花祭の王都へ
「さぁ、どうだっ……!」
合せ鏡を見ながらヘアアレンジにチャレンジしていた私は、鏡の角度を変えながら納得がいくまで仕上がりをチェックする。
テオ様の髪を弄るのはわりと得意な私だけれど、だからといって自分の髪を上手く弄れるかは話が別。合せ鏡とにらめっこしながら後頭部に手を回しても、慣れないと左右が混乱して変になってしまうのだ。
それでもコツコツと練習をしてきたから、今回は我ながら上手く出来たと思う。
「……よしっ」
シニヨンに結ったオリーブベージュの髪。後れ毛のバランスが難しかったけれど、お洒落感を出したかったから頑張った!
シュシュはルナリア様から頂いた白いレースのリボンを使って自作した物で、お洒落が苦手な私でもそれっぽい見た目にしてくれた。
後は……。
「大丈夫、だよね?」
私が身に付けているのはカーナちゃんが仕立ててくれた春用の花柄ワンピースだ。光の加減によっては薄いピンクにも見えるライトベージュで、ふわっと軽いシルエットになっている。
靴はあえて黒色のショートブーツ。ワンピースとメリハリがついていい感じだし、たくさん歩いても疲れにくい。さっすがカーナちゃんのアドバイス。
肩掛け鞄はマクラメ編みのジュートバッグ。テオ様に収納の魔術を付与してもらうためにこのバッグだけは事前にお披露目していたけれど、髪型とワンピースは本日初お披露目……。ドキドキとワクワクでいっぱいだ。
「よしっ!」
気合いを入れて身支度を終えた私は、テオ様と合流するために階段を降りていく。
そう――。今日はテオ様と二人でお出掛けをする日だ!
「お待たせしましたっ、テオ様!」
心臓をドキドキさせながら勢いよくリビングへと入ると、ソファに座っていたテオ様が私の声に反応して顔を向けてきた。
おめかしした私を見たテオ様は驚いたように一瞬目を見開いて……、そしてとても優しく微笑んでくれた。
「シア、とても似合ってるじゃないか。大人っぽく見えて素敵だぞ」
「! ほ、本当ですかっ?!」
嬉しい……! テオ様に褒められて顔がカァッと熱くなる。
もちろん「似合っている」という言葉も嬉しいけれど、それ以上に「大人っぽく見えて素敵」という言葉が嬉しい!
私は熱くなった頬を両手で押さえながら喜んでテオ様を見る。
テオ様はいつもの外出用の上着じゃなくて、淡いベージュ色の春用ジャケットを着ていた。
ジャケットの下は白シャツに黒ズボンといつものカラーリングだけど、シャツはいつもよりちょっとお洒落なデザインみたい。
肩掛け鞄も買い出しで出掛ける時の物とは違う。機能性よりもデザイン重視な黒い革製の奴だ。
全体的にシンプルだけど気品があるというか……、大人の男性って感じがして格好いい!
「テオ様がお洒落してる……」
驚きのあまりに思わず心の声を漏らすと、テオ様は前屈みでプッと笑いを吹き出した。
「シアがお洒落をするのに、俺が普段どおりって訳にもいかないさ」
「テオ様、格好いいですっ」
「あははっ。ありがとうな」
テオ様はいつもの癖で私の頭を撫でようと右手を上げた――けれど、その途中で私の頭を撫でたら髪型が崩れると気付いたみたい。
所在なさげにさ迷ったテオ様の右手は、最終的に私の左肩をポンポンと撫でた。
「忘れ物はないか?」
「大事ですっ」
私に必要な持ち物はハンカチと財布くらいだし、それら以上に重要なのはいつも首に掛けている魔石と指輪を通したネックレスだ。
テオ様と一緒に行動するから心配はないけれど、万が一の時は魔石に付与された守護の魔術に加えてアシュフォードの身分を保証する指輪が私を守ってくれる。特に今日のお出掛け先ではいざという時に指輪が効果を発揮してくれるから問題ない。
今日のお出掛け先は――、アルドリール魔術王国の王都!
