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ものぐさ魔術師は人間を恋しがる  作者: 神代きい
大切なこと

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32/35

大切な家族

 明日はテオ様と一緒にアシュフォードのお屋敷へ行ってセルディア様と初めてお会いする日だ。

「よ、よしっ」 

 寝支度を終えた私は、クローゼットから明日着るローブを取り出してハンガー掛けに準備する。

 ローブが完成したのは五日前のこと。カーナちゃんが一針ずつ丁寧に仕上げてくれたローブはサイズも着心地もバッチリだ。

 紺色のローブは未知の素材で出来ていて、冬は暖かく夏はひんやりと一年中着られる不思議仕様。なので冬は外套代わりになるし、夏はローブだけで快適に過ごせるそうだ。

「これでいいかな」

 ローブの下に着ていく服も準備して……、後は明日に備えて眠るだけ。

「…………」

 き、緊張する……。

 思い返せば、私は自分から誰かに会いに行ったことがない。

 ルナリア様との初対面はルナリア様のアポなし訪問だったし、レガリオ様とは外出先で偶然出くわした。カーナちゃんも私の我が儘でウチに来てもらったし……。

 でも、今回のお相手はアシュフォードの現当主であるセルディア様だ。私はアシュフォードに属する古代魔術師(エインシェント)の卵なのだから、自分の足で出向いて挨拶しないと。

「大丈夫、大丈夫……。テオ様も一緒なんだから……」

 誕生月にテオ様から貰ったリスのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら自分に言い聞かせて、魔石のペンダントをぎゅっと握る。

 ペンダントの紐にはセルディア様から頂いたアシュフォードの指輪も一緒に通してある。

 セルディア様は会ったこともない私にこの指輪を贈ってくれて、心強い後ろ楯となってくれた人。ちゃんとご挨拶しなきゃ。

「……うぅ……」

 どうしよう。緊張して全然眠くならない上に、胃が気持ち悪くなってきた……。水を飲もうかな。

 私はぬいぐるみを抱きしめたまま部屋を出て階段を降りていく。

 すると魔術工房のドアがガチャッと開いて、寝間着にガウン姿のテオ様が出てきた。

「ん? シア、眠れないのか?」

「テオ様ぁ……」

 テオ様の顔を見たらホッとして少し目頭が熱くなってしまった。

 目元をゴシゴシと擦っていると、テオ様は私の頭を優しく撫でて背中を擦ってくれた。

「顔色が悪いぞ? ほら、おいで」

 テオ様の心強い手に背中を支えられながら一緒にリビングへ行く。

 リビングは明かりも暖炉の火もすでに消えていたけれど、テオ様がパチンと指を鳴らして魔術で点火してくれた。

 ソファに座って暖炉を眺めていると、心がじんわりと温かくなってくる。暖炉といい焚き火といい、火を眺めるのって落ち着くなぁ……。

「何か飲むか?」

「あ……。冷たいお水が飲みたくて」

 テオ様は私の言葉を聞くとキッチンで氷入りのレモン水を用意してくれた。

 魔術で生成された氷にはテオ様の魔力(マナ)が移っている。テオ様の魔力(マナ)が溶けた冷たいレモン水がムカムカしている胃にさっぱりと入って気持ちいい。凄く安心する……。

 ホッと一息ついていると、ソファを弾ませながら私の隣に座ったテオ様が小さく苦笑した。

「こんな時間に考え事をすると、悪い方向へと傾いて緊張してしまうよなぁ。だが、シアが緊張する必要なんて微塵もないんだ。安心しなさい」

「で、でも。明日セルディア様をガッカリさせてしまって、それで『お前なんてアシュフォードには相応しくない』って言われるかも……」

 俯いてボソボソと弱音を漏らすと、テオ様は私の不安を吹き飛ばすためにわざと鼻で笑った。

「あの魔女はそんな心の狭い人間じゃないし、むしろ大抵のことは意に介せずに笑い飛ばす奴だ。仮にシアが何か失敗したと思っても、一人遊び中に勝手にひっくり返った子猫を微笑ましく思う感じになるだけだ」

「こ、子猫……?」

「あの魔女が実際に何歳なのかは俺も知らんが、王城の重鎮さえ若造扱いして軽くあしらう奴だからな。シアなんてよちよち歩きの子猫だよ。シアは美味い茶と菓子を飲み食いしながら適当に話をするだけでいい」

