第14章 名もなき大陸
第14章 名もなき大陸
早いもので、季節は10月に入っていた。
いつもの食堂で、ハルトが楽しみにしていた生姜焼きを口に運ぼうとした、まさにその瞬間、ポケットのてんとう虫ロボットが小さく振動した。
「後藤、連絡が来た。ちょっと外に出るよ」
後藤は、大好きな鯖の味噌煮を食べながら、了解とばかりに手を横に振った。
店の外に出て端末を開くと、画面の向こうから声が飛び込んできた。
『社長!! 鍾乳洞が発見されました! 明日、後藤さんと一緒に岡山へ来て下さい!』
クリスにしては珍しく、興奮を隠しきれない様子で声を上ずらせている。
「分かりました。明日、朝イチで出ます」
ハルトは弾む心で食堂に戻ると、席につくなり後藤に告げた。
「鍾乳洞が発見されたんだって。それで明日、後藤も一緒に岡山に来て欲しいってさ」
「明日が土曜日で良かったよな」
後藤は、器用に箸を使って鯖を骨から外すことに集中しつつ、嬉しそうに答えた。
「朝イチで行くぞ」
「じゃあ、今のうちに向こうの採掘チームにお土産を買っておこう」
二人はあっという間に昼食を平らげると、仲良くお土産を選びに出かけた。
翌日、岡山のトア村予定地。
麦茶におやき、そして林檎パイをたくさん抱えて、ハルトたちは採掘チームの作業場へと挨拶に向かった。
「お疲れ様です! 皆さんでどうぞ食べてください」
体格の大きな海外の男たちが、ハルトたちの姿を見て笑顔になり、一服を始めた。彼らは初めて見る日本の食べ物に興味津々だ。
特におやきを口にした時は驚いたようで、そのモチモチとした食感に目を丸くし、中からじわっと具材が出てくると、「これは美味い!」と興奮しながら頬張っていた。
ハルトと後藤は、おやきを選んで本当に良かったと、二人で顔を見合わせて微笑み合った。
そこへ、向こうからクリスが息を切らせて走ってきた。
『社長。すぐに一緒に来て下さい』
クリスの案内に従い、新しく掘り進められたトンネルを進んでいくと、突如として目の前に、息をのむほど広大な鍾乳洞が現れた。
「やっぱり、トアの言う通り本当にあったな……」ハルトが呟く。
「これなら、いろんな実験をしたり、物資を保存したりする場所もバッチリできたね」
後藤も目を輝かせた。
しかし、クリスは一転して神妙な顔つきになり、視線を落とした。
「問題は、ここから先です。マイケルの採掘チームが関わっていて、本当に幸運でした」
クリスが歩く先には、さらに地下深くへと伸びる一本のハシゴがあった。
三人が慎重にそのハシゴを降りていくと――なんと、そこには人類の歴史にない、未知の遺跡が現れたのだ。
洞窟の壁面には、見事な壁画が描かれていた。
豊かな土地で、平穏に暮らす人々。
人口が増えるにつれ「灰色の人間」が現れ始める。
見たこともないような、高度な超文明の景色。
そして、巨大な塔の先端から眩い光が放たれ、人々が泣き叫ぶ姿。
地を飲み込む大洪水から、必死に逃げ惑う人々。
船に乗り込み、新天地を目指す人々――。
絵は、そこで途切れていた。
「え……? 人類が知らない文明が、本当にあったのか? まさかムーとかアトランティスってやつか?」
後藤が呆然と声を漏らす。
「名前は違うかもしれないけれど、確かに文明はあったんだな。それも、自ら滅んでいるんだ……。まるで、トアが警告していたのと同じ過ちを犯した人類が、過去にもいたってことなのか。文字がなくて絵だけが遺されているっていうのは、新しく生まれる未来の人類への、警告なのかもしれないな」
クリスがハルトの顔を見つめる。
「社長。この場所はどうしますか?」
ハルトは少しの間、じっと壁画を見つめて考えてから、静かに口を開いた。
「てんとう虫を使って、データをすべて記録して調べてから……ここを封印しよう」
後藤もハルトの覚悟を感じ取り、何かに納得したように頷いた。
「そうだよな。遺跡なんて公表したら大騒ぎになって、学者や政府が押し寄せてトア村の開拓が先に進まなくなっちまうしな」
『はい。私も賛成です。人類の未来は、もう決まっているのですから』
クリスは、確信に満ちた声で同意した。