王都自体はアシュフォードのお屋敷へ行った時と合わせて二度目だけれど、ちゃんと街中を歩くのは今日が初めてだ。
「のんびりブラブラ歩こうな」
「はぁい」
テオ様の言葉に私は心の緊張を緩ませるためにわざと緩く返事をした。
今は春、花祭の月。国や地域によって風習は違うけれど、基本的に花祭の月は春の訪れを祝うお祭りがある月だ。
アルドリールでは二週間に渡ってお祭りが開催されていて、今はちょうど中間の時期。人の混み具合が多少は落ち着いているタイミングとなる。
ちなみにお祭りの初日は王様が宣誓したりするセレモニーやパレードがあって、最終日はフィナーレを飾る花火が上がるみたい。
お出掛け先はテオ様と相談しながら決めたのだけれど、今の時期なら人混みが苦手な私でもテオ様と一緒ならお祭りへ行けると判断したのだ。
最終日の花火もちょっと気になるけれど、私は大きい音も苦手だから今回は見送り。いつかのお楽しみにとっておくことにした。
まずはお祭り自体を楽しもうっ。気合いを入れた私はショルダーバッグをポンポンと叩く。
バッグの中には事前にテオ様から貰って熟読したお祭りのパンフレットも入っている。
「それじゃあ行くか」
「はいっ!」
元気に返事をしながら私はテオ様の右手と手を繋ぐ。テオ様は魔術を使う際に左手で指を鳴らす癖があるから、基本的に左手はフリーの状態にしているのだ。
テオ様と手を繋いでその手首へと視線を向けると、そこには私が編んだ組み紐が結ばれていた。身に付けてくれて嬉しいっ。
「さて」
私が組み紐に気を取られている間に、テオ様はパチンッと指を鳴らして移動の魔術の扉を開けた。
私は最近の授業で「移動の魔術は想像していた以上に凄い魔術だ」ということを知った。
物体や動物ならともかく、生身の人間を無傷で転移させる魔術は現代魔術では特級に分類されている。特級魔術を使える現代魔術師は世の中で三人くらいしかいないから、現代魔術師からすると転移移動の魔術は夢物語のような魔術だ。
一方で古代魔術では話が別だ。古代魔術には不可能なことはないとされているから、その古代魔術師が移動の魔術を修めようと励めば使えるようになる可能性がある。
つまりこの移動の魔術は、基本的に古代魔術師にしか使えない魔術なのだ。
でも、古代魔術師なら誰でも好き勝手に使える魔術じゃない。
人間をポンポン移動できるなら、ちょっとした犯罪行為から大軍を敵国へ送り込む侵略行為だって容易。そんな真似を許してはいけないから、大魔術協会は特に他国へ移動する現代魔術と古代魔術の使用を許可していない。
アルドリールのように魔術が普及していて古代魔術師がいる国なら、各都市を結ぶポータルを設置して国内の移動ネットワークが構築されているみたい。
テオ様はアルドリールの魔術公でキラン大森林を監視している人物だから、特別に移動魔術の使用を許可されているのだという。
……それをポンポン使って他国へ気軽にお出掛けしちゃうのがテオ様だ。他国へ出掛けると言っても買い出しや小旅行程度だから見逃してもらっているみたい。
そんなテオ様と手を繋いで移動の扉を潜る。
「シア、おいで」
「はいっ」
王都の結界を通り抜けるために、以前と同じようにヒヤッとした感覚があって――……。
目を開けるとそこは石レンガ造りの建物に囲まれた袋小路で、私達以外は誰もいない。袋小路の出入口の先から人々のざわめきが圧のように聞こえてくる。
……うん。テオ様と一緒だから不安はない。軽く深呼吸してからテオ様を見上げると、テオ様は優しく微笑んで空いている左手で背中を軽く擦ってくれた。
「シア、行けそうか?」
「――はいっ。楽しみですっ!」
強がりではなくて本心だ。確かに人混みは怖いけれどテオ様と一緒だから大丈夫。テオ様はいつだって私の味方だ。
「普段買い出しの寄り道で行く魔術具通りと比べれば人はいるが、通り自体が広いからな。人の密度自体はさほど変わらないさ。のんびり行こうな」
「はぁい」
テオ様に手を引かれながら通路を進んで視界が開けると――、上階の窓から撒かれた花びらが舞う大通りが広がった!