「は、はい」

 テオ様の話を聞いて心がだいぶ落ち着いてきた……。

 力が抜けてソファの背もたれに寄り掛かると、テオ様は優しくふふっと笑って軽く頭をポンポンと撫でてくれた。

「楽しいことを考えようか。屋敷には師匠の使い魔がいてな、それが人語を喋る二足歩行のウサギなんだ。今の時期なら冬毛でふわふわしているんじゃないか?」

「……えっ?」

 二足歩行の、ウサギ……? しかも喋るの?!

 混乱して思考が固まった私にテオ様が朗らかに笑っている。

「身長は耳の長さを含めてもシアより低いな。精神年齢はシアよりずっと幼い感じで、後ろ足でチョコチョコと歩いている。養母(おふくろ)――師匠が趣味で衣装の着せかえをしているから、明日はどんな格好をしているか楽しみだな」

「え……? セルディア様が、衣装を?」

 セルディア様は古代魔術師(エインシェント)の源流であるアシュフォード家の当主で、大魔術協会でも一番偉い人。そして大きなドラゴンをデコピン一つで倒してしまうような強い人だ。

 そんな凄い人の使い魔が喋るウサギさんで、しかも衣装の着せかえもしているだなんて……。遊び心と茶目っ気もある人みたい。

 私の中にあったセルディア様に対する堅苦しいイメージがちょっと崩れて、私はかなりホッとした。

「セルディアは裁縫が得意でラヴィの衣装も作っているんだ。カーナみたいに一から衣装を作るんじゃなくて、既製品の子供服をリメイクする感じだけどな。キリッとしたタキシードからフリフリドレスまで色々と着せられている」

「へえぇ」

 衣装を着た二足歩行のウサギさん……。きっと可愛いだろうなぁ。

 不安の縁にいた私の興味をプラス方向へと引き戻せたテオ様は、安心したように微笑みながら私の頭を撫でてくれた。

「明日は俺もローブを着ていくよ」

「えっ……? 私とテオ様でお揃いになるってことですかっ?」

 テオ様のローブ姿だなんてかなりレアだし、しかも私とお揃いになる!

 わかりやすくテンションが上がった私にテオ様はクスッと笑った。

「ん、そうだな。お揃いだな」

「嬉しいですっ。テオ様のローブ姿だけでも嬉しいのに、お揃いで着られるなんてとーっても嬉しいですっ!」

「あははっ! さぁ、どうだ? これで緊張よりも楽しみが上回るといいんだが」

 テオ様の言葉に私は自分の心の動きを探る。

 ……うん。さっきまでどんより沈んでガチガチに固まっていた気持ちが柔らかくなった。

「はいっ。緊張もありますけれど……、楽しみですっ」

 私の返事にテオ様は目を細めて頷いた。

「過度な緊張は毒にしかならないが、楽しみが抱ける中での緊張感なら持っていて損はない。シアはウチに来てからこれまで様々な場面で緊張してきたと思うが、何だかんだでいい経験になって嫌な記憶としては残っていないだろう? 今回も同じだ」

「はいっ」

「うん、いい子だ。――さぁ、そろそろおやすみ。二階まで一緒に行こう」

「はぁい」

 テオ様が魔術で明かりと暖炉の火を消して、さっきは心細い思いを抱えて一人で降りた階段をテオ様と一緒に上がる。

 テオ様は部屋の前まで送ってくれた。

「おやすみ、シア。いい夢を」

「はいっ、テオ様もいい夢を。おやすみなさい」

 おやすみなさいの挨拶を交わして、ドアを閉める。

「……あれ?」

 さっきまでと比べて室内が穏やかな雰囲気になっているような……?

