最初の魔術
テオ様が大魔術協会の総会へ行った辺りから、テオ様の雰囲気が変わったような気がする。
上手く表現できないけれど、くすみのような何かが取れたというか、角が取れて丸くなったというか……。
……うん。テオ様がテオ様自身に優しくなったような感じがする。
何があったのかはわからないけれど……、きっといい変化なんだと思う。
「ん? どうした、シア?」
テオ様が私の隣で朝食後の皿洗いをしながら不思議そうにしている。
いつの間にかテオ様を観察してしまっていたみたいだ。
「い、いえっ。何でもないです」
私が慌ててフルフルと首を振ると、テオ様は「そうか?」と穏やかな表情で小首を傾げた。
……そんなテオ様のささやかな仕草でさえ私にはかっこよく見えてしまう。
私ってば本当にテオ様が好きなんだなぁ……。
「早く大人になりたいなぁ……」
「あははっ。シアは美人になるだろうなぁ」
心の声をポツリと呟いた私にテオ様が笑ったので、私は思わず赤面した。
うぅ……、少し前までのテオ様は私にこんなことを言わなかった気がする……。
「あの、テオ様はどんな女性が好みなんですか?」
恥ずかしさの勢いに任せて訊ねると、テオ様は軽く唸りながら斜め上を見上げた。
「んー……、考えたことがないな。だが、一緒にいても気兼ねなく気疲れしない相手がいいんだろうな」
「私ならどうですかっ?」
つい前のめりになった私にテオ様がクスクスと笑う。
「そうだなぁ、その点ならシアは大丈夫だな。一緒にいても落ち着くし」
「……っ」
ど、どうしよう。テオ様が私を恋愛対象として見ていないことはわかっているのに、それでもテオ様の言葉が嬉しくて口元が緩んでしまう……っ。
熱くなった自分の頬を手で押さえたくなったけれど、両手が濡れたままだったからそれはしなかった。
そんな私の様子を見たテオ様は、水道の蛇口をひねって水を止めてから少し困り顔で微笑んだ。
「やれやれ……、シアは俺を誇大評価しているんだよなぁ。将来シアが俺みたいな交際相手を連れてきたら、俺は全力でそいつを張り倒して交際を阻止するぞ? こんな腑抜けの怠け野郎と一緒になったらシアが苦労する未来しか見えない」
「……それを言うなら、私はすでにテオ様の奥さんみたいな感じだと思うんですけれど」
よくよく考えてみればそうだ。だって私はテオ様と一緒に暮らしているし、テオ様のお世話を焼いているし、前と比べてわりと遠慮なく話したりしているし……。
我ながらナイスな視点だと思ったのに、テオ様は堪えきれない様子で小さくプッと笑いを吹き出した。
「いいや、違うね。シアは家族の位置だが、妻だ何だのという感じじゃない」
「えー……?」
不満に思って頬を膨らませると、タオルで手の水気を拭ったテオ様は笑いながら私の頬をぷにっと突っついた。
完全に子供扱いだ。ああ、早く大人になりたい……。
「さて、と。拗ねていないで気持ちを切り替えろよ?」
テオ様は軽く咳払いをして私の背中をトンと押すとリビングへと向かう。
秋が終わりかけている外は風が冷たいけれど、リビングは暖炉に火が付いているから暖かい。
暖炉の前ではセーブルが横倒しの寝相で気持ちよさそうに昼寝をしているし、室内にはのんびりした平和な雰囲気が漂っている。
「シア、ここに座って。今日はシアの星空で授業をするぞ」
テオ様はリビングテーブルの椅子を引き下げて私を促した。
星空は私の内面世界。古代魔術師にとって大切な場所だから、たとえ相手がテオ様でも私が許可をしない限りテオ様は星空へ行くことができない……ということになっている。