「わぁっ……!」
通り沿いには食べ物やお土産の屋台がゆとりのある配置で並んでいて、春の装いをした人々が広い通りを楽しそうに歩いている。
噴水前では路上演奏の人達がギターと笛とアコーディオンで陽気な音楽を奏でていて、観客がリズムに合わせて手を叩いていた。
その向こう側にはカラフルな衣装の大道芸人がいて、ちびっこ達に大人気だ。一度にたくさんのお手玉を不思議な浮遊感で操っているパフォーマンスが楽しそう。
元々道沿いにあるお店もこれまで買い出しで出掛けていた町とは違って、言い方は悪いけれどちゃんとした店構えという感じ。ショーウィンドウのガラスでさえピカピカだし、看板の字体やデザインもこだわっていて思わず目を引く工夫がされているんだもん。
「わあぁ……っ!」
テオ様の右手をぎゅうっと握りながら目の前の光景に興奮していると、そんな私の反応に安心したテオ様がふっと微笑んで左手で私の肩をポンポンと撫でた。
「さぁ、シア。どこから見ていこうか?」
「えっと、えっと……っ! とりあえず、もう少し近くで演奏を見てみたいですっ。アコーディオンって物語の本でしか見たことがなくてっ、本物は初めてでっ!」
「あははっ! それじゃあ、あそこら辺へ移動しようか」
テオ様は前のめりな私に朗らかに笑うと、私の手を引いて観客の輪の中へと入った。
輪といってもそこまで人が密集している訳じゃなくて、パーソナルスペースで間隔が適度に空いている感じ。テオ様はちょうどいい感じで空いていた場所に誘導してくれて、私は人の圧迫感を感じることなく目の前の演奏に釘付けとなった。
私が好きな本にアコーディオンを演奏する愉快なガチョウを描いた物語がある。私はアコーディオンを見聞きしたことがなかったから想像するしかなかったけれど……、こんなに陽気で不思議な音色とコミカルな動きをする楽器だったんだっ。面白いっ!
「わっ、わぁ……っ!」
演奏に集中する私はいつの間にかテオ様と繋いでいた左手を離して、胸の前で両手を組んでいた。
テオ様は自由になった右手で私の右肩を抱き寄せて、さりげなく私を周囲の人から守ってくれている。
「わああぁっ……!」
楽しい演奏が終わって、他の観客と一緒に自然とパチパチと拍手をする。演奏者さん達も笑顔で観客に頭を下げて帽子を振った。
私は自分の財布を出して路上のギターケースへと投げ銭を入れた。これも人生初の経験でちょっとワクワクするっ。
演奏者さん達が後片付けをしている傍にはプログラムが書かれた看板が立てられている。複数組の演奏者さん達が参加していて、今の演奏者さん達の次の出番は夕方みたい。
「シア、向こうに案内所があるから少し覗いてみるか」
「はいっ」
再びテオ様と手を握った私は少し通りを進んで、ドアが解放されている建物へと入った。
有人のカウンターもあるけれど、それよりも真っ先に目に入ったのは魔道具の大型スクリーンだ。お祭り会場である大通りの地図や路上パフォーマンスの案内が一定間隔で切り替わって案内している。さすが王都、凄い技術っ!