 私の心境の変化もあるだろうけれど、それに加えてテオ様が魔術で何か調整してくれたのかもしれない。

 そう思いつつリスのぬいぐるみを抱きしめてベッドに潜ると、毛布とシーツが適温に温められていた。

 ……うん。やっぱりテオ様が私の安眠を促すために魔術であれこれしてくれたようだ。

「テオ様は本当に優しくて素敵だなぁ……」

 明日はそんな素敵なテオ様のお師匠様でありお母様でもあるセルディア様と初めてのご対面……だけど、メインは大好きなテオ様とお揃いのローブで一緒にお出掛けだと考えて緊張を逃す。

 そうして私はぬいぐるみを抱き抱えるように体を丸めて目を閉じた。

 

 

 翌朝の朝食はテオ様と仲良く一緒に作った。

 ふわとろのスクランブルエッグと、パリッパリなソーセージ。

 体と心を温めるキャベツとトマトとベーコンの具だくさんスープ。

 じゅわっと美味しいバタートーストには蜂蜜をたっぷりと掛けて。

「ごちそうさまでしたっ!」 

 美味しい朝食をお腹いっぱい食べて元気が湧いてきた。

 食べ終わったらテオ様と一緒に後片付けをするのがお決まりだけれど、最近は片付けの流れが以前と変わっている。

 テオ様がお皿や調理器具を魔術でテキパキと洗って乾燥し、私が食器棚へとしまうのだ。

 テオ様の魔力(マナ)が視認できるようになった私は、テオ様の魔術を目にすることでたくさんの学びがある。

「他者の古代魔術をそっくりそのまま真似るのは基本的に不可能だ。だが、他者の古代魔術を見てそこから学びを得るのは大切な経験だからな」

 それが私のお師匠様であるテオ様の方針だ。以前のテオ様はサボり魔術を控えめにしていたけれど、今ではあえて私の前で披露してくれている。

 たかがサボり魔術、されとサボり魔術。魔力(マナ)を無駄使いせずに最適化した術式を用いて()()()()()()()()()()()()が徹底的に研究されている。

 後片付けが終わったらお洗濯。これもテオ様のサボり魔術ならあっという間にできちゃうけれど、今日は私が普通にお洗濯をすることにした。

 私はまだテオ様の監督下でなければ魔術が使えないし、使えたとしても私が使える魔術はエルの枝と火と水を出せるだけだ。

「魔術でお洗濯をするにはどうすればいいんだろう……?」

 テオ様は水を適切な動きと力加減で操って、洗濯物と汚れを分離させて、後はなんやかんやしていたっけ……。

 そんなことを考えつつ洗濯物を終えて、庭の物干しに干す。

 洗濯物を干す魔術も難しそうだなぁ……。手作業なら衣類に適した方法と力加減でシワを伸ばして干せるけれど、魔術でやるならそれも術式を組んで――……。

「あーっ、考えるのはやめやめっ! 私には早ーいっ。ねっ、セーブルっ!」

 私が現在学んでいるのは、古代魔術の基礎部分! 魔術の応用なんてずーっと先の話なんだから、今から悩んだって仕方がない。

 私の傍で見守っていたセーブルにそう話し掛けると、セーブルは肯定するように尻尾をパタパタと振ってくれた。

 さて、と。お出掛けの準備をしなくっちゃ!

