女子会
私は知らない人と会うことも知らない場所へ行くことも苦手だけれど、魔術師のローブは本人が仕立て屋の工房へ出向いて仕立てるのが普通らしい。
私も工房へ行かなきゃいけないんだと思うと、どうしても緊張してしまう。
テオ様の説明を聞きながら掌に湧いた汗を裾で拭っていると――。
「行くのが無理なら、向こうからウチへ来させればいい」
「えっ? そんな身勝手なことをしてもいいんですか?」
びっくりした私にテオ様は軽く苦笑している。
「貴族が衣装を仕立てる際には仕立て屋を屋敷へ呼びつけるのと同じだ。シアはアシュフォードの一員なんだから、堂々としていればいい。俺が初めてローブを作った時も仕立て屋を家に呼びつけたからな」
「そ、そんなことを言われるとプレッシャーが……っ!」
アシュフォード現当主のセルディア様が私をアシュフォードの一員だと認めてくれているとはいえ、私自身は自分がそんな大それた人間だなんて思えない。
狼狽えていると、テオ様が名案を閃いたとばかりにポンと一つ手を打った。
「それなら、こうしよう。魔術公でありアシュフォードの正当な古代魔術師であるこの俺が、弟子のローブを仕立てさせるために仕立て屋を呼びつける。それに文句があるならこの俺に言え! ってな」
「えぇ……っ?」
テオ様の主張を横暴だと思う反面……、そんなテオ様に救われた思いで肩の力が抜けた。へなへなと脱力して椅子に座る。
テオ様は緊張の糸が切れた私を見てフッと笑うと、ポリアをブレンドしたお茶を淹れてくれた。
「魔術学校の生徒が初めてローブを作るタイミングは、初級クラスから中級クラスに昇級するタイミングだ。魔術学校と連携した工房が学校の傍にあるから、中級に上がった生徒達はぞろぞろと工房へ行ってローブを仕立てるわけだ」
「あ、そっか。普通は初めてローブを作るのって魔術学校の生徒ですもんね……」
古代魔術師は私のように師匠から直接魔術を学ぶけれど、世の中にいる魔術師の大部分は魔術学校出身の現代魔術師なのだ。
「『魔術師のローブは魔術媒介にもなる』と話しただろう? つまりローブは対象者の魔力の特徴を捉えて仕立てる必要がある。だからローブ作りには対象者の魔力を見極める能力が求められるから、それが得意な魔術師がローブを仕立てる職人になるんだ。シアのローブを任せる予定の仕立て屋も現代魔術師というわけさ」
「ルナリア様のご友人なんですよね?」
「そうだよ。それと大魔術学校卒だから、俺の大先輩でもある」
「わっ、優秀な人なんですね」
「……あー……」
感心する私にテオ様は困った様子でこめかみを掻く。
「確かに大魔術学校を卒業した魔術師はエリートと呼ばれる人材だから、卒業後は大魔術協会などの公的機関に問題なく就職できる。だがアイツはそのエリート街道をガン無視して仕立て屋になったんだ。自己が強いというか、変わり者というか……。まっ、魔術師らしいっちゃらしい在り方だけどな」
「芯の強い女性なんですね」
周囲の視線や考えに振り回されることなく自身のポリシーを貫いてしっかりと立っている女性……。同調圧力に弱い私とは正反対だ。
再び感心している私に、テオ様は困惑した表情を浮かべて苦笑した。
「あー……。まぁ、そうだな。強いな。……いろんな意味で」
「?」
歯切れの悪いテオ様を不思議に思った私だけれど――……。その答えは後日、身をもって理解することとなった。
「シアちゃーん、テオー、こんにちはー」
「今日はよろしくお願いしまーすっ!」
来客対応のために玄関へ行くと、いつもの調子でぽわぽわ笑顔でやってきたルナリア様の隣に、ルナリア様と同じく外見年齢は十代後半の女性がいた。
春の木漏れ日のようにぽわぽわなルナリア様とは違って、夏の日差しを彷彿とさせる明るく元気な印象。
羽根飾りとリボンがついた中折れ帽子を被っていて個性的だ。
服装はお洒落なバーガンディのコートに、モカブラウンのハイネックニット。黒のワイドパンツとピカピカに磨いた黒のブーツ。ダークブラウンのレザーボストンバッグを両手持ちしている。
「シアちゃん、この子が私のお友達のカーナだよー。お洋服作りが大好きな子なのー」
「はじめまして、カーナですっ。今日はよろしくね!」
来客を玄関内へと招き入れると、帽子を外した仕立て屋さんが明るい笑顔で自己紹介してくれた。
わっ、近くで見ると睫毛が長い……。金髪碧眼の美人さんだ。
「あ、あのっ、シアですっ! よろしくお願いします、カーナ様っ!」
「はい、よろしくねっ。あと、できれば『カーナ様』よりも『カーナちゃん』だと嬉しいなっ!」
「?!?!」
明るいノリで提案されて、私の思考はフリーズした。
カーナ……ちゃん?!
