となっていたのだ。
結の郷が始まって以来、クリスが何度も茨城まで足を運び、作務衣用の反物をお願いするのが精一杯だった結城紬。縫製は外注し、ようやくこうして完成したのだった。
「自然で綺麗な色だな。早速着てみよう」
クリス、後藤、ハルトは経営陣だから紺色。
源さんたち宮大工チームは、栗皮色。
火を使う鍛冶職人・ガラス職人・炭焼き職人は、茜色。
酒や味噌、チーズといった食品を扱う職人は、山吹色。
井戸掘り職人や漆塗り職人は、天色。
農業系は、草色。
結の郷の、日本の風景に溶け込むような色合い。
絹糸で織られた結城紬の作務衣——これは、ただの作業着ではない。長年修行してきた本物の職人の技に敬意を払った、ハルトの思いが込められていた。
作務衣に着替えたハルトとクリスは、自然と背筋が伸び、凛とした雰囲気を醸し出している。ハルトは皆の反応が楽しみになり、
「早速、みんなに配ろう!」
まずは、宮大工チームの工房へ向かう。
「源さん!! 作業着出来たよ」
栗皮色の作務衣を渡す。
「ありがとな! 俺みたいに渋い色じゃのう」
……と、源さんは早速着てくれた。
「お! なんじゃこの肌触りは! 軽うて動きやすい、極上の作務衣じゃねえか!」
クリスは自慢気に、
「結城紬ですから」
「結城紬だって!? 贅沢なんてもんじゃないな!! 全員分あるのか?」
「当たり前だよ」
ハルトはニッコリ笑って、
「じゃ、次は鍛冶工房に行ってくるね」
ハルトとクリスはワクワクしながら鍛冶工房に向かう。
「真田さん!! 作業着出来ましたよ」
汗まみれになった真田がやってきた。
「これなんですけど」と、茜色の作務衣を真田に渡す。
「綺麗な色だな!! それにこの肌触りって……」
またクリスが少しドヤ顔で、
「結城紬ですから」
真田の目が大きく見開く。
「結城紬だって!? 作務衣にか!?」
ハルトはニッコリしながら、
「はい!! 軽くて丈夫で、最高の戦闘服ですよね」
真田は照れくさそうに頭をかきながら、
「社長にはかなわないよな」
と、愛おしそうに作務衣を抱きしめている。
それからハルトたちは各工房に足を運び、作務衣を配って回った。誰もが歓喜の声をあげてくれた。
色とりどりの作務衣を着た職人たちが、お互いの色を見て幸せそうに笑いながら「自分の色が一番だ」と話し合っている。その光景を見て、ハルトは閃いた。
「クリス!! 結城紬の職人さんたちを、ここに招いてみたらどうかな?」
クリスはハッとした顔をして、
「名案ですね!! 早速連絡してみます」
クリスが馴染みの機織り職人さんに連絡を入れると、二つ返事で来てくれることになった。どうやら自分たちが作った結城紬がどのように使われているのか、気になっていたらしい。
結の郷 見学日
泊まりがけになるため、ハルトは急遽、集会所に布団などを人数分用意した。
後藤がワゴン車をレンタルし、岡山駅まで機織り職人である鈴木さん一家を迎えに行った。こういう場面では、コミュニケーション能力の高い後藤と、顔馴染みのクリスが同行してお出迎えするのが一番良いという話になったのだ。
てんとう虫通信で「到着間近」と連絡が入ったため、結の郷の入り口で待機するハルト。
(鈴木さんたち、気に入ってくれるといいな)
紺色の作務衣を身にまとい緊張していると、ワゴン車が滑り込んできた。
「遠いところ、来てくださってありがとうございます。私が代表の天照陽人です」
深々と頭を下げる。
千代はハルトの顔を見て少し驚いた表情をした後、
「こ、こちらこそ、何から何まで用意してくださりありがとうございます。鈴木千代と申します」
と、柔らかい笑顔で挨拶をしてくれた。