 両手を握って気合いを入れた私は、自室で身支度を整えていく。

 ローブを着て魔術師っぽくなった自分をクローゼットの鏡で見ると気分が上がった。

「えへへっ」 

 心がくすぐったくて思わず笑みが溢れる。 

 そうして外出の身支度を終えてリビングに行くと、私と同じ紺色のローブを羽織ったテオ様が左手首へ組紐を器用に結びつけているところだった。

 あれは私がテオ様の誕生月プレゼントに贈った物だ。身に付けてくれている姿を見ると嬉しいっ。

「テオ様、どうですか? 変じゃないですか?」

 私のローブ姿が見えるようにその場で一回転しながらテオ様に問うと、テオ様は心なしか嬉しそうな表情で目を細めて頷いた。

「ああ、よく似合っているとも。感無量だなぁ」

 テオ様は噛みしめるようにしみじみと呟くと私の頭をわしゃーっと撫でてきた。髪が乱れるっ……。

「もうっ! 今から出掛けるんですから、髪の毛をぐちゃぐちゃにしないでくださいっ!」

「おー、悪い悪い」

 私を適当に宥めながら、手櫛で私の髪を整えようとするテオ様。

 大好きなテオ様の指が髪の中へと入って梳かれる感触……。髪の上から頭を撫でられる時とはまた違う気持ちよさだ。クセになりそう……。

「ほら、これでどうだ?」

 テオ様が魔術で鏡を出して差し出したので、我に返った私は自分の髪をチェックする。

 変ではない……けれど、静電気でアホ毛がピョコッと立っているのが気になるかな。

「エル」

 私は、ポンッ、とエルの枝を右手に喚び出した。この魔術は慣れたものだ。

「みず……」

 左手を軽く湿らすイメージを意識しながら小声で水を喚んで、テオ様の鏡を見ながら左手で髪を撫でてアホ毛を落ち着かせていく。

 テオ様の監督下とはいえ魔術を使うのはおっかなびっくりだけど……、いつもと比べて明らかに魔力(マナ)の微調整がしやすい。魔術触媒であるローブの効果かな?

「ローブって凄い」

 髪を整えてエルの枝を()()へ戻しながら呟くと、テオ様が愉快そうに目を細めながらクックッと笑った。

「もっと早くにローブを作ってもよかったな。今後は魔術の授業はローブを着てやろうか」

「は、はいっ」

 テオ様の言葉に私はコクコクと頷いて全力で肯定する。

 ローブを着ることでやる気が上がる上に魔術の勉強も捗るだなんて最高だっ。

 私の機嫌が持ち直したのを確認したテオ様が、私に右手を差し出してきた。

「さて、そろそろ行くか。アシュフォードの屋敷まで直接行くよ。王都の結界を抜ける際にいつもと違った感覚がするだろうが問題ない。手を繋いでおこうな」

 そうだった。行き先がアシュフォードのお屋敷なんだから、私は初めてアルドリールの王都へ行くんだ。

「すぅ、はぁ……。やっぱりちょっと緊張します」

「行くのは止めるか?」

 テオ様の手を取ってぎこちなく深呼吸を繰り返す私に、テオ様が悪戯っぽく訊ねてきた。

「行きます! 行くって決めたんですっ!」

 ブンブンと頭を振った私にテオ様はクスッと笑った。

「ふふっ、そうか。シアには俺がついているんだからな、シアはいつもと違う経験と安全な緊張感を楽しむくらいの気持ちでいこうな」

「はいっ」

 私の返事を聞いたテオ様が左指をパチンッと鳴らして移動魔術の扉を出現させた。

 テオ様の頼もしい手に引かれて白い扉を潜ると、移動時にいつも感じているフワッとした感じがして――……、その直後に氷の霧に包まれたようにヒヤッとした。

「……っ」

 これがテオ様が言っていた「いつもと違う感覚」かな?

 ちょっとビックリしたけれど、冷気は一瞬だけで収まった。

 その後は爽やかな風が頬を撫でて――……。

 ――気付けば、生垣と冬の花が美しい庭園と石タイルのアプローチが目の前に広がっていた。

「おおー……」

「シア、おいで」

 テオ様に手を引かれてアプローチを歩きながら興味津々で周囲を見回す。

 冬場でも手入れが行き届いた庭が見事だし、アーチ模様で象られた石タイルのアプローチも綺麗。アプローチの左右には透明な結晶石製の照明灯が配置されている。

 アプローチの先に見えてきたゴシック様式のお屋敷もとても素敵。私が働いていたバルカのお屋敷みたいな成金屋敷じゃなくて、ちゃんと歴史を刻んできたお屋敷だ。

 お屋敷の正面玄関まで行くと両開きの扉が自動的に開いた。テオ様の魔力(マナ)に反応していたから、登録者の魔力を感知して開く仕組みみたい。

「わぁ……」

 お屋敷の内装は落ち着いたアンティーク調で、雰囲気がテオ様と私が暮らしている家と似ていた。そのおかげなのか初めて来たというのに不思議と親近感がある。

 物珍しく周囲を見ていると、落ち着いた雰囲気をしたロマンスグレーの男性がこちらへと歩み寄ってきた。……執事さん、かな?

 男性不信の私は反射的にテオ様の後ろに隠れて裾をぎゅっと握る。 

「おかえりなさい、坊っちゃん」

「?!?!」

 ぼ、坊っちゃん……?!

 立派な成人男性で魔術公(ディズ)であるテオ様に、坊っちゃん?!

