なりたい自分
テオ様は魔術を使う際に左手の指を『パチンッ』と鳴らす癖がある。
あの『パチンッ』の瞬間に内面世界の書庫で管理している魔術式を選択、変換、合成して魔術を発動しているそうだ。
「……むぅ……」
私は暖炉前のソファに座って、指鳴らしの練習をしている。
うーん……、テオ様みたいに上手に鳴らない……。
「むぅ……」
スカッ、スカッ、と掠れた音しか出ない。
たまーにまぐれでそれっぽく鳴るけれど、テオ様みたいな気持ちよく響く音は全然鳴らない……。
「シア、仏頂面で何をしているんだ?」
苦笑混じりでテオ様に話しかけられて顔を上げた。
テオ様は書斎で飲み終えた空のカップを片付けにキッチンへ来たみたいだ。そこからリビングで謎行動をしている私が見えたんだと思う。
「テオ様の真似っこです」
近付いてきたテオ様に素直に答えると、テオ様は小さくフッと笑いを吹き出した。
「フフッ、またなんでそんなことを」
「私もテオ様みたいに指をパチンッてして魔術が使えるようになりたいんですっ」
テオ様に応えながらパチンッと指鳴らしをしようとしたけれど、結果はスカッだった。
ぐぬぬ、全然できないっ……。
「変なことを真似したがるんだなぁ」
悔しくてむすっとしている私の頭をテオ様がポンポンと撫でる。
「なんで上手くできないんだろう……? テオ様、お手本を見せてください」
「手本?」
私のお願いに再び苦笑したテオ様は隣に座ると、私の目の前で左指をパチンッと軽快に鳴らした。うん、いい音。
続いて私が試みて……、スカッと気の抜けた音が出る。
「もうっ! なんでできないのーっ?!」
「あはははっ!」
思わず頭を抱えて無念の声をあげた私に朗らかに笑うテオ様。
「できるようになりたいのにぃ……っ。やり方を教えてください!」
「そう言われてもなぁ」
テオ様が困り顔で左指をパチンッと鳴らす。
「俺だって誰かに教わったわけでもないしなぁ、教え方がわからん。直感だ、直感」
「そんな古代魔術の教え方みたいなふわふわな言い方をしないでくださいっ!」
「本当にそうなんだって。無意識に覚えた癖だからどうしようもない」
「も~っ!」
両足を軽くバタバタさせて悔しい気持ちを逃がしていると、テオ様が右手の指をパチンと鳴らした。音がちょっと小さめだ。
普段テオ様は左手で指鳴らしをしているから、右手での指鳴らしはあまり慣れていないみたい。
テオ様は何回か右手で指鳴らしをしながらうーんと考え込んでいて……、やがて強く頷いた。
「……うん、やっぱりわからんな! 感覚だ、感覚」
「説明を諦めないでくださいっ。頑張って!」
「えぇ? 応援されても困るんだが」
「嫌ですっ。私もパチンッてしたいんですっ!」
指鳴らしをスカスカと不発させながら悔しさを訴えると、テオ様はクックッと苦笑いした。
「変なところで負けず嫌いだなぁ。指を鳴らさなきゃ魔術が使えないわけじゃないんだから、こだわらなくてもいいだろうに」
「でも……っ」
「やりすぎると手を痛めるぞ? ほどほどにな」
「……むぅ……」
悔しい……けれど、ちょっと指が攣りそうになっていたのは事実だ。……これ以上はやめておこう……。
不満な気持ちを抱えつつ、両手の力を抜いて手首をプラプラさせる。
「そんなに俺の真似がしたいのか?」
「指をパチンッてして魔術を使うとスマートでかっこいいじゃないですか。テオ様とお揃いですし」
「かっこいいかはともかく、俺のは単なる癖なんだって」
「むぅぅ……っ」
両手をニギニギさせつつ唇を尖らせていると、隣でテオ様がふふっと笑ってソファに体をゆったりと馴染ませた。
「なぁ、シア。――シアはどんな魔術師になりたい?」
「え?」
唐突な質問にキョトンとしながらテオ様を見ると、テオ様は穏やかでまっすぐな視線を私に向けていた。
これは……、師匠として私に訊いているのかな?