さん付けでもなく、ちゃん付け?!
「えっ? あっ、は、はいっ! か、かっ……、カーナ……ちゃんっ!」
「うん、よく言えましたっ。シアちゃん、呼んでくれてありがとう!」
「うぅ、はい……」
……カーナ、ちゃん……。
外見年齢は十七歳くらいに見えるけれど……、魔術師は外見年齢では実年齢が判別できないのだ。
テオ様の大先輩なのだから、少なくともテオ様より上なのだろう。
そもそもテオ様のお姉様であるルナリア様と友人なのだから、お孫さんがいるルナリア様と同年代かもしれない。
そんな相手に――……しかも今日初めて会った相手に、ちゃん付け……。
カーナ、ちゃん……。
…………。
うぅっ、慣れる気がしないっ!
「おい、やめろ。来て早々にシアを圧倒すんな。ウチのシアは繊細なんだぞ」
大混乱して固まっている私を横からサッと庇うテオ様。
テオ様の顔を見上げると、物凄くうんざりとした目でカーナさ……ちゃんを見ていた。
そんなテオ様にカーナ……ちゃんは企み顔でフフンと笑う。
「ルナから聞いたよ? あのテオドアが可愛いお弟子ちゃんにデレデレだってね。ぜーんぜん想像がつかなかったけれど……、本当だったんだねぇ。まさか、あのっ。あのっ! あの、テオドアがッ!」
「……このアマ、マジでくっそムカつくッ!」
「テーオー? シアちゃんの前でお口が悪いぞー?」
「そうだそうだーっ。教育上よろしくなーいっ!」
「誰のせいだよ、誰のッ!」
うんうんと頷き合っているルナリア様とカーナちゃんを前に、苛立ったテオ様が両手で頭を掻きむしっている。
もしかしなくても、テオ様ってルナリア様に限らず我の強い女性に弱いのかな……?
……私も、強くなりたいなぁ……。
密かな決意を込めて胸の前で拳を握っていると、そんな私をチラッと見たテオ様が額に手を当てて盛大なため息をついた。
「おい、そこの女性陣。頼むからウチのシアを侵食しないでくれ」
「テーオー? そうやってシアちゃんを外部から遠ざけるのは良くないぞー?」
「うんうん。いろんなタイプの人間と接する経験も、人生を色鮮やかにするためには大切だよねっ」
た、確かに……。私はテオ様以外の人間との接点が少ないから、他の人とこうして安全に話ができる機会は大切にした方がいい気がしてきた。
ルナリア様とカーナちゃんの話に納得していると、それに待ったをかけるようにテオ様が私の両肩を掴んだ。
そしてテオ様は膝を屈めた中腰姿勢で私と視線を合わせる。
「シア、一応言っておく。確かにコイツらは悪人じゃない。その点は俺も認める。だが……、自分の心を守るためにはな、悪人じゃないとしても関わらない方がいいタイプの人間ってのが世の中には必ず存在するんだ。だからシアの心を傷付けて磨耗させるタイプの人間だと感じた場合は、たとえソイツが友人や縁者だとしても、速攻で距離を置いて関係をバッサリ切り捨てなさい。自分で無理な場合は俺かセブ達に言うこと。そうすれば俺が上手く処理するからな」
テオ様は私の目をまっすぐ見ながら、頼もしい口調で物騒なことを言ってきた。
「あのテオドアがすっかり過保護になっちゃって……! やんちゃ小僧だった頃が嘘みたい。感動で泣いちゃいそうっ」
「シアちゃんのおかげだねー。テオー、シアちゃんに感謝しなくちゃダメだからねー?」
中腰のテオ様の向こうからピョコピョコッと顔を覗かせて追撃するカーナちゃんとルナリア様。息がピッタリだ。
テオ様は舌打ちをしながら憂鬱そうに自分の背後をチラッと見て、再び私に視線を戻した。
