第19章 未来の為に
棚田の柔らかな風の中、ハルトと後藤はヤギを連れて雑草を食べさせていた。のどかな風景とは裏腹に、二人の表情はどこか遠くを見つめている。
「考えてみればさぁ……」
ハルトがふと、胸の内を話し出す。後藤はヤギの頭を優しく撫でながら、その言葉に耳を傾けた。
「今のところソーラーシステムの材料はあるわけだけど、30年後にもちゃんと材料って揃うのかな?」
後藤も手を止め、深く考え込む。
「難しいかもしれないな……どうやって集める? 今のうちに買いだめておくか?」
「一度、トアに相談してみよう」
場所は変わり、トア・コーポレーション・ジャパンの会議室。スクリーンの向こうのトアに対し、ハルトはまっすぐ切り出した。
「トア、ソーラーシステムに使う銅線を未来に残したいんだ。どうすれば確実に集められる? あと、注射針にはどうしてもステンレスを使いたい。何度も煮沸消毒して、それでも使えなくなったら溶かして別の工具にする方法を考えたんだ。自然には還らないかもしれないけれど、限界まで使い続けるよ」
だが、トアの返答は容赦がなかった。
「ステンレスの採用は容認できません。注射針に使用するのであれば、プラチナ合金で良いのでは?」
「プラチナ合金?何を混ぜるの?」
「イリジウムです。」
「イリジウムだと自然に還らないのでは?」
クリスが質問をする。
「生分解されて土に戻る必要はありません。この合金は、理論上は永久に循環利用できます。使えなくなれば、ただ溶かしてもう一度成形すれば良いのです。」
そうか……プラチナなら今は高級品だが、価値が変わらないからこそ、30年後も世界中に確実に残る。
「分かった。今進めているステンレスの計画は中止するよ」
ハルトの決断は早かった。
納得したハルトを見て、トアが静かに画面のデータを更新する。
「もはや、ソーラーシステムは日本だけのプラットフォームではありません。トア・コーポレーションが『宇宙開発用の新型バッテリーの共同研究開発』という建前で、専門の精錬・合金メーカーと契約を結ぶのが最善です。最高純度、不純物ゼロの『ソーラー用銅線』へと加工させ、あらかじめ世界各国へ届けておくのはいかがでしょうか」
「そうだよな。不純物を取り除くなんて繊細な作業、俺たちには逆立ちしてもできない。プロに任せた方が確実だし、他の国の人たちにも必要なものだからな」
後藤が深く得心したように口を開いた。
その横で、クリスが滑らかにキーボードを叩く。
「かしこまりました。すぐにマイケルと調整に入ります」
しかし、ハルトは何やら手元の資料を見つめながら、新たな懸念を口にした。
「あ、でも……もしそのストックが無くなったら、次からは自分たちで材料を作らなきゃいけないんだよな。不純物の入っていない純粋な金属なんて、どうやって見つければいいんだ?」
トアは声のトーンを一切変えずに答える。
「残された人類の総数は極めて少ないため、それほど大量の針が必要になるかは不明ですが……30年後、日本全土の廃墟や都市に残された金属を回収すれば十分対応可能です」
その合理的ながらも現実味のある言葉に、ハルトたちは一瞬言葉を失った。だがすぐにハルトは身を乗り出し、声を振り絞るように言った。
「トア!! だったら、あの『てんとう虫』に金属探知機能をつけられるか? それも、純度の高い金属だけをピンポイントで見つけられるやつだ。銅とか、プラチナとかさ!」
「分かりました。設計を変更しましょう」
「イリジウムはどうすればイイかな?」
「良い質問です。ハルト、現在のジュエリーや精密機器には、強度を高めるためプラチナ・イリジウム合金が使用されています。探知出来るようにしましょう」
トアがそう告げると同時に、スクリーンからその姿が消えた。ラボでの開発へ移行したのだろう。
「とりあえず、まずは現代のうちにプラチナと金を集めたいな」
ハルトが呟くと、クリスが相変わらずの神速で対応する。
「では、すぐに『古物商許可』の手続きを取りましょう。トアが金属探知機能付きのてんとう虫を完成させてくれれば、偽物をつかまされるリスクなく、純度の高い金やプラチナを確実に買い集めることができますね」
ハルトは頼もしい仲間に頷き、さらに温めていたアイデアを続けた。
「それと、ソーラーシステムの開発内容や、俺たちの持っている技術を確実に後世に残したいってずっと考えてたんだ。色々調べたら、保存性の点では『石英ガラス』が一番有力だと思ってさ。国内に専門の加工会社と印刷会社を見つけたんだ」
「石英ガラスですか。なるほど千年以上劣化しにくく、高熱にも薬品にも極めて強い半永久的な強度を誇る素材ですね」
クリスはすでに手元の端末で詳細なデータを引き出していた。
「ああ。そこにレーザーマーキングで設計図や文字を深く彫って、印刷用の『石版(原版)』を作るんだ。和紙と、松煙墨で作った特製のインクでマニュアルを印刷して、完成した本とガラスの原版の両方を、絶対に壊れない丈夫な箱に入れて遺す」
クリスは目を見開き
「……まるで、未来へ遺すアーク(聖櫃)ですね」
ハルトが未来の子孫たちを想うその熱量は、もはや人類への深い愛そのものに感じられた。
後藤もまた、少し目を潤ませながらハルトの肩を小突いた。
「さすがハルトだな。お前はそういう奴だよ」
(光がこれほどまでに惹かれる理由が、今なら本当によく分かるぞ)
当のハルトは、なぜ二人が急にしんみりして目頭を押さえているのか、全く分からないといった様子で首を傾げ、明るい声を出す。
「ほらほら二人とも! 昼飯は目に良さそうなものでも食べに行こうぜ。……鰻とかどうだ?」
「ぶっ!!」
クリスが思わず吹き出した。
後藤もたまらず破顔する。
「ははっ、本当にお前って奴は……! よし、じゃあ豪勢に鰻丼でも食べに行くか!」
後藤はハルトの背中をポンと叩き、三人で賑やかに会議室を後にした。
(20章へ続く)




