ほろ苦い飴
新年と同時に誕生月を迎えた私は十四歳になった。
私は誕生月のお祝いをされたことが一度もない。それをわかっているのか、テオ様は誕生月のお祝いをしてくれると約束してくれた。
お祝いは来週で、テオ様がご馳走を作ってくれるんだって。かなり楽しみだ。
そんな平和なある日の朝――。
「うわぁ……!」
起床して自室のカーテンを開けると、外は一面の銀世界。その光景に口角が上がった私は思わず歓声をあげた。
バルカは雪が降らない国だったから、私にとって人生初の雪だ。
森の木々に雪がふんわりと被って、朝日を浴びた雪がオレンジ色に染まっている。
少し窓を開けてみると、ヒヤッとして澄んだ空気がスーッと入り込んできた。
……あれ? 想像していたよりも寒くないかも?
氷に満たされた状態なんだから、もっと凍てつくように厳しい寒さなのかな、と思っていたのに。
そう不思議に思ったけれど……。
「……うぅっ!」
ブルッと身震いした私は慌てて窓を閉める。やっぱり冷たいものは冷たいし、寒いものは寒いっ!
自分で招き入れてしまった冷気から離れて、モコモコの寝間着からケーブル編みセーターへと着替えていく。
テオ様の魔術で守られた家の中は一定の温度が保たれているから、寒い思いをせずに落ち着いて着替えができる。
魔石のペンダントを首に下げてストールを羽織り、トントンと軽い足取りで階段を下りて洗面台で顔を洗う。
「おはよう、セーブル」
すでにリビングの暖炉には火が入っていて、その前でセーブルが気持ちよさそうにゴロンと寝転んでいる。
挨拶をしながらセーブルを撫でると、毛が熱いくらいにポカポカだった。
ちなみにこの暖炉も魔道具で、設定時間になったら勝手に火が点くという便利な物だ。
「テオ様は寝てるのかな?」
独り言を呟きつつテオ様の魔力の流れを辿っていくと、テオ様は書斎にいるのだとわかった。
……けれど、気配が動かない? 徹夜してそのまま寝ている、とか?
ちょっと心配になったけれど、特に問題はないみたい。そう結論付けた私は朝食の支度に取り掛かる。
少し前までの私なら動かないテオ様が心配でオロオロしていたと思うけれど、今はテオ様の魔力に乱れがないってわかるからね。
古代魔術師の魔力とマナは同一の存在だ。
マナは生き物が生きていく上で必要なチカラだから、それが乱れているか否かでその人の状態が何となくわかる。
相手の魔力を勝手に覗き見ることは古代魔術師的にマナー違反だけれど、テオ様の居場所をちょっと探すついでに見えちゃった程度なら気にしないってテオ様自身から許可を得ている。
「えっと……」
昨夜のシチューとパンが残っているから、朝食はそれを活用してパングラタンを作ろう。
一口大に切ったパンとシチューを耐熱皿に入れて、上にチーズを掛けて、あとはオーブン任せ。簡単でお手軽。魔道具のオーブン様々だ。
朝食作りの手抜きにもすっかり慣れたなぁ……。テオ様に「朝食は手を抜いていい」って言われても最初の頃は緊張して、気合いを入れて作っていたっけ。
チーズの焼けるいい匂いがしてきた頃に、階段を下りてからスタスタと廊下の奥へと向かう足音がした。テオ様が顔を洗いに行ったみたい。
「ふわぁぁ……。ねっむ……」
廊下から現れたテオ様が大欠伸をしながら頭を雑にガシガシと掻いている。
寝起きのテオ様は擬態の魔術を解いた姿をしているから、掻き乱された長い髪がぐちゃぐちゃだ。
「テオ様、おはようございます。徹夜ですか?」
「いや、軽く読書するつもりが寝落ちした。首が痛てぇ……」
テオ様は左手で肩を揉みながら軽く首を回している。
あ、頬っぺたに跡がついてる。変な体勢で机に突っ伏して寝ちゃったみたい。
「風邪をひきますよ?」
私の忠告にテオ様は喉を指先で揉みながら咳払いする。
「ンンッ、あー……。あー、あー……。あ、喉が変だな」
「ええっ?! 本当に風邪ですかっ?」
テオ様の不穏な言葉に私は思わずギョッとする。テオ様が体調不良だなんて心臓に悪いから勘弁して欲しい。
テオ様の魔力に異変がないかを見ようとしたけれど……、私にはまだ些細な変化まではわからないみたいだ。
「いや、大丈夫だ。適当に飴を舐めとけば治る」
……自分を対象にしたテオ様の「適当」は本当に適当だから信用できない。
「食後に生姜入りの蜂蜜湯を作りますね」
「おー、助かる」
「寝間着のままだと冷えますから、せめてガウンを羽織ってください」
「はいはい」
まったく……。普段は頼りになるのに、自分のことになると本っ当に適当なんだから。
私がいなかった頃のテオ様は冬場をどう過ごしていたんだろう? この様子だと一冬に一度は風邪をひいていそうだ。
そうしている間に焼きあがったパングラタンを配膳。デザートにリンゴも用意した。
「あっつ……っ」
「火傷しないでくださいね。味覚はありますか?」
風邪だと口の中が変だったり味がわからなかったりするから、大丈夫かな?
