第27章 初デート大作戦
(何故こうなった……?)
ハルトは、いつもとは違うスタイリッシュなファッションに身を包み、岡山駅の前に立っていた。
遡ること数日前。
ハルトは光と一緒に、結の郷の棚田でヤギの世話をしていた。だが今日の光はいつもと様子が違い、口数が少なく笑顔も見られない。
「光ちゃん、何かあった? 悩み事があるなら何でも言ってくれよ」
光は顔を上げてハルトを見つめると、すぐにうつむいて呟いた。
「……思わないの?」
蚊の鳴くような小さな声だった。
「ごめん! 聞こえなかった」
光は少し怒ったように語気を強める。
「ハル兄は、私と会いたいとは思わないの!?」
「えっ……会いたいに決まってるじゃないか!」
ハルトが驚いて目を見開くと、光も少し意外そうな顔をした。
「ハル兄が忙しいのは分かってる。でも……いつも私からばかりで、ハル兄から『会いたい』って言ってくれないし……」
「っ……! 不安にさせてごめん!! 心配なら、今すぐ籍だけでも入れよう!!」
「……は?」
光はぽかんと口を開けたあと、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ハル兄のバカ!!」
プンプンと怒って走り去ってしまう光。
追いかけようとしたその時
胸元のてんとう虫(通信機)から声が響いた。
『ハルト様、緊急事態です。すぐに会議室へ集合してください』
トアからの通信に、ハルトは慌てて岡山の会議室へと向かった。
ドアを開けると、そこにはクリスと後藤がすでに待っていた。
「緊急事態って何だ!?」
尋ねるハルトに、後藤があきれ顔で言い放つ。
「ハルト、お前、光を怒らせたんだってな。一体何をした? 浮気か?」
「う、浮気なんてするわけないだろ!!」
ハルトは慌ててさっきの出来事を打ち明けた。
話を聞いたクリスが、単刀直入に尋ねる。
「社長。今までに女性とお付き合いされたご経験は?」
ハルトは気まずそうに下を向いた。
「……ひとりもいないよ。後藤だってそうだろ?」
「いや、俺は中高時代に彼女いたぞ」
「えっ!?」
ハルトは、後藤も仲間だと思っていたので、少し裏切られた気分になった。
「ってことは……プロポーズのときのキスがファーストキスだったのか⁈」
後藤が何とも言えない表情を浮かべ、クリスは思い出し笑いを必死に噛み殺しながら言った。
「社長。お付き合いする前にプロポーズされるのも凄いことですが、物事には順序というものがございます」
すると、スピーカーからトアの声が響いた。
『光さんとの破局は、今後『結の郷』にとって重大な不利益となります。おふたりの子孫が将来のリーダーとなるのですから』
「は?き、緊急事態ってこのこと!?」
『最重要案件です。このままですとハルトが子孫を残せる確率が8%になります』
(8%⁈俺ってそんなに魅力無しなのか⁈)
ハルトが軽く絶望してると、次々と壁面のモニターが点灯し、世界各地のトア・コーポレーションの代表たちがズラリと映し出された。画面にはトアによってこれまでの経緯と光と破局すると、ハルトが子孫を残せる確率8%まで、バッチリ共有されている。
モニターの向こうの天才たちは、必死に笑いを堪えながら参加していた。
ラファエラが前のめりになって画面に迫る。
「ハルト! まずはデートよ♡ それも、貴方から誘ってあげなきゃダメ!」
「そうだな。まずはデートからだな」
とガブリエルが深くうなずき、モニターの全員が同調して首を縦に振る。
「自分が特別な存在だって思わせなきゃ!『愛してる』のアピールはとっても大切よ」
とセラフィナ。
「未来の開拓も大事だけれど、プライベートの愛も同じくらい大切だと思うわ」
と普段おとなしいユリアまで熱っぽく話す。
「誰にでも『初めて』はあるんだ。失敗を恐れずに向き合ってみろ」
とサリが背中を押す。
そしてマイケルが
「初めてのデートなら、思い出に残るものがいいだろう」
それから実に2時間、世界最高の頭脳たちによる「ハルトの初デート講習会」が延々と繰り広げられた。おまけに各国の最新(および初期バージョン)の恋愛指南書データが大量に送信され、ハルトの頭は完全にキャパシティを超えてフラフラになっていた。
締めくくりに、マイケルが言った。
「クリス。君がついているのだから、しっかりサポートしてあげなさい」
通信が切れ、静まり返った会議室。後藤がふと思い出したように言った。
「ハルト、お前……実は昔からモテてたよな?」
「え? 俺が? モテたことなんて一度もないよ!」
「大学時代、よく里中さんに誘われてただろ?」
「ああ、あれは彼女が気を遣って声かけてくれただけだよ」
後藤は呆れ果てて息を吐いた。
「あれは完全に誘われてたんだよ! ったく鈍いな……」
トアも淡々と追撃する。
『バレー部のマネージャーだった近藤さんもそうだったと推測されます。ハルトは、壊滅的に鈍く恋愛下手だと思われます。』
クリスは笑いを噛み殺しながら、静かに立ち上がった。
「では社長。デートに最適なおすすめスポットをピックアップしておきますね」
そして現在。
着慣れないクリスチョイスの服を着て岡山駅に立っていると、道行く女性たちがチラチラとハルトを見ている。
(や、やっぱりこの格好って浮いてるのかな……?)