古代魔術師の間では勝手に相手の内面世界を曝くことは禁忌に近い行為。
だからテオ様は古代魔術師として線引きをして私と接しているのだ。
「はい、テオ様」
私が椅子にストンと座ると、私の背面に立ったテオ様が私の頭をポンポンと撫でた。座った状態だと私の頭の位置が撫でるのにちょうどいい高さみたい。
……やっぱり子供扱いだなぁ、と内心で唇を尖らせてしまう。
けれどこれから授業が始まるのだから、私は気持ちを引き締めた。
「それじゃあ、シア。行こうか」
「はいっ」
テオ様が私の右肩にポンと手を置いたので、私は軽く深呼吸をしてからスッ……と目を閉じる。
内面世界への行き方は古代魔術師によって様々だけれど、私の場合は脳裏に木製のドアを思い浮かべて、それを開いて行く感じだ。
右肩にテオ様の手を感じながら、私は頭の中に思い描いたドアノブをひねってドアを押し開けた。
――……そっと目を開けると、そこは一面に広がる星空。そして蜂蜜色の幹と枝に透明の葉を繁らせた若木が見える。
私の核であるこの若木に私は「エル」と名付けた。
エルは魔術師が使う単語で「希望」を意味する言葉。私にとって魔術は文字どおり希望の力だから、そういった思いでこの名前を付けた。
「はぁ……」
私は星空の空間に充ちた澄んだ空気を肺いっぱいにすぅ……っと吸い込む。
こうしていると気持ちがとっても落ち着く……。内面世界はその古代魔術師によって一番の安全圏なのだ。
右肩に置かれていたテオ様の手が離れたのでテオ様を見上げると、テオ様は優しく微笑み返してくれた。
「さて、今日はいつもと変わったことをするぞ」
「変わったこと?」
「何というか、魔術師っぽいこと、だな」
テオ様の言葉に私の胸はドキッとする。
これまで私は自分の魔力を操作する訓練をしてきた。具体的に言うと、この星空で自分の魔力を感じ取って、視認して、クルクル動かしたりする訓練だ。
日常生活では自分の魔力を使って、魔術具のコンロなどを動かして家事をしている。
この「自分の魔力を使う」という感覚が最初はよくわからなかったけれど、一度できるようになってからは感覚がどんどん掴めるようになった。
「コール」
左の掌を上に向けたテオ様が呼び掛けると、その手に黒表紙の重厚な本――コールがトンと現れた。
コールは古代魔術師としてのテオ様を構成する核、つまり私のエルと同じ存在だ。
魔術を使う際の触媒にもなるらしいけれど、触媒なしでも魔術をポンポンと使えるテオ様がこうしてコールを喚ぶ機会は少ない。
コールを器用に片手持ちしたテオ様が私と向き合った。
「今日の授業は、こんな風にシアがエルを喚び出す練習だ」
「? え、えっと……」
私はテオ様の背後に生えているエルを見て、少し戸惑う。
エルを、喚ぶ……?
疑問符を浮かべている私にテオ様がクスッと笑う。
「古代魔術師の核は魔術触媒の役割も兼ねている。つまり現代魔術師が魔術を行使する際に使う杖と同じような役割を持つ。ここまではわかるな?」
「は、はい」
「魔術触媒とは魔術を使いやすくする補助道具みたいな物だから、魔術に不馴れな時期は触媒を使った方がいい。だから今後シアが魔術の使い方を覚えていくための下準備として、まずはシアがエルを魔術触媒として手元に喚び出す方法を身につける必要がある」
「え、えっと……? それはわかったんですが、私が喚んだら目の前にエルが生えてくるんですか?」
魔術を使おうとする度に木が生えてくるのは邪魔なのでは……?