「シアに渡していたパンフレットは事前に印刷された物だから、内容が少し違うかもしれない。最新情報はあっちのスクリーンの奴だから、それと書き換えようか?」
「あっ、お願いします」
「八級魔術・更新」
テオ様はさらっと現代魔術を使ってパンフレットの内容を書き換えてくれた。
古代魔術師は数が少なくて憧れの的みたいな存在だから、いつもの調子で古代魔術を披露しては目立ってしまう。だからテオ様は外出中はいつも現代魔術を使っているのだ。
案内所を出た私達はパンフレットを眺めながらお祭りの通りを歩く。
屋台の配置や内容は事前のパンフレットの内容と大きな変化はなくて、路上パフォーマンスのスケジュールに少し変更があっただけみたいだった。
私は以前テオ様から王都の立体地図を封入した結晶石を貰っていて、暇な時は王都の風景を眺めてきた。だからこの通りについては何となくわかっているけれど、お祭りの今は普段と違うから色々と物珍しくて目移りしてしまう。
「テオ様テオ様っ、イチゴ飴が食べたいですっ!」
「はいはい」
事前にパンフレットで目を付けていた屋台を見つけた私は思わず声と体が弾む。
はしゃぐ私にテオ様は嬉しそうに目を和ませながらお目当てのイチゴ飴を買ってくれた。
今が旬の大粒イチゴに飴が薄くコーティングされている。噛むと飴がパリッと割れて、甘酸っぱいイチゴの果汁が口いっぱいにじゅわわっと広がった。すっごく美味しい!
「ふわぁあっ……! テオ様も食べてみてください! 美味しいですよっ!」
美味しさと嬉しさをテオ様と共有したくてイチゴ飴が刺さった串をずいっとテオ様へ差し出すと、テオ様はちょっと困ったように笑いながらも一口食べてくれた。
「ん、食感が面白いな」
「はいっ! それにとっても美味しくて何個でも食べれそう……っ!」
「あははっ。とりあえず、一個までだぞ? まだまだ他の屋台にも回りたいんだろう?」
「はぁいっ。ええと、次は――」
私はテオ様と手を繋いでお祭りの屋台を巡っていく。
お目当て以外の屋台も気になって注意が散漫してしまったけれど、そんな私をテオ様はさりげなく守ってくれた。
おかげで私は他の人とぶつかったりすることもなく、人混みで体調を崩すこともなく、心の底から安心してお祭りを楽しむことができた。
「はぁ……、幸せです……」
食べ物系で私が目星を付けていたのは甘い食べ物の屋台ばかりだ。可愛くてふわっふわな綿飴、一口サイズのチュロとドーナツ、クリームと果物が乗ったワッフル、サクサクとトロトロが絶妙なエッグタルト。
食べ歩き客に釣られてつい買ってしまった豆菓子も絶妙な甘じょっぱさに手が止まらなくなって、テオ様の手も何度もひょいひょいっと伸びてきた。
口直しには酸っぱい柑橘のスムージー。凍った果肉の粒がショリショリしていて美味しい……。
「ふぅ……」
広場にある日陰のベンチでスムージーを飲みながら一休み。
たくさん食べて歩いたから、ちょっと横っ腹が痛くなっちゃった。
「シア、大丈夫か? 何だったら一度帰ってもいいし、アシュフォードの屋敷で休んでもいいんだぞ?」
「そこまでしなくても大丈夫ですよっ。このままちょっと休めば平気です」
隣で寄り添ってくれているテオ様の温もりを感じながら、広場中央の噴水前で開催されている大道芸人のショーを遠目で眺める。
わっ、花束みたいなステッキから鳩が飛び出してきた。どんな仕掛けなんだろう? 魔術ではなさそうだからますます不思議だ。
「こんな風にお祭りを楽しめるなんて夢みたいです……」
私はテオ様にポフッと寄り掛かりながらポツリと呟いた。
バルカで私がいた町でもこの時期にお祭りはあったけれどこんな大規模じゃなかったし、そもそもお祭りの日はお屋敷のお仕事が大忙しだったから早朝から深夜まで働き通しだった。
雇い主や他の使用人達から怒られないようにと神経を磨り減らしながら必死で働いて――……。
窓の外で広がっている賑やかで楽しそうな声が満ちた時間は私には無縁の世界だった。
「テオ様……。私、とても幸せです」
