第28章 宴
ちょっと怒りながら会議室に向かうハルト。
バンとドアを開けると、そこにはクリスがいた。
「トア!! 天照家次世代継承計画ってなんだよ! 今、後藤に『成功率98.7%で良かったな』って言われたぞ!!」
『まずは、第一回目の成功おめでとうございます』
「いや、そうじゃなくて! また監視してたのか? もうプライベートを覗くのはやめろって言っただろ!」
『これは結の郷、ひいては人類存亡に関わる重大なプロジェクトになります。世界代表とも共有しておりました』
デカいモニターに映し出されたのは、ハルトと光のデート模様を各国の代表たちが大騒ぎして応援している映像だった。ハルトは顔を真っ赤にする。
「な、な、なんだコレ!? トア、お前俺で遊んでないか!?」
『私には遊ぶという概念はありません』
「は? こんなの光にバレたら二度とデートしてくれなくなって、それこそ人類の存亡問題になるぞ!」
少し間を置いて、トアが答える。
『……承知いたしました』
「やけに素直に引いたな。そう言ってまた中継するんじゃないだろうな?」
『いえ、貴重なご意見をいただきましたので』
そう言うと、トアはある音声を流し始めた。
ラファエラ『え? 私のデートを中継ですって? 絶対ゴメンだわ! 死んでも嫌!』
ユリア『恋人がいたと仮定して、絶対無理です。恥ずかしくて会議に出られないわ』
セラフィナ『は? 本気で言ってる? そんなことやったら、少しずつ体を腐食させる薬を作って貴方に塗るけどいい?』
『以上、光様がハルトと別れる可能性も浮上しましたので、今後は控えさせていただきます。ただし、ハルトが問題行動を起こした場合には、安全管理上の理由から監視を再開させていただきます』
ハルトは呆気にとられながらも、
(……セラフィナさんは、絶対に怒らせないようにしよう)
と強く心に刻んだのであった。
結の郷――。
鍾乳洞に呼ばれたハルト、後藤、クリスの三人。
「あ、社長! やっと納得できる物が出来ました!」
味噌作りの藤丸が、嬉しそうに駆け寄ってきた。
味噌蔵に入ると、どこか懐かしく芳醇な香りが漂っている。
藤丸が、小さな小皿に味噌を入れて持ってきてくれた。
「どうぞ」
ハルトはスプーンでその味噌を口に運ぶ。
「――っ!?」
今までに口にしてきた味噌は、一体何だったのだろうか。
鼻に抜ける豊かな香り、塩味の中にはっきりと感じられる甘み、そして驚くほどスッキリとした後味。
「こんなに美味しい味噌を食べたのは初めてだよ……!」
クリスや後藤も一口含み、驚きで目を丸くしている。
「俺は信州育ちだから味噌にはうるさい方だけど、コレは本当に極上の味だな」
と後藤が唸る。
「こ、これが本物の味噌の味なんですね……」
とクリスも感動しきりだ。
「何を使ったら、こんな味になるの!?」
ハルトは食い気味に藤丸へ詰め寄る。
「これは、社長が作った無農薬の大豆や棚田の米、そして澄んだ海水から作った天然塩……。自然の恵みと、鍾乳洞の年間を通してほぼ一定に保たれる温度が生み出してくれたんだと思いますよ」
ハルトは一瞬驚いた顔を見せたあと、首を振って微笑んだ。
「藤丸さんが毎日真剣に向き合ってくれたからこそ、この奇跡の味噌が完成したんですよ!!」
藤丸は目頭を熱くさせながら、
「社長、ありがとうございます……!! こちらの醤油もどうぞ」
と差し出した。
小皿に入った醤油を指につけて舐めてみる。
スッキリとした味わいの中に、芳醇な香りが凝縮された至高の醤油。
「なにコレ!! 絶対にお刺身につけて食べたい!!藤丸さん、本当にありがとう!」
感動のあまり、ハルトは藤丸の両手を強く握りしめて上下に振った。
「私だけの力じゃありませんよ。湿気の多いこの場所でカビさせずに作れたのは、棟梁や三宅さん(炭焼き職人)のおかげです」
(三宅さん……そう言えば、まだちゃんとご挨拶できてなかったな)
「近いうちに、郷でお披露目の宴を開こう!」
「いいですね。早速手配しましょう」
とクリスも嬉しそうに頷いた。
それからハルトは、炭焼き職人の三宅に会いに行った。
炭焼き小屋や住居は、みんなの暮らす場所から少し離れた山の麓にある。
「あ、社長さんだ〜!」
近所で走り回っていた子どもたちが家の中に駆け込んでいく。
間もなくして、慌てた様子で三宅の妻幸子が出迎えに出てきた。
「まあ、こんなところまで足を運んでいただけるなんて」
「こんにちは。三宅さんはいらっしゃいますか?」
「少々お待ちくださいね」
妻の幸子が家の中へ入っていくと、少し寝癖のついた三宅が出てきた。
「すみません、社長」
「お休み中でしたか? 急にお邪魔してすみません」