 穏やかな執事さんの言葉にギョッとした私は、不躾に勢いよくテオ様を見上げてしまった。

 テオ様は不満と諦めが混じった微妙な表情で「ああ」とぶっきらぼうに返事をすると、私の肩に優しく手を置いた。

「シア、この無害な男は家令のオリバーだ。アシュフォードの傍系出身の古代魔術師(エインシェント)でな、俺が師匠に拾われる前から家令を務めているジジイだよ」

「?!」

 テオ様の言葉に再びびっくりして声が出なかった。第一印象で五十代半ばくらいかと……。

 テオ様からジジイ呼ばわりされたオリバーさんは慣れた様子で明朗に笑うと、表情を優しく崩しながら私の前にしゃがんで視線を合わせてくれた。

 成人男性の身長で私を見下ろして威圧しないようにしてくれたみたい。

「はじめまして。私は坊っちゃんが今申したとおりに、無害なジジイのオリバーですよ」

「シ、シアですっ……っ!」

 テオ様の背中に隠れながらだったけれど挨拶ができた。

 今はテオ様がすぐ傍にいるし、オリバーさん自身も穏やかで優しそうな雰囲気の人だし、怖くない……っ。

 挨拶ができた私を労うようにテオ様が肩をポンポンと撫でてくれた。 

養母(おふくろ)は南のサロンにいるのか?」

『セディ、サロンなのー。サロンにいるのー』

 テオ様の質問には当然オリバーさんが返答すると思っていたのに、オリバーさんの後ろから幼い子供のような声がした。

 えっと思いながら視線を向けると……、オリバーさんの後ろから黒いウサギ耳がピョコッと見えて、ふわふわな黒いウサギさんが現れた。

「?!」

 ほ、本当に喋るウサギがお洋服を着て二本足でチョコチョコ歩いている……!

 ピンと立った耳の先端は私の胸元くらいの高さ。

 襟元がお洒落なドレスシャツにスリーブレスジャケットを着ていて、本物のウサギをちょっとだけデフォルトした姿。

 まるで本物のウサギにそっくりなぬいぐるみが動いているみたい……。

『だれなのだれなのー? テオのおともだちー?』

 綺麗な琥珀色のお目目で私を見ながらコテンと首を傾げるウサギさん。その反動で揺れるウサギ耳。ふわふわな黒い毛……。全部が可愛いっ! 

「友達じゃなくて俺の弟子だ。新しい家族だよ」

 テオ様がウサギさんの頭にポンと手を乗せた。

 ふわふわの冬毛にテオ様の手が埋まっている……。羨ましいっ!

「シア、コレが昨夜話した師匠の使い魔のラヴィだ」

「は、はじめまして。シアですっ!」

 テオ様に背中を軽く押されて前に出て挨拶すると、ウサギさん――ラヴィは嬉しそうに小さくピョコンと跳ねた。

『シア、シア! シア、テオのあたらしーかぞくー! ラヴィおぼえたー。ラヴィはラヴィなのー。よろしくーなのー』

「か、かわいい……っ」

 思わず心の声が漏れ出てしまう。

 口調も幼いし、ふわふわであざとくて、可愛すぎる……っ!

『こっちなのー。こっちこっちー』

 ラヴィはくるっと向きを変えて私達を案内し始めた。

 オリバーさんは案内の役目をラヴィにバトンタッチして、クスッと笑いながら私達を見送ってくれた。

「……」

 後ろから見るチョコチョコ歩き。揺れるウサギ耳。ジャケットからモコッと覗き見えるふわふわな尻尾……。全部が可愛いっ!

 ラヴィの仕草に癒されながら廊下を進んでいくと――、ボタニカルな雰囲気のサロンへとたどり着いた。

 採光窓から冬の光が射し込む明るい室内に観葉植物が配置されていて、心休まる空間作りがされている。

 庭を望む大きな窓辺にソファとテーブルがあって、ソファにゆったりと腰掛けた女性が寛いだ様子で読書をしていた。

 その横顔を見た途端、私の中で緊張がドッと込み上がる。

『セディー、テオとシアきたー。ラヴィときたのー』

 一気にぶり返した私の緊張は、ラヴィの平和な声でポロッと崩れた。ああっ、なんて可愛くて平和な緩衝材っ……!