「えぇっと……。テオ様みたいな魔術師になりたいです」
「俺みたいな、とは? もう少し具体的に言えそうか?」
「えっ? え、えぇと……」
混乱する頭で、私は考える。
テオ様はどんな魔術だってさらっと使いこなしてしまう凄い魔術師だ。
傍目から見ると一日中怠けているようだけれど、実はとっても研究熱心で、常に自分の魔術を高めようと努めている。
「今シアが言った内容は古代魔術師全員に当てはまるぞ? 古代魔術に不可能なことはないし、自分を高めようとするのは古代魔術師の性質だ」
テオ様にそう言われてしまい、私は焦る。
「あぅ……っ。ええっと、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……っ!」
自分の心にある物をすぐに上手く言葉で表現することができない……っ。もどかしくてモヤモヤしてしまう。
私は――……、テオ様みたいになりたい。
それは「テオ様が好きだから」という単純な理由じゃない。
「……」
――……そもそも……。テオ様と出会う以前から、私は魔術師に対して強い憧れがあった。
最初のきっかけは、子供らしいありふれた憧れの感情。
女の子が綺麗なお姫様に憧れたり、男の子がかっこいい騎士に憧れたりするように、私は物語の中で生き生きと活躍する魔術師に憧れていた。
孤児院で育った私は、八歳で商家のお屋敷の使用人になった。
けれど私は使用人の中で一番下っ端で、雇い主一家からは冷遇されて、他の使用人達からは色んな雑用を押し付けられて、不満や弱音を話せる味方もいなくて……。
お屋敷での私は孤独で、自由な生き方が許されない存在だった。
お屋敷から出て他の生き方をする選択肢が私にはなかった。
私は文字すら読めない無力な子供。お給金は諸々の天引きで消えて手元に来る現金がほぼないから、将来を見据えてお金を貯めることもできない。
早くも人生がどん詰まりだった私は、僅かな自由時間と夜眠る前に楽しい空想をすることで現実の苦しみから逃げた。
その空想の中で夢見たのは、小さい頃から憧れていた魔術師の躍動。
私にとって不思議な魔術を自在に操る魔術師は自由の象徴だった。
そんな私が初めて出会った魔術師がテオ様――魔術師のお兄さんだった。
雇い主から言付かった書類を失くして困っていた私を、魔術師のお兄さんが助けてくれた。
空想ではなく現実で初めて出会った魔術師は、とっても素敵な人だった。
私は魔術師のお兄さんが一瞬で好きになって、魔術師のお兄さんは私の強い憧れとなったのだ。
それから二年後――。
雇い主の長男に無理矢理酷いことをされて、盗みの冤罪を着せられて、奴隷にされて……。
そうして奴隷商で売られていた汚い私をテオ様が見つけて買ってくれたことで、暗く閉ざされていた私の未来は眩しいほどに切り開かれた。
テオ様は私を救ってくれた恩人で、大きな憧れだ。
「だから、ええと……。つまり――……」
自分の考えを口に出しながら、私は結論を言葉にしようと頭をひねる。
テオ様はとても自由な人だ。
アルドリール魔術王国の魔術公としてのお役目があったりもするけれど、基本的にのびのびと生きている感じがする。
マイペースというか、誰にも縛られないというか……。ええと……。
「シアは自由でありたいんだな」
思考の渦に飲まれて混乱していると、テオ様が簡単に要約して助け船を出してくれた。
――……自由……。
「そう……、です、ね……?」
「ざっくりとした方向性が少しは見えてきたか?」
「……そう、ですね……?」
「ふふっ。さっきから疑問符がついているようだが、違うのか?」
悪戯っぽく問うテオ様に私は首をフルフルと横に振る。
「そうじゃないんです。そうじゃなくて……。初心に戻ったような気分、というか……」
「ほう?」
幼い頃の私にとって魔術師は憧れの存在だった。
もちろん不思議な魔術にも興味津々だったけれど、私の憧れはあくまでも魔術師という存在だった。
だって魔術師は、輝く夢を自分の力で叶えることができる自由な存在で――……。
「……うん、これですね。私もそんな風になれたらいいなって思ったんです。私の原点はこれです。そういう魔術師になりたいですっ」
「うん? それだと俺の要素がなくなった感じだが?」
「ち、違います!」
可笑しそうに目を細めて笑っているテオ様の袖を私は慌てて掴んだ。
