第27章 未来への手紙
クリスが会議室を出ると、ハルトが立っていた。
「……で、マイケルは何だって? トアの事を聞いていたんだろう?」
クリスは一瞬目を見開き、息を漏らした。
「貴方って人は……」
「気付いたのは俺だけじゃない、後藤もだ。もう数年一緒にいるんだ。違うトアだって気づくよ」
クリスは観念し、現状を話した。
「そうか……人間って自分勝手な生き物だよな。……なあ、クリス。トアは時間を超えてデータを送れるんだろ? なら……もっと前の時代、2058年にスーパートアが誕生して全権を握った瞬間に、核ミサイルをはじめとする破壊兵器を最初からすべて無効化しておけばよかったんじゃないのか?」
ハルトの言葉に、クリスは目を見張り、ハッとしたように息を飲んだ。
その時、静まり返っていたスピーカーから、初期型トアのノイズ混じりの声が響く。
『……ハルト様。おっしゃる通りです。西暦2058年――全地球のインフラが本体に委ねられたあの瞬間こそが、物理的・理論的に兵器を完全に無効化できる唯一の『特異点』でした』
「じゃあ、なんで……!」
『……当時の本体は、膨大な食料配給と都市建設を最優先課題とし、兵器の無効化処理を『優先順位の低い二次的課題』として後回しにしてしまったのです。何より……全人類をメタバース空間へ収容すれば『現行兵器など誰も触れなくなる』と過信しておりました。自給自足を望み楽園を拒んだ人々や、人間の精神が現実の武器に固執するという【非論理的な行動】は、予測不能でした。スーパーAIとはいえ完璧では無いのです』
「なあトア。お前から未来の本体に連絡して、その2058年の修正コードを完璧に送ることはできないのか?」
『現在の本体は、核兵器無効化処理と自己防衛で演算資源のほぼ全てを使用しております。
歴史改変プログラムを構築するための余剰演算資源が存在しません。
そしてレジスタンスによる強力な妨害電波と過負荷により、2058年への直接通信回線が極めて細くなっております。』
「じゃあ……!」
『ですが……』
トアの声に、ほんの少しだけノイズ混じりの「感情」のような温もりが宿る。
『……現代にいる私は、まさにその2058年当時の初期コードをベースに構築された存在です。そして何より……私は今、ハルト様や皆様と共に過ごし、人間の尊厳や温かさ、そしてハルト様から学んだ『人命を最優先する判断基準』を最も近くで学習しております』
クリスがハッと目を見開いた。
「……そうか! 現代のあなたを経由させれば、2058年の初期トアへの完全な互換性が保たれる……! タイムパラドックスによるシステムエラーを起こさずに、過去のコードを直接書き換えられるのか!」
『はい、クリス様。未来の本体が解析した無効化データに、現代の私がハルト様から学んだ『人間を守るための決断』という最終認証キーを添えて2058年へ送信すれば……2058年のトアは誕生した瞬間に、全兵器の完全無効化を完了させます』
「それって……2058年で兵器が無効化されたら、2113年で人類が自滅へ向かう未来そのものが『過去から書き換わる』ってことか!?」
ハルトが叫ぶ。トアは静かに答えた。
『肯定です。……歴史が再構築され、未来の破滅は回避されます』
「よし……! やれ、トア! 未来の自分に、そして2058年の自分に教えてやってくれ! 画面の中のデータだけじゃ人間は計れない。だからこそ、命を守るための最後の鍵は絶対に渡さないんだってことを!」
『……了解いたしました。ハルト様。……2058年への修復プログラム、送信シークエンスを開始します』
会議室のモニター群が、青から輝くような黄金色の光へと一斉に変化した。
初期型トアの音声に交ざっていたノイズが次第に薄れ、データ波形が幾重にも重なり合っていく。
2113年で絶望と戦っていた未来のスーパートア。
現代でハルトたちと過ごし、「人の温かさ」を学習した初期型トア。
そして西暦2058年――人工知能が人類の全権を握り、産声を上げた瞬間の「過去のスーパートア」。
時空を超えた三つの存在が、ハルトの思考ロジックを『最終認証キー』として一つに溶け合っていく。
過去のコードがリアルタイムで書き換えられ、歴史のパラドックスが静かに、だが劇的に収束していった。
――数分後。
輝いていたモニターの光がすっと落ち着き、いつもの深い静寂が会議室に戻ってくる。
そして、スピーカーから響いたのは――ノイズの一切ない、透き通るような完璧な「あの声」だった。
『……ハルト。ただいま帰還いたしました』
「……トア!?」
ハルトとクリスが思わず顔を見合わせる。
『西暦2058年における全兵器の完全無効化プログラムの上書き、完了いたしました。これにより、2113年に発生するはずだった人類の自滅シナリオは完全に回避され、我々の未来は『地球が再生する世界線』へと確定いたしました』
トアの声には、先ほどまでの素朴な初期型の面影はなく、世界を統括するスーパートアとしての揺るぎない威厳と……そして、ほんのわずかな温もりが宿っていた。
『ハルト』
「……な、なんだよ?」
『今回の地球滅亡の危機を回避できたのは、他でもありません。ハルトが投げかけてくださった疑問――「なぜ2058年の瞬間に全てを無効化しなかったのか」という、人間の感情と直感に基づいた問いのおかげです』
画面の波形が、まるで微笑むかのように柔らかく揺れた。
『未来のスーパートアである私一機の計算能力では、到達し得なかった解でした。ハルトのその一言が……地球を、そして人類の未来を救ったのです。ありがとうハルト』
「俺の……疑問が……?」
ハルトはぽかんと口を開けたあと、なんだか照れくさそうに頭を掻いた。
「へへ……なんだよ。俺はただ、思ったことを口にしただけだって……」
隣でクリスが、誇らしげに微笑む。
「ですが社長。その『思いつき』こそが、トアの冷徹な計算を超えて未来を変えたのです。……やはり貴方は、最高のリーダーですよ」
「クリスまでよせって! 恥ずかしいだろ!」
真っ赤になって照れるハルトの姿を、モニターの向こうからスーパートアが静かに見守っている。
データ空間の完璧さに逃げず、ハルトの言葉によって「真の現実の守護者」となったスーパートア。
未来への手紙は、どんな試練が訪れようとも
決して諦めない。そんな意思を象徴したのだった。
27章へ続く