「いいか、シア……。コイツらが何か世迷い言を吹き込んだとしても、すぐに忘れなさい。すでにわかったと思うが、コイツらは俺をからかって遊ぶのが大好きな愉快犯だ。確かに悪人じゃないんだが、コイツらの相手を長時間するのは俺にとってストレスでしかない。だから、な。コイツらの強かさを見習うのはまだヨシとしても、頼むからコイツらの真似事だけは覚えないでくれ」
「テオドアに刺激を与えるのはいいことだよ、シアちゃん。平和すぎるとボケちゃうからね!」
「そうだよねー。ただでさえ魔術師は長生きなんだからねー。長い人生には適度な刺激が必要だよねー」
「テメーらの刺激は適度どころか苛烈すぎなんだよッ! 俺に必要な刺激はシアとのささやかな日常で得られる分だけで十分だッ。俺の平穏を脅かすんじゃねぇッ!!」
声を張り上げたテオ様がちょっと涙目だ。こんなテオ様は珍しくてちょっと新鮮だけれど……、楽しんだらダメだよね。
隠れてクスッと笑っていると、テオ様はやれやれとため息をついた。
そして私の右肩をポンポンと叩いて中腰姿勢から立ち上がると、軽く深呼吸をしてからカーナちゃんへと視線を移した。
「紹介がグダグダになったが……シア、彼女がアネキの友人で仕立て屋のカーナだ。中身はこんなだが、仕事に対する情熱と腕前は間違いない。
――レディ・カーナ、俺の愛弟子のローブを頼む」
テオ様から改めて依頼されて目をパチクリとさせたカーナちゃんが、スッと居住いを正してこちらに向き直った。
そして大人びた雰囲気をしたカーナちゃんはバッグを置いて、見事なカーテシーをする。
「ディズ・アルドリール、この度は貴方様の大切なお弟子様のローブをお任せくださって光栄です。そして、どうかご安心を。お弟子様と共に歩むローブを仕立ててみせましょう」
「――……」
さっきまで愉快な雰囲気からガラッと変わって、一気に真面目な空間……。
ちょっと困惑して思わずテオ様の裾を小さく引っ張ると、テオ様は私を安心させるように優しく背中を撫でてくれた。
「カーナは依頼人と初めて会った際に、相手の緊張と警戒心を解くのが得意なんだ。今回は俺をダシにされたがな……」
「あっ」
た、確かに! 私は初対面の人が本当に苦手なのに、いつの間にか不安とか緊張とかがどこかへ行っちゃっていた。
カーナちゃんの対人スキル、凄い……!
尊敬の眼差しでカーナちゃんを観察していると、テオ様が横目で私を窺いながら試すように口を開いた。
「さぁどうだ、シア? コイツにシアのローブを任せても大丈夫か? ローブは魔術師にとって大切な物だから、シア本人が信頼できると感じた仕立て屋に任せないとな。シアがカーナのことを『あ、コイツは性悪だから自分とは合わない』と思ったのなら――」
「! テオ様、大丈夫ですっ。私はカーナちゃんがいいですっ! よろしくお願いしますっ!」
テオ様の言葉を遮る勢いでカーナちゃんに頭を下げると、私以外の三人がふわっと微笑む温かな気配がした。
「よろしくね、シアちゃん。シアちゃんにピッタリなローブを作りましょうね」
「決まりだな。カーナ、事前に話した通りだ。予算は気にしなくていいから、シアが気に入るようにしてくれ」
「ねーテオー、いつまで玄関で対応するつもりなのかなー? 来客に対する態度がなっていないぞー?」
真面目な空気の中にも躊躇いなくぽわぽわ雰囲気で割り込むルナリア様、さすがだ。
テオ様が少し罰の悪そうな表情でルナリア様とカーナちゃんを一瞥する。
「あー、そいつは失礼しましたよ……。お姉様方、こちらへどうぞ」
「お邪魔しまーすっ。おお、ここが魔術公の家……!」
廊下を歩きながらカーナちゃんが興味津々といった風に周囲を見ている。
昨日テオ様の手も借りながら頑張ってお掃除したからお客様の失礼にはならないと思うけれど、大丈夫かな……?