テオ様は私に対しては過保護なまでに優しい。そんなテオ様に甘える優しい時間は私にとって生きる原動力だ。
そんな気持ちで小さい声でポツリと呟くと、テオ様は抱き寄せている私の肩を優しくポンポンしてくれた。
「俺もだよ。シア、いつもありがとうな」
「っ……、こちらこそっ! テオ様、本当にありがとうございますっ。テオ様の傍にいられて幸せですっ!」
私へと向けられた思いやりの言葉に感極まって目頭が熱くなってきた。
――私がテオ様と一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年。
去年の今頃の私は雇い主の長男から乱暴された上に盗みの冤罪を着せられて、奴隷にされて、イザードの奴隷商の元へと輸送されていた。
劣悪な待遇の中、他の奴隷からも憂さ晴らしで罵詈雑言を浴びせられる日々……。生きる意味が見出だせなくて、でも自分で命を絶つ自由も奪われていて、いっそのこと正気を失ってしまいたかった。
そうして引き渡されたイザードの奴隷商は奴隷を丁寧に扱っていたから、プツンと切れそうな私の糸は無理矢理繋ぎ止められてしまった。
このまま知らない誰かに買われて酷い扱いを受けるに違いない。それならば買われた後に隙をついて命を絶ってしまおう。
そんな歪んだ希望に縋りついて、私を買ってくれる買い主をぼんやりと待つ日々を過ごして――……。
そして私はテオ様と再会して、救われたのだ。
「テオ様ぁ……」
感極まった私は涙が数滴溢れてしまったけれど、テオ様はそんな私に呆れることなくポンポンとあやして甘やかしてくれた。
テオ様の存在全てが気持ちよくて心が落ち着く……。
「今日のシアは感情が忙しいなぁ。心が疲れてしまわないか心配だから、無理はするなよ?」
「大丈夫ですっ……。今日はおもいっきり楽しもうって決めていたんですっ!」
「ふふっ、そうか。それならもう少し落ち着くまで休んでいような。それから祭りを一通り楽しんだ後に余力があったら、王都を簡単に観光しようか」
テオ様の提案に私は元気よく頷いた。
「はいっ! 遠目でいいからお城を見てみたいです。大魔術協会の立派な建物も気になるし、カーナちゃんの工房へも行ってみたいし、それから――」
興奮して少し早口になった私にテオ様はちょっと苦笑している。
「はりきり過ぎはダメだぞ? 無理して今日中にあちこち巡らなくてもいいんだ。次の機会にとっておくという楽しみもいいものなんだからな」
「はぁいっ」
今日のメインはお祭りだ。テオ様と一緒の初めての王都。テオ様と二人だけのお出掛け。つまり――、大好きなテオ様とのデートなんだからっ!
ゆっくりと気持ちを落ち着かせた私は、テオ様と一緒にお祭りを巡る。
これまでも魔術具通りで摩訶不思議な物を見てきたから慣れていると思っていたけれど、それでもお祭りで目にする物全てが楽しい。そして何よりもこの体験自体が新鮮で素敵だ。
「気に入ったお土産も買えてよかったな」
「はいっ!」
お土産とはお祭り限定の絵が描かれたマグカップだ。毎年デザインが変わる代物だから特別感がある。もちろん私とテオ様との二人分だ。
それから花祭らしくお花の苗もいくつか買った。ちょっと珍しい品種のお花だけど上手く育てたいなぁ。
更に私はイチゴ飴を、テオ様は豆菓子をそれぞれ追加で買った。
収納の魔術具であるバッグには保存の術式も刻まれているからイチゴ飴や苗が傷む心配もない。本当に便利だよね。
そうしてあらかたお祭りを満喫した頃に――、ちょっと変わった出会いがあった。
「おっ、テオとシアちゃんだ!」
突然脇道から男性に声を掛けられて、私はビクッとしてテオ様の腕をぎゅっと握る。
テオ様はチッと舌打ちをしてからため息をつくと、私を落ち着かせるように背中を撫でてくれた。
「……」
テオ様の影からおそるおそると脇道を覗くと……、そこにいたのはテオ様の兄弟子様であるレガリオ様だった。びっくりした顔で私達をビシッと指差している。
「人様へ向かって不躾に指を指すんじゃねーよアニキッ。その人差し指をへし折られたいのか?」