首を傾げていると、テオ様はエルの幹に軽く触れながらクスッと笑った。
「今はこうして木の形で見えているが、だからといって木そのものというわけじゃない。エルの本質はあくまでもシアの核だ。
シア、『古代魔術師の核』とはなんだ?」
「ええと……。古代魔術師を構成するものです。具体的に言うと、その古代魔術師が培ってきた知識と経験と魔術そのものです」
これはテオ様から座学の授業で教わってきた内容だ。
理解が難しいけれど古代魔術師の根幹となる大事な部分だから、テオ様は私の理解のために丁寧に言葉を噛み砕いて教えてくれた。
私の答えにテオ様は頷く。
「そうだな。そして核は内面世界とも深く結び付いている。核と内面世界は同じ存在だと言いきってもいい。そして古代魔術師の核とその者の魔力は照応する。核、内面世界、魔力は三位一体の存在だ」
うん。それも教わってきた事だし、実感もある。
私はこの星空とエルを作ってから魔力が使えるようになったし、魔力が上手く使えるようになるにつれて星空が広がって、同じくエルの大きさも成長しているのだ。
つまり、エルと星空と魔力は全部繋がっている。
「核であるエルが今こうして木の形を成しているのは、魔力には樹木と似た性質があるからだ」
「? ええと……?」
「経験や知識を蓄えて成長する魔力は、養分を蓄えることで成長する樹木と性質が似ている。魔力と核は表裏一体の存在だ。だから内面世界に根差す核の最初の形態は樹木である場合が多い」
「でも、テオ様の核は本の形ですよね?」
私の問いにテオ様は片手で持ったままのコールを軽く掲げて振ってみせた。
「今コールが本の形をしているのは、俺が本の形に変えたからだ。核の扱いに慣れればこうして好きな形に変えることができるし、核と同じ存在である内面世界も風景を変えることができるんだよ」
「それじゃあ、コールも最初は木だったんですか?」
「ああ、樫木みたいな感じだったな。内面世界の風景も最初は海だったが、書庫の形へと作り替えた」
「へぇ~……」
私は感心の声を漏らす。
「慣れれば好きな形に変えることが可能とはいえ、シアは初めてだからな。俺が手解きして導くから、まずは魔術触媒としてのエルの形を作ろう」
「魔術触媒としての、形……?」
テオ様が頷く。
「現代魔術師の魔術触媒といえば真っ先に杖が思い浮かぶが、どうして杖なんだと思う? それは魔術触媒である杖の原型が、古代魔術師の核の枝だったからだ。ならばどうして枝なのかというと、樹木に似た性質の核を持ちやすくて扱いやすい形へと最適化した形状が枝だったから、というわけだな」
「!」
テオ様の説明に合わせて、コールの形が本から片手で持てるサイズの枝へと変わった。
漆黒の樹枝に金色の葉をつけた枝が神秘的でとても綺麗……。
「なるほど! 杖の原型が枝……!」
納得して感心している私にテオ様はコールを振ってみせた。
確かにこうして見ると枝が杖に見えてくる……。
「枝を杖にして魔術を使うって、何だかかっこいいです……!」
両手を握ってわくわくする私に、テオ様はご満悦な様子で笑った。
「あははっ! 気に入ったようで何よりだ。では、エルを枝の形で手元に喚び出す方法を覚えよう。いいか?」
「は、はいっ。お願いしますっ!」
「張り切っているなぁ。――さぁシア、まずはリラックスだ。いつもどおりに目を閉じて深呼吸。魔力を扱う状態へと自分を持っていくんだ」
私が両手をますますギュッと握って意気込むと、テオ様は少し苦笑しながらコールの枝を軽くフリフリと振ってみせた。
私はテオ様から言われたように目を閉じて、深呼吸をして、高揚した気持ちを凪の状態まで落ち着かせていく――……。
「――よし。そうしたら、これも今まで行っていたことと同じだ。両手を前に出して、そこへ魔力を集めていく。負担にならない程度の量でいい。ぐるぐる、ぐるぐる、自分の魔力を巡らせて、手の中へと魔力を集めていく……」
これも繰り返し練習してきたことだ。
自分の内側から。星空から。エルから。
ぐるぐる、ぐるぐる、魔力が巡って……。
受け皿にした両手へと、集まっていく――……。
「これくらい、でしょうか……?」
ある程度の魔力が両手に集まった感覚がある。
「ああ、それでいいな」
両手の上に浮かんでいる魔力はふんわりしていて、ふにふにしていて、まるでとっても柔らかなパン生地みたい。
ちなみに、今の私は目を閉じたままだ。こうして視覚情報を遮断することで想像がしやすくて、魔力が扱いやすくなる。
