第13章 ハイテク伝統瓦の誕生。
ハルトと後藤が、額の汗を拭いながらヤギたちの世話をしていると、ハルトの胸ポケットから小気味よい電子音が響いた。
トアから支給された、てんとう虫型の特殊通信端末からだ。
スピーカーから聞き慣れたスマートな声が流れる。
『社長。今、お時間よろしいですか?』
クリスからの連絡だった。
「うん、大丈夫。近くには後藤しかいないから」
『朗報です。トアの適性試験を最高得点で突破した瓦職人が見つかりました。一度お話ししていただけますか?』
「社長」という響きに、ハルトは少しくすぐったいような、照れくさい気持ちになりながらも居住まいを正した。
「分かった。面接はいつがいい?」
『今日の昼などはいかがでしょう。実は私、今すでに兵庫県におりまして……淡路瓦の職人さんの工房にお邪魔しているのです』
「えっ、もう兵庫にいるの!?」
クリスの相変わらずのフットワークの軽さに驚きながら、ハルトは「分かった、お昼にパソコンの前で待ってる」と伝えて通信を切った。
二人の会話を横で聞いていた後藤が、白い歯を見せて笑った。
「良かったなハルト。これでソーラーパネルの計画に、また一歩近づいたじゃないか」
「うん。それにしてもクリス、もう兵庫の淡路島にいるなんて驚いたよ」
後藤はハルトの肩をポンと叩くと
「後は俺がやっておくから、ハルトは一度自宅に戻っていいぞ。面接の支度とか色々あるんだろ?」
「え? 支度?」
「おいおい、仮にも社長なんだぞ? 職人さんと面接するなら、せめてスーツくらい着ないと格好がつかないだろ?」
「あ、ああっ! そうか、確かに!」
ハルトは自分のラフな作業着を見下ろし、慌てて頭を掻いた。
「じゃあ、後は頼んだ! いつも本当にありがとな、後藤!」
頼もしい相棒の背中を見送りながら、ハルトは「後藤を仲間にして、本当に心から良かった」としみじみ噛み締め、急いで山を下りた。
ハルトの小さなアパート。
慣れないリクルートスーツに身を包み、緊張した面持ちでパソコンの前に座るハルト。
画面が切り替わると、背景に美しい銀色の「いぶし瓦」がずらりと並ぶ、歴史を感じる職人の作業場が映し出された。
そこに映る、がっしりとした体格の男が不器用そうに頭を下げた。
『は、はじめまして。兵庫県の淡路島で瓦を焼いております、中島匡と申します』
「初めまして、天照陽人です。クリス……あ、塚野から聞いていると思いますが、こちらの受け入れ準備が出来次第、岡山へ移住していただくことは可能ですか?」
中島は一瞬、画面の向こうで緊張した表情を見せたが、すぐに力強く頷いた。
『はい! それは私にとっても願ってもないことです』
「ありがとうございます。……では、一つ本質的な質問をさせてください。中島さんが魂を込めて作ったその瓦に、日本の伝統技術である『漆』を塗っても構いませんか?」
一歩間違えれば、職人のプライドを傷つけかねない提案。しかし、中島は怒るどころか、その骨太な顔に豪快な笑みを浮かべた。
『もちろんです! クリスさんから、漆を使って全く新しい環境に優しいソーラーパネルを開発されると伺いました。私の瓦が、そんな未来の素晴らしい挑戦の土台になれるなら、いくらでも漆によって保護し、美しく仕上げてください』
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
画面が切れた瞬間、ハルトは誰もいない部屋で「やった……!」と小さくガッツポーズを突き上げた。
すると、入れ替わるように画面にクリスが映し出される。
『社長。実は、瓦の件を見越して、すでに木以外の素材への塗装実績が豊富な『香川漆器』の職人さんにもアタリをつけてあります。明日、香川へ向かいますので、またご連絡いたします』
「ありがとう、クリス。引き続きよろしく!」
画面を閉じ、ハルトは改めてマイケルの言葉を思い出していた。
(マイケルが『クリスはとにかく優秀だ』って自慢してたけど、本当にその通りだな……。感謝しなきゃ)
翌日、ハルトは香川漆器の凄腕職人・小出太郎氏ともオンライン面接を行った。
小出氏もまた、伝統を守るために未来の技術と融合するというハルトの熱い理念に深く共鳴し、「瓦に漆を塗る」という前代未聞のミッションを快諾してくれた。
面接が終わるや否や、クリスの迅速な手配によって、淡路島の中島氏が焼いた特製の瓦が、香川県の小出氏の工房へと超特急で届けられることとなった。
ハルトは、画面の中のクリスに語りかける。
「これで屋根の上のソーラーパネル部分は形になりそうだけど……次は、発電した電気を運ぶ配線や、それを貯める蓄電器だね」
クリスは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
『ご安心ください。送電線に関しては、マイケルの潤沢な資金を使って現代の最高品質のものを買い付けます。それをそのまま露出させると現代の監視衛星やドローンに見つかってしまいますので、すべて鍾乳洞の地下ルート、および源さんが建てる建物の伝統的な「木組み」の隙間に隠して配線します。これでステルス性は完璧です』
「なるほど! 木組みと地下なら、外からは絶対に電気の線が見えないね。安心だ」
クリスが画面をタップすると、ハルトのPC画面に、淡い緑色の光を放つスタイリッシュな四角い箱の3Dデータが表示された。
『そしてこれが、社長の発想からヒントを得てトアが設計した『植物由来のカーボン蓄電器』です。カナダの天才、セラフィナ氏の再生可能エネルギー理論と、トア独自の未来素材により、役目を終えれば安全な有機物へ分解されます。』
(もう完成してたのか?セラフィナさんも手伝ってくれていたんだな)ハルトは、あまりの急展開に驚いた。クリス恐るべし!!
『レアメタルを一切使用せず、社長のソーラーパネルと同様、役目を終えれば100%自然の土に還る究極のバッテリーです。これを源さんの工房の床下や畳の下に設置すれば、現代の目を完全に欺いた『究極のクリーン電化秘密基地』が完成します』
「さすがセラフィナさんとトアだな……!」
ハルトは、その難解な科学的仕組みこそイマイチ分からなかったが、「とにかく地球を汚さない凄いシステムなんだ」ということだけは、理解した。
「クリス、本当にありがとう。マイケルが君を信頼する理由がよく分かったよ。引き続き宜しくお願いします。」
クリスは少し照れながら
『はい。今、源さんの工房のリフォームも急ピッチで進んでいますから、会議室が完成したら世界中のトア・コーポレーションとリアルタイムで情報共有ができるようになります。』
皆のお陰で、次々に形になっていく。
伝統の淡路瓦、香川の漆で作られるソーラーパネル。そして世界最高峰の蓄電技術。
バラバラだったピースが、瀬戸内海を舞台に一つへと繋がり始めていた。
(来月になれば、いよいよ採掘チームが来て鍾乳洞の調査が始まる。そうすれば、源さんの宮大工チームも動き出せるぞ……!)
秘密基地の完成へ向けて、ドミノが勢いよく倒れ始めるような激しい高揚感が、ハルトの胸をいっぱいに満たしていた。
(第14章へ続く)