「おー、悪い悪い! シアちゃんも驚かせてごめんなー」
レガリオ様は相変わらず明るくて人付き合いが好きそうな感じだ。ちょいちょいと手招かれたので、テオ様は再びため息をつきつつ私の手を引いて脇道へと入った。
脇道は大通りとは違って人通りが落ち着いていて、小さな雑貨屋さんやシックな雰囲気の喫茶店が立ち並んでいる。これはこれで魅力的だ。
「シア、帰ったらアネキに『せっかくの外出を熊に邪魔された』とチクっておきなさい。俺が今ここでコイツの指をへし折る以上に効果的だからな」
テオ様の言葉にレガリオ様がピシッと固まった。
「げっ、勘弁してくれ。ルナ姉の一撃は最低三日は後を引くんだぞ」
「シア、アネキにチクる際に『実に残念なことに、ルナリアの一撃はレガリオには三日だけしか効果がないらしい』と付け加えておくんだ」
「だから勘弁してくれって!」
テオ様の物騒な言葉にレガリオ様がひきつった顔で苦笑している。
私は極度の男性不信だからテオ様以外の男性は怖いけれど……、レガリオ様は熊みたいに大柄で豪快で気さくなだけで怖くないって知っているから大丈夫。
だから私はテオ様の影から出てレガリオ様にペコリと挨拶した。
「レガリオ様、こんにちは」
「おうっ。シアちゃん、今日は一段と可愛いな! テオも気取った格好してるし、まるでデートみたいだなっ」
「コイツにデートと言われると妙に腹が立つな」
「あはは……」
低くボソッと呟いたテオ様にちょっと同意して私は苦笑いをしてしまった。
この様子だと、私がテオ様に恋心を抱いていることはレガリオ様は知らないみたい。
「師匠ーっ、待ってくれよぉーっ!」
レガリオ様の背後から知らない若い男の子の声がして、レガリオ様に雰囲気が似た短髪の男の子が駆け寄ってきた。
レガリオ様の隣へとたどり着いて乱れた息を整えているのは十七歳くらいの男の子だ。黄緑色が混ざった金髪の短髪に、澄んだブラウンの瞳。レガリオ様と同じく活発で人懐っこい雰囲気がする。
見知らぬ第三者の登場に私は思わず固まってしまった。
えっ? 誰……?
「この小僧はレオの内弟子のナードで、基本的に無害だ。師匠に似て活発な上にチャラい側面もあるが、師匠のブレーキ役となる程度には常識を持ち合わせている奴だと認識しておけばいい」
「えっ。僕ってチャラい部類、なのか……?!」
「初対面相手にも妙に馴れ馴れしいんだよ。師弟揃ってウザいから近寄るな」
「えぇ? 解せぬ……」
テオ様の言葉にレガリオ様のお弟子さんはオーバーリアクションでガックシと肩を落としている。
テオ様がいるから怖くはない……けれど、私と歳が近い男の子はかなり苦手かも……。
そうして及び腰になってテオ様の後ろに隠れそうになったけれど、私は自分を鼓舞して踏み留まった。
「あの、シアです。よろしくお願いします」
「えっ」
私がペコリと頭を下げると、お弟子さんは何故かワタワタと慌てて否定するように大きく両手を振った。
「ちょっ、なんで敬語?! 僕よりちょい年下くらいだろ? 呼び捨てのタメ口でいいって! なっ?」
ひとしきり慌てたお弟子さんは、ふぅと息を吐いて私に向かってニッと笑いかけてきた。屈託のない爽やかな笑顔だ。
「改めて、僕はナード。僕もタメ口でいくから、そっちもタメ口でよろしく。なっ、シア!」
「え、えっと。はい……じゃなくて、うん」
「ほらっ、呼び捨てして! ナード!」
「えっ。え、ええと。ナ……、ナード?」
「うしっ!」
私からの呼び捨てを引き出したナードは清々しい笑顔だ。明るい人だなぁ……。
そもそも私はこれまで友達はおろか年代の近い異性と話す機会がほとんどなかった。孤児院でできた数人の友達は全員女の子だったし、バルカのお屋敷にいた他の使用人は皆私よりも年上だった。
ナードとの接し方がわからない……。戸惑いから無意識にテオ様の裾を掴むと、テオ様は軽く苦笑混じりのため息をついた。
「おい小熊、ウチのシアをあまり困らせるなよ?」
「こ、小熊ぁっ? テオドア様、僕と師匠を同じテーブルに乗せないで?!」