ドキドキしていると、ルナリア様が私の右肩をふわっと優しく抱き寄せた。
「テオー、あったかーいお茶を淹れてねー。シアちゃんは私達と一緒に、のーんびりしていようねー」
「つくづく図々しい来客だなぁッ! 俺はアルドリールの魔術公だぞ?!」
「それが何ー? 私はアシュフォードの次期当主でー、貴方の姉だけどー?」
「くそッ、憎たらしいッ……!」
賑やかな来客を暖かなリビングへと案内したテオ様は、文句を言いながらもキッチンでお茶の準備を始めた。
私もテオ様のお手伝いをしようとしたけれど、ルナリア様が私を離してくれなかった。なのでコートを脱いだルナリア様達と一緒にリビングテーブル席に座る。
ルナリア様は凄いなぁ……。ぽわぽわ雰囲気を保ったままでテオ様を完全に手玉にとっている。私も頑張ろうっと。
「ほい、どうぞ」
私達の前にテオ様が淹れてくれたお茶が並んだ。
あ、ちゃんとお茶請け用に買い置きのフロランタンまで用意してる。なんだかんだ言いつつも、やっぱりテオ様は真面目だ。
「じゃ、カーナ。今後のフォローも込みで全てお前に任せるから、上手くやって欲しい」
「もちろん。伸び代のある古代魔術師のローブ作りだなんて本当に光栄だわ」
私はお茶をコクンと飲みながら、打ち合わせをするテオ様とカーナちゃんをぼんやりと眺めた。
カーナちゃんは背筋をピッと伸ばした姿勢で目を輝かせながら話をしている……。その真摯な眼差しからは仕事に対するまっすぐとした感情が読み取れた。
「カーナはねー、王都でも指折りの仕立て屋なのー」
私の隣に座っているルナリア様がコソッと耳打ちしてきた。
「古代魔術師の魔力は現代魔術師の魔力と違って特殊だからねー。古代魔術師の魔力に応えるローブを仕立てられる職人は少ないんだよー」
「やっぱり優秀な人なんですね」
「ふふっ。それにねー、カーナが作るローブや衣装はねー、着る人にピッタリと合うんだよー。着心地もバッチリなんだよー」
ルナリア様はそう言って自分のボレロワンピースを示した。
そういえばルナリア様の衣装もカーナちゃんが仕立てているんだっけ。確かにとっても似合っている。
「よしっ!」
威勢のいい声と同時にパチリと軽く手を打つ音。
視線を移すと、カーナちゃんが気合い十分といった表情で手を合わせていた。
「まずはシアちゃんの魔力を視てみましょうね。テオドア、このままリビングを占拠してもいい?」
「ご自由にどうぞ」
「ありがとう。それじゃあシアちゃん、準備をするからちょっと待っていてねっ」
「は、はいっ」
テオ様と私に断りを入れたカーナちゃんは椅子から立ち上がると、ボストンバッグから色々と取り出し始めた。
バッグは収納の魔術具だったみたいで、明らかに容量オーバーな敷布まで出てくる。
あの敷布は何だろう……? 魔術陣が描いてあるけれど、現代魔術は私にはチンプンカンプンだ。
「あれは魔力を読み解くための魔術式が入った魔術陣だよ。しかもあれは対古代魔術師用に組まれた特殊な奴なんだ。工房内に刻まれた陣ならともかく携帯用のあれを所持している仕立て屋は、今ではカーナしかいないだろうな」
いつもの癖でテオ様に疑問の視線を向けると、テオ様はすぐに気付いて教えてくれた。
「へぇー……、えっ?」
カーナちゃんだけしか持っていない?
