思い出の日
今日はテオ様が私の誕生月をお祝いしてくれる日だ。
昨夜なかなか寝付けなかったせいで、今朝の私は朝寝坊をしてしまった。
朝寝坊をしてもテオ様は私を怒らない。それどころかウキウキしながら私の代わりに朝食を作ってくれる。
私はいつもテオ様から「シアはワーカーホリックだ。怠けることを覚えた方がいい」と言われてしまう。
私は家政の仕事が好きで楽しんでいるし、いい息抜きにもなっている。だからこれはワーカーホリックなんかじゃなくて、趣味とかの領域だと思う。
そのため「家事をさせて欲しい私」と「私から家事を奪いたいテオ様」という、何とも奇妙な対決が度々展開しているのだ。
私だって家事で手が抜ける部分はとことん手を抜いているし、そうして工夫することを楽しんでさえいる。
困った時には人に頼ることも覚えたし、テオ様相手にわりと遠慮なく物を言えるようにもなった。実際に困った時はちゃんとテオ様に言って、手伝ってもらうことができている。
だからそんなに心配しないで欲しい……というか、口出ししないで欲しい。余計なお世話という奴だ。
そんなことを考えつつ着替えをして一階へと下りていくと、美味しそうな甘い匂いが漂ってきた。
「テオ様、おはようございます」
「おはよう、シア。ちょうど朝食が出来たところだよ」
顔を洗ってからキッチンへ行くと、テオ様がオーブンから焼き立てのスコーンを取り出してそう言った。
……私には「朝食作りは適当で構わない」と言っておきながら自分はスコーンを作っちゃうテオ様……、矛盾していて狡い。
「配膳手伝いますね」
「おー」
甘じょっぱくて美味しい焼き立てスコーン。
ぷるふわのオムレツとカリカリのベーコン。
瑞々しいトマトとちぎりレタスのサラダ。
デザートにはオレンジと……、ベリージャムを添えたヨーグルト?
「え? テオ様、ウチにヨーグルトなんてありましたっけ?」
少なくとも昨夜まで保冷庫にはなかったはず……。
「さっきファルムの牧場で買ってきた」
テオ様はトマトをフォークでプスッと刺しながら、まるでちょっと近所へ行ってきたかのような軽さでそう言った。
えっ? ファルムって酪農で有名な遠方の国だよね?
わざわざ他所の国までヨーグルトを買いに行ったの?
「これだからテオ様は……」
思わずボソッと呟いた私にテオ様がクスッと笑っている。
そんな他愛のない平和なやりとりをしながら食事を終えて、いつも通り二人で後片付けをしていく。
お皿を洗いながら隣のテオ様をチラッと見上げる。
ここへ来たばかりの頃はテオ様をもっと見上げていた気がする……。それだけ私の背が伸びたんだ。
「なぁシア、今日の予定なんだが――」
「ひゃい?!」
ボーッと考え事をしていたタイミングで皿洗いを終えたテオ様に話し掛けられて、反射的に私は変な声で返事をしていた。
「今日はシアがやりたいことをしよう。俺にできることなら何でも付き合うぞ?」
「え? 何でも、ですか?」
「何でも、だ」
えっ、そう言われても悩む……。私は手の水気を拭き取ってから腕を組んでじっくりと考えた。
テオ様にして欲しいこと……。
まずは一緒にいてもらうのは絶対として……。頭なでなでと、ぎゅーってして欲しいのと――……。
「そんなことでいいのか?」
苦笑混じりのテオ様に言われてハッと口を押さえる。
「こっ、心の声が出ていましたか?!」
「あははっ、出ていたなぁ。読心はしていないぞ?」
「ううぅ……っ!」
テオ様は熱くなった両頬を手で押さえて身悶えしている私を見ながらふふっと笑っている。
「シアは欲がないなぁ。他の奴だったら傲慢なくらいに強欲となる場面だぞ?」
魔術公で古代魔術師のテオ様には不可能なことの方が少ない。
そんなテオ様に無茶な願いでも叶えてもらえる絶好の機会……。富や栄誉だって手に入りそうだ。
でも。
「だって、テオ様ですし」
私にとってテオ様は師匠で家族、そして大好きな人だ。テオ様を利用して悪巧みをする考えなんてあるわけがない。
私がそうキッパリと言うと、テオ様は「そうか」と呟いて嬉しそうに目を細めた。
「だが、それだと俺の気が収まらないなぁ。本当に何もないのか? 少し考えてごらん」
「えぇ……?」
そう言われてもなぁ……。
テオ様がしつこくて仕方がないので、私は再び腕を組んで考えてみる。