『ラヴィあんないしたのー。ほめてほめてー』

 ラヴィが勇み足で小刻みに跳ねながら女性の元へ駆け寄っていく。まるで小さい子供が母親へ飛びつく姿みたいだ。

 女性はふっと表情を和らげるとパタリと本を閉じてラヴィの頭をよしよしと撫でて、こちらへと顔を向けた。

 そんな何気ない立ち振舞いからも妖艶な大人の女性が纏う雰囲気を感じる……。怖いほどに綺麗な妙齢の女性だ。

 涼しげな目元に、優しさも滲ませた顔立ち。スラッとした体型に、長く美しいプラチナブロンドの髪。薄紫色の瞳は娘さんであるルナリア様にそっくりだ。

 ドキドキしながらテオ様に手を引かれて、女性の傍まで進んでいく……。

「シア、この自称美魔女がアシュフォードの当主セルディアだ。取って食ったりしないから安心していい」

「お前は本当に減らず口の多い子だねぇ」

 私の緊張をほぐすためなのか容赦のない紹介をしたテオ様に、優雅に足を組んだセルディア様が呆れ笑いをしながら肘置きに頬杖を突いた。

 私は小さく深呼吸をしてから口を開いた。

「は、はじめまして。テオさ――テオドア様の弟子の、シアです……っ!」

 声と一緒に口から心臓が出そうになったけれど、それでも頑張って自己紹介ができた……っ!

 そんな私に優しく目を細めたセルディア様が綺麗に口元を綻ばせた。

「あぁ……、健気でいい子じゃあないか。テオが全然連れてきたがらないから心配していたんだよ」

 セルディア様の声域は深みと安定感のあるアルトで、聞く側の心を不思議と落ち着かせる魅惑の声音といった感じだ。おかげで最初の挨拶を終えてホッとしていた私の心もますます落ち着いていく。

 でも、テオ様には効果がないみたい。セルディア様の言葉にしかめ面で不機嫌そうに腕を組んでいる。

「ウチの繊細なシアを安易にアンタと会わせられるもんか。そもそも自分が魔術世界のラスボスだって自覚はあるのか? アンタを前にビビってぶっ倒れた魔術師の数なんざ両手の指だけでは足りねぇだろうが」

「はははっ!」

 テオ様の抗議にセルディア様は声を出して気持ちよく笑った。

「あの坊や(テオ)の過保護っぷりが垣間見えただけでも面白いねぇ」

「チッ、その呼び方はやめろババア。――ほらシア、俺の隣においで。楽に座っていいからな」

「は、はいっ。失礼します……っ」 

 舌打ちしたテオ様がセルディア様の対面ソファにドカッと座って私を手招いたので、私はセルディア様に断りの会釈をしてからそっと腰を下ろした。

 ……うわっ?! ソファがふわふわだぁっ!