壁画の彼らがその後どうなったのか、今は誰にも分からない。完全に滅んでしまったのか、それとも新天地で新たな生活を紡いだのか。
ハルトは、名もなき大陸の、名もなき先人たちに心から感謝した。そして同時に、再び人間が同じ過ちを犯し、今度は人間ではなくスーパーAIであるトアが地球を救おうとしている事実に、胸が締め付けられるような悲しさを覚えた。
けれど、自分たちにできることはただ一つ。
(残された人類が二度と滅びないように、俺たちは前を向いて前進するのみなんだ)
ハルトはその覚悟を、深く心に刻みつけるのだった。
その後、ハルトはトア村の敷地内にある採掘チームと一緒に来たマイケルが用意してくれたクリスのトレーラハウスに向かった。
てんとう虫がスキャンした情報が、すでにトアのメインシステムへと届いているはずだった。クリスのパソコン画面には、トアが映し出されていた。
「トア。詳しいことは分かったかい?」
『はい。解析の結果、あの壁画はおよそ7万年前に描かれたものと判明しました。何という名前の文明だったのかは、歴史の闇の中ですが』
「7万年前……。人類はやっぱり、同じ過ちを繰り返しているんだな。せっかく彼らが警告を遺してくれたのに。それで、彼らは結局、全員滅んでしまったの?」
ハルトは、祈るような痛切な気分でトアに問いかけた。
『いえ、現在の日本人のルーツに深く関係しているかもしれません。
壁画の表面から、当時の人間のものと思われる小さな爪の痕跡が見つかりました。爪が壁の亀裂に折れ残るほど、彼らは最後まで絵を刻み続けたのでしょう。その爪から検出されたDNAの配列が、現代の日本人が持つ特殊な古い遺伝子系統と、非常に高い確率で一致しました』
「そうか……! 生き残れたんだな。命を繋げたんだ。良かった……」
ハルトは、凍りついていた心がすっと軽くなり、救われたような気がした。
もう、トアが決めた未来のタイムリミットは変わらない。ならば自分たちのやるべきことは決まっている。あの貴重な壁画はそっと封印し、鍾乳洞をトア村の地下拠点として完成させることだ。
ハルトは気持ちを切り替え、岡山市の源の元へと会いに行った。トア・コーポレーション・ジャパンの事務所のリフォームは、来月には完成する予定だ。
「源さん、いる?」
「おう、ハルト、よう来たな」
源が太い腕を拭いながら振り返る。
「ソーラーパネルの件、クリスのおかげで進んだよ! 今、職人さんに頑張って作ってもらってるからね」
「そうらしいな。もうすぐワシらの出番じゃな」
「はい! まずは、村の『門』の建築からお願いします」
「任せときねえ! みんな気合が入りまくっとるけえな!」
トア村の近くにある廃業した店舗をクリスが見つけてくれたおかげで、今はそこに宮大工の弟子たちが寝泊まりし、ひたすら木材を整えているらしい。
彼らは自炊をしながら、文句ひとつ言わずに頑張ってくれている。さすがは厳しい修行の風雪を耐え抜いた、源さんの精鋭たちだ。彼らが切り出す木材は寸分の狂いもなく、まるで芸術品のように美しく組み合わさっていく。
(地上には漆を使ったハイテク瓦の屋根。そして地下の通路には、源さんたちが柿渋を塗って仕上げてくれるカビの生えない頑丈な貯蔵庫……。キノコやチーズ、美味しい調味料を保管する最高の秘密基地になるぞ)
「よし、次は『井戸掘り職人さん』だな」
ハルトは小さく呟いた。
きっと優秀なクリスのことだから、もう日本中から最高の職人にアタリをつけているに違いない。生活にも、最高の調味料造りにも、絶対に良い水が必要だ。湧き出たらすぐに水質検査もしなきゃな、とハルトは未来の計画を膨らませる。
明日は、一度信州の自宅へと帰る予定だ。
けれど、ここ岡山はクリスと源さんがいてくれれば、留守にしても絶対に大丈夫だと確信できた。
ハルトは帰路につく前、トア村の地面をそっと見つめた。
7万年前の、名もなき大陸の名もなき先人たちが、未来の人類のために遺してくれたあの地下聖堂。次に来る時には、もうハルトたちの手で安全に封印され、見ることはできないだろう。
(ありがとう)
ハルトは心の中で、7万年の時を超えた先祖たちに、温かい感謝のお礼を呟くのだった。
(15章へ続く)