うーん……。特に欲しい物も思いつかないし、行きたい場所もないし……。
テオ様にして欲しいこと……。うーん…………。
あっ。
「……本当に何でもいいんですか?」
「いいぞ。何か思いついたのか?」
何故か嬉しそうなテオ様に、私はフフンと笑ってみせた。
「今日は昼間も擬態の魔術を解いた姿でいてくださいっ。それでテオ様の髪の毛でたーくさん遊ばせてくださいっ!」
どうだとばかりに強気で宣言する私にテオ様はきょとんとした表情をして……、やがて腹を抱えてクックッと笑い始めた。
「た、確かに俺にできることだがなぁ……。そんなことで本当にいいのか? クックッ……!」
「ほらテオ様っ、笑っていないでさっさと擬態を解いてくださいよっ!」
「はいはい」
テオ様の背中をグイグイ押して急かすと、テオ様は笑いながらパチンと左指を鳴らした。
テオ様の姿が本来の姿へと戻って、テオ様の背中を押す私の前にサラッとした長い黒髪が現れる。
「さぁっ、ソファに座ってくださいっ」
「はいはい」
呆れたように苦笑しているテオ様の手を引っ張って、暖炉前のソファに座ってもらう。
リビングにはセーブルとリンクスもいる。二匹とも窓際で日向ぼっこをしながら気持ちよさそうにお昼寝中だ。
「シアは物好きだなぁ」
「その姿のテオ様がかっこいいからいけないんですっ。あと、この髪の触り心地がよすぎて反則なんですっ!」
健康的な褐色肌に神秘的な金色の瞳をしたテオ様は妖艶な雰囲気が漂っていて、狡いくらいにかっこいい。
そして何よりも髪の毛がサラサラで気持ちいいのだ。リンクスの肉球やセーブルの肉厚な耳と負けないくらいに魅力的な感触。こんなの狡い。
「どうせなら古代魔術師はやめて美容師になるか?」
テオ様が私にブラシで髪を梳かされながら半笑いで冗談を言ってくる。
「他人の髪の毛にはまったく興味がないので結構です」
「あはははっ!」
スンと澄まして断るとテオ様は楽しそうに声を出して笑った。
その間も私はテオ様の髪を丁寧にブラシで梳かす。
「こういうことに興味を持つところは、やっぱりシアも女の子なんだなぁ。今度着せかえ人形でも買おうか?」
「私は着せかえ人形で遊ぶほど子供じゃないですし、どうせならテオ様の着せかえがしたいです。もっとお洋服を増やせばいいのに」
テオ様は冬場だからカーディガンを羽織ってはいるけれど、その下はいつもの白シャツと黒ズボンだ。
ローブを着た時だって下はこの服装だったし、他の服を着たテオ様なんて寝間着姿以外で見たことがない。
「俺はこの組み合わせが気に入っているし、そもそもコーディネートを考えること自体が面倒だ」
「私が毎日コーディネートを考えて着替えを準備したら着てくれるんですか?」
「…………それはそれで面倒だなぁ……」
心の底から面倒くさそうな声だ。
さすがテオ様……。毎晩ちゃんと寝間着へ着替えているだけでも誉めるべきかもしれない。
「んー……」
髪を梳かし終わって手を止めた私は、この後どのように結うかを考える。
ポニーテールは簡単すぎるし、三つ編みもいつもやっているし……。
たまには変わった結い方をしたいけれど……。
「うーん……、編み込みってどうやるんだろう?」
やったことがないからわからない。たぶん普通の三つ編みとはちょっと違うんだよね? うーん……。
そうやって考えていると、ふいにテオ様の頭が天井を少し見上げるように動いた。
「やっべ、もうアネキが来た。なぁシア、髪を結うのは後にしないか? 絶対に面白がって悪乗りされる」
「? ルナリア様がいらしたんですか?」
テオ様は結界を通じてルナリア様の訪問がわかったみたいだ。
ルナリア様の初訪問以降、テオ様はルナリア様がウチに出入りすることを許可している。
ルナリア様をウチに入れたくないのがテオ様の本音だけれど、私とルナリア様が伝達の魔術具越しにじゃなくて直接お話ができる機会を作るために我慢してくれているみたい。
「ちょ――」
「テオ様、逃げないでください。今日は私に何でもしてくれるんですよね?」
テオ様が思わずといった風に立ち上がりかけたけれど、すかさず私はテオ様の両肩をグイッと押してソファへと戻す。
「テオー、シアちゃーん。お邪魔しますよー」
ガチャッと玄関が開いた音に続いて、ルナリア様のぽわぽわ声が聞こえてきた。