(やはりトアが、夢で未来を見せているんだな)
ハルトはそう思いながらも、
「どうぞ、こちらへ」
結の郷に入ると、自然の彩りに溶け込む作務衣で働く職人たちを見て、鈴木一家は目を丸くした。
「あの作務衣が、私の織った物ですか……?」
「はい!! 一流の職人さんには一流の仕事服が必要だと思いましたので」
ハルトが太陽のように明るく微笑むと、
「ありがとうございます。光栄です」
鈴木さん一家は、父の玄蔵、母の千代、長男の賢、長女の咲子、次女の若菜の5人だった。
まずは住居スペースのある集会所に荷物を置きに向かう。
そこまでの道中、棚田があり、茅葺き屋根の家々が並ぶ日本の原風景に一堂は息をのむ。
「素晴らしい風景ですね……」
「はい。地主さんたちの好意で、ここまで作ることができました」
「ここが、お泊まりいただく場所になります」
集会所を見上げて驚く5人。
「こ、これは宮大工さんが作られたのですか?」
ハルトがニッコリして、
「ええ! 私の従兄弟の源が棟梁なんです」
5人は中に足を踏み入れる。
「広いですね〜」
「ここは郷の集会所になります。すみません、まだ宿泊施設が無くて……もし不都合があればホテルをご用意しますので仰ってくださいね」
鈴木たちは慌てて首を振る。
「とんでもないです!! こんな立派なところに泊めさせていただき、本当に嬉しいです」
そこに光が現れた。
「皆様、いらっしゃいませ。冷たい麦茶をお持ちしました。温かいものがよろしければ、こちらのポットに入っていますので」
光は丸いちゃぶ台に、お茶とお菓子のセットを置いていく。
「まずはゆっくり休んでください。昼食はお持ちしますので、午後から結の郷の見学をしましょう」
ハルトたちは職人たちの奥さんに頼み、郷で採れた野菜などで『ランチ御膳』を用意してもらった。テーブルの上に次々と並ぶお料理に、鈴木一家が驚きの声をあげる。光も助っ人でお料理を運んでくれた。
「わぁ! このお野菜、美味しい!」
「なんだこの味噌汁の味は!! スゴイな!」
父の玄蔵は感動の声をあげる。
「この網焼きのお肉も旨い!」
長男の賢もパクパク食べている。
皆が満足した昼食が終わり、時間になったので、クリスと後藤が結の郷の案内を始める。
「結の郷は、コア・コーポレーション・ジャパンが運営する、エコと日本伝統文化を紹介・継承するテーマパークで、本社はアメリカにあります」
「アメリカですか!!」
5人は目を丸くする。
「大元は、ネクサスの代表が世界の伝統を守るために作った会社で、トア・コーポレーションはアメリカ、フランス、イギリス、カナダ、ドイツ、オーストラリア、そして日本に支社があります。天照は日本の代表です」
賢が驚きの声をあげる。
「ネクサスだって!? 有名なIT企業じゃないか!」
「はい。マイケル・ジョンソンがトア・コーポレーションの代表も兼任しています」
「ま、マイケル・ジョンソンだって!?」
賢は結城紬を作務衣にしたことにも驚いていたが、結の郷の資金力の豊富さに納得がいったようだった。
「母さん! こんな奇跡みたいな場所、他にないよ!」
さらに鈴木一家は、鍾乳洞の中に入って驚愕する。湿度の高い洞窟内に各蔵があり、そこで食品が作られているのだ。
味噌蔵では、藤丸が小皿に味噌を取り分けて皆に差し出した。
「やっと納得のいく物が出来ました」
「あ! この味噌だったのか!!」
玄蔵は声をあげ、藤丸から材料の説明を受けて深く頷いていた。
「さっき食べた昼食も、ここで作られた物ばかりだったんですね」
藤丸はニッコリして、
「何しろ、社長が育てたお米や野菜ですから」
千代は驚き、
「社長さんが!? お若くて驚きましたが、農業もされているんですね」
