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ものぐさ魔術師は人間を恋しがる  作者: 神代きい
大切なこと

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29/31

テオの闇

 魔術公(ディズ)としての責務の大半を免除されている俺だが、その代わりにキラン大森林に駐在しての調査と監視を任されている。

 ここで履き違えてはいけないのが「キラン大森林は人間の国には属していない不可侵の地」という点だ。

 この大森林の総面積はアルドリールの国土よりも広い。仮に徒歩で横断するとしたら一年以上かかるだろう。

 キラン大森林の主役は動物と魔獣、あとは妖精やドラゴンといった幻想種。人間は余所者なのだ。

 森へ少し入って薬草や素材を採取する程度ならまだしも、大人数の人間が森を開拓して住み着いていい土地ではない。

 俺が住んでいる家の土地は一応アルドリールの国土という扱いだが、これは人間がそのように区分しただけにすぎない。大森林に棲む生物達の邪魔にならない範囲で住まわせてもらっているだけだ。

 さて、俺の役割はキラン大森林の調査と監視だ。

 キラン大森林の動植物は多種多様で未解明な部分が多い。更には星屑が散った幻想的な砂原やマナを活性化させる癒しの泉、鉱物と発光植物が煌めく洞窟などの摩訶不思議な場所も存在している。

 好奇心の塊である魔術師的には興味が尽きない大森林だが、だからと大規模な調査団を組んで入っては大森林の生物達を刺激して悪影響を及ぼすのでアウトだ。

 また、大森林から流出した魔獣がアルドリール国内へと入り込むこともある。そうした魔獣を討伐するのが冒険者の仕事の一つで、狩られた魔獣の素材や肉が市場へと卸される。もちろん討伐の全てが冒険者頼りではなく、村や町には守備隊が巡回している。