……もしかしなくても、カーナちゃんは私が思っていた以上に凄い人なのでは?
「シアちゃん、こっちへ来てくれる?」
「は、はいっ」
カーナちゃんに呼ばれてパタパタと近寄っていく。
魔術陣の文字や記号が淡く光っている光景が間近で見えて……、何だか神秘的で魔術師っぽい!
「シアちゃん、これからの段取りを説明するね」
興味津々で魔術陣を観察していたら、カーナちゃんがクスッと笑って私の注意を向けた。
「まずはこの魔術陣を使ってシアちゃんの魔力――魔力を確認します。魔力を確認したら、次は採寸。それから具体的なローブの形を決めていこうね」
「わ、わかりましたっ」
カーナちゃんから穏やかで安定感のある雰囲気がして頼もしい……。それだけ実力のある仕立て屋さんなんだ。
「それじゃあシアちゃん、靴を脱いでこの魔術陣の真ん中に立ってくれるかな? 作業中に陣がちょっと光るけれど痛みはないし、数分で終わるからね」
「はいっ!」
ちょっと緊張するけれど……、カーナちゃんのことは信じられるし、同じリビング内にテオ様とルナリア様もいるから安心できる。
靴を脱いで魔術陣に足を踏み入れると……、くすぐったいっ!
「ひゃあッ?!」
反射的にひっくり返った声をあげて跳び跳ねてしまった。
「あらっ。調整」
カーナちゃんが杖を振りながら短縮詠唱すると、足裏のくすぐったさが嘘のようにスッと消える。
「驚かせてごめんなさいね。魔力を探知する術式の設定がシアちゃんにはちょっと強かったみたい。今度は大丈夫?」
「大丈夫です……っ」
むしろベルベット生地で出来た敷布の感触が気持ちよくて、このまま寝転がってゴロゴロしたいくらいだ。
「だから散々言っただろうが。『ウチのシアは繊細だ』と」
「ここまで繊細なシアちゃんを傷付けずに師匠をしているテオドアに驚きだよ。あの悪戯坊やのテオドアが、ねぇ」
「うっぜぇ」
テオ様は頬杖を突きながら悪態をついているけれど、視線は私に向けて見守ってくれている。
「始めるね。――六級魔術・詳細・解読」
カーナちゃんが呪文を詠唱すると、足元の魔術陣がサァッと光り始めた。
カーナちゃんは小声で呪文を紡ぎ続けながら、杖を使って空中に何やら文字を書いている。
「わぁ……っ!」
生粋の現代魔術師が現代魔術を使う姿を間近で見るのは初めてだ……。ちょっとワクワクする。
私の魔力を確認する作業自体は説明されていた通りにほんの数分で終わった。
「シアちゃん、お疲れ様。魔術陣から出ても大丈夫だよ」
カーナちゃんはそう言いながらバッグからノートを取り出すと、流れるようなペン捌きで何か書き付けていく。
その間に私はテオ様がいるテーブルまで戻ってお茶を飲む。
カーナちゃんを信じてはいたけれど、それでも緊張していたみたい。喉が渇いちゃった。
「さぁ、次は採寸です。テオドアは退場してちょうだい」
「いくらテオが過保護でもねー、女の子の採寸をジロジロ見学するのはダメだよねー」
片手でノートをパタンと閉じたカーナちゃんとカップを置いたルナリア様が、テオ様をリビング外へ追い払おうとしている。
「はいはい、出ていきますよ。シア、俺は魔術工房にいるからな。何か困ったことがあったらすぐに俺を呼――」
「テーオー? 私達がシアちゃんを取って食うような言い方しないでねー」
名残惜しげなテオ様の言葉をルナリア様が容赦なく遮った。
「私なら大丈夫です、テオ様」
緊張するけれど、ルナリア様とカーナちゃんなら安心だ。
テオ様の傍へ行ってそう伝えると、テオ様は私の頭を撫でてくれた。
「うん。それじゃあ、また後でな」
「はいっ」
テオ様がリビングから出てドアを閉めると、途端にリビングが静かになった。
……やっぱり、ちょっと緊張する……。
よく考えてみたら、誰かの前で下着姿になるだなんていつぶりだろう?