「私にはテオ様がそう見えるんですっ。そう感じるんですっ!」
「ふふっ、そうか」
私にガクガクと肩を揺さぶられながらも、テオ様は余裕そうに笑っていて――。
「……あっ! あと、テオ様みたいに余裕のある魔術師になりたいですっ! これですね、これっ! 『自分の力で夢を叶えることができて、自由と余裕のある魔術師』! これが答えです!」
私の言葉にテオ様が目を丸くしている。
「ははぁ……。自由と余裕のある魔術師、ときたか」
「あー、スッキリしましたっ!」
自分なりの答えを導き出せて何だか清々しい気持ちだ。
満足してニンマリと笑う私の頭をテオ様が優しく撫でてくれた。
「次に考えるのは『シアにとっての自由と余裕、そして夢とは何なのか』だな。だがまぁ……、これを考えて形にするのはまだ先でいい。シアなら悪い方向へは転ばないだろうからな」
「悪い方向?」
私が鸚鵡返しするとテオ様は少し困ったように微笑んだ。
「世の中には他者を踏みにじることでしか自由や余裕を感じられないような悪い輩がいるんだ。だが、シアは大丈夫だと俺は確信しているよ。
シアは踏みにじられる痛みを知っている。それでいて他者を思いやる心を持っている。だからシアは大丈夫だ」
「……」
――……テオ様の言葉を聞きながら、私の心はチクッと痛んだ。
だって……、まるで「自分はそうじゃない」とでも言っているみたいで……。
「……テオ様だってそうでしょう?」
テオ様だって過去に辛い経験をして痛みを知っている。
それでも私をここまで救って、導いてくれている。
私がそう呟くと……、テオ様は僅かに私から視線を逸らして目を伏せた。
「そうだなぁ。……そうありたいものだな」
「……」
――……まるで自分に言い聞かせているみたい……。
自嘲ぎみにしみじみと呟いたテオ様が、何だかとても寂しく見えてしまった。
「テオ様……」
掴んだままのテオ様の袖をぎゅっと握り直して呼ぶと、テオ様は私へ視線を戻してフッと儚く微笑んだ。
「ん? 俺は大丈夫だよ、シア。不安にさせて悪かった」
「…………」
ほら、テオ様はこうして私の不安をすぐに感じ取ってくれる。とても優しい人だ。
テオ様はいつも優しくて、私に安心感を与えてくれる存在だ。
さっき私が見つけた結論のように、私から見たテオ様は『自分の力で夢を叶えることができて、自由と余裕のある魔術師』だ。
……でも……、何もかもが「自由」で「余裕」なわけじゃないんだと思う。
テオ様は事ある毎に「俺は碌でなしだ」と話す。
もちろん私から見たらそんなことはない。むしろその正反対にいる存在だ。
……けれども……。
テオ様がそう言うということは、テオ様自身がそう思っているということ。
テオ様の中に影のような何かがあるということ。
その何かがテオ様から自由と余裕、そして大切な夢を奪っているということ。
その何かが何なのかは……、私にはまだわからないけれど……。
――――……私は……、テオ様に何ができるんだろう……?
私はテオ様を支えたいのに……。
「あーあ……。早く大人になってテオ様の奥さんになりたいなぁ」
「?!」
無意識に呟くと、テオ様が盛大にブーッと笑いを吹き出した。
……あっ。確かにテオ様視点だと突拍子のない独り言だったよね。
「ごほっ、ごほッ! ぐぶふッ、げほッ……!」
テオ様が前のめりで笑いながら激しくむせている。
「もーっ! そんなに笑わないでくださいよぅっ!」
恥ずかしくなりながらテオ様の背中を叩くように擦ると、テオ様は笑いを堪えようとしながら右手を軽くヒラヒラと振った。
「ははははっ! あー、可笑しい……!」
「私は真剣なんですからねっ! 単にテオ様が好きだから言っているだけじゃないんです! もちろんテオ様が好きだからっていうのが一番ですけれど、私はテオ様の支えになりたいんですっ! ほらっ、テオ様だって私に『俺を人間らしい魔術師でいさせて欲しい』って言ったじゃないですかっ!」
「ふふっ。そうきたかぁ……!」
テオ様はまた笑いそうになったけれど、口元を押さえつつ肩を震わせて我慢している。
もーっ! 私は真剣なのにぃ……っ!
再びテオ様の服を掴んでガクガク揺さぶると、テオ様は私の手をポンポンと叩いて宥めてきた。
「わかった、わかったっ。あー、可笑しい」
「本当にわかったんですか?」
「わかったとも。うん。ふふ……っ」
ほら、まだそうやって笑ってる……!
