Act4 一ノ瀬教諭の自滅
演算室には、新しく挽いたコーヒー豆の香ばしい匂いが立ち込めていた。
モニターの中では、教頭に詰め寄られて半泣きになっている研斗の映像が流れているが、航聖は既にその「終わった駒」から視線を外し、別のウインドウを開いていた。
「……おい、ヒメ。……教頭と研斗がやり合っている隙に、一ノ瀬が動いたぞ。……自分の『内申売買』の証拠を、学園の共有サーバーから個人のクラウドへ移そうとしている」
航聖の指先が、コーヒーカップから立ち上る湯気を割り、キーボードのうえで激流のようなリズムを刻む。
「ちっ。……彼は慎重だな。教頭の失敗を察して、自分だけは『研斗に弱みを握られていない』という体裁を整えようとしている……だけど、そのクラウド自体が、僕の用意した『偽の保存先』だとも知らずにね」
航聖がエンターキーを静かに叩くと、一ノ瀬が必死に隠蔽しようとした「賄賂を受け取った生徒のリスト」が、航聖のモニターに鮮やかに展開された。
「……なるほど。一ノ瀬は、特待生たちの推薦枠を削り、加納家に縁のある無能な生徒たちに『時価』で売っているようだな。……このリストがあれば、彼はもう二度と教育者として此処の教壇には立てないだろう」
薫は、航聖の肩越しにそのリストを眺めている。
「うーん、そうねえ……ただバラすだけじゃあ面白くないかもね。……ねえ、航聖、この件も研斗が加納家本家に報告したことにしたらどうかしら?」
「……、幸か不幸か……君と僕は本当に思考が似ているな」
「あら、それって……褒めてくれているのかしらね?航聖」
薫は、意地悪そうな笑みを浮かべた。
航聖は、一ノ瀬のスマホに、研斗の端末から発信させたように偽装した「送信完了通知」を飛ばした。その内容は、一ノ瀬の裏帳簿が加納家本家へ転送されたことを示すログだ。
(実際は航聖はのサーバーに保存されただけであるのだが)
数分後、図書室で教頭に怯えていた研斗の元に、今度は一ノ瀬が血相を変えて突っ込んできた。
「おい!佐藤ッ!俺を裏切ったな!教頭だけでなく、俺の進路資料まで本家に流すとはどういうつもりだ!」
「えっ、一ノ瀬先生まで⁉何のことですか、僕は何も__」
教頭と一ノ瀬、二人の教師に挟まれ、研斗は完全にパニックに陥る。教師たちは、研斗が「加納家本家の威光を盾に、自分たちを粛清しようとしている」と思い込み、自分の保身の為に研斗を徹底的に叩き潰そうとする。
「……ヒメ、見てくれ。一ノ瀬は自分の罪を隠すために、必死に研斗のPCを破壊しようとしている……ついでに研斗が既に持っていた『本物』のデータも物理的に消滅するだろうな」
航聖の表情がふっと緩む。
「あら、上手くいったのね、航聖。お疲れ様」
図書室の喧騒は、演算室には届かない。モニターの中で、無様に罵り合う大人たちと、震えあがる研斗。その光景こそが、二人にとっての最高の「付け合わせ」だった。




