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結・人々はひたすらに空に手を伸ばす

◇━◇━◇━◇━◇


 十王字ビル最上階、屋上庭園。



「父さんが信じていた『何か』は此方側の世界のどの宗教にも属さない神だった。それもその筈だ。何