気になってテオ様をじっと見ていると、テオ様は火傷しかけた舌を水を飲んで冷やしながら苦笑した。
「シア、乾燥で少し喉がやられただけだから心配するな。美味いのもちゃんとわかる」
「そこから油断して風邪をひくんですよ?」
「大丈夫、大丈夫」
本当かなぁ……?
「テオ様が風邪をひいたらルナリア様に相談しますね」
困った時は人に頼ることを覚えた私が言うと、一瞬テオ様がギクッとした。
「……俺は絶対に風邪をひかないからな……」
渋い顔だ。ルナリア様に怒られるのがそんなに嫌なんだ……。
そんな風に朝食を終えて、テオ様と一緒に暖炉の前で蜂蜜生姜湯を飲みながらのんびりする。
穏やかな雰囲気の中、隣でテオ様が欠伸をした。
「ふわぁ……っ。気を抜くと欠伸が出るなぁ……」
「今日のテオ様はお休みです。お部屋で寝てください」
「だから風邪じゃないって」
「寝不足には変わりないんですから寝なきゃダメですよ。書庫には行かないでくださいね」
テオ様がヒラヒラと手を振って受け流そうとしたけれど、私はテキパキと応えながら二人分のカップを回収してキッチンへと向かった。
背後からテオ様の苦笑が聞こえる。
「なら、午前中はおとなしく二度寝しているよ。その代わりと言ってはあれだが、午後はシアと一緒に雪遊びをしよう」
「え?」
雪遊び……。雪に親しみがなかったからその発想はなかった。
でも、そっか。雪で遊んでもいいんだ……!
絵本で読んだことがある。雪だるまにソリ滑り、それから雪の上で手足をパタパタさせてスノーエンジェルも……!
一気に頬が緩まった私にテオ様がふふっと笑っている。
「外へ出てもいいが、ちゃんと防寒をするようにな。滑り止めのブーツも履いて転ばないように。屋根や庭木からの落雪にも注意だ」
「今のテオ様に何を言われても説得力がないです」
「あははっ、シアも言うようになったなぁ。とにかく、外へ出る時はセブと一緒にだぞ?」
テオ様は笑いながら私の頭をわしゃわしゃっと撫でて、二階へと上がっていった。
残された私は午後からの予定にワクワクしながら、リビングとキッチンを簡単に掃除していく。
ふふっ、窓ガラスの結露でお絵描きするとちょっと楽しいよね。
「お洗濯はどうしよう?」
雪の日って外干ししても乾くのかな?