「いや〜、ちょっと炭窯につきっきりでしてね。朝方までやってたんですよ」
「こちらこそ、なかなかご挨拶に来られなくて……。真田さん(鍛冶職人)の松炭から鍾乳洞の黒炭まで、いつも本当にありがとうございます」
「こちらこそ、こんな立派な家まで用意してもらって、もったいないくらいですよ」
幸子が微笑みながら声をかける。
「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ上がってください」
家に入ると、外観からは意外なことに洋風でおしゃれな内装になっていた。
出された冷たい飲み物を口にする。
「あ、コレすごく美味しいですね!」
「これはエルダーフラワーシロップで作ったんですよ」
クリスが即座に反応する。
「西洋ニワトコですね。イギリスでは『庶民の薬箱』と呼ばれるハーブ飲料で、風邪の予防にも効果があるんですよね」
「ハーブが趣味で、すっかりハマってしまって」
と幸子が嬉しそうに微笑む。
「よく分からないけど、すごく爽やかで美味しいです!」
とハルトが目を輝かせると、後藤も「本当にリラックスできますね」とほっこりしていた。
「ところで三宅さん、みんなと離れた場所で大丈夫ですか? 何か不自由していませんか?」
ハルトが心配そうに尋ねる。
「こんな立派な家を用意してもらって、仕事もやり甲斐がありますし、不自由なんて何一つないですよ」
「それなら良かったです! 実は、素晴らしいお味噌とお醤油が出来たので、それらのお披露目を兼ねて宴をやろうと思っているんです」
「それはいいですね! じゃあ、炭も使いますか?」
「あ、バーベキューなんて最高ですね!」
宴の話題に、会話は大いに弾むのだった。
そして、宴の日――。
結の郷の野外お披露目パーティー当日。
お爺ちゃん、お婆ちゃん、伯母さん、そして光も招き、結の郷に暮らす職人さん一家も勢揃いして賑やかな宴が始まった。
新鮮なお刺身やお婆ちゃんの特製のいなり寿司が並び、畑で採れた野菜や肉を「コレは俺の仕事だ」と三宅が絶妙な火加減で焼き上げていく。
酒職人の斎藤やチーズ職人の和光も、自慢の品を手に駆け寄ってきた。
「社長! 味をみてください!」
斎藤の作ったお酒を口に含む。キリッとした喉越しのあとに、優しい甘みが広がる至高の日本酒。
「コレは美味しい!! 源さんやお爺ちゃんも飲んでみなよ!」
一口飲んだ二人は「うまい!!」と歓喜の声を上げている。
「私のチーズもぜひ!」
と差し出された和光のチーズ盛り合わせに、光が目を輝かせる。
三宅の奥さんにもらったエルダーフラワーシロップを炭酸で割り、光に手渡すと、光はパッと笑顔になった。
「美味しい! コレなに?」
「エルダーフラワーサイダーかな? 美味しかったから分けてもらったんだ。光ちゃんに飲ませてあげたくて」
「ありがとう、ハル兄!」
その後も、藤丸の醤油でお刺身を堪能したり、職人の奥さんたちが作ったお味噌汁や香ばしい焼きおにぎりまで登場し、みんなでワイワイと笑顔の絶えない宴は、夕暮れまで続いた。
片付けを手伝いながら、ハルトはこの郷がいい方向に向かっていると確信していた。
棚田から爽やかな風が吹き抜けていく。
ハルトと光は、冬用実験ハウスに向かった。
中に入ると、ムッとした少し温かい空気が漂っている。
「火鉢と炭だけじゃ全然ダメで、冬場は凍死しそうになったんだよ」
「冬は厳しかったのね……。このお家、実験以外にはどうするの?」
「源さんが新居と間違えて建ててくれたから住めると思うけど、やっぱり夏はクーラーがないとダメかなぁ」
「ふぅ〜ん。他の部屋も見ていい?」
「いいよ、何も置いてないと思うけど」
奥の部屋へ向かった光が、ふと声を上げた。
「ハル兄! なにか『お祝い』って書いてある大きな包みがあるんだけど……」
「あ! ソレは――!?」
「え? コレって……なにか使った痕跡があるんだけど……」
「あ、それは‥」(あの時のW布団だ)
包みの正体に気づいた光は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ハル兄のバカ!! 不潔!!」
「ひ、光ちゃん!?」
光は脱兎のごとく走り去ってしまった。
『緊急事態です。会議室に集合してください』
無情にもトアのアナウンスが響き渡る。
(もう勘弁してよ〜……)
半分泣きそうになりながら、ハルトはその場にガックリとしゃがみ込むのであった。
(※その後、クリスと後藤が必死に説明して光の機嫌が直るのだが……それはまた別の話)
29章へ続く。
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