第15章 結の郷
ヤギたちがのんびりと草を食むのどかな風景の中、ハルトは地面にゴロンと大の字に転がって、何やら深く悩んでいた。
眉間にしっかりと皺を寄せて唸っているハルトに、横から後藤が声をかける。
「どうしたんだ? ハルト。そんなに難しい顔をして」
「……さっき、クリスから連絡があってさ。『トア村の正式名称をそろそろ決めて欲しい』って言われたんだよ」
後藤は「なるほどな……」という顔をして頷いた。
「確かに、いつまでも『トア村』じゃ、周りにもちょっと分かりにくいもんな」
「だろ? 何がいいかなぁ……。『匠の杜』とか? いや、なんかちょっと違うんだよな」
ハルトは腕組みをしてうーんと唸る。
「じゃあさ」
と後藤がハルトの顔を覗き込んだ。
「今までの開拓の中で、ハルトが一番心に残っているものって何だ?」
そう言われて思い返す。一番衝撃的だったもの。それは――やはり、あの地下で見た、7万年前の先人たちが未来に託した壁画だった。彼らは過ちを犯しながらも、必死で命を繋ぎ、自分たち現代の日本人へとバトンを渡してくれた。
その瞬間、ハルトの頭に閃きが走った!
「あ! 『結の郷』ってどうだろう? 命を結び、人を結び、技を結ぶ。まさに、これから俺たちが作ろうとしている場所そのものだよな!」
後藤の目も、一瞬でキラキラと輝き出した。
「うん、それめちゃくちゃいいな!! 『結の郷』、すごくハルトらしいよ」
ハルトはさっそく、弾む指先でクリスに宛てて決定した名前をメールした。
すると、すぐにポケットのてんとう虫ロボットが振動して、クリスの弾んだ声が響く。
『結の郷――素晴らしい名前ですね! 社長、早速その名前で施設名称として使用できるよう各種手続きを進めます』
画面越しでも、クリスが心から嬉しそうにしているのが伝わってきた。
ハルトは寝転がったまま、どこまでも広がる美しい青空と流れる白い雲を見つめた。
(結の郷……。これからも、たくさんの人たちと結ばれていくんだな)
自分の命を7万年の彼方から結んでくれた先人たちの強い思いを、今度は自分がしっかりと未来へ結び続けるんだと、ハルトは胸の奥で静かに、けれど固く決意を新たにするのだった。
十一月に入ると、マイケルの採掘チームは、作業を終え、次の国での任務へと旅立っていった。代わって源が率いる宮大工チームが連日、目覚ましい大活躍を見せてくれている。
その週末、土日を利用して、ハルトと後藤は新幹線の席に揺られながら岡山へと向かっていた。
まずは、岡山市内に完成したというトア・コーポレーション・ジャパンの新事務所と会議室の様子を見に行くためだ。
目的の場所に到着すると、クリスがにこやかに出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ついに、トア・コーポレーション・ジャパンの本拠地が完成しましたよ」
クリスに促されて事務所の中に一歩足を踏み入れる。
(お、おう……。案外、普通の事務所だな)
もっと近未来的なSFっぽい部屋を想像していたハルトは、少し拍子抜けしつつも、木の香りが残る綺麗な内装を見渡した。
「ずいぶん早く出来上がったね、クリス」
「はい。源さんのお知り合いの地元業者の方々が、昼夜を問わず本当に頑張ってくれましたから。では、2階の会議室へ行きましょう」
階段をトントンと上っていく。2階にはクリスの部屋と、もうひとつ、分厚い扉の会議室があった。
クリスがそのドアを開けた瞬間――。
「ハルト!! 元気だった!?」
「ハルト! やあ、ハルト!」
懐かしい、そしてエネルギーに満ちた声が一斉に響き渡った。
正面の壁にずらりと並んだ6つの巨大な高精細モニター。そこには、世界各地の支部を背負う、トア・コーポレーションの精鋭メンバーたちの顔が映し出されていた。
マイケル・ジョンソン。トアの核となるAI開発者であり、世界的な実業家。
ユリア・エバンズ。イギリスで植物遺伝学を専攻し、未来のための種子の長期保存を研究する女性。
サリ・テイラー。オーストラリアの水資源工学研究者。どんな泥水や毒水も完璧に真水へ濾過する技術を持つ。
ラファエラ・デュポン。フランスの応用微生物学・伝統発酵保存学の権威。
ガブリエル・ウェーバー。ドイツで古代の知恵と現代科学を融合させたメディカルハーブを研究する実力者。
セラフィナ・ルブラン。カナダの極寒の地でも、再生可能エネルギーだけで完全自給自足するシステムを研究する女性。
クリスがすかさず、同時翻訳機能がついた最新のイヤホンをハルトと後藤に手渡した。
「皆さん!! わざわざ時間を合わせて集まっていただき、本当にありがとうございます!」
時差がある中、自分のためにこうして画面の前にいてくれる仲間に、ハルトは申し訳なさと愛おしさを感じる。
すると、画面の中央でマイケルが白い歯を見せて口火を切った。
「ハルト! 君が提案してくれた『漆を使った和風ソーラーパネル』のアイデアは、本当に革命的だったよ! デザインも機能も素晴らしすぎる。世界中のトア・コーポレーション各支部で、公式に採用させてもらうことに決定した!」
ハルトは嬉しさに胸を詰まらせながら答える。