よくわからないから、雨の日にしているようにリビングのラックを使って干す。
テオ様だったら魔術の風で一気に乾かしちゃうんだよね。あの魔術の使い方を覚えたら便利そうだ。
エルの枝を出せるようになってから、魔術の授業は星空での魔術の仮想展開実践へと移った。
どんな魔術を使いたいのか、それをするにはどうすればいいのか。それらを自分の中で整理して、組み立てて、現象に起こす。
もちろん最初から複雑なことはできないから、火を出す練習から始めている。
火を出すこと自体は火打ち石を連想することでわりとすんなりできた……けれど、魔力の調整がちょっとでも狂うとブワッと火柱になっちゃう。
こんなことを現実でやったら大火事どころじゃない。
だから古代魔術は現実でのぶっつけ本番じゃなくて内面世界での仮想展開を挟む必要があるし、未熟な私がテオ様の監督なしに現実で魔術を使うのは危険なんだ、とよーくわかった。
……ちなみに。子供の頃のテオ様はわざとこれをやって、お師匠様のお屋敷を火事にしかけたらしい。
「んー……」
パントリーを覗きながら昼食と夕食を早めに考える。
テオ様の体調は大丈夫だと思うけれど、胃の負担になるようなガッツリしたメニューは避けた方がいいかも?
お昼はショートパスタ入りの具だくさんスープ。
夜は……、レガリオ様からいただいた立派な鮭をメインにしたポトフを作ろうかな?
一昨日レガリオ様が新年の挨拶にやって来て、凄く立派な鮭を丸々一匹くれたのだ。テオ様が「どいつもこいつもアポなしで来るんじゃねーよ!」と凄く怒っていたっけ。
私はレガリオ様と会うのが今回で二回目。初対面は私が男性恐怖の発作を起こして散々だったけれど、今回は本当に何ともなくて大丈夫だった。
それどころか、レガリオ様の愉快な話術とテオ様の反応につい笑ったりもして……。
「ふふっ」
巨大鮭をドーンと片手持ちして登場したレガリオ様に「熊が鮭を持ってくるとか何の小噺だよ!」とツッコミを入れたテオ様を思い出して思わず笑ってしまった。
今日の午後は外でたくさん遊ぶかもしれないから、今のうちに食材の下拵えを済ませておこう。そう考えてパントリーから食材を出していく。
鮭はレガリオ様が直々に捌いて部位ごとに分けてくれたから扱いやすい。
私の「こんなに大きな魚は捌けないかも」という独り言を聞いたレガリオ様が、収納の魔術から取り出した自分の包丁であっという間に捌いてくれたのだ。
普段から自分で釣った魚は自分で捌いて料理するんだって。さっすがアウトドア好き。
「リンクス、この鮭は夕飯用だよ」
いつの間にか足元をうろうろしていたリンクスを踏まないように気を付けながら、下拵えした鮭などの食材をパントリーの保冷庫にしまう。
リンクスが保冷庫をすっごい見ている……。さすがのリンクスも生の食材をつまみ食いしたことはないから大丈夫だと思う。たぶん。
「ひゃッ?!」
家の外から突然、ズササッ! という大きな音がして凄くびっくりした。どうやら屋根の雪が落ちた音みたい。
聞き慣れない大きな音はちょっと怖い……っ。
動揺して胸を押さえた私に気付いたのか、暖炉前で寝ていたセーブルがクイッと頭を持ち上げて私を見てきた。
「心配してくれてありがとう、セーブル」
セーブルの頭を撫でながら窓の外を見る。
いつも見慣れた景色が白い……。不思議な光景だ。
「テオ様も初めて雪を見た時はびっくりしたのかな?」
テオ様は私と同じバルカ出身だから、アルドリールに来るまでは雪を見たことがなかったはずだ。
そんな風に考えて……、ちょっと憂鬱な気分になる。
「……」
テオ様は昔の話――特にバルカにいた頃の話をほとんどしない。きっと嫌な記憶しかないんだと思う。