不信な目を向けていると、テオ様はコホンと咳払いをして笑いを鎮めた。
「まぁ、なんだ。その点で言うなら――……、俺は今でも十分すぎるくらいシアに助けられているよ。俺はしがらみや人付き合いが面倒で苦手だが、シアと一緒にいるこの穏やかな暮らしが好きだ。シアの存在は『こんな俺にも人間らしい生きた感情の起伏がある』と、そう実感させてくれている」
「……それじゃあ私は、これからもテオ様の感情をどんどん揺らしますね。そしてテオ様の奥さんになるんですっ!」
胸の前で拳を握って張りきっていると、テオ様が笑いながらポンポンと頭を撫でてきた。
「はははっ! 最終目標はともかく、お手柔らかにな。シアが自然体でいてくれるだけで俺の心は生きて、救われているんだ。それだけは忘れないでくれ」
「はぁいっ」
間の抜けた声で返事を返しながら、私は隣のテオ様にポフンと寄り掛かった。
こうしてテオ様に甘えていると心地よくて安心感が半端ない。……大好きだなぁ……。
頭上でテオ様がふふっと優しく微笑む気配がする。
「シアが単なる俺への依存心で俺の真似をしたがっているだけなら難ありだと思ったんだが……、杞憂だったな。シアに依存しているのはむしろ俺の方だなぁ」
「おっ、手応えありですか? その調子で私を奥さんにしてくださいねっ」
「あははっ! そこに結び付けようとするのは難ありだったか」
テオ様は悪戯っぽくニヤッと笑うと、ふざけて私の頭をわしゃわしゃと撫でつけてきた。
「もーっ、やめてくださいよぅっ!」
テオ様の手を払い除けて手櫛で髪を整える。
あぁもうっ! 髪の毛がわちゃわちゃだ……っ!
髪の静電気と格闘している私の様子を、テオ様が右足を組みながら穏やかに眺めている。
「さ、話を戻そうか。俺の指鳴らしみたいな事前動作が欲しいと本気で思うのなら、無意識でできる癖くらいに慣れた動作がいいぞ」
「……そんな癖は思いつかないです」
奴隷の頃は右腕の奴隷紋を気にして袖を引っ張ったり右腕を擦る癖があったけれど、それはいつの間にかしなくなっていた。
……その癖が今も残っていたとしても、それを採用しようだなんて思えないけれど……。
「動作をつけるとしても、まずは普通に魔術を使えるようになってからだな。かっこつけるのはそれからだ」
「はぁい。エル!」
私の呼び掛けで蜂蜜色の小枝が右手にパッと現れた。
星空以外で魔術を練習するのは危険だから禁止されているけれど、これは別。むしろ魔力を魔術として使う基本だから積極的に練習するようにと言われている。
空中に向かってエルを振ると、光の粒子でできた綺麗な軌跡がキラキラと光る。
この光景が私はとってもお気に入りだ。だって魔術師っぽいんだもん!
「……」
嬉しくて何度もエルを振っている私の姿を、テオ様が顎を軽く擦りながらじっと見つめている……。何か考えているみたいだ。
やがて考えを纏めたテオ様が、ソファの背もたれから背中を離して私に体を向けた。
「シア、ローブを作ってみないか?」
「えっ?」
突然の申し出に私はキョトンとする。
ローブというと……、町で見掛ける魔術師達が着ているあのローブのこと?
「どうやらシアは形から入るタイプみたいだからなぁ。ローブを着ればますます魔術師っぽく見えて気分が上がるんじゃないか?」
「おおお……っ?!」
テオ様の話を聞いているだけで早くもテンションが上がってきた。我ながら単純だ。
目をキラキラさせながらテオ様を見つめていると、テオ様はふふっと笑ってソファから立ち上がった。
「参考に俺が持っているローブを見せようか。おいで」
「はいっ」
テオ様の後についてテオ様のお部屋へ入ると……、今日のテオ様のお部屋はごちゃっと散らかっていた。
机の上に本と筆記道具が散乱していて、ソファーテーブルにはウイスキーグラスとおつまみのお皿が空の状態で置きっぱなしになっている。
……毛布と枕がぐちゃぐちゃな状態で盛大に床に落ちているのはなんでだろう……?