スタスタと軽い足音が廊下の向こうからこちらへと近付いてきて……。リビングをひょいっと覗き込んだルナリア様がテオ様を見てププーッと笑いを吹き出す。
「うふふっ……! ねぇねぇ二人ともー、何をやっていたのー?」
「テオ様の髪の毛で遊んでいました。ルナリア様、私に編み込みのやり方を教えてくれますか?」
「待てシア、頼むからそれ以上は何も言――」
「今日はテオ様を好きにしていい日なんです」
「うわあああぁッ! シア、言うなってッ……!」
「ふふふふ……っ! えー、なぁにー? そんな面白いことになっているのーっ? ふふふ……っ!」
絶望して頭を抱えたテオ様に、軽くお腹を抱えながら笑うルナリア様……。ちょっとカオスな状況だ。
ルナリア様は目尻の涙を人差し指で拭いながら近付いてきて、テオ様の頭をよしよしと撫でた。
「ねぇテオー、私にこの姿を見せたのって何年ぶりー? 最後に見た時はもっと小さくなかったっけー?」
「小さくねーよッ! 何十年前の話だよッ?!」
「それじゃあシアちゃーん、テオを使って編み込みのやり方を教えるねー」
「はいっ、お願いしますっ」
「ダメだやめろ! この歳で自分のアネキに髪を編まれるとか何の罰だよッ?!
おい、セブ! リー! 俺を助けろッ!」
ご主人様であるテオ様の悲痛な叫びに対して、セーブルとリンクスは無反応……。
それどころかセーブルは私達を見ながら尻尾を振っているし、香箱座りのリンクスは大きな欠伸をしている。平和だ。
「お、お前らなぁ……っ! 後で覚えてろよ?!」
自分の使い魔達に見放されたテオ様が歯軋りをする勢いで怨嗟の声をあげている。
「はーい、テオー。教材はまっすぐ前を向いてー、おとなしくしていなさいねー」
セーブル達へと怨めしげな視線を向けているテオ様の頭を両手で掴んで、グイッ! と正面を向かせるルナリア様。強い。
そうしてルナリア様による編み込み教室が始まった。
ルナリア様は開始早々に「ちょっとテオー、髪が滑らかすぎて扱いにくいんだけどー?」と文句を言って、収納の魔術を応用して自宅からヘアオイルを持ち込んでいる。
なるほど、整髪料……。その手があるのか。
「それでここを親指で押さえてねー、ここの髪を掬い取ってねー。それでー、こうっ」
「んん? こうですか?」
「そーそー、できているよー」
ルナリア様の教え方はかなりわかりやすいし、教材のテオ様がじっとしてくれているからやりやすい。
……たまに前からため息が聞こえるけれど。
「シアちゃんは覚えが早いねー」
お手本を見ながらでなくてもできるようになった頃に、ルナリア様がパチパチと手を叩いて褒めてくれた。
ルナリア様に褒められるとテオ様とはまた違った感じがして、ちょっと照れくさい……。
「テオー。シアちゃんが結った頭、ちゃんと見てるー?」
「あーはいはい、見てる見てる」
テオ様は魔術で作った合せ鏡で自分の後ろ姿を見ているけれど、お疲れなのかちょっと投げやりな態度だ。
「テオドア、適当に返事をしない。編み込みを覚えようと頑張ったシアちゃんに失礼でしょ?」
「……はい、すみません。ちゃんと見ています」
「ふふっ」
この仲良し姉弟のやりとりはいつ見ても楽しい。
私が思わず笑っていると、テオ様は疲労感を滲ませたため息をついた。
……何だかちょっと可哀想かも……。
「テオ様、お疲れさまでした。髪の毛ほどきますね」
「ええー? せっかく上手に結えたのに、いいのー?」
「はい。もう満足しましたから、大丈夫です」
編み込みをほどいた髪をブラシで梳かして軽く整える。
いつもストレートなテオ様の髪がちょっとだけ波打っている。これはこれで新鮮だ。
解放されたテオ様が疲労を逃がそうと首と肩を回した。ポキポキと小気味よく鳴っている。
「あー楽しかったーぁ。テオー、お茶淹れてちょうだーい」
「あっ、それなら私が――」
「ダーメっ。今日はシアちゃんが主役なんだからねー、どんどんテオをこき使っていいんだよー」
「……アネキにこき使われるのは話が違うんだがな……」
「テオドア、文句を言わないの」
そんなこんなでお茶休憩、というよりもお昼ご飯。
気付けばお昼時だったんだけれど、なんとルナリア様がお手製サンドイッチを差し入れしてくれたのだ。
ハムとレタスとチーズのサンドイッチ、塩気が利いていて美味しい……!