テオ様は赤ちゃんの頃に捨てられて、残虐な魔術師に拾われて育てられた。
それをテオ様は飼育という強い言葉で表現した。
詳しい内容までは話さなかったけれど……、その魔術師から口に出すのもおぞましくて恐ろしい事をされたに違いない。
私に過去を教えてくれた時のテオ様は、殺気みたいな雰囲気がして少し怖かった。
――……私でさえバルカの記憶を思い出したくないんだから、テオ様は私以上に苦しんでいるんだろうな……。
「……ん? 大丈夫だよ、セーブル。ありがとう」
俯いていた私の手をセーブルがペロペロと舐めて励ましてくれた。
セーブルは優しいなぁ……。
「よしっ! 気分転換にちょっと外へ行ってみよう!」
人生で初めての雪なんだから楽しまなきゃねっ。
気合いを入れた私は自室で外へ出る身支度をして、セーブルと一緒に玄関のドアを開けた。
「わっ……」
白い雪をお日様が照らしていて、ちょっと眩しい……。
冷たい空気が頬っぺたに触れたので、マフラーを頬の近くまで持ち上げるように巻き直す。うん、これで大丈夫。
不思議なことに、玄関前から敷地外までのアプローチには雪が少ない。
……もしかして、アプローチのレンガに除雪的な魔術式が入ってるとか? テオ様ならやりかねない。
積雪量は私の足首まで軽く埋まる程度だ。足をズボッと踏み入れるとちょっと楽しい。
そのままズボッズボッと庭まで転ばないように歩いていく。両手でバランスをとって、慎重に……。
セーブルは私の後ろをついて来ているけれど、危なっかしい私とは違って雪に慣れた様子だ。雪を踏む四つ足の足音が楽しい。
「おおー……」
ここから見える森の木々も真っ白で幻想的だ。風もほとんどなくて静かで、たまに森の木から雪が滑り落ちる音がする。
転ばないように気を付けながら身を屈めて、近場の雪をすくい取ってみた。
「わぁ……」
手袋越しに雪の冷たさが伝わってくる。新鮮な感覚だ。
小さな雪玉を作ってぽいっと投げると、真っ白な積雪にポスッと埋まった。
これだけでも楽しいっ。
「ふふっ」
そうして雪玉を作って投げていると――……、ふいに大きな影が通過した。
まるで上空を何か大きな物が通り過ぎた、みたいな……?
「?」
不思議に思って見上げていると太陽の光を浴びてキラッと光る何か大きな物が上空をぐるりと旋回して……、まさかのこちらへと下りてきた。
「えっ?!」
驚く私の前に軽く雪煙を立ててフワリと降り立ったのは、立派な軍馬くらいの大きさでシュッとしたシルエットの――……まさか、ドラゴン?!
しなやかなで優美な身体と尻尾。
それらを覆うのは淡い青色が混じった白銀の鱗と、柔らかで滑らかな白銀の羽毛。
立派な黒い角と、鋭い鉤爪。
翼も青っぽい白銀色で、羽毛が生えている。
びっくりして固まっている私を、綺麗な青色の瞳が視界の中央に捉えている。
「え、えっと……」
神秘の生き物に突然遭遇して混乱した頭をフル回転させる。
ええと……。まずわかっているのは、安全だってこと。
ここはテオ様の結界の中。危険な生き物は絶対に入って来られない。
そして以前テオ様は私に「敷地内で変わった生き物を見たとしても俺の使い魔だ」と説明した。
つまり――。
「あ、あのっ。はじめまして! 私はシアといって、テオ様の弟子ですっ。貴方は……、テオ様の使い魔さん、ですか?」
初対面の相手に挨拶は大切。とはいえ、相手は神秘の生き物だ。
それに何だか勝手に身が引き締まる感覚もして、自然と敬語になってしまう。
そんな私をドラゴンはじぃっと見つめて……。やがて、優しく頭を上下させた。
えっと、頷いた……んだよね?