「あ」
私の視線に気付いたテオ様がすかさず魔術を使って毛布と枕をベッドへぽいっと投げて、食器類をキッチンのシンクへぽいっと空間転移させた。雑だなぁ。
「んー……」
テオ様はクローゼットの中をごそごそと漁って、三着のローブを取り出した。紺色のローブと白いローブ、それと黒いローブだ。
取り出したローブ達は魔術によって空中でお行儀よく並んで浮かんでいる。
「見ての通り、魔術師のローブは三種類ある」
咳払いをしたテオ様が強引にお師匠様モードへと入った。
「紺色のローブを着た魔術師なら町で見たことがあるだろう? つまり普段使い用のローブだ」
「普段使い用……。でも、テオ様は着ていないですよね?」
「大魔術協会勤めだった頃は着ていたけどな、着る必要がないのなら俺は着ない。いちいち着るのも面倒だし」
「だと思いました」
予想通りな答えに私は苦笑する。
「白のローブは正装用だ。会議へ出席する時や公的な人物と会う時とか、そういう場合に着る奴だな。刺繍は所属や地位を表すものだ。俺のこれは魔術公の紋章だな」
肌触りのいい白い布地のローブには綺麗な金色の糸で刺繍が施されている。
複雑な紋章だけれど……、強いて言うなら神秘的なお花と蔓に囲まれた天体みたいな感じ。よく見ると紋章の縁に『アルドリール魔術王国アシュフォード魔術公爵』と刺繍されている。
「黒いローブは儀礼用で、より格式高い場所や大きな祭儀で着る奴だ。王城とか」
「お城?!」
驚いてひっくり返った声が出た。
でも……、そうか。テオ様は魔術公という立派な立場だから、アルドリールのお城へ行く機会もあるんだ。凄いなぁ……。
黒のローブにも金色の刺繍が施されているけれど、こっちはアシュフォード家の紋章だ。
「テオ様、黒いローブを着て見せてくださいっ!」
黒色と金色はテオ様の魔力の色と同じ組み合わせだ。白のローブより滑らかで高級感のある布地だし、雰囲気があってかっこいい。絶対に似合う!
「はいはい」
期待を込めて見つめていると、テオ様は苦笑しながらローブを手に取って袖を通してくれた。
おぉ、かっこいい――……。
「……ん?」
何か違和感があって私は首を傾げてしまう。
確かにかっこいいんだけれど……、んんん……?
「……思っていた感じとちょっと違います。テオ様、もう少し真剣な感じでキリッと決めてください。そうしたら絶対にかっこいいです」
私の要求にテオ様はプッと笑った。
「あははっ! 疲れるから勘弁してくれよ」
テオ様はそう苦笑して誤魔化しながらさっさとローブを脱いでしまった。残念っ。
そうして脱ぎ捨てたローブはソファの上へ乱雑にぽいっと……。
「……テオ様、王様の前でも着る凄いローブを乱暴に扱っちゃダメだと思います」
「はいはい。それじゃあ片付けますよ、っと」
テオ様の魔術でパカッと開いたクローゼット内へとひょいひょいっと飛び込んでいく白と黒のローブ達。
「仕舞い方が雑っ!」
堪えきれずに不満の声をあげたけれど、テオ様は笑って聞こえないフリをした。まったく、もうっ……!
