第12章 マイケル来日と新たなバトン
岡山空港。
「ハルト!」
「マイケル!」
僕たちは固い握手を交わした。
マイケルの後ろには、30代くらいの青年が控えている。
「Let me introduce you. This is Chris Tsukano, my brilliant secretary. He's a fourth-generation Japanese-American, and my nephew.」
(紹介しよう。彼が優秀な秘書、クリス塚野君。日系4世で、私の甥だ)
クリスは、ハーフなのだろうか。とても整った顔立ちをしている。彼は綺麗な日本語で、丁寧に挨拶をしてくれた。
「初めまして。クリスとお呼びください」
「初めまして、ハルトです。これからよろしくお願いします!」
僕たちのやり取りの後ろで、ゴホン、とわざとらしい咳払いが聞こえた。
「あ、紹介します。こちら、従兄弟で宮大工の源さんと、親友の後藤です」
お互いに挨拶を交わし、僕たちは岡山にある源さんの家へと向かった。
『トア・コーポレーション・ジャパン』の本拠地は、源さんの工房をリフォームして使う予定になっている。マイケルの会社にある地下施設のような完全な秘密基地は無理だけれど、源さんの家の敷地内なら、ある程度の安全性は確保できるだろうという判断だった。
「まだリフォームに、ちーと時間がかかるんじゃ。クリス、もし嫌じゃなけりゃあ、それまでの間はウチに泊まっとりゃあええがな」
源さんがそう提案すると、クリスは頼もしく微笑んだ。
「ありがとうございます。ぜひ、私も事務所作りから一緒に参加させてください」
実際、これから日本の拠点を切り盛りしていくのはクリスの役目だ。現場を見る彼の意見こそが、何よりも大事になるだろう。
マイケルがポンとクリスの肩を叩く。
「クリスにもカードを渡してある。必要な物があれば、何でもすべて揃えてくれ」
マイケルがクリスを心から信頼していることが、その言葉だけで深く伝わってきた。
「はい、社長。お任せください」
その日の夜、源さんの家にみんなが集まった。
祖母の百合子や伯母さんは、忙しそうに次々と豪華なご馳走をテーブルに並べていく。
「……! このいなり寿司、もの凄く美味しいですね!」
クリスが驚いたように声を上げた。
百合子は少し照れくさそうに微笑む。
「お恥ずかしいことで。ハルトがな、ぜひ皆様に食べてほしいって言うもんじゃから」
「ばあちゃんのいなり寿司は世界一だからね!」
僕が胸を張って言うと、百合子はますます恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「本当に、日本に来て良かった。私のアメリカの祖母も作ってくれましたが、何かが違います。巻いてあるスタイルも初めてですが、奥深い味がします。これが、本物の『日本の味』なんですね」
クリスの言葉に、百合子が嬉しそうに頷く。
「これはな、有機栽培した大豆を使って、ご近所のお豆腐屋さんが揚げてくれた油揚げを使いょんよ」
すると、横から後藤が興奮した様子で身を乗り出してきた。
「なぁハルト、俺たちの作る野菜だって有機野菜だし、このいなり寿司、絶対に売れると思うぞ!」
「あ、それならトア村の休憩所で食べられるといいな」
「いいアイデアだ! 俺、百合子さんに作り方を教わるよ!」
トア村を見学しにくるお客さんのために、休憩所でお茶のサービスくらいはしようと考えていたけれど、なるほど、いなり寿司なら片手で食べやすい。有機野菜を直売する予定もあったけれど、こういう手軽に食べられるお店もあった方が絶対にいい。
その夜は、みんなで遅くまで楽しく宴会をして、マイケルとクリスは岡山のホテルへと帰っていった。
次の日。
僕たちはマイケルとクリスを連れて、トア村の建設予定地へと向かった。
今はまだ、何もないただの更地が広がっている。
すると、マイケルが僕と後藤、源さんにコードレスイヤホンを差し出し、耳につけるようジェスチャーで示した。
「これは、トアからのプレゼントだ。あの同時翻訳機の進化版だよ」
手の中に収まる小さな機械を見て、僕は目を見張った。
「こんなにコンパクトになって……! すごく使いやすいです」
「お、おお!? 何じゃこりゃあ……! 凄がぁな、本当に同時に話せるんじゃな」
初めて体験する源さんが、驚きのあまり落ち着きなく身体を動かしている。
マイケルは、目の前にそびえる山を見上げて、自慢げにウインクをした。
「この山に鍾乳洞があるんだな。来月には採掘チームがそちらに着くから、楽しみにしていてくれ」
「はい。まずは鍾乳洞の入り口に立派な門を作ってから、宮大工の工房を建てて、順に色々な施設を作っていく予定です。完全な完成披露までは、きっと数年かかると思いますが……」
僕の言葉を聞いたマイケルは、父親のような優しい目で僕を見つめた。
「ハルト、君はまだ学生だ。まずはしっかり学んで、学校を卒業してから本格的に動けばいい。これからはクリスもいるんだから、安心して学業に専念してくれ」
「……はい! ありがとうございます」
マイケルは多忙の身らしく、その足ですぐに帰国の途についた。
残された僕たちは、クリスの部屋を整えるために、再び源さんの家へと向かう。
とりあえずは源さんの家の客間に住んでもらい、並行して工房の2階にある弟子部屋の部分をリフォームして、クリスの個室と会議室を作ることにした。そして、工房の1階が『トア・コーポレーション・ジャパン』の表向きの事務所となるのだ。
現代社会の目を欺くための、僕たちの秘密基地。
心強い仲間が増えた。
歩みは少しずつだけど、確実に前へ進んでいる。
空へと飛び立った「てんとう虫型ドローン」たちが、全国から静かに情報を送り続けている。
クリスのノートパソコンの画面には、職人たちのデータが次々と蓄積され、増えていく。
画面の隅では、小さなてんとう虫のアイコンが全国を飛び回り、新しい情報を得る度に鈍く点滅していた。
僕や後藤は、明日からまた信州に戻らなければならない。
だからこそ、ここからの本格的な交渉や事務手続きは、すべてクリスの手腕に託されることになる。
次に僕が岡山へ帰ってきたとき、一体どれだけの職人たちが仲間に加わっているだろうか。
まだ見ぬ未来のトア村の景色を想像しながら、僕は胸を激しく躍らせていた。
13章に続く




