エピローグ1・爆弾魔達は後書きを語る
◇━◇━◇━◇━◇
数日後。
本来であるならば街の象徴になる筈だった巨大な商業ビルの消失。
更にそれがテロリストに不当占拠された上に、数十人の行方不明者を出したビル丸ごとを巻き込んだ消失ともなれば、日本どころか世界中が驚くニュースとなる。
もはや政府の情報規制が効くような状況ではなく、事件の日から連日様々なメディアが『十王字ビル消失事件』で狂乱に陥ったかのような騒ぎを起こしていた。
それは日本一の若者向けSNSである『ボール』も例外ではなく。
━━十王字ビルいつになったら帰ってくるの?
━━家出したみたいに言うなよ
━━俺見たぞ!空からでっかい手がさ!どーんって!
━━映画監督居たっていうし、撮影だろ?
━━じゃぁどうやってビル消えたの説明すんだよ
━━爆破解体って知ってる?はい論破
━━爆発なんてなかっただろ
━━数百人単位で目撃者が居るんだよなぁ
━━じゃ何で誰も写真も動画も撮ってねぇんだよカス
━━爆弾魔の仕業じゃね?
各々が各々の思い思いの予想を吐き出し無意味な論争を繰り広げる中。
その全ての情報を指先1つで自由に管理できる立場にある少女は、実に軽やな指先で高価なキーボードの上でタッピングを披露し、その後新たな騒動を生み出す投稿を行う。
『爆弾魔』という、実に分かりやすいハンドルネームで。
◇━◇━◇━◇━◇
更に数日後。事件は思わぬ展開を見せる。
それは、日本中の若者の約八割が利用しているSNSである『ボール』で話題となったある投稿が発端となった。
お茶の間を騒がせていたある無差別爆破事件。
その犯人を名乗るアカウントが『ボール』上に突然現れ、十王字ビルの騒動の犯人は自分だと言い出し始めたのだ。
勿論、虚偽も多いネットの世界でその投稿をすぐに真に受ける者は少なかった。
しかし、報道規制も加えられて捜査関係者しか詳しくは知らない筈の事件の被害者の名前や関与したテロリスト達のリストが次々と投稿され、瞬く間に爆弾魔は戦後最悪のテロ事件の首謀者の容疑者とされた。
其処から人々の意識は徐々に変化していく。
全く未知のものによって起こされたと思っていたビル消失事件は、実は爆弾魔によって起こされた大規模な爆破テロだった。
事件を実際に目にした者達は決して信じられなかっただろうが、実際に目にしていなかった大部分の人々の脳内にはその虚偽の情報がゆっくりと染み込んでいく。
百聞は一見にしかずというが、正にその通り。
一見すらもしていない聴衆達にとって、ひとつの衝撃的な情報は例えそれが虚偽だとしても真に映ってしまう。
永遠に暴かれない真実を密かに生み出して。
「むっふっふ〜っ。これでオッケー。志村先生が扉開くまで情報規制するのは失敗しちゃったけど、元々ひとつのSNSだけで情報を制限するなんて無理だし。『爆弾魔』っていう嘘の犯人を作り出しただけでも上出来でしょ」
薄暗い部屋の中。
合計6つのディスプレイの前で小柄な方が揺れ、特徴的なアニメ声の笑い声が空間に木魂する。
空間はどうやら何処かのマンションの一室らしく、窓も雨戸も閉め切っていて、外の光は一切入って来ない。
そんな外部からの光を一切受け付け無い部屋の中で孤独に笑う少女であったが、不意に鍵が外側から解かれ唯一の出入り口が開いたかと思うと、外の世界からビニール袋を片手に持った一昔前のギャル風の女が現れる。
「あー涼しいー。戸張っち冷房付けてくれてたんだー」
「あっ叶ちゃん。おかえりー」
昼間の猛暑の中を歩いてきたギャル風の女━━叶は全身に大粒の汗を流しており、見ようによっては妙に艶かしい雰囲気を醸し出している。
しかし部屋の中には同性の戸張しか居らず、全く色気など感じずにその視線は彼女の持ってきたビニール袋に向けられていた。