ドラゴンと意志疎通を図るだなんて、私は凄い体験をしている。
「え、ええと。あの、どうしよう……」
オロオロしている私に、ドラゴンは微かに困ったような表情を浮かべて首を傾げた。
あれ……? ドラゴンって犬や猫よりも感情がわかりやすい相手なのかも? 犬や猫と比べるのも失礼すぎるけれど……。
困惑している私の背後から、サクサクと雪を踏んで近付いてくる足音が聞こえてきた。
「――シア、そいつのことはシルヴァと呼んでやれ」
「テオ様」
振り返ると厚手のコートにブーツと手袋を装備したテオ様がいる。擬態の魔術を使ったいつもの姿だ。
テオ様は雪歩きに慣れた足取りで私の隣に立つと、白い息を吐きながら目の前のドラゴンを見上げた。
「真名はもっとややこしい上に人間の言葉では発音が難しい。だから俺はシルヴァと呼んでいる」
「えっと……」
色々知りたいことがあるけれど……、まずはご挨拶を。
「シルヴァ……さん。よろしくお願いします」
「さん付け? シア、緊張しているのか?」
「失礼な真似をしちゃいけない感じがして……」
私の答えにテオ様はクスッと笑うと、気軽な感じでドラゴン――シルヴァの首を撫でた。
「ドラゴンはあらゆる生物よりも格上の存在でプライドが高い。だから己以外の生物に対して自然とプレッシャーを与える性質を持つ。シアが感じているその感覚がドラゴンが放つプレッシャーだな」
「ドラゴンって凄いんですね……」
「だが、シルヴァはまだ幼体だ。それにシアに興味があるからこうして自分から姿を現したんだ。気難しい性格でもないから、さん付けや敬語は使わなくても気にしない」
「え? 幼体?」
プレッシャーもあるし十分に立派なドラゴンに思えるけれど……。確かにドラゴンって大きいイメージがあるから、シルヴァは小さいかも。
「ドラゴンは成長段階に応じて生態と姿が変化する。産まれたばかりのドラゴンは『雛』と呼ばれ、そこから『飛竜』へと成長する。ここまでが幼体の時期だ。この時期までは種族ごとの特徴差がほとんどなく、色の差はあれど姿形はほぼ同じだ」
「へぇー……」
ドラゴンの生態なんて知らなかったから興味深い。今度テオ様の書斎から本を借りて調べてみよう。
「ある程度心身が成長した飛竜は、種族の特徴が開花していく『分化』の時期を迎える。そこから成長して成熟が完了すればようやく『種族名を冠した成体のドラゴン』だ。
これらの成長は千年以上という長い年月をかけて行われる。シルヴァはすでに百五十年程度を生きた個体だが、まだまだ幼体だ。俺やシアがシルヴァの成体を見るのはまず無理だな」
「千年以上……?! だからドラゴンは珍しいんですね」
驚く私に「ま、数自体も少ないしな」とテオ様は肩を竦めてみせる。
「……あれ? そういえば、テオ様のお師匠様はドラゴンをデコピンで倒したことがある、って……」
それってやっていいことなの……?
訝しむ私にテオ様が苦笑した。
「ははっ、さすがに殺しちゃいないさ。アシュフォードと奇縁のあるドラゴンがいるんだよ。魔術の腕試しに付き合ってくれる変わり者なんだが、師匠はそいつをデコピンで気絶させたんだ」
「?! な、何故そんなことを」
「師匠がデコピンを極めた変態だから」
「ええぇ……?」
テオ様のお師匠様は魔術世界で一番偉い人……なんだよね?