魔力を扱う方法は想像。これが何とも不思議な感覚がして面白い。
この「想像して魔力を扱う」というのが古代魔術師の基本動作。この数ヵ月で繰り返し行って身に付けてきたことだ。
「シア、その魔力に『枝』という意識を向けてごらん? 具体的な形は考えなくていい。ただ『エルの枝』という意識だけを向ける。そうすれば魔力が適した形へと勝手に変わる」
「えっと……。とりあえず、試しにやってみてもいいですか?」
「もちろん。好きにしてごらん」
テオ様はこうして私の意思を尊重して自由にさせてくれるから、授業中も不必要な緊張をしないでいられて本当に楽しい。
私は両手の上でふよふよ浮いている魔力へと意識を向けていく。
ええと……。考えるのは枝の形じゃなくて、エルの枝という意識だけ……。
形とか大きさとかは考えなくて、エルの枝だけ……。
エルの枝……、エルの枝……、エルの枝…………。
「――……シア、目を開けて手の物を見てごらん」
頭の中からスッ……と雑念が消えてエルの枝という意識だけになった頃に、テオ様が優しく促してきた。
「……」
促されるままに目を開けて視線を両手へ向けてみると……、そこには透き通った蜂蜜色の枝が浮かんでいた。
長さはテオ様が普段使っている羽ペンくらい。
太さもペンくらいに細くて、まさに小枝といった感じだ。
「お、おぉ……」
自分の魔力が枝へと変わった感動に思わず声をあげると、テオ様が嬉しそうにクスクスと笑った。
「その枝がシアの魔術触媒の基本形態だ。使う時は星空にある木のエルから枝を得て、使わない時は木のエルに返す。そのイメージでいい」
エルが生えている場所を見ると、そこには変わらずにエルが生えていた。
なるほど。この枝を形作っているのはあくまでも私の魔力で、エルは私の魔力そのもの。だから枝を出しても木のエルが消えるわけじゃない、と。
…………うーん……。やっぱり言葉で理解しようとすると混乱しそうになる。これだから古代魔術は。
「エルから枝を得て、エルに返す……」
「自分の魔術を内面世界で管理する、というのが古代魔術師だ。内面世界に魔術式を保管して、保管した術式を構成して、魔術を使う。
つまり――、星空のエルから枝を得て、エルに返す。これがシアが覚える最初の魔術になるわけだ」
「……!」
テオ様の言葉にカーッと興奮が込み上げてきた。
私の最初の魔術……!
思わず口元が綻んだ顔でテオ様をパッと見上げると、テオ様は私の喜びと興奮に応えるようににっこりと笑った。
「さて。次は枝を返す番だが、これはいつもと同じ要領でいい。つまり、操作している魔力を解く。やってごらん?」
「えっと……」
せっかく出来た枝を消すのが少しもったいないけれど、私は言われた通りに紐解く感覚を枝へと向ける。
すると、枝が光の粒子にほどけて消えた。
「おおー……、何だか魔術っぽい……」
「あははっ! 魔術だからな」
間抜けな感想を漏らした私に朗らかに笑うテオ様。
「さて、今やった一連の流れを繰り返して練習だ。両手に魔力を集めて、枝を作って、作った枝を解く。この感覚を覚えていこう」
「……モタモタしちゃいそうです……」
「急ぐ必要はないさ。むしろ初めはゆっくり丁寧な方がいい。俺なんて上手くできない苛立ちと師匠への反抗心でわざと魔力を暴走させて、頭にゲンコツを食らったからな」
「ええっ?」
お茶目な口調でとんでもエピソードを言ったテオ様に思わず笑ってしまった。
テオ様はかなりやんちゃ小僧だったみたいだ。ルナリア様やレガリオ様に対する口調も少し荒めだし、いわゆる不良だったのかな……?
そんなやりとりのおかげで緊張が解れた私は目を閉じて、再び魔力を手に集めて枝を作っていく――……。
「……できたっ」
さっきは枝に変える時に雑念が入ってもたついたけれど、それと比べて今回はスムーズにできたと思う。
「よし、その調子だ」
「は、はいっ」
テオ様が褒めてくれるとやる気と自信が湧いてくる。
そうして繰り返して回数を重ねていくうちに、魔力を手に集めて枝にするまでの工程がかなりスムーズにできるようになってきた。
「だいぶ感覚が掴めてきただろう?」
「はいっ。……でも、日数を置いたら忘れちゃいそうで心配です……」
少し不安になってテオ様を見上げると、テオ様はよしよしと頭を撫でてくれた。
うぅ、子供扱い……。でも嬉しい……。
「大丈夫。ここからが古代魔術師の真骨頂だ」
「真骨頂……?」
小首を傾げてテオ様を見ると、テオ様は手に持っていたコールの枝をパッと消した。