奴隷商の元で売り物になる前の検品時に下着どころか裸にされたことがあって……。
その前は――……、あの屋敷で雇い主の長男に無理矢理――――……。
「さっ! シアちゃん、大丈夫だからねー。怖いことなんてなーんにもないよー」
どす黒い記憶に支配されそうになりかけたタイミングで、ルナリア様が私の頭にポンと手を置いて撫でてくれた。
……おかげで強張って震えていた体の緊張が解けて、私はほっと安堵のため息をつく。
カーナちゃんも私を安心させるように優しく微笑みかけてくれた。
「まずは服の上から採寸するね。その後に下着の状態でササッと測るから、頑張ろうねっ」
「――はいっ。お願いしますっ!」
私の覚悟を聞いたカーナちゃんは、効率よくテキパキと私の採寸をしていく。
カーナちゃんはやっぱり優秀な仕立て屋さんだ。私の負担がないように無駄なくテキパキと作業をして、私が予想していたよりも手早く採寸を終えてくれた。
……もしかしたら、ルナリア様とカーナちゃんはテオ様から私の事情を聞いていたのかもしれない。
たとえそうだったとしても何も触れないでくれたことがありがたかった。
「ふぅ……っ」
解放された私は椅子にストンと座って、深呼吸のような大きなため息をつく。大仕事をやり遂げた気分だ。
「シアちゃん、お疲れさまー。はいっ、ご褒美だよー」
ルナリア様はそう言うと、収納の魔術から何かを取り出した。
ベイクドチーズタルトだ! 凄く美味しそう……っ!
「わぁっ……!」
素敵なスイーツを前にした私は本当に単純だ。チーズタルトが輝いて見える。
ルナリア様が食器棚から小皿を取り出して、四人分のタルトを取り分けてくれた。
「テオに渡すのは後回しでいいよねー。だってこれから、楽しい女子会が始まるものねー」
「えっ?」
女子会、とは……?
「女子会の前に、どんな形のローブにするかを先に決めようね」
困惑している私の隣で、カーナちゃんがバッグからカタログを取り出した。
「あの、ローブって形が決まっているんじゃ……?」
「正装用と儀礼用のローブは加工を禁止されているけれどねー、普段使いのローブには遊び心を入れてもいいんだよー」
「な、なるほど?」
ルナリア様の説明を聞きながらカタログに視線を向ける。
基本はテオ様のローブと同じシンプルなデザインで、その他にオプションとしてローブの加工方法が色々と載っている。丈の長さが変更できたり、ワンポイントの刺繍が入れられたり……。
「シアちゃんは成長期だから、後からサイズ調整ができるようにしましょう。その他の要望は可能な限り叶えるからね」
「私はフリルを入れたんだよー。ほらっ」
ルナリア様がパチリと手を叩くと、一瞬で紺色のローブ姿に変わった。
袖口にボリーム感のあるフリルがついていて、腰から下はフリル付きのプリーツスカートになっている。お洒落な見た目でローブとは思えない。
町でシンプルなローブ姿の魔術師を見掛けたことはあったけれど、他の魔術師もルナリア様みたいに加工したローブを着ていて気付かなかったのかも……。
ローブを加工する発想がなかった私は、ワクワクした様子のルナリア様達におそるおそると口を開いた。
「あ、あの……。せっかくですが、私は『魔術師です!』って感じのシンプルなローブがいいんです」
期待外れだと思われたかな……と不安になったけれど、カーナちゃんは心得た様子で頷いた。
「シアちゃんは魔術師らしいローブがお望みなのね。それなら基本の形を守りましょう」
「ちょこっと加工を入れてもいいんだよー? 裾とかー」
「ルナが口を挟みたい気持ちはわかるけれど、シアちゃんの意思を大事にしましょうね」
食い下がろうとするルナリア様をカーナちゃんが遮った。
あくまで当事者の私を尊重してくれる、本当に素敵な仕立て屋さんだ。うん、信頼できる。
「ローブのサンプルがあるから、試着して確認してみましょうか」
「はいっ」
カーナちゃんがバッグから取り出した紺色のローブに袖を通す。
見本とはいえ初めて着るローブ……。凄くワクワクする!