「変わった具材もいいけれど、何だかんだでシンプルが一番美味しいよねー」
「はい、美味しいですっ! ルナリア様、ありがとうございますっ」
「喜んでもらえてよかったぁー。でも、今日はもっと違う物も持ってきたんだよー?」
違う物……?
首を傾げる私に、ルナリア様はふふっと微笑んだ。
「シアちゃん、十四歳のお誕生月おめでとーっ。プレゼントを持ってきたよーっ」
「……えぇっ?」
正直に言うとテオ様からプレゼントを貰えるかなって期待していたけれど……、ルナリア様からもプレゼントが頂けるだなんて想像もしていなかった。
「あ、ありがとうございます……!」
「ふふっ」
ルナリア様はぽわぽわと微笑んで収納の魔術からプレゼントの箱を取り出し始めた。
「私からの他にもねー、プレゼントを預かってきたよー」
「え? 他にも……?」
首を傾げると、ルナリア様は糸目を少し開けてテオ様を見た。
「テオドア。最初にあれを渡すけれど、私が渡していいのよね?」
「ああ、どうぞ。次期当主殿」
? 何だろう……?
ますます不思議に思っていると、ルナリア様は手のひらサイズの小箱を私に差し出した。
「まずはー、これから。私とテオの師匠――アシュフォードの現当主、セルディア・アシュフォード・シス・アルドリールからの贈り物だよー」
「…………えっ?」
聞き間違えたのかと思った。
だって私はテオ様とルナリア様のお師匠様――セルディア様と会ったことがまだ一度もない。
それなのに、プレゼント……?
「さぁシアちゃん、開けてみて」
驚く私にルナリア様は優しく微笑む。
「は、はい……」
私は困惑しながらも促されるままに小箱を開けていく。
中に入っていたのは指輪だ。白い石にフクロウのような紋章――……。
……えっ? これはアシュフォードの紋章だよね?
驚いてパッとルナリア様を見ると、ルナリア様は穏やかな雰囲気で頷いた。
「この指輪は貴女がアシュフォードに属している、という印です。これまでシアちゃんの保証人はテオドア個人だけでしたが、これからはテオドアに加えて現当主セルディアと次期当主ルナリアがシアちゃんの後ろ楯となります」
「え、っと……?」
まだまだ困惑してテオ様を見ると、テオ様は軽く微笑んで頷いた。
「シアがアシュフォードの古代魔術師の卵になった、という証だ。まっ、保護者が増えたとでも思えばいい」
「……な、なるほど……?」
「一人前の古代魔術師になった暁には正式にアシュフォードを名乗っていい、という現当主からの許可でもある。つまり師匠は『今後も頑張りなさい』とシアを応援してくれたわけだ」
「……」
私は少し呆然としながら手のひらの指輪へと視線を落とす。
「あの……。私はまだセルディア様とお会いしたこともないのに、いいんですか?」
するとルナリア様はおでこに手を当てながらやれやれと頭を振ってテオ様を見た。
「師匠は会いたがっているんだけれどねー。テオが嫌がって会わせないんだよねー」
「当たり前だッ! シアがあの魔女から変な影響を受けたらどうする?! ただでさえアネキの影響がじわじわ滲み出ているというのに……!」
天井を見上げて嘆くテオ様。
ど、どんな人なんだろう? 単に怖くて厳しい人ではなさそうだけれど……。
何やら恨み言をブツブツと呟いているテオ様の肩をルナリア様がつっついた。
「ほらー、次はテオだよー。それとも後で渡すのー?」
「いや、今渡すよ」
頭を振って気を取り直したテオ様が、収納の魔術から小箱と大きな包みを取り出した。
「シア、おめでとう。俺からのプレゼントは二つだ。まずは、こっち」
「は、はいっ。ありがとうございますっ」
私はお礼を伝えてからテオ様が差し出した小箱を受け取る。
綺麗なレースのリボンをほどいて小箱を開けると……、中にあったのは緻密な細工が施された懐中時計だった。
「内面世界にいると時間を忘れがちになるだろう? だから古代魔術師の師匠は、弟子へ懐中時計を贈る風習があるんだ」
「あっ、だからテオ様はいつも懐中時計を持っているんですね」
テオ様の説明を聞いて納得した私は、懐中時計の蓋を開けて中を見る。
わぁ……っ、星空を模した文字盤が凄く綺麗っ!