ぶすーっと頬を膨らませていると、テオ様は私の頬をプニッとつついてから紺色のローブを指で示した。
「シアが最初に作るのはこの紺色のローブだ。白と黒のは一人前になってからだな」
「どうやって作るんですか?」
「専門の工房で作るんだが……、そうだなぁ。ルナリアの友人に仕立て屋がいるから、そいつに頼んでみるか。アネキが同席すればシアも安心できるだろう?」
「え……? テオ様は同席してくれないんですか?」
少し不安を覚えてテオ様を見ると、テオ様は何故か困り顔で首の後ろを掻いた。
「俺は男だぞ? 採寸は服を着た状態と下着だけの状態でそれぞれやる必要があるから、男の俺が同席できるわけがないだろう」
「私はテオ様に見られても気にしませんよ?」
「こらっ。俺を信用してくれるのは嬉しいが、そこはちゃんと気にしなさい」
私が迷いの欠片もなく即答すると、テオ様は呆れて笑い損ねながらため息をついた。
「それに俺がいたら仕立て屋が『テオドアは変態ロリコン野郎だ』って俺を変質者扱いしてくるだろうが」
「それは嫌です……。仕立て屋さんは女の人ですか?」
「もちろん。アネキの衣装もそいつが作っているから、ついでにシアも新しく服を仕立ててもいいぞ?」
私はルナリア様の姿を思い浮かべる。
ルナリア様はぽわぽわした雰囲気のお人形さんみたいな外見だから、衣装も可愛い雰囲気の物を着こなしている。ふわふわのティアードワンピースとか、お洒落なラッフルスカートとか……。
そのどれもがルナリア様に凄く似合っていて、ルナリア様のための衣装という感じだ。
「ルナの友人だから癖のある人物ではあるが、腕はちゃんとしているからな。間違いなくシアに似合う服を作ってくれるさ。春になったらそれを着て俺と一緒に出掛けるなんてどうだ?」
「! どこへ行くんですかっ?!」
以前は町へ行って人前に出ることが怖くて仕方がなかったけれど、最近は怖さよりもワクワクする気持ちの方が大きい。
乗り気になった私にテオ様が嬉しそうにニコッと笑う。
「どこでもいいぞ。アルドリール国内でも、外国でも。俺に行けない場所はない」
「これだからテオ様はっ。うぅ、贅沢な悩みっ……!」
「あはははっ!
――……だが、まぁ……。それとは別の機会に、シアを王都の俺んちへ連れていきたいとは思っているかな」
苦悩する私に、テオ様はそっと付け足した。
……その言葉に私はスッと冷静になる。
「? 王都の……、テオ様のおうち?」
「俺の実家――つまりアシュフォード本家の屋敷だ。俺がガキの頃に反抗心と悪戯心で何度も魔術でふっ飛ばしかけた件の屋敷だな」
「?!」
ガチガチに緊張しかけた私の脳は、今まで断片的に聞いてきたテオ様の幼少期とんでもエピソード情報が一気に溢れて塗り替えられた。
古代魔術師の源流であるアシュフォード家のお屋敷だなんて敷居が高すぎるのに、テオ様がケロッと言った途端に敷居が低くなってしまう。
……でも……。
「あ、あの。それってつまり……、テオ様のお師匠様――セルディア様とお会いするってことですよね……?」
「シアが嫌でなければ、の話だ。無理してあの魔女と会う必要なんてないさ」
「えぇ……?」
いや、そうはいかないでしょ……。テオ様の言葉に私は顔をひきつらせてしまう。
私はテオ様の弟子で、アシュフォードに所属する古代魔術師の卵。
そしてセルディア様はアシュフォードの当主で、まだ会ったことすらない私の後ろ楯にもなってくださった人だ。
……どう考えたって会った方がいいに決まっている……。
「ま、深く気にしなくていいさ。師匠はウチか協会にある自室のどっちかにいるから、適当に行けばいつでも会える」
「適当って……、ご迷惑じゃないですか」
テオ様は私が緊張しないようにわざと軽く言ってくれているのだとわかるけれど……。
「師匠なら『シアが会っても大丈夫なタイミングになったらいつでも会いたい』と言っているから問題ない。会うとしたら部屋の外を部外者がうろついていて落ち着かない協会よりも、邪魔者がいない屋敷のソファでダラダラしながらの方がマシだろう?」
「それでダラダラできるのはテオ様だけですよ……」
「シアはどうだ? セルディアに興味はあるか?」
「…………。お……、お会いしたいとは……、思います……」
緊張はするけれど……、会いたいと思う気持ちは本物だ。
セルディア様はテオ様とルナリア様のお師匠様で、お二人のお母様でもあるのだ。……悪い人じゃないのはわかっている……。
私はうんと真剣に考えて――……。
心を決めて、テオ様を見上げた。
「……お会いする時はローブを着ていきたいです。テオ様の弟子として、ちゃんとご挨拶がしたいですっ!」
テオ様の目を力強くまっすぐ見つめると――、テオ様はふわっと微笑んだ。
そして勇気を出した私の頑張りを労うように、優しく頭を撫でてくれた。
「それじゃあ、まずはローブからだな。俺の方でアネキに連絡しておくよ」
「はいっ、お願いします!」
「うん。シアは変な緊張なんてしないで、春になったらどこへ出掛けようか楽しく考えているといいさ」
「はぁいっ!」
元気に返事をすると、テオ様はまた優しく頭を撫でてくれた。