「で〜例の物は〜っ?」
「はいはい。チョコとストロベリー、どっちがいい?」
「うーん……チョ……いや、ストロベリー」
「おっけー」
露出度の高いヘソ出しミニスカ姿のギャルとジャージ姿の眼鏡オタク女子。
2人は随分と系統が違い同じクラスに居たとしてもあまり喋りそうな雰囲気の2人では無かったが、実に息の合った調子で会話を続け、仲良くアイスを頬張り始める。
時にはスプーンで掬ったアイスをお互いの口に運び合うなど、仲慎ましいじゃれ合いを続け。
やがて思い出したかのように叶の方がネイルが描かれた長い付け爪を付けた人差し指を上げる。
「あっ忘れてたー!暇潰しにと思ってブルーレイ借りて来たんだった!」
「おぉ〜。気が利くねぇ〜叶ちゃん」
いそいそとレンタルビデオ屋の袋を漁ってパッケージを取り出し、中から円盤を取り除いてレコーダーに挿入にする叶。
戸張はその後ろ姿をアイスを食べながら傍観し、読み込んでいる僅かな間に不意に口を開いた。
「で、今回の事件ってさ。あの人的にはどうだったのー?」
「ん〜?まぁまぁだったみたい。結果が結果だかんねぇー」
直接な言葉を使わない、彼女達にしか分からない会話。
部屋の中には彼女達だけしか居ないわけであるから何もおかしくはないのだが、もしも第三者に聞かれたとしても話の内容は理解できないだろう。
そんなタイミングであったからか。はたまた偶然か。
レコーダーが動き出し、テレビの画面に興味の無い映画の予告が次々と流れ出している間に戸張のスマートフォンが振動する。
戸張は一度確認して、『ヤマト』と着信相手の名前が画面に表示されているのを確認して迷うことなく着信拒否をスワイプした。
「あれ?いいの?」
レコーダーを早送りしていた叶が不思議そうに首を傾げたが、戸張は別段当たり前のように首を縦に振る。
「うんー。どうせ聞きたくもないどうでもいいことだからさー」
気の抜けた声で誤魔化して、数秒後には戸張の意識はテレビの画面に釘付けになっていた。
それは傍らに移動した叶も同様で、2人揃って目を大きく見開いてテレビの画面に映る映画を愉しんでいる。
レコーダーにはまだ始まってから1分も経っていないことを指す秒単位の数字が刻まれていないが、2人の意識は既に画面の中に引き込まれてしまっている。
「ねぇー。この映画何度目だっけー?」
「んー?さぁ、アーシも覚えてないわぁ」
当たり前のように交わされる言葉の裏には、既に彼女達がこの同じ映画を数百回見ているという真実が隠されている。
彼女達は知らない。自分達がいつの間にかこの映画を通してある人物の思い通りになっていることを。
彼女達は知らない。映画を見る度に一種の薬物の中毒症状にも似た危険な多幸感を味わっていることを。
彼女達は知らない。知らず知らずのうちに自らが世間を賑わす2人組の爆弾魔になってしまっているという危険性を。
「ああ、はい。彼女達は疑問に思うことなく爆弾魔の片割れになることを承諾して頂けました」
少女2人が暗闇の中の小さな疑似劇場で映画を楽しむ中、その近くの駐車場では色んな意味で人の目を引く男がスマホを耳に当てて通話をしていた。
金髪に長身の外国人。
何か格闘技でもやっているのか、スーツ越しにも鍛えられているのがよく判るスラリとした出で立ちで、昼下がりの団地の視線を集めている。
時折怪しんだ奥様方が密談をしているのを見つけると、爽やかな笑顔で手を振り警戒心を自然と解いていく。
それも全くの無意識でやるのだから電話越しの相手もやや呆れ声で言葉を返した。
『ラファエロくんさ。君また女性をたぶらかしてないかい?』
「そんな滅相もない。私は御婦人をたぶらかしてなどいません。紳士として挨拶をしたまでのこと」
『……うん、まぁだいたいわかった』