私はまだ会ったことがないから、お師匠様に対するイメージがどんどん変な方向へ傾いていっちゃう……。
困惑する私を尻目に、テオ様は頭を下げたシルヴァの鼻先を撫でている。
「縁あって使い魔の契約を結んではいるが、俺はシルヴァを使役しているわけじゃない。シルヴァの巣がこの大森林にあってな、簡単に言えばウチとご近所さんなんだよ。だから単に『ご近所さん同士、困り事があったらお互いに助け合おう』程度の軽いノリだな。なぁ?」
テオ様の問い掛けに対してシルヴァは目を細めて頷いた。
私もシルヴァに触ってみたい……けれど、やっぱり畏怖の感情がゾワゾワ蠢いて尻込みしてしまう。
もし成体のドラゴンを目の当たりにしたら、畏れ多さのあまりに心臓が保たない。それどころか魂がギュッと畏縮して潰れてしまいそうだ。
そんな風にもじもじしていると、フフッと笑ったテオ様がシルヴァの横顔を左肘で軽くつっついた。
「ほら、お前の方から何か言ってやれよ」
「?」
私が首を傾げてテオ様達を見ていると、シルヴァが私の方へと顔を向けた。
そして……、なんと私とシルヴァの間の空中に光る線でサラサラと書かれた文字が現れ始めた。
『怖がらせてごめん』
「?!」
びっくりして固まる私にテオ様が声を出して笑った。
「あははっ。な? 気難しい奴じゃないんだ。これからたまにふらっと来るだろうが、世間話でもしてやるといい」
「世間話……。ドラゴンに、世間話……?」
怒涛の展開に頭がついていかない……。
混乱する私にシルヴァが目を細めて軽く首を上下させた。ちょっと愛嬌があって可愛い仕草だ。
『仲良くしよう』
「え、っと……。はいっ、私こそ仲良くなりたいです」
『よかった。次はお土産を持ってくる』
「えぇっ? あの、ありがとう……?」
『うん』
……凄い。私、ドラゴンと会話している。
普通の人間なら絶対にあり得ない貴重な体験だ……。
「土産なら食える物がいいなぁ」
『食べ物でいいの?』
「稀少な宝石の原石とか貰っても困るだけだ。なら、食える物がいい」
『わかった』
テオ様とシルヴァがフレンドリーなやりとりをしている。これはこれで凄い光景……。
やがて綺麗な翼を広げたシルヴァが私を見た。
『またね』
「は、はいっ」
挨拶を終えたシルヴァは数回の羽ばたきだけでぐんぐんと高度を上げて、優雅に飛び去っていった。
巻き上がった雪煙が太陽光を反射して煌めいている……。
それらをぼんやりと見上げていると、テオ様が私の背中をポンと叩いた。
「そろそろ家へ入ろうか」
「は、はい。テオ様、喉の具合は大丈夫ですか?」
私はそう訊ねながら、テオ様の手を借りつつ足跡を辿るように雪道を歩く。
「大丈夫だよ。二度寝したら頭もスッキリしたしな」
「あの、あまり喉は冷やさない方が……」
テオ様はマフラーをしていなくて、コートの襟を使って首を覆い隠している感じだ。
デリケートになっている喉を冷やすのはよくない気がする。
心配してテオ様を見上げていると……、テオ様は少し困ったような表情で苦く自嘲した。
「俺はマフラーが嫌いなんだ」
「え?」
――……テオ様がここまでハッキリと何かを「嫌い」と断言したのは初めてかもしれない。
語気も少し強かった気がするし……、いつものテオ様と何だか違う……?
「じ、じゃあ……、タートルネックの服はどうですか?」
動揺を隠しながら質問を重ねると、テオ様は自分の首を擦って軽く唸った。
「まず着ないな。首を何かで締められる感覚が嫌いなんだよ」
「……そう、ですか……」
――……やっぱり、語気が強い。
テオ様の表情も心なしか固いし……、この話題は深入りしない方がよさそうだ。
気まずくしている私に気付いたのか、テオ様は表情をフッと緩めて私の頭をわしゃっと撫でた。
「コートの襟を立てとけば冷気を防げるから心配ないさ。それに言っただろ? 飴を舐めとけば治る」
「……万能ですね、飴」
「何たって俺の自作の飴だからな。ほら、試しに舐めるか?」
テオ様がポケットから飴入りの小瓶をゴソゴソと取り出した。透明な橙色の飴玉だ。
私は飴を一粒受け取って口に入れる。
蜂蜜漬けの柚子みたいな味……。少しスーッとするハーブも入っているみたい。少し大人な味だけど、美味しい。
「喉に優しい飴ですね。これをテオ様が?」
「ああ。工房でポーション、つまり薬の調合ついでに作った」
「魔術師には薬を作るお仕事もあるんですか?」
そういえば魔術具通りで薬屋さんを見掛けた気がする。
「免許があれば簡単なポーションの製造と販売ができるんだよ。高度なポーションは専門家である薬師の管轄だ」
「なるほど……。免許の種類って他にもあるんですか? 知りたいです」
「それなら、明日の座学でその辺りの話をしようか」
「はいっ!」
すっかりいつもの調子に戻ったテオ様にほっと安堵しながら、私は元気よく返事をした。