「シアちゃん、万歳してみて。ばんざーいっ」
「はーいっ」
ローブを着た私の動きを確認しながら、カーナちゃんは見事な手捌きでまち針を打って仮縫いをしていく。さすがプロ、私の針仕事とは段違いだ。
ルナリア様はまだ不満なのか唇を尖らせて私達を見ていたけれど……、やがてふふっと企み顔をして微笑んだ。
「ローブはシンプルでもー、お洋服はうーんとこだわろうねーっ」
「えっ? お洋服?」
きょとんとした私にルナリア様が小首を傾げる。
「? ローブの他にも春用のお洋服を作るんでしょー?」
「……あっ」
ローブに気を取られていたけれど、そういえば元はそんな話だったっけ。
ローブと一緒に春用の衣装を作る。
そして春になったらその服を着て、テオ様と一緒にお出掛けをする約束だ……!
一気に頬を紅潮させた私にカーナちゃんがニコッと笑った。
「テオドアにはデート当日までどんな衣装かを内緒にして、びっくりさせましょうね」
「?! デート?!」
思わず素っ頓狂な声が出た。
けれど……、そ、そっか。二人でお出掛けだからデートになるんだっ。
「鈍感なテオでも反応しちゃう素敵なお洋服がいいねー。それでテオの心をバッチリ掴むのー。ねーっ、シアちゃんっ」
「テ、テオ様の、心を……?!」
ルナリア様のウインクに私は激しく動揺する。
……あっ、そうだ! ルナリア様はテオ様に対する私の恋心を知っているどころか、私がテオ様に告白した現場にも立ち会ったんだった……!
ちょっと――ううん、かなり恥ずかしい!
思わず両頬に手を当てると、凄く熱くなっていた。
「シアちゃんはすでにテオの胃袋をガッチリ掴んでいるでしょー? 身の回りのことだってシアちゃんがいないとダメだしねー」
「今日私が初めて見ただけでもわかったくらいに、テオドアはシアちゃんを溺愛しているよね。あとはそれをどうやって恋愛感情へ持っていくか、だねっ」
カーナちゃんまで乗り気だ……!
「あ、あのっ! でも、私はまだ十四歳でっ。テオ様は『告白の返事はシアが大人になってから』って……っ!」
私が慌てたあたふたと両手を振ると、ルナリア様達は困ったように微笑んだ。
「仮に今のシアちゃんが成人していたとしてもー、あの面倒な弟は言い訳をして交際を避けたと思うよー?」
「っ! そ、そんなぁ……」
ルナリア様の言葉に私は愕然とする。
――……私は……、テオ様の奥さんにはなれないの……?
悲しくて涙が込み上げてきた私の手を、カーナちゃんがガシッと握った。
「シアちゃん、そこで諦めちゃダメ! シアちゃんが成人するまで猶予があるんだから、その間にテオドアの心をガッチリ掴む時間がたっぷり取れるんだからねっ!」
「そうっ! シアちゃんにはねー、チャンスしかないんだよー。シアちゃんが私の義妹になる日が楽しみだなーっ」
「ぎ、義妹?!」
ルナリア様はテオ様のお姉様だから、私がテオ様の奥さんになれたらそういうことになるけれど……っ!
「花嫁衣装は私に任せてねっ!」
「花嫁衣装?!」
「結婚式はどうしようかー?」
「結婚式?!」
次々と飛び出すワードに私はタジタジだ。
その後も私を巻き込んでわいわいと盛り上がるルナリア様とカーナちゃん……。
私は今まで無縁だった初めての体験に振り回されつつも、とっても充実した楽しい時間を過ごした。
こ、これが……、女子会……ッ!