 だが魔獣には未知の生態を持つ存在も多い。冒険者や守備隊では歯が立たない魔獣の出現や、手に負えない大規模の流出が発生する恐れもある。

 それらを踏まえて白羽の矢が立ったのが、俺だ。

 大森林内に駐在して調査をしつつ、魔獣の異変を監視。万が一の事態には迅速な対処や注意喚起など、つまり国の防衛を行う。

 それらを行える能力と実力があったのが魔術公(ディズ)の俺だった、ということだ。 

 とはいえ広大な大森林だ、俺個人だけの探査能力ではさすがに限界がある。

 なので普段の偵察はルーを始めとした使い魔とその眷属を使ってザックリと行い、気がかりな点があれば現地へと赴いて詳細な調査をする。

 もちろん、それで終わり、というわけではない。シルヴァのような大森林に巣を構えている存在達と協力関係を結んで情報を得ることも地道な手だが有力だ。

 あとはアルドリールとの境界に常時結界を展開して、魔獣の動きを監視。定期的に術式を改良して監視精度と魔力(マナ)燃費のアップデートもしている。

 つまり何が言いたいかというと……、俺はこの家でただ怠けているだけではないのだ。

「…………はぁぁぁ……」

 書斎机に肘をついた手で額を押さえながら馬鹿でかいため息をつく。

 使い魔を使っての偵察もいい。現地調査もいい。シルヴァ達からの情報収集もいい。結界を常時展開するのも、結界の術式を改良するのもいい。

 だが。報告書の作成、テメーはダメだ。

「面倒くせぇ……」

 年に一度は報告書を国に上げなければならない。そろそろ期限が近いので纏めなければいけないのだが……。

「あぁぁ……、やりたくねぇ……」

「テオ様、何かお手伝いできることはありますか?」

 俺の向かいで書き物をしていたシアが苦笑混じりに気を遣ってきたことで、俺は無意識に昔の荒い口調で独り言を呟いていたことに気が付いた。

 今日の俺達は書斎でそれぞれの時間を過ごしている。俺は報告書の作成、シアは読み書きの練習だ。

 最近のシアは書く力をつけるために文章を書く練習を頑張っている。俺が書いた手本を真似て書き写す他に、自分で簡単な文章を考えて書く練習をしているのだ。

 文章を考えて書くと聞くと難しそうだが、料理のレシピを書き出す作業や日記をつけるのはちょうどいい。今は昨夜の夕食だった白菜と肉団子のスープの作り方を書いている。

 シアが書いている紙をチラッと見ると……、俺の報告書とは違ってほぼ書き終えたようだ。

「こればっかりはなぁ、俺がやらないといけないからなぁ……」

 頬をポリポリと掻きながら白紙の報告書をチラッと見やる。

 報告書自体はかれこれ五年ほど書いてきたし、今回書く内容も頭の中では構想できているのだ。

 ならばさっさと書いてしまえばいいのだが……、筆が乗らないというか何というか……。

 シアにそう言うと、シアは何やら軽く考えて首を傾げた。

「五年……? つまりテオ様はここに住んで五年くらいになるんですか?」

「まぁ、そうだな。前は大魔術協会内でマナを研究する部門に所属していたんだが、色んな功績があって魔術公(ディズ)に格上げされたんだ。だが、俺の根っこは古代魔術師(エインシェント)だからな。ひたすら引きこもって魔術探求をしたいと思っていた矢先にこのお役目を打診されて、それで引き受けたというわけだ」

古代魔術師(エインシェント)が全員引きこもりみたいな言い方をしないでください」

 シアが呆れたように困り顔で笑っている。

「でも、それじゃあ――……」

 何かを言いかけて止めるシア。

 この反応は俺の機嫌を窺う時の仕草だ。

「ん? 気になることがあるなら遠慮せずに訊いてごらん」

 俺が促すと、シアは逡巡した後にそっと口を開いた。

「……バルカで初めて私と出会った頃も、テオ様はここに住んでいたんですか?」

「そうだな。別にずっとここに居続けなきゃならん決まりはないから、気晴らしに小旅行をしても問題はないんだ。監視任務を与えた使い魔が異変を察知した場合も、移動の魔術が使える俺なら一瞬で帰れるからな」

「……。バルカに来ていたのも気晴らしの旅行……だったんですか?」

「あー……」

 シアが何を気にしているのか、何となく見当がついてきた。

 ――俺はシアと同じバルカの出身だ。

 だが赤ん坊の頃に捨てられた俺は、邪道の魔術師に拾われた。

 それから脱走するまでの推定五年の間、俺は非人道的な扱いを受けていた。

 暗く冷たい地下牢で首輪と鎖だけを付けられた俺は、魔術の研究動物として奴に飼育されていた。

 実験動物相手に麻酔や手心を施す温情なんて奴にはない。骨肉を切り刻まれる痛みも、辛くおぞましい拷問も、その全てを受け入れて耐えることしか俺にできなかった。 

 ――俺が持つバルカでの記憶なんて、そんな最低最悪なシロモノだ。

 シアは俺が過去にバルカで辛い目に遭っていた経験がある、ということは知っている。

 だからこそシアは、何故俺が嫌な記憶しかないバルカを訪れていたのかと気にしているのだろう。

「まぁ……、なんだ。俺はバルカ自体を嫌悪していたわけじゃない。そりゃあ、バルカの民に苦手意識はあるがな。

 ――――あのクソ野郎がバルカの民だったからな」

「……っ!」

 しまった。これでも憎しみの感情を抑えたつもりだったのだが、纏まりきらない思考の中で口から漏れ出たのは冷淡な声音。シアを怯えさせてしまったようだ。

 俺は慌てて釈明するために口を開く。

「もちろんシアは別だぞ? 俺はバルカの民だからというだけで、バルカの民をどいつもこいつも憎んでいるわけじゃない。そもそもシアが嫌なら、水路へ突っ込もうとしたシアを咄嗟に助けたりしたもんか」

「……テオ様は何故あの時に私を助けてくれたんですか?」

 シアがおそるおそると上目使いで訊ねてくる。

「何故と言われてもなぁ……、咄嗟に手が出たとしか言えないんだが。強いて言うなら、子供だったから、かな?」

 バルカの民だろうか何だろうが、子供が危険な目に遭うのを見過ごすほど俺は冷酷な人間じゃない。

 俺はそう言いながら書斎机から身を乗り出してシアの頭を撫でた。

「あの時にバルカにいたのは……、そうだな。個人的な調査、だな」

「調査……?」

 さて、シアに何と話せばいいものか……。

 俺は右人差し指でこめかみを軽くトントンとしながら考えて言葉を選ぶ。

「世の中にはな、俺に酷いことをした奴のような闇堕ち魔術師もいるんだ。もちろんそういう邪道な連中を魔術協会は容認していないから、取り締まって捕まえたりしている。連中もそれはわかっているから、協会の捜査から上手いこと隠れて表面化してこない」

