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鋼の黙示録  作者: のんな
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第20章 残すべき遺産


のどかな結の郷から、岡山市街へと戻ってきたハルト、後藤、クリスの三人。


お昼時、暖簾のれんをくぐった鰻屋の座敷で、香ばしいタレの匂いに胸を躍らせながらうな丼を待っていた。


すると、ガラガラと小気味よい音を立てて引き戸が開き、息を切らせた光が滑り込んできた。


後藤は、驚いて目を丸くする。


「光、偶然だな! お前も鰻を食べに来たのか?」


光は、いたずらっぽくスマートフォンを振ってみせた。


「クリスさんから連絡をもらったの♡ ハル兄がこっちに来る時は、絶対に教えてって頼んであるから」


後藤が「やれやれ」と呆れ顔になり、ハルトは気恥ずかしさに耐えかねて、そそくさと下を向く。


タイミングよく、湯気を立てるうな丼が三個、テーブルに届いた。


それを見た光が、不思議そうに首を傾げる。


「かりにも社長なのに、ハル兄は『お重』じゃなくて『丼』なの?」


「こっちの方が食べやすいからね。光ちゃんも食べるなら、好きなものを頼んでいいよ」


ハルトが微笑むと、光はニッコリと破顔した。


「じゃ、レディースセットで!」


すかさず後藤が口を挟む。


「おいおい、見栄を張って少ないのを頼むなよ。足りないだろ? お前はいつも大盛り丼じゃなきゃ――イテッ!」


光の鋭い蹴りが、容赦なく後藤のスネを直撃した。


「デザートが付くからレディースセットなの!!」


「あはは、相変わらず仲が良いね」


ハルトとクリスはクスクスと肩を揺らす。

その後も四人は、箸を進めながら楽しく会話を弾ませた。


「ハル兄、この後はどうするの?」


「結の郷に戻るよ。みんなに伝えておかなきゃいけない大切なことがあってね。光ちゃんは、最近どう?」


「何とか頑張ってるから、安心して!」


ハルトは、優しく目を細めて頷いた。


「それは良かった。くれぐれも身体だけは気をつけてね。何か困ったことがあったら、すぐに言うんだよ」


後藤が、横から冷やかすように呟く。


「もはや兄貴以上に兄貴だな、これは……イテッ!」


本日二度目の蹴りが後藤を襲う。


「ありがとう、ハル兄。ごちそうさま!」


光は手元の時計をちらりと見ると、名残惜しそうにしながらも、颯爽と店を出て行った。

忙しい合間を縫って、ただハルトの顔を見るためだけに駆けてきたのだろう。


(やはり『愛の力』というよりは、もはや『執念』に近いな……)


後藤は心の中でそう思いつつ、ポリポリと頭を掻いた。


「ったく、嵐みたいな奴だな」


クリスが、お茶をすすりながらぽつりと言った。


「健気で可愛いじゃないですか。本当に社長一筋ですね」


とクリスは、にまにまハルトを見る。


「は、早く結の郷に行こう!」


ハルトは耳まで真っ赤に染め上げると、慌てて立ち上がった。


職人たちへの鰻の折り詰めに気を取られたせいか、一瞬足をもつれさせてつまずく。


「おっと!!」


後藤がすかさずその肩を支え、転倒を免れたハルトは、いよいよ顔から火が出そうな様子で足早に歩き出す。


賑やかな三人の足取りは、再び結の郷へと向かうのだった。


結の郷に到着した三人は、まず宮大工・源の工房へと足を運んだ。


「源さん、お疲れ様です! これ、皆さんでどうぞ!」 


ハルトが、どっさりと抱えてきた温かい鰻弁当を差し出すと、宮大工チームから歓声が上がった。


「ありがてえな、ハルト。あとでみんなで、うめえうめえ言うていただくわ」


源が、手ぬぐいで汗を拭いながら豪快に笑う。


毎日、全身に木屑を浴びながら体力を限界まで使って作業してくれている源たちに、どうしてもスタミナをつけてほしくて用意した、ハルトなりの感謝の印だった。


「源さん。実は、この郷の中に、非常に頑丈で、湿気や外気に絶対に負けない『特別な保管庫』を作ってほしいんだ。その相談に来た。場所はやっぱり、安全な居住地区の近くがいいと思うんだ」


源は、少し真剣な目をして問いかけた。


「おぅ、分かった。そりゃあええが、一体、何をのう(仕舞って)おくんだ?」


「僕たちの持っているすべての『知識』と、技術を後世に残すための原版だよ。それから、今後集める医療用やソーラーシステムに使う貴重な金属材料。そんなに急ぎじゃないから、じっくり設計を考えておいてほしいんだ」


クリスがすかさずタブレットを片手に補足する。


「まだ、未来へ遺すための石英ガラスの石版も出来上がっていません。保管庫のビジョンだけ記憶に留めておいてくだされば大丈夫です。今は、他の工房の建設を優先してください」


「おぅ、合点がいった。ええように考えておくけえ、任せておけぇ」


頼もしい棟梁の言葉に見送られ、ハルトたちは続いて鍛冶工房へと足を運んだ。


「真田さん、いらっしゃいますか?」


「おぅ、社長どうしたんだい?」


ハルトは真田の前に進み出ると、深く、深く頭を下げた。


「真田さん、本当にすみません!! 注射針ですが、ステンレスでは30年後の強度維持に問題があることが分かり、急遽『プラチナ合金』を使用することになりました。せっかく針を作ってくださったのに、本当に申し訳ありません……!」


ハルトに倣い、後藤もクリスも一斉に頭を下げる。


しかし、真田は驚いたように目を見張ったあと、破顔一笑してハルトの肩を叩いた。


「おいおい、顔を上げてくれよ! そんなこと、ちっとも気にする必要はねえさ! 俺たちにとって良い『練習』になったんだ。今度から、プラチナ合金が本番だと思えばいいだけのことだろ?」


ハルトは弾かれたように顔を上げ、真田の職人としての器の大きさに、胸が熱くなるのを感じた。


「ありがとうございます……! では、プラチナ合金の材料が揃いましたら、改めてお願い出来ますか?」


「おう、あんまし細かい事気にするとハゲるからな。針の事は任せてくれりゃイイから」

ガハハ。真田は、豪快に笑ってくれた。


(初めての作業で、大変だったろうに‥)


真田の思いやりを胸に刻み、三人は充実した気持ちで、夕暮れの結の郷を後にするのだった。


(第21章へ続く)

挿絵(By みてみん)

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