「マイケル、そう言ってもらえて嬉しいです。日本に最高の採掘チームや特殊ケーブルをすぐに手配してくれて、本当にありがとう。あと、セラフィナさんも、日本の気候に合わせた素晴らしい蓄電池のサポートをしてくださって、本当にありがとうございました!」
画面の向こうでセラフィナが優しく微笑む。
「いいえ、私もあの新しいソーラーシステムの一端に関わることができて、とても光栄だったわ。素敵なアイデアをありがとう、ハルト」
「あ、そうだ。皆さんに新しく紹介させてください。僕の最高のビジネスパートナーであり、親友の後藤です」
ハルトが隣の後藤の肩をぽんと叩く。
後藤は少し緊張しながらも、しっかりとカメラを見据えて一礼した。
「皆様、はじめまして。後藤仁です。よろしくお願いします!」
モニターからは一斉に「よろしくね、ゴト〜!」「歓迎するよ!」と、温かい拍手とメッセージが次々に飛び交った。
自分も後藤も、まだ学生でチームの中は最年少だ。だからこそ、世界のトップを走る天才たちが、まるで本物の家族のように自分たちを包み込んでくれることが、ハルトにはたまらなく有り難かった。
『これからは、この会議室からいつでも世界会議が可能になります。皆様、本日はありがとうございました』
クリスの進行とともに、モニターの画面がひとつ、またひとつと優しく消えていく。
最後に、マイケルの画面だけが残った。
マイケルは真剣な表情に切り替えると、画面越しにハルトを見つめた。
「ハルト。本当にこれほど短期間で拠点を漕ぎ着けたこと、日本チームの団結力と凄まじい技術力には心の底から敬意を表するよ。……それから、クリスから地下壁画の件を聞いた」
マイケルは一呼吸置き、静かに言葉を紡ぐ。
「自ら犯した過ちのために、自国を、自らの文明を滅ぼす決断をした古代人がいたとは……深く考えさせられたよ。そして、それを世界に発表して名声を得ることもなく、未来のために静かに封印することを選んだ君たちを、私は誇りに思っている。ありがとう、ハルト」
ハルトは、画面の中の実業家の目を、真っ直ぐに、一点の曇りもない瞳で見つめ返した。
「……当たり前のことをしたまでです」
一瞬、マイケルは驚いたように目を見開いた。そして、実に嬉しそうに、フッと口元を綻ばせた。
「ふっ……君という人間に人生のこの段階で出会えたこと、私は本当に光栄に思うよ。では、またな」
「はい、また!」
画面が消えた後、室内に沈黙が流れる。クリスもまた、マイケルと同じ深い感動を胸に抱いていた。
歴史をひっくり返すような大発見のヒーローとして、世界中から脚光を浴びることだってできたはずだ。なのに、ハルトは一瞬の迷いもなくそれを捨てた。それを「当たり前」と言ってのける彼の、どこまでも実直で、純粋な正義感。クリスと後藤は、ハルトという少年の器の大きさに、静かに胸を熱くしていた。
「よし!」とクリスが手を叩いて雰囲気を明るく切り替えた。
「ではハルト、後藤さん。実際に『結の郷』の現地へ向かい、進捗状況を見てみましょう!」
ハルトたちはクリスが運転する車の助手席と後部座席に乗り込み、新見市の開拓現場へと向かった。
車が現地に到着し、敷地へと足を踏み入れた瞬間――ハルトは足を止めた。
「え……?」
そこには、何やら大きな白い布がかけられた、巨大な構造物が立っていた。
ハルトたちの気配に気づいた源が、ニカッと白い歯を見せて、その布を豪快に引き剥がす。
バササッ……!
布の下から現れたのは、息をのむほど立派な『結の郷 建設予定地』の大きな木製看板だった!
しかも、ただの看板ではない。のんびりした手書きの文字の横には、しっかりと『匠・源』という落款の印が彫られており、さらに看板の屋根部分には、あのハルトがこだわった黒漆風のソーラーパネル瓦が美しく葺かれていたのだ。
「ガハハ! これはな、とりあえずワシのイメージで勝手に作った試作品じゃ! 本物の『結の郷』の正門に掲げる看板は、ちゃんとハルトのイメージをじっくり聞いてから、ワシら宮大工が、腕によりをかけて作るからな」
それは、ハルトの想像を遥かに超える、職人のプライドが詰まった芸術品のような看板だった。
「ちなみにそれ、暗くなるとソーラーの電気で文字が優しく光るようになってるんじゃぞ。格好ええじゃろ!」
「源さん……! こんな立派な看板、本当にありがとうございます!」
ハルトが目を丸くして感動の声を上げる。
「うわぁ、すっげえなぁ……! これ、試作品のレベルじゃないですよ!」
後藤も看板を見上げて大興奮だ。
完成した後に撤去してしまうのが、本気でもったいないと思えるほどの出来栄えだった。
職人たちの愛に胸を熱くしながら、ふと鍾乳洞の入り口付近へと目を向けると、そこに見慣れない見事な「井戸」が、なぜか新しく佇んでいた。
ハルトが視線に気づくと、クリスがふふんと少し胸を張り、完璧な『ドヤ顔』を決めて見せた。
「はい。宮大工さんたちが木を整えている間に、私が日本トップクラスの井戸掘り職人を手配しておきました。水質調査もすでに完了済みです。おまけに……驚くほど、最高に旨い水ですよ」
ハルトと後藤は、クリスが汲んでくれたその水を一口含んだ途端、二人は顔を見合わせ
「うまい……!」
クリスは得意げに胸を張る。
そのドヤ顔がおかしくて、二人は思わず吹き出しゲラゲラと笑った。
開拓の足音は、確実に、そして最高の形で響き渡っている。
(16章へ続く)