 座面に体が沈んだ勢いでバランスを崩しそうになった私は、隣のテオ様の腕を掴んで体を支えながらお尻の位置を正す。

『どーぞー、なのー』

 着座した私達を見計らったタイミングでラヴィがテーブルに近付くと、星屑の雲と共にぽんぽんっとティーセットを出してきた。お茶菓子は一口サイズのラスクとクッキーだ。

 普通に収納と転移と状態保存の古代魔術を使っているだなんて、さすがセルディア様の使い魔……。可愛い見た目で侮れない。

「ほら」

「は、はいっ。いただきます」 

 テオ様が慣れた手つきでポットからお茶を注いでくれたので、私はふぅふぅと湯気を吹き逃がしながらコクンと飲み込んだ。

 あっ、シトラスの風味がするフレーバーティーだ。とっても美味しい……。

「――……」

 私はふと、セルディア様がこちらへ向けている視線に気が付いた。

 どうやら私達の様子を観察していたようだ。安堵したようにフッと目を細めて、満足げに口角を上げている。

「あぁ――、いいね。仲も良好なようでなによりだよ。お前達のそんな様子を見られただけでも満足だ」

「それならもうアンタ側の用は済んだよな? シア、お茶とお菓子を堪能して気が済んだら帰ろうか」

「えっ? あ、あのっ……」

 本気なのかよくわからないテオ様の言葉にオロオロしていると、セルディア様がやれやれとため息をついた。

「こら、自分の弟子を困らせるんじゃないよ。お前は本当に面倒くさがりな子だねぇ。

 シアや、このでかい我が儘っ子を相手するのは大変だろう? 振り回されてはいないかい?」

 セルディア様に問われた私は慌てて首を横に振った。

「い、いいえっ! テオ様はいつも私を気遣ってくださって本当によくしてくださいますし、毎日がとっても楽しいですっ!」

「ククッ、そうかい。お互いに上手くやっているのならなによりだよ」

 目を細めてククッと笑うセルディア様はテオ様と雰囲気が似ていた。

 ――……孤児の私には親子や家族というものが漠然としかわからない。

 けれども、テオ様とセルディア様とのちょっとした会話や仕草を見ているだけでも「血の繋がりはなくても二人は親子なんだなぁ」と思って、心がほわほわしてくる。

「……」

 あ……、そうだ。テオ様はさっきラヴィに「シアは新しい家族だ」と紹介してくれたんだ。

 ――……うん、と。私は小さく頷いた。

 テオ様は私の大切な家族。心の中でそう呟くと、知らず知らずのうちに口元が緩んでしまう。 

「ルナとは連絡を取り合っているんだって?」

「! は、はいっ」

 セルディア様の問い掛けにハッと我に返った私は、表情を切り替えてキビキビと答えた。

「ルナリア様に頂いた伝達の魔術具でおしゃべりをしています。色々と相談にも乗ってくださって、助けていただいていますっ」

 私の返答にセルディア様の目元が優しく和む。

「それなら安心だ。自分以外の人間がテオしかいない環境はよくないからねぇ、外界との窓口があるのはいいことだ。私にテオの不満や愚痴を告げ口をしたくなったら手加減せずルナに伝えるんだよ」

「えっ、ええ、と……。はいっ」

 どこか楽しげなセルディア様の言葉に、私は隣にいるテオ様を窺いながら応えた。

 テオ様は諦め半分な表情でラスクをサクサク齧りながら遠くを見つめている……。藪蛇(やぶへび)をつつきたくないみたい。

「どれ、魔力(マナ)を視ようじゃないか。()を見せておくれ」

 場の空気が和らいだ頃に、セルディア様が私にそう言ってきた。

「えっと……?」

 テオ様をチラッと見上げて助けを求めると、テオ様は私の混乱を鎮めるように背中を優しく撫でてくれた。

「エルの枝を喚んで渡せばいい。変に弄られて悪戯されたりはしないから大丈夫だ」

「まったく、お前って子は。余計な一言を言わなければ生きていられないのかい?」

「そりゃこっちの台詞だッ」

 セルディア様とテオ様のやりとりにある既視感……、まるでテオ様がルナリア様やカーナちゃんを相手にしている時みたい。やっぱりテオ様は主張の強い女性に弱いのかな?

 そんなことを考えていたら心がリラックスしてきて、私は小さく深呼吸をしてから右手をそっと前に出し、魔力(マナ)を込める。

「エル」

 しくじることなく無事に右手へと喚び出したエルをセルディア様に差し出すと、セルディア様は安定した持ち方でエルを取り上げた。

 そうして透明な蜂蜜色をしたエルの枝を見つめるセルディア様は真剣な眼差しだ。

「……」

 私はドキドキしながらセルディア様を見つめる……。

 エルは私の魔力(マナ)そのもの。古代魔術師(エインシェント)としての私の全てが詰まっている。それをセルディア様にチェックされるだなんて試験みたいで緊張するっ……!

 やがて――。

 セルディア様は満足げにフッと表情を和らげると、私にエルを返してくれた。

「――うん、繊細で素直な良い魔力(マナ)だ。よく励み学んでいるようだねぇ。我がアシュフォードに有能な卵が現れて嬉しい限りだよ。将来が楽しみだねぇ」

「あ……、ありがとうございますッ!」

 セルディア様に褒められた……!

