Act1 図書室の邂逅 一年遅れの境界線 3
薫は当然のように研斗がいた席に座った。彼女は、航聖の端末の表面に映る「演算問題」を無視し、その裏側に隠された真のロジックを見透かすように目を細める。
「……おい。良かったのか?お前の『忠犬』をあんな風に追い払って」
航聖の無機質な問いに、薫はフッと短く、冷ややかな笑みを漏らした。
「忠犬?……あれはタダの駄犬だわ。……それに、私のではないわ。『加納家の犬』よ。私の視界を汚す権利なんて、あの子には無いの」
薫は続ける。
「貴方の演算には、補助線が必要ね」
「……何のことだ?僕はただ、ここで静かに過ごしたいだけだ。加納家に気づかれずに、誰にも邪魔されずにな」
「……嘘ね。加納家がそんなヘマをするはずがない。……貴方が逃げようとすればするほど、研斗みたいな『重石』を使って貴方を沈めに来るでしょうね」
「……」
「助けが欲しいんでしょう?玉木君……私を使わない?」
「……使う?」
「玉木君、貴方は此処を、加納家という泥沼から逃れる為の『隠れ蓑』だと思っている。……でも、私の考え方は違うわ」
薫は微笑を浮かべ、闇を湛えた瞳で航聖を見つめた。
「ついて来てちょうだい。貴方に見せたいものがあるの」
薫に案内され、学園の生徒会室横の「立ち入り禁止」札の掛かった部屋を開けた瞬間。
航聖の目に飛び込んできたのは、静かな熱気を孕んだ「漆黒の要塞」だった。
部屋の中央、それは家庭用のPCとは一線を画す、巨大なサーバーラックの集合体。水冷システムの冷媒が流れる微かな液体音と、無数LEDライトが脈動するように点滅する青い光。
「……えっ」
航聖は息を呑んだ。加納家で扱っていた「演算機」とは違う。これは、個人の思考をまた一段と拡張しかねない、暴力的なまでの演算資源だ。
薫は、巨大なマシンの前で足を止め、その黒い筐体を指し示した。
「驚いたかしら?……これが貴方の新しい『脳』よ。貴方が加納家で触っていた玩具とは違うわ。姫神会の最高技術を集めた貴方だけのワークステイション」
航聖はふらふらと、吸い寄せられるようにマシンの前に立った。広大なデスクの上には三枚の極薄・高精細モニターが、航聖を迎えいれるように整然と並んでいた。中央のメインモニターには、既に学園のネットワークの深層が映し出され、左右のサブモニターには膨大なリソースの稼働状況が流れている。
「そうよ。だから、航聖。私を使いなさい」
薫の声が、冷たく、力強く響く。
「貴方は加納家を避けるためにここへ来た。なら、このマシンを盾にして、彼らの手を完全に振り払いなさい。私がその為の場所……と対価を払うわ」
呆然とする航聖に薫は言った。
「オーケーなら、次は貴方のログインコードを打ち込む番ね」
PCの進化って、一年だけでも違いますよね。頭もついていけない(笑)