「今シアが繰り返し行って掴んできた感覚こそが魔術式だ。そして内面世界に魔術式を保管して、保管した術式を構成して魔術を使うのが古代魔術師だ。内面世界はシアの経験と感覚を管理する役割を持っている。
つまり――。シアが掴んだ感覚、つまりエルの枝を喚び出す魔術式を星空に記録保管できるんだよ」
「感覚を、保管……」
「そうだ。忘れていた記憶を何かのキッカケで思い出す感覚と似た感じだな。そのキッカケである魔術式を星空に保管しておくんだ」
古代魔術師は言葉での説明と理解が難しいから、テオ様は私の理解度に合わせて指導を続けていく。
「エルの枝を喚び出す魔術式がシアの最初の魔術であり、古代魔術の土台だ。だから今回は覚えやすいように名前を付けるぞ。魔術を使う時には名前を口にする。そうすると名前と紐付けられた魔術式が浮かんでくる。古代魔術師流の呪文みたいなもんだな」
「名前……」
「今回はわかりやすく『エル』と名付けよう。『エル』と音を口にして魔術式を起こし、魔術を使う。
どうだ? 俺の説明がわかるか? まったく、これだから古代魔術は」
「えっと……。何となくですが、わかる気がします。本当に、これだから古代魔術は」
「だな」
わざと私がため息をつくと、テオ様もわざと呆れたように笑った。
「術式の管理に慣れてくれば名前を付けなくて済むようになるが、慣れるまでは術式に名前を付けていた方がいい」
「えっと……。つまり、名前を付けると星空に魔術式が保管される?」
「そうだ。俺で例えるなら、俺は書庫に本の形で魔術式を保管し管理している。使う時は書庫の本棚から出して、術式を手直しする時は書き足して、終わったら本棚に戻す」
なるほど。本と本棚で例えるとわかりやすいかも……。
「だが、魔術を使う際にあれもこれもと複数の本を引っ張り出すのは面倒だろう? だからコールと全ての本を結び付けておいて、魔術を使う際はコールを開く。書庫の全ての本を管理する存在だから、コールには『統合書』と別名を付けた」
「へぇ~……。私の場合はどうなるんでしょうか?」
木のエルを見ながら問い掛けると、テオ様はふふっと笑ってみせた。
「魔術式が増えると核と内面世界が成長する。シアの場合ではエルの葉が増えたり木の実がなったりするかもしれないし、星空に星が増えるかもしれない」
「かもしれない?」
「『魔術式をこの形で管理しよう』となるのはもっと慣れてからだ。今は保管の形を気にしなくていい。名前を付けると自動的に星空へ保管されるから大丈夫だよ。今回はわかりやすいように『木のエルから枝を得る』という形にした」
「おお……」
古代魔術って不思議だ……。
感心する私にテオ様は嬉しそうに微笑んで左手を出した。
「まずは、シアが掴んだ魔術式と『エル』を紐付けようか」
「はいっ。私はどうすればいいですか?」
「さっきまでと同じ要領でエルの枝を繰り返し喚び出しながら『エル』と口にしてごらん? 何というか……例えがアレだが、犬にお手を覚えさせるようなもんだな。犬に『お手』と言いながら前肢を出してお手の動作を繰り返し練習すると、犬は『お手』と聞くとお手をするようになるだろう?」
「う、うわぁ……」
犬にお手……。確かに例えには難ありだけど、わかりやすい……。
「コール」
テオ様が喚ぶと、その左手にトスッと黒い枝が現れた。
「さ、コレが何となくスムーズにできるようになるまで練習だ」
「はいっ」
それから数日間、私はテオ様と一緒に星空でエルの枝を喚び出す魔術の練習を続けた。
エルと口にして、枝を出す。
最初はゆっくりだったけれど……、回数を重ねていくうちに何となく掴めてきた。
「エル」
私がそう言うと魔術式がブワッと呼び起こされて、エルの枝がスムーズに出てくるようになった。
「おお……。魔術師っぽい……」
そもそも私にとって呪文を唱えて不思議な現象を起こす魔術師は憧れだった。
魔術式の名前は呪文とは別物だけれど、それでも私が魔術を使っているのには変わらない……!
「何だか感無量です……」
感動を噛みしめている私にテオ様がクスクスと笑った。
「シアが感動していることだし、次へ移ろうかな」
「次?」
今度は何だろう?
ワクワクしながらテオ様を見上げると、テオ様は何故か企み顔でニヤッと笑った。
「ひとまず、星空から現実へ戻ろうか」
「? はい」
……ちょっと拍子抜けだ。
これまで魔力操作とエルの枝を喚び出す魔術の練習は星空で行ってきた。
もうウチへ帰るなら、今日の練習は終わりなのかな……?