後藤がすかさず、
「はい。社長と私でやってます」
「まあ!!」
クリスが続けて、
「藤丸さん。この作務衣の生地を織ってくださった鈴木さんご一家です」
藤丸は鈴木の手をギュッと握り締め、
「ありがとうございます!! 肌触りも良く、身が引き締まる気分ですよ」
「そしてご主人が、この色をつけてくれたんですよ」
「この山吹色!! すっごく気に入ってます!!」
藤丸は玄蔵とも熱い握手を交わした。
クリスは次々と各工房へ案内し、鈴木一家はその先々で職人たちから深く感謝されたのだった。
千代も玄蔵も、一目見て彼らが一流の職人で、生き生きと仕事をしていることが分かった。2人は、作務衣が単なる作業着ではなく、職人たちの誇りそのものなのだと確信していた。そして、ハルトという人物の素晴らしさを実感していた。
集会所に帰ってきた5人。
「では、夕食の支度が出来ましたら呼びに来ますね」と言い残し、後藤が去っていった。
長男の賢が切り出す。
「最初、クリスさんは移住の話をしてくれたよな。調べてみたら、本当にマイケル・ジョンソンが立ち上げた会社だったんだよ。こんなチャンス、二度とない! 俺、ここに移住したいよ」
「社長さんの人柄も素晴らしいと思うわ。それに素敵だし!! 独身なのかしら?」と咲子。
「私は断然、後藤さんがイイなぁ〜♡」
と若菜が興奮気味に言う。
「やめなさい、お前たち! はしたないぞ」
と玄蔵が娘たちをたしなめる。
「そうね……ここなら私たちの作った物が、一番最高の形で活かされている気がするの。お出かけ用の着物ではなく、魂を込めた物を作り出す人たちの役に立つ作務衣——それが母さんは本当に嬉しかったのよ」
「作務衣なら模様付けがいらないから、俺たちだけで作れるしな。よし、みんなでここに住もう!!」
飲み物を届けにきたクリスに移住を決意したことを告げると、クリスはすぐにハルトへ報告に走った。
「やった!!」
ハルトは思わずガッツポーズをする。
「今日の宴は、歓迎会に変更だな!! みんなで盛大に祝おう!」
結の郷の野外パーティー。
色どり豊かな作務衣を着た職人たちと、ごちそうが並ぶテーブル。自慢の酒やチーズも振る舞われ、誰もが最高の笑顔で過ごしている。
「皆さん! 今度あたらしく結の郷の仲間になってくれた、作務衣の反物を作ってくださった結城紬の鈴木さんご一家です!!」
ハルトの紹介に、皆が口々に歓迎の声をあげる。
美味しい食事や酒を楽しむ中、少し酔った咲子が尋ねてきた。
「ところで後藤さん。ハルト社長って独身ですか?」
「ああ、独身だけど……ほら、隣にいるのが婚約者だよ」
「え? あの可愛い女性?」
ハルトと光は、二人だけの特別な雰囲気をまとっている。
「ああ、俺の妹の光だ。よろしくね」
「は、はい……」
後藤の妹なら無理だと察する咲子。
少しシュンとしていたがご馳走を食べて機嫌が良くなっていった。
クリスが千代に近づく。
「この度は、移住の件を引き受けてくださりありがとうございます。準備ができ次第連絡をしますので、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
こうして、最後の難関だった結城紬の職人一家が、結の郷の仲間になった。
源が張り切って声を張りあげる。
「この作務衣のお礼じゃ! 心を込めて作らせてもらうで! いっそ塔でも建てるか、ガハハ!」
「ぶ」と吹き出すクリス。
ハルトは玄蔵に向き直り、一言。
「玄蔵さん。染めの工房は、川の側に作りますね」
「有り難いです……!」
こうして、賑やかな宴の夜が過ぎていくのだった。
(30章に続く)