諦めるようにそこで一旦区切って、通話相手である艶の声の女性は自ら本校転換した話題を再び戻す。
『まぁ今回の君の働きは大いに称賛するよワタシは。何しろあの碇組が管理してる海洋コンテナから少女一人を連れ出したんだから』
やや興奮しがちながらも決してそう簡単に述べるべきではない重要案件を簡単に語る電話の相手。
ラファエロと呼ばれた長身の男は周囲にその手の関係者がいないことを確認した上で、被せを掛けた言葉で返答する。
「私ではありませんよ。美しい翼を持つ姫を救ったのは脆弱な身体に騎士の心を持ち合わせた少年の勇気があったからこそ」
『とかいって実は裏で手助けしたんでしょう? まぁ、ヘマして大怪我した挙句、巻き込むつもりのなかった一般人の手を借りたんだからどっちが手助けしたのかよくわかんないけど』
電話の相手の指摘はこれでもないほど的を得ている。
数日前、ラファエロは電話の相手の使いとしてある命令を果たそうと青州会切っての武闘派組織である碇組に単独で敵対行動を起こそうとしていた。
目的はある少女の誘拐。
元々その少女は碇組に幼少の頃に誘拐されその上監禁までされているので、その上で連れ去るという行為をどう呼ぶか判断が付かず、ラファエロは誘拐と割り切っていた。
その折、ラファエロはミスを犯したのだ。
直接碇組に潜入する直前にあるミスを犯し、そして彼はその日海洋コンテナに向かう前に道端で倒れてしまった。
思い出すのも恥ずべき、そのミスを知っている電話の主はラファエロの羞恥心など何処吹く風で電話越しに容赦無くそのミスを指摘する。
『いやまさか、世間を賑わす本物の爆弾魔』さんが自分の爆弾を誤爆させて、窓ガラスに全身貫かれて重症に陥るなんてね。笑いを通り越して失笑したよ』
「? それは笑っていることに変わりないのでは……?」
『はいはい、真面目だねぇラファエロちゃんは』
大型犬を連想させる素直さと朗らかさで首を傾げる長身の美丈夫だが、彼が持ち歩いているボストンバッグの中には、大量の爆弾が詰め込まれている。
猟奇的殺人鬼ならぬ、猟奇的爆弾魔。
その通り名で自分が呼ばれているとも露知らず、至って素直な美丈夫は悔しそうに顔を歪める。
「しかし、倭少年が恙無く件の少女を救い出すまでの時間稼ぎはできたとはいえ、その後の事件は蚊帳の外で少々情けないのも事実。これからは猛進致します」
『うーん、だからといって碇組の事務所に爆弾投げ込むのはやり過ぎかな。結果的にコンテナの人手は薄くなってよかったけどね』
先日の碇組のボヤ騒ぎまでも自分達の仕業だと公言して、なおもラファエロの表情は変わらない。
囚われたお姫様を助ける近世ヨーロッパ風の騎士のような出で立ちをしていながら、彼の眼はよく見ると濁っている。
濃い青の絵の具の蓋を取り外してパラートの上にぶちまけ、少量の黒と掻き混ぜて、完全に溶け合うよりも前に混ぜるのを止めたような。
歪な螺旋。爽やかな雰囲気を醸し出す風貌とは対象的に、男の目は目の前の現実を見てはいない。
暗闇の中で狂ったように同じ映画を見続ける少女2人と同じように。
「で、監督。次は何を?」
相手の正体を指し示す敬称を使いながら尋ねるラファエロの、電話の相手は微笑を含んだ軽やかな声を紡ぎ出す。
『取り敢えず私はあと一仕事終えたら日本から一旦離れるよ。連絡はその他共に任せておくから、君も好きなようにしなさいな。あ、でもヤクザの目が怖いから暫く爆弾はやめといた方がいいかもよ?』
「……」
『露骨に残念そうな顔してるよね。君』
電話越しの相手の表情を想像して苦笑しながら、監督と呼ばれた女は愉快気に続く言葉を紡ぐ。
『まぁ、すぐに自由にドッカンバッカンできるように手回しててあげるからさ。ちょっとは我慢しなよ』