耳に当てると規則正しい秒針の音がして、何だか心が落ち着く……。
「えへへ……っ。使い方は違いますけれど、枕元に置くと眠れそうですね」
「なら、ちょうどよかった。それは風習としての贈り物で、メインはこっちだ」
テオ様は大きくて柔らかい包みを私に手渡した。
包み紙をカサカサと開けていくと……、抱っこサイズのふわっふわなリスのぬいぐるみが現れた。
「シアの好みをこれでもかと詰め込んだ代物だ。抱きしめればよく眠れるぞ?」
「ふおぉぉ……っ!」
テオ様の説明そっちのけで、私は早くもぬいぐるみの感触に心を奪われて興奮していた。
何これ、何これぇ……っ。すっごく気持ちいい……っ!
リンクスの肉球やセーブルのお耳、それとテオ様の髪を触っている時と同じ気分になれて気持ちいいっ!
しかも心が妙に落ち着く匂いまでしている……。
うわぁぁ……、何これぇ…………。
つい人目を忘れた私は、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて頬擦りしてしまう。
「て、手離せなくなっちゃう……っ! テオ様、ありがとうございますっ!」
「あははっ! 喜んでくれたなら何よりだ」
私の反応にテオ様はご機嫌だ。ちょっと照れくさそう。
「シアちゃん、次は私からのプレゼントだよーっ」
「ありがとうございますっ!」
ぬいぐるみを抱き抱えながらルナリア様のプレゼントを受け取る。
箱を開けて現れたのは……、カラフルなお花の飾り砂糖が詰まったガラス瓶と、とってもいい香りの茶葉のセット。
飾り砂糖のお花は作りが細かくて可愛いし、ガラス瓶も凄く綺麗でお洒落なインテリアにもなりそう。茶葉もお上品な香りがする。
こ、これは……、絶対にお高い奴だ……っ!
「もったいなくて使えないっ……!」
「ふふっ。自分へのご褒美タイムとかに使ってねー」
これを使えばいつものお茶の時間が贅沢な時間へと早変わり……。
その贅沢な時間を何回もプレゼントしてくれたみたいで嬉しいっ。
「ありがとうございますっ。ご褒美タイム、楽しみですっ!」
ルナリア様はニッコリと微笑んで、新たな箱を取り出した。
「最後はレオから預かったプレゼントだよー」
「……中身は何だ? あの熊野郎が女の子相手に寄越すプレゼントだなんて想像がつかないんだが……」
テオ様が不信と興味をごちゃ混ぜにした表情で、包装紙を開ける私の手元を覗き込んでくる。
現れたのは……、嗅ぎ慣れない甘い香りがするお菓子の箱……?
「おっ、ルティエだ」
「ルティエのチョコレートォッ?!」
テオ様はケロッとした反応だけれど、私は素っ頓狂な大声をあげてしまった。
チョコレートは甘味の中で最高級。低純度のココアならまだ庶民にも手が届くけれど、チョコレートを口にできる機会なんて普通の庶民にはまず訪れない。王侯貴族様だけが楽しむ嗜好品だ。
そのチョコレートの中でも最も高級なブランドがルティエ……。
庶民の憧れだから名前だけは知っているけれど、下手をすれば金貨レベルの価値があったはず。
つ、つまりこれは……、超々々高級品ッ!
「テオ様ぁっ、どどどどうしましょうッ?!」
「食えばいい」
狼狽える私にあっけらかんと言うテオ様。
もうっ! これだからテオ様は……っ!
