Act5 沈黙の逃亡者
「……そうか」
演算室。航聖は自嘲気味に笑い、眼鏡のブリッジを押し上げた。モニターの青白い光が、彼の冷たい瞳を強調する。
「ええ……航聖。貴方の他にも、加納家を恨んでいる人間がいるの」
その言葉と同時に、演算室のメインモニターに姫神会の極秘フォルダが展開された。
「九条 龍輝……いや、加納 龍輝か」
航聖は、次々と表示される断片的な記録を読み解いていく。加納の当主が使用人に産ませた三男。母は現在姫神会によって匿われ、龍輝本人は囮のように各地を転々としていた男。
「……成程ね、ヒメ。君は僕と出会う前からずっと、陰で彼を支えていたんだ。加納の猟犬たちが彼を追い詰めるたびに、君がその『網』を密かに切り裂いて逃げ道を作っていたと……」
演算室のモニターに映る龍輝の逃亡記録を眺めながら、航聖は静かに問いかけた。
「……一つ、僕の演算では導き出せない答えがある。ヒメ……君は何故、そこまで龍輝に肩入れするんだ?姫神会の力を使い、父に黙ってリスクを冒し、随分前から彼を守り続けてきた。……単なるお嬢様の気まぐれにしては、あまりにもね……」
薫は、航聖の後ろでフッと視線を落とし、自嘲気味な微笑を浮かべた。
「……航聖。貴方は、自分が『道具』として生まれてきたと感じたことはないの?」
薫は続ける。
「……姫神家の令嬢。不動産王の孫。……聞こえはいいけれど、私は物心ついた時から、家の拡大と維持のための『装置』として育てられたわ。感情も、意思も、全ては姫神の名に相応しいかどうかで測られる。……私は、私自身でいることを一度も許されなかった」
薫は、加納家からボロボロになりながらも逃げ続ける龍輝の姿を浮かべた。
「彼は、私が諦めてきた『逃亡』をずっと続けていた。加納という巨大な呪縛を振り切り、ボロボロになっても『自分』を生きようとしていた。……その姿が、あまりにも眩しかった」
龍輝を守ることは、薫にとって「救えなかった自分自身」を救う儀式だったかもしれない。
「彼のお母様が姫神会に保護された時、彼女は壊れる前に言ったわ。『龍輝をあの家から守って』って。……私と同じよ。私たちは生まれた瞬間に看板を背負わされて、『家族』という名の檻に入れられたのよ。……だから、あの子がその檻を叩き壊す力を持つまで、見守るつもりよ」
航聖は、薫の言葉を噛みしめるように黙り込んだ。論理を越えた、魂の「同期」。
「……成程。君にとって、その龍輝っていうのは、ただの『恨みを晴らす駒』じゃない。……君の代わりに加納という理不尽を破壊する『希望の具現体』になるということか」