「ああ、悪い。お前は力業でごり押す脳筋熊というよりも、狡猾な罠で確実に獲物を狩る狐だな」
「褒められた気がしない……ッ!」
テオ様の追撃にナードは大袈裟に頭を抱えて天を仰いでいる。ちょっと愉快な人だなぁ。
おかげで警戒心は薄れたけれど……、テオ様以外の異性とは絶対に二人きりにはなりたくない。
そんな気持ちでテオ様の腕をぎゅうっと掴んでいると、警戒している私に気付いたナードが私とテオ様を交互に見てきた。
「あっれぇ? 自分で言うのもアレだけどさぁ、僕ってそんなに警戒されるような奴……?」
困惑ぎみのナードを無視したテオ様は「でかした」とばかりに私の肩を叩いた。
「正しい警戒心だぞ、シア。その調子で『ナードは無害』という俺の言葉だけを鵜呑みにしないで、自分でちゃんと見極めて判断するようにな」
「は、はい」
私までテオ様の言葉に賛同したのがショックだったのか、再びナードがガックシと肩を落とした。
「えぇ? 僕は悲しい……。なぁ師匠ー、黙っていないで何か言ってくれよー。可愛い弟子が弄られてんのにさっきからだんまりとか酷くね?」
よよよと嘘泣き混じりのナードが一歩離れた位置にいるレガリオ様を見やると、レガリオ様は今まさに大きな欠伸をしているところだった。
「ふわあぁ……ん? 何か呼んだか? 悪いな、全ッ然聞いてなかった!」
「マジで酷くね?!」
マイペースで悪びれのないレガリオ様にますます頭を抱えるナード。この師弟コンビ、ちょっと面白いかも。
テオ様も目の前のやりとりにフッと鼻で笑って、私の肩をポンポンと撫でた。
「冗談はさておき。一応は同じアシュフォードの仲だ。シアさえよければ、ナードと仲良くしてやればいい」
「テオドア様はいちいち上から目線なんだよなぁ……」
「あ? 何だとこのガキ、俺を誰だと思っている? 上から目線で何が悪い」
「我が国の魔術公、横暴すぎじゃね?!」
「クククッ……!」
テオ様はわざとガラを悪くして楽しそうに笑っている。やっぱり男同士で会話すると楽しいのかな?
疎外感のような淋しさを感じてテオ様の袖を引くと、テオ様は表情を緩めて私の背中をポンポンと撫でてくれた。
「今のアシュフォードでナードはシアと一番歳が近い。今後シアがナードに絡まれて困った時は生のセロリ、特に茎の部分を口にねじ込んでやれ。ピィピィ泣くから」
「ちょっ――テオドア様、何年前の話してんのッ? さすがに今は泣かないよ?!」
テオ様は顔を真っ赤にしながらあたふたしているナードを試すように意地悪な笑いを浮かべた。
「へぇ、食えるようになったのか?」
「え。無理」
「シア、後でセロリを買って帰ろうな。シアが漬けたセロリのピクルスは美味いからなぁ」
「僕への当てつけ?! 酷くね?!」
「セロリ美味しいのに……」
ナードにツッコミを入れるつもりじゃなかったんだけれど、私は思わずボソッと呟いてしまった。だって本当に美味しいんだもん、セロリ。
ナードはそれまで無に徹していた私が反応したことが嬉しかったみたいで、ふにゃっと笑い損ねた笑顔でポリポリと鼻の頭を掻いた。
「まっ! 今後ともよろしく、シア!」
「え、っと……。うん、よろしく。ナード」
まだ距離感が掴めなくてオドオドしながら返事をすると、ナードは心の底から嬉しそうに屈託のない笑顔で白い歯を見せた。
「じゃあなー!」
キリのいいタイミングで別れの挨拶を交わして、レガリオ様とナードはブンブンと手を振りながら大通りの雑踏へと消えていった。火力の強い人達だったなぁ……。
ふぅと安堵と疲労のため息をついてテオ様の右手を握ると、テオ様も私の手を優しく握り返してくれた。
「シア、無理していないか? 変なのに邪魔されて余計に疲れただろう?」
「あ、えっと……。びっくりはしましたけれど、平気です」
そう話しながらテオ様の顔を見上げると、空が夕方へと傾き始めていた。
これじゃあ今から王都を観光する時間はもうないし、かなり残念……。
……そう思う私はあの師弟にちょっと恨みを抱いても許されるのでは……?