「そ、それで……?」

 シアが緊張した面持ちでゴクッと固唾を呑んでいる。

「俺が三年前にバルカにいたのはな、その手の悪い魔術師がいないかを探っていたんだよ。……だがまぁ、今のバルカは魔術協会が上手く機能しているからな。俺の調べでは見つけられなかったし、バルカの協会には俺の権力で極太の釘をぶっ刺しておいた」

「……あ、あの……、その……。テオ様に酷いことをした魔術師は……?」

 ああ、シアが泣きそうだ。俺のためにそこまで心を痛めなくていいのに……。

 俺は椅子から立ち上がってシアの傍へ行き、目に涙を溜めたシアをポスッと軽く抱き寄せた。

「俺の存在が証拠となって奴の悪事が露呈したから、とっくの昔に捕まっているよ。捕縛時の指揮はレガリオだったんだが、奴の性懲りもない言動にぶちギレたレオが半殺しにしかけたらしい」

 奴の表の顔はバルカの魔術協会内で高い地位がある魔術師で、人格者として慕われている存在だったそうだ。

 だからこそ当時は大混乱な状況と化したそうだが、レガリオはキッチリと役目を果たして奴を捕縛。更に隠れていた闇堕ち魔術師も根こそぎ一掃し、事態を収束させた。

「……捕まえて、その後は……?」

「ちゃんと適切な裁きを受けた。――だから気にするな、シア。俺は大丈夫だから。な?」

 頭をポンポンと撫でると、シアはぎゅっとしがみついてきた。

 シアは本当に心の優しい子だな。……まったく、腹の底がドス黒い俺とは大違いだ。

「……」

 かつて捕縛された奴は厳しい取り調べの後に()()された。

 一方――。

 師匠達に保護されたばかりの頃の俺は人間らしさの欠片もなく、師匠達に敵意をむき出しにして暴れている獣だった。

 それが数年かけて人間らしさを獲得して自我を持ち、奴に対する感情が恨みの形となった頃には……、アレはとっくに処分された後だった。

 ――――俺は自分の手で奴に復讐をすることができなかったのだ。

 まったく……。奴の影響を受けた闇堕ち魔術師がバルカに残っていれば、少しは憂さ晴らしができたものを――……ッ。

「うおっ?!」 

 突然、俺の背後へと勢いよくリーが飛び乗ってきやがった。

「おいリー、何しやがる! くそっ、爪が痛ぇだろうがっ!」

 リーは俺の右肩と背中に爪を引っ掻けてしがみついている。

 どうにか引き剥がそうと手を伸ばして掴んだが、リーは両手足で踏ん張ってますます爪を立ててきやがった。

 こ、この野郎……っ。

「ふふっ……」

 俺とリーの攻防にシアがつられて笑っている。

 シアの気持ちが明るい方向へと切り替わってくれたのは何よりだ……が、毎度ながらリーの助け船は力業がすぎる!

 どうにかリーをペッと引き剥がして床へと雑に落としてやったが、リーも慣れたもので華麗な着地を披露した。この生意気な猫被りめ……。

 一気に緊張感を削がれた俺は、天井へ向けて両手をググーッと伸ばして体をほぐした。

「んあー……、今日はもうやる気が出ないなぁ。報告書は明日にしよう」

「えぇっ? 期限とかは大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫。俺はやればできる」

「それなら今日やっちゃいましょうよ」

「今日はダメな日だからダメだ。シアも今日の勉強はここまでにして、昼寝でもしよう」

「もう……っ」

 シアは呆れたように笑いながらも筆記道具を片付け始めた。流れ落ちた横髪を耳へ掛ける仕草に女の子っぽさを感じる。

 ここへ来たばかりの頃のシアはボサボサ頭だったが、今は髪が鎖骨を越す長さにまで綺麗に伸びた。

 贔屓目ながらシアは可愛いと思う。もしシアが魔術学校へ通っていたら、かなりモテたに違いない。

「……」

 少しずつ外出を繰り返して他人と接することを慣らしているものの、トラウマを抱えているシアは男に対する恐怖心と不信感が未だに強い。

 俺以外でシアと普通に会話ができる男といえばレオだけ。他にシアが会っても大丈夫な男となると……、馴染みのパン屋の親父さんくらいか?

 ……うーん……。ただでさえ人付き合いのない環境だ。シアの知り合いを増やすという意味合いでも、アニキ以外でシアと関わっても大丈夫な男が増やせたらいいんだが……。誰か無害な奴はいないだろうか?