不思議に思いつつテオ様と一緒にウチへ帰る。
目を開けると、星空へ行く前と同じリビングのテーブルに座ったままの状態だ。
「ふぅ……」
ため息に似た深呼吸をしていると、テオ様がまたしても企み顔でニヤッとした。
「……もう。テオ様、一体なんですか? その怪しい笑みは……」
「なんでもないよ」
絶対に嘘だ……。
怪しむ私にテオ様がコホンとわざとらしい咳払いをした。
「さぁて、と。シア、ここでエルの枝を喚んでごらん?」
「…………え?」
テオ様の言葉に目をパチクリしてしまう。
えっと……、私は星空以外で魔力操作のアレコレをやった経験がないんだけれど……?
「エ、エル」
戸惑いながらも星空で繰り返し練習してきたそれを行うと――……、トスッと右手に慣れた重みが乗ってエルの枝が現れた。
えっ?
「……で、出たっ?!」
え? え? 本物っ?
ビックリして一瞬思考が止まったけれど、今私の手にあるのは間違いなく星空で繰り返し喚び出してきたエルの枝だ。
「え……? ええっ?! 本当に本物っ?!」
思わずエルの枝でテーブルをコンコンと叩いて確かめると、それまで沈黙したまま私の行動を見守っていたテオ様が堪えきれないといった様子でプッと笑いを吹き出した。
「あっはははっ! 叩いて確かめる奴があるか! 意外と強引な側面もあるんだなぁ、シアは」
「わ、笑わないでくださいよぅ!」
テオ様の肩がぶるぶる震えている。私の行動がツボにはまったみたい。
恥ずかしくてカァッと顔を熱くしながらテオ様に向かってエルの枝を振り回すと、テオ様はケラケラ笑いながら枝を軽く交わした。
「とにかく。星空以外での魔術発動、初の成功だ。おめでとう、シア」
「…………あっ、そっかぁ! 私、初めて現実でも魔術を使ったんだ……!」
テオ様の言葉にワンテンポ遅れて感動がじわじわ押し寄せてきた。
今までは星空という不思議な空間でやってきたからちょっと現実離れした感じがあったけれど、こうして現実でもできるだなんて……っ!
感動にうち震えていると、テオ様が可笑しそうにクスッと笑って悪戯っぽく首を傾げた。
「その感動的な第一歩を、シアは見事な力業で確かめたんだがな?」
「だ、だって『本当に本物なのっ?』って混乱しちゃったんだもん……!」
恥ずかしくてつい敬語が外れたけれど、テオ様は気にしていない様子でクツクツと喉を鳴らすように笑い続けている。
もうっ、本当に恥ずかしいっ……!
私はすっかり熱くなった顔を左手でパタパタと扇いで気持ちを誤魔化した。
「これまでシアが星空で練習してきたように、内面世界で術式を練り上げて魔術の発動を練習することを『仮想展開』という。内面世界で想像して魔術を作って、魔術を使う感覚を覚えて、現実で魔術を使うわけだな。
どうだ? 『古代魔術師は想像と感覚で魔術を扱う』というのがよくわかっただろう?」
「ほわぁ……、なるほどー……」
古代魔術と古代魔術師の理解度がググッと深まって、まるで乾いたスポンジに水がしみ込んだような気分だ。
ふむふむと頷く私に「ただし、な?」とテオ様は続けた。
「内面世界と現実とでは魔術を使う際の魔力消費量が異なる。つまり、現実では星空と同じ感覚で魔術をポンポンと連発できないわけだ。調子に乗ってやると魔力切れで倒れる羽目になる。危ないから俺が見ていない時に現実で魔術をこっそり練習するのはダメだぞ?」
「! き、気を付けますっ」
「よろしい」
エルの枝をギュッと握りしめたままコクコクと頷くと、テオ様はご満悦といった感じで優しく微笑んだ。
「現実で魔術を発動できたことで、シアは晴れて古代魔術師の卵となった。さぁ、これから一気に世界が広がっていくぞ? シアの成長が本当に楽しみだ」
「は、はいっ! お師匠様っ、ご指導よろしくお願いしますっ!」
「あははっ! やっぱりガラじゃないなぁ」
私が勢いよく頭を下げると、テオ様はとっても嬉しそうに笑った。