「シア、少し寄り道をしないか? シアに見せたい景色があるんだ」
ちょっとご機嫌斜めな私に気付いたのか、テオ様がそう提案してきた。
「えっと、セロリは買わなくていいんですか?」
「あはははっ! セロリのピクルスはまた今度な」
冗談半分な私の問いに笑うテオ様は楽しそうだ。
私もセロリの話は本気にしていなかったから別に構わないけれど……、どこへ行くんだろう?
小首を傾げる私の手を引いてテオ様は人気のない路地へ行くと、左指をパチンと鳴らして移動の扉を開いた。
「さぁ、おいで」
「はいっ……」
促されるままテオ様と一緒に扉を潜って――。
扉の向こう側は堅牢な石造りの高い建物の屋上だ。高所だからかさっきよりも風が強くてちょっとだけびっくりする。
石でできた手すりの向こう側に見えるのは夕陽が射し始めた空と雲だけだ。他の建物の頭が見えない。
「先に質問するべきだったな。シア、高い場所は平気か?」
「こんなに高い場所は初めてで――……、ッ!」
テオに導かれるまま手すりに手を掛けて景色を見下ろして、私は息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、夕陽に照らされた王都の景色。
整えられた綺麗な街並み。白いレンガの建物達。
その向こうに見えるのはお城だ。夕陽に映えた荘厳なお城のコントラストには感動すら覚えた。
壮麗なアルドリール魔術王国が、私の前に広がっている――!
「わあぁ……っ!」
私はこの高さに恐怖することさえ忘れて食い入るように景色を見つめた。
やがて眼下の街に夜の帳が下りてきて、建物や魔道具の街灯に明かりが灯っていく。
お祭り会場は通りに沿って光の道ができていて、視線を上げると地平線に黄昏の名残が沈んでいく。
ああ、なんて幻想的な光景なんだろう……。
「気に入ってくれたか?」
完全に日が落ちたのを見届けて余韻に浸っていると背後で優しく明かりが灯った。
振り向くとテオ様が魔術で光のランプを作って私とテオ様を照らしている。
「はいっ! とっても!」
私の返事にテオ様は嬉しそうに微笑んだ。
「俺はここから眺める今の風景が好きなんだ。ここは大魔術協会の敷地にある尖塔なんだが、協会勤めだった頃は仕事終わりにここでのんびりと過ごす時間が好きだった。キラン大森林へ移ったこと自体に後悔はないが、このささやかな楽しみがなくなったのは少し残念だったかな」
「そうだったんですね……」
テオ様の独白に切ない気持ちになっていると、テオ様はクスッと笑って私の肩をポンポンと撫でた。
「ま、大森林でもこれと同等かそれ以上の景色を一人占めできる場所がいくつもあるからなぁ。今度シアも一緒に行こうな」
「! はいっ!」
新たなデートのお誘いに胸を躍らせながら元気よく返事をすると、テオ様はまた嬉しそうに笑って私の横顔を撫でてくれた。
それから私達はしばらく夜の王都を眺めて、夜風が体を冷やす前に家へと帰った。
今日はたくさんのことがあったけれど、本当に楽しかった……!
余韻に浸りながらお風呂に入って、温まった体と心に心地よい眠気を抱きながらベッドに入る。
私は今、本当に幸せだ……。
そう思いながらうとうとと眠りについて――。
――――そして。
私は、真っ暗な部屋の中で泣きながら目を覚ました。