「んー……」

 アシュフォードの面子で考えるとルナリアの倅であるルークが思い浮かぶ……が、シアのルナリア化に拍車がかかるから却下だな。

 シアのルナ化を止めるために、まずは男よりも女の知り合いを増やしてやった方がいいのか?

 いや、そもそも同年代の友達を作るべきなのか?

 俺がシアくらいの頃はどうだったっけ?

 今のシアが十四歳だから……、その頃だと魔術学校へ通っていたか……。

「テオ様? 何を考え込んでいるんですか?」

 シアが不思議そうに俺の顔を覗き込んできたので、俺は軽く唸ってうなじを掻いた。

「いや……。十四歳の生意気な俺を思い出して、穴に埋めたくなっていた」

「え?」

 シアがキョトンとして目をパチクリとさせている。

 黙り込んだ俺が何の脈絡もなくそんなことを考えていたんだから、そりゃあ驚きもするよなぁ。

「十四歳のテオ様、生意気だったんだぁ……!」

 おい、何で声が嬉しそうに弾んでいるんだ? 俺は思わず失笑した。

 俺を見上げる翡翠色の瞳が好奇心に満ち溢れてキラキラしている……。

「当時のテオ様はどんな感じだったんですかっ?」

「シア、訊くんじゃない。俺の黒歴史を掘り返すな」

「? くろれきし、って何ですか?」

「シアは知らなくていい言葉だ」

「……何か誤魔化していますよね……? テオ様が教えてくれないなら、ルナリア様に教えてもらいます」

「やめなさい。アネキだけはやめてくれ」

 ダメだ……。どんどん墓穴を掘っていく。

 天井に向けて特大のため息をついた俺は、軽く頭を振ってからシアを見た。 

「聞いてもつまらん話だぞ?」

「それでも聞きたいですっ!」

「……はぁ……」

 再びため息をつきながら椅子に座り直すと、シアもワクワクしながら向かいの椅子に座って好奇心旺盛な眼差しを向けてきた。

 やれやれ、なんでそんなに気になるんだが……。

 俺は内心で呆れつつ、書斎机に気怠く頬杖を突いてから口を開いた。

「当時の俺は大魔術学校に在学していたな」 

 魔術学校は初級の前期後期、中級の前期後期、高級の前期後期という六つの課程で分かれている。年に一度の総括試験を合格しなければ進級できない仕組みだが、中には俺のように飛び級で上がる奴もいる。

 そう、俺は飛び級だ。十二歳で王都の大魔術学校へ入学したが、入学早々に中級前期クラスへと飛び級した。

 ちなみに王都の大魔術学校とは卓越した才能を持つ生徒のみが入学できる、いわゆるエリート校だ。

「おおーっ! テオ様、優秀っ!」

 エリート校で飛び級したと聞いて、シアが拍手をしそうな勢いで興奮している。 

 初級クラスは魔術と魔力の基礎を学ぶ時期だ。前期と後期で十分な学びを得たと認められて総括試験に合格した者は、中級前期クラスへと進級ができる。

 古代魔術師(エインシェント)現代魔術師(モダン)の元祖だから、魔術と魔力の基礎知識は被る部分が多い。そして俺は古代魔術師(エインシェント)の教えを六歳頃から受けていたから、その辺りの基礎はとっくに履修済みだった。

「それで俺は初級を完全にすっ飛ばしたわけだ」

「選ばれし者、って感じがしてかっこいいですっ」

「俺が異例なだけだよ。古代魔術師(エインシェント)のガキが現代魔術師(モダン)の魔術学校へ通うなんて、普通はしないからな」

 さて。次の中級クラスは己が持つ魔力の理解を深めて魔力の操作方法を学ぶ段階、そして高級クラスは呪文を学んでいく段階だ。

 魔力(マナ)の扱い方を感覚で覚えていく古代魔術師(エインシェント)とは違って、色々とカリキュラムを組んで着実に学んでいくのが現代魔術師(モダン)のやり方だ。

 大魔術学校に集まる有能な生徒とはいえ中級以降で躓いて進級と卒業ができない者も多く、教室には様々な年代の生徒が入り交じっていた。

 すでに古代魔術が使えていた俺には魔力(マナ)の扱いなんてとっくに慣れっこだ。

 それでも現代魔術のカリキュラムは興味深かったし、様々な年代のクラスメートと交流してはあれこれ討論する時間も楽しかった。

 そもそも俺が大魔術学校へ入学したのは「人付き合いを経験してこい」と師匠が容赦なくぶちこんだからだ。

 だから中級以降は飛び級をせずに、真面目半分の面白半分で授業を普通に受けていた。

「テオ様が天才でかっこいいです!」

「うーん……」

 無邪気なシアの笑顔に俺は少し戸惑う。

 シアが喜んでくれるのは別にいいんだが、俺の生育環境は普通じゃないんだよなぁ……。

 そう思って……、俺は密かに自嘲した。

「……」

 ――俺のマナは生まれつき少し歪な性質を持っている。何かの拍子で起爆しかねない不安定な爆弾、みたいなものだ。

 それ故に師匠は早急に俺が自分の魔力(マナ)を制御できるようにと――……、なかなかのスパルタ教育をしてくれた。

 六歳頃の俺はまだ人間らしさが欠落していた。奴と同じ人間である師匠達への不信感が拭いきれずに反抗した勢いで噛みつきもしたし、危険な魔力(マナ)暴走で師匠の屋敷をボロボロにしたことだって一度や二度ではなかった。

 そんな俺を相手にした師匠は……、まさに魔女だった。

 美魔女? いいや、断じて違うね。鬼魔女だ、鬼魔女。

 だって――……、そうだろう?

 獣のように暴れる俺を相手にして全身に青痣と噛み跡を作りながら、一歩間違えば自分の命が吹っ飛びかねない魔力(マナ)暴走をギリギリで躱して、そんな懸命な状況もお構いなしで拙い罵詈雑言を吐いてくる俺を諦めず投げ出さずに救いあげて――……。 

「…………まったく……」

 師匠セルディアは大魔術協会の長で、アシュフォードの当主だ。本来なら俺のような危険因子は隔離封印するべき立場だった。

 それを自分の養子にして、真剣に俺と向き合って、普通の人間として育てて……。 

 ――――……養母(おふくろ)には一生頭が上がらないよなぁ……。絶対に口には出さないが。

「テオ様……?」

 不思議そうでいて不安げなシアの声に俺は我に返った。俺の感情の機微を感じ取ったのだろう。

 不安げな表情のシアに軽く微笑んでから頭を優しく撫でてやる。

「俺が優秀で天才だって? 十四歳の俺は調子に乗った悪ガキだったよ。興味のない授業中は()()でサボっていたし、教師相手に悪戯もしたし……」

「悪戯?」

 俺は疑問符を浮かべたシアにフフンと笑って、椅子の背もたれにギシッと寄り掛かった。

「ほら、古代魔術は呪文なしで発動できるだろう? だから……、な? バレないようにコッソリと色々できるわけだ。離れた距離から教師のカツラをむしり取ったりだとか」 

「うっわ……。テオ様、最低」

 シアが物凄く冷ややかなジト目で俺を捉えている。

 普段は俺に尊敬の眼差しを向けているシアからは想像できない絶対零度の視線だ。

「いやいや、教師側だって俺にやられっぱなしじゃないんだぞ? 魔力(マナ)の痕跡で犯人が俺だってバレるからな」

「テオ様のことだから、教師を出し抜くような悪巧みもしたんでしょう?」

 呆れ顔で確信した声音のシアに、思わず俺はパチンッと指を軽快に鳴らして勢いよく前屈みになった。

「おおっ、よくわかったな! 魔力(マナ)の痕跡を綺麗に消す方法を研究をして、術式を改良してだなぁ――」

「何で食い気味で嬉しそうに話すんですか……。努力の方向性がおかしいです、テオ様」

「失敬な。常に探求心を保つのは古代魔術師(エインシェント)性質(サガ)だ」

「そもそも現代魔術の学校で古代魔術を悪用しちゃダメですっ。めっ、ですよっ!」

 小さい子供を窘めるような言い方をするシアが少し新鮮だ。シアの中の俺が敬愛する大人から悪ガキへとクラスチェンジしたらしい。

 俺は軽く笑いながらヒラヒラと手を振ってみせた。

「あはははっ。だから言っただろう? 俺は調子に乗った生意気な悪ガキだった、ってな。ガッカリしたか?」

 さぁどうだとばかりにわざと挑発した視線を向けてやると……、シアは呆れ顔でため息をついてから半笑いになった。

「ちゃんと悪ガキでびっくりしました。……それでも、その悪ガキが成長した結果が今のテオ様なんだなぁって思ったら、何だかしっくりきました」

「うん……? どういう意味だ?」

 首を傾げた俺に、シアは口元に手を添えて嬉しそうにふふっと笑っている。

「テオ様はやっぱりテオ様なんだなぁ、って意味ですよっ」

「はぁ? なんだそりゃ?」

「ふふっ。私はテオ様が大好きなんですっ!」

 シアは妙に嬉しそうだ。

 やれやれ……。シアの中の俺は一体どうなっているんだ?

 俺にガッカリして幻滅するどころか、むしろ俺への好感度が増していないか?

 ……恋する思春期の女心はよくわからんなぁ……。

「なぁ、シア……。何度も言っているが、俺を誇大評価していないか? こんな碌でなしに恋心を抱いたままで本当に大丈夫なのかと考え直した方がいいんじゃないか?」

「いいえ、大丈夫です! テオ様は碌でなしなんかじゃなくて、大きな我が儘っ子なんだってわかりましたっ! ルナリア様みたいな強い奥さんになれば、テオ様と上手くやっていけるはずです!」

 迷いなく断言したシアに俺は思いっきり破顔した。

「なんでそうなるんだ……。なぁシア、ルナを参考に強く賢い女性になろうとするのは構わないがな? 方向性がちょーっと間違っているんじゃないかなぁと俺は思うんだがな?」

「頑張りますね、私っ!」

「お、おう……。まぁ、なんだ。まずは魔術と読み書きの勉強を頑張ろうな? それから、師匠である俺を我が儘っ子扱いするのはやめような?」

「あっれぇ? おかしいですね。さっき『誇大評価は間違っている』みたいに言ったのに、矛盾していますよね? ふふふっ」

 シアのテンションが変な方向で高い……。アネキの影響をうっすらと感じてしまうのは気のせいだろうか?

 ちなみに、俺の足元ではリーがご機嫌そうに喉を鳴らしながら擦り寄っている。

 一人と一匹で俺を追い詰めるのはやめてくれ。

「シア、そろそろ俺をからかうのをやめなさい。変な遊びを覚えるんじゃない」

「うふふっ……。ごめんなさいっ!」

 あー……。まぁ、うん。ここでちゃんと謝れるのがシアとアネキとの違いだな……。

 さて。

 大きく深呼吸をした俺はこの場の空気を変えるべく、パンと両手を叩いてから羽ペンを手に取った。

「俺は一人で集中して報告書を書くから、シアは自分で過ごしていなさい」

「ふふっ、結局今日やるんですね」

「ほら、からかわない」

「はぁいっ」

 シアは楽しそうに笑いながら書斎のドアを開けると、先にスルッと出ていったリーに続いて退室していった。

 ……ようやく静かになった書斎で、俺は特大のため息をつく。

「はぁ……。フッ、まったく」

 思わず笑いがフッとこぼれる。

 これまで色々あった俺だが……、何だかんだで今を楽しく生きている。そう思ったら妙に馬鹿馬鹿しく愉快な気持ちになってきた。

 本当に……、シアには助けられている。

 ただ漫然と生きていた俺に、人生の彩りを与えてくれた。

 俺に人間らしい感情を毎日実感させてくれている。

 ああ……、これからのシアの成長が本当に楽しみだ。

 そして――。

 それと同時に、そこで俺がどんな風に生きているのかを考えると、希望のような何かが持ててくるのだ。

「今度シアを師匠と会わせてみるか……」

 あの魔女からシアがどんな影響を受けるのかを考えると少し恐ろしいが……、確実にシアの糧にはなるだろう。

 俺の中には未だに奴に対する負の感情が渦巻いている。俺を研究動物の畜生へと貶めた奴に自分の手で復讐ができなかったことが、本当に残念でならないのだ。

 シアには俺のような腹黒い人間にはなって欲しくない。

 今のシアがトラウマの元凶であるバルカの出来事を考えないようにしていることはわかっている。

 だが……。いつの日かシアも過去のトラウマと正面から向き合わなければならない日が訪れるだろう。

 その時にはルナリアと養母(おふくろ)が持つ心の強さがシアの役に立つはずだ。

「さて。とりあえず俺は……、報告書をさっさと片付けるか」

 一つ大きな深呼吸をしてスッ……と思考を切り替えた俺は、白紙の報告書に羽ペンを走らせ始めた。

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