そうして私達は楽しい時間を過ごして、夕方前にルナリア様は帰っていった。
私は暖炉前のソファでリスのぬいぐるみを抱きしめたまま一人でニマニマしている。
「んん……、気持ちいぃ……」
「シアは肌触りのいい物が好きだからなぁ。喜んでくれると思ったんだ」
私がぬいぐるみに溶けていると、向こうで夕食の支度をしているテオ様がクスッと笑った。
私はソファから身を乗り出してリビングテーブルを見る。
夕食は何だろう? テオ様は「期待していいぞ」って企み顔で笑っていたけれど……。
「シア、おいで」
テオ様に呼ばれた私は、ぬいぐるみを抱いたままトコトコとテーブルへと向かう。
テーブルには白い何かが入った鍋と、いろんな具材が並んでいて……。
「チーズフォンデュだ」
「チーズフォンデュ! 私初めてですっ!」
テオ様の言葉に食い気味で興奮してしまった。
チーズフォンデュはバルカにはなかったお料理で、文字が読めるようになってから絵本で存在を知った。
チーズは私の大好物だから興味津々だ。
「俺がヨーグルトだけを目当てにファルムへ行ったと思ったか? とっておきのチーズを手に入れてきたんだ」
「おおぉ……!」
「あと、ルナから預かった手作りケーキもあるからな」
そう言いながらテオ様は収納からケーキを取り出した。
憧れのデコレーションケーキをワンホール! 真っ白なクリームに色々な果物が乗っていて素敵……!
「ほら、食べようか」
「はいっ」
汚れないようにぬいぐるみを別の椅子へと座らせてから席につくと、どうしてもチーズの鍋に興味が向いていく。
これがチーズフォンデュのチーズ……。完全な液体ではなくて、滑らかでトローンとしている。
「どうやって作るんですか?」
「チーズを白ワインで溶かして伸ばすんだよ」
「なるほどー……」
たぶん白ワインも厳選したんだろうなぁ……。華やかで芳醇な香りがする。
具材は一口サイズの野菜とキノコ、ベーコンにソーセージ、茹で海老やバゲットなどバラエティー豊富だ。
「好きな具材を刺して、チーズに浸けて食べてごらん」
「はーいっ」
テオ様に食べ方を教えてもらった私は、焼き色のついたキノコを柄の長いフォークでプスッと刺した。
キノコをチーズにトプッと浸けて、そーっと口に入れる……。
チーズの味が凄く濃厚でいい香り……。こんなに美味しいチーズは食べたことがない!
「おいひぃですぅ……っ!」
「ふっ、あはははっ!」
感動のあまりに頬張りながら言うと、テオ様はとっても楽しそうにケラケラと笑った。
そこから私とテオ様はお喋りしながらチーズフォンデュを楽しんでいく。
どの具材にも下茹でや焼きなどの下処理が丁寧にしてある……。私はチーズに浸けて食べるだけだけれど、準備が大変だっただろうなぁ。
「シア、ケーキは食えそうか? 明日でもいいんだぞ?」
「うぅ……。ひ、一切れだけでも食べたいですっ!」
「あははっ。無理はするなよ?」
甘い物は別腹というけれど、調子に乗ってチーズフォンデュを食べすぎてちょっと苦しい……。
それでも食べれてしまうのがルナリア様の手作りケーキ。軽くて優しい甘さでスルスルと入ってしまうのだから恐ろしい。
「ふわぁ……っ。お腹いっぱいで眠いです……」
「ソファで休んでいなさい」
満足感に満たされながら欠伸を噛み殺していると、テオ様がクスッと笑って促してきた。
ふらつきながらソファへと寝転ぶと、すかさず腕の中へと滑り込まされる魅惑のぬいぐるみ。ふわふわ……。
あっ、ダメだ。睡魔に負けそう――。
「テオさまぁ……あとでおこして……おふろ…………」
呂律が回らない私の頭をテオ様が優しく撫でて追い討ちをかけてくる。
「このまま眠ってしまえ。眠ったら俺がベッドまで運ぶ。明日の朝食は俺が作るから、のんびり朝風呂に入るといいさ。だから安心して寝なさい。な?」
「ふわぁぁ……そうしましゅ……」
「ふふっ。おやすみ、シア。いい子、いい子……」
この日の私の最後の記憶は、柔らかく穏やかなテオ様の声と、頭を撫でられる気持ちよさ――……。
こうして初めての誕生月のお祝いは、一生の思い出になる幸せな日となった。