 凄く嬉しくてギューッとエルを握っていると、そんな私の姿にセルディア様はゆとりのある朗らな笑みで目を細めた。

坊や(テオ)、この子をしっかりと導いておやり。お前自身の成長にも繋がるのだからね」

「はいはい、言われなくてもわかってますよ」

「テオドア。適当な返事はおやめ」

「はい」

「……ふふっ」

 まるでテオ様とルナリア様のやりとりだ。既視感が可笑しくてつい笑ってしまった。

 そんな私の様子から緊張が解けたと判断したのか、セルディア様はフフッと笑ってソファから立ち上がった。

「さて、私は席を外すとしようか。シアや、遠慮せずにゆっくりしておゆき」

「は、はいっ。ありがとうございますっ!」

 セルディア様は退室する前に私の頭を撫でてくれた。優しい手だ。とても嬉しい……。

 そうしてセルディア様がサロンからいなくなると、テオ様が盛大なため息をつきながらソファにだらしなく伸びた。

「あー、疲れた。養母(おふくろ)といいアネキといい、アシュフォードの魔女はどうして我が強いんだか……。頼むからシアはあんな風にはならないでくれよ?」

「えっと……」

 私はテオ様の頼みを曖昧に笑って誤魔化す。だって私から見れば仲良し家族のやりとりにしか見えなかったし……。

 テオ様はフッと苦笑して手を伸ばすと私の頭をポンポンと撫でた。

「何はともあれ。よく頑張ったな、シア。怖くなかっただろう?」

「はいっ! とても素敵な方でしたっ」

 少し食い気味で元気に答えた私がテオ様は嬉しいみたい。

 テオ様はソファに伸びていた体を起こすと、改めて私と向き合った。

「セルディアやルナリアを尊敬したり目標にしたりするのはいいが、俺はシアには自分らしさを大切にして欲しいんだ。無理せずのんびりやろう、のんびり」

「ふふっ、はぁい」

 テオ様に頭を撫でながらくすぐったい気持ちでふふっと笑うと、私の視界にウサギ耳がピョコッと割り込んできた。

『シアわらったー。げんきでたー?』

「う、うん。ありがとうっ」

「シア、ラヴィを思う存分にモフッていいぞ。冬毛仕様の今が絶好のチャンスだ」

「えっ」

 悪魔の囁きに思わず手がそわそわしてしまった。だって絶対に触り心地がいいもんねっ。

 そんな私にラヴィが魅惑のウサギ耳を揺らしながら小首を傾げてきた。可愛い……っ。

『シア、ラヴィさわりたいー? いーよー』

「い、いいのっ?」

『いーよー。どーぞどーぞー』

 私が頭を撫でやすいようにと前屈みになるラヴィ。いじらしくて可愛いっ。

 そーっと手を出してラヴィの頭に手を乗せると……、冬毛に指がどんどん埋まっていくぅ……っ!

 密度のあるふわっふわな冬毛。すっごく気持ちいい!

「うわぁ~っ」

 感動にうち震えている私にテオ様が満足げに笑った。

「よかったなぁ、シア。頑張ってここへ来て楽しかっただろう?」

 私を思いやるテオ様の声に心がポカポカしてきた。

 ――……少し前まで奴隷として人生のどん底に落ちていた私が、そのせいで引っ込み思案で臆病になった私が、今ではこうして新しいことに挑戦できて幸せな日々を送ることができている。

 この奇跡を改めて実感して……、ちょっと目頭が熱くなってきた。

「テオ様……っ、いつもありがとうございますっ! 私っ、テオ様と一緒なら怖くないですっ。もっと色々な経験がしてみたいですっ!」

 前向きな思いを伝えると、テオ様は軽く目を見開いてからとても優しく微笑んでくれた。

「ああ、そうだな。シアの未来は明るいんだ。ゆっくりでもいいから、俺と一緒に前へ進んでいこうな」

「はいっ! テオ様と一緒がいいですっ。テオ様、大好きですっ!」

 私がテオ様に抱くのは尊敬と憧れ、そして抑えきれない恋心。

 私がした告白の返事は私が大人になるまで先延ばしになったけれど、私の気持ちは変わらない。

 大好きの気持ちが隠せていない私にテオ様はちょっと困ったように苦笑して、それでも私の頭をよしよしと撫でてくれた。

「俺への気持ちは素直に話せるんだよなぁ……。ま、それだけシアが俺に心を開いてくれているってことだからな。俺は素直に嬉しいよ。

 だが、な? 魔術と読み書きの勉強はこれからも真面目にするようにな。なんたって俺はシアの師匠なんだからな」

「はい、お師匠様っ! 立派なアシュフォードの古代魔術師(エインシェント)になれるように頑張りますっ!」

 私の元気な返事にテオ様は満足げに笑った。

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