「ハル兄?」
声のする方へ振り返ると、そこにはいつもとは雰囲気の違う、可憐なワンピース姿の光が立っていた。
「……可愛い」
思わず心の声が漏れてしまうハルト。光はぽっと頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。
「今日のハル兄も、すごくカッコいいよ」
周りの男性たちの視線が光に集まっていることに気づいたハルトは、顔を赤くしながらもぎゅっと光の手を握りしめた。
「じゃ……行こうか」
ふたりは電車に乗り込み、美しい街並みが広がる倉敷へと向かった。
ハルトの頭の中では、世界の仲間たちから授かったアドバイスがリフレインしていた。
白壁の情緒あふれる倉敷の街を歩くふたり。
光は楽しそうに和雑貨のショップを覗いている。可愛らしい花のかたちをしたイヤリングの前で立ち止まる光に、ハルトが優しく声をかけた。
「そのイヤリング、光ちゃんにすごく似合うと思うよ」
「本当? じゃあ、試してみるね」
光が耳元にあてると、パッと顔が華やいだ。
「うん、すごく可愛い! ……すみません、これつけて行ってもいいですか?」
ハルトは店員さんにそう声をかけ、スマートにプレゼントした。
嬉しそうに歩く光の横顔を見て、ハルトは胸を撫でおろす。
(そうか……こうやってふたりだけの時間を大切にしていけばいいんだな)
「ハル兄、あそこのお店美味しそうだよ!」
光が見つけた町家カフェに入り、テーブルに運ばれてきたのは和風パフェとあんみつ。
ハルトはラファエラからのアドバイス『甘いものは一口共有すべし!』を思い出していた。
ハルトは自分のあんみつをスプーンですくうと、緊張で少し手をプルプルさせながら光へ差し出した。
「こ、これ……美味しいよ」
光はパッと目を輝かせると、ニッコリ微笑んでパクっと口にした。
「本当、美味しい! こっちも食べてみて、ハル兄」
今度は光がパフェのスプーンを差し出してくる。ハルトは顔を真っ赤にしながら、それを口に運んだ。今日の光はすこぶるご機嫌だ。
その後もいくつかのショップを見て回っていると、懐かしい音が聞こえ
「光ちゃん、ちょっとここで待ってて」
ハルトは近くのお店に飛び込み、少しして小さな紙袋を持って戻ってきた。
「はいこれ、今日の記念に」
「開けていいの?」
「うん」
光が丁寧に包装を解くと、美しいオルゴールが現れた。
蓋を開けると、優しく透き通った『エーデルワイス』のメロディが流れ出す。
「昔、光ちゃんがよく歌ってただろ? この曲が好きだって言ってたから」
それを聞いた瞬間、光の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ!? 嫌だった!?」
焦るハルトに、光は自分からぎゅっと抱きついた。
「ううん……! ハル兄が覚えててくれたのが嬉しくて……っ」
ハルトも愛おしさに胸を締めつけられながら、光を強く抱きしめ返した。そして、その耳元で優しく囁く。
「大好きだよ」
ハルトたちの初デートは大成功に終わった。
……しかし、ハルトはまだ知らない。
『重要プロジェクト天照家次世代継承計画』として、この甘酸っぱいデートの模様がリアルタイムで全拠点へライブ配信され、会議室で世界の天才たちが「行けー!」「抱きしめたぞー!」と大騒ぎしながら一喜一憂していたことを――。
(第28章へ続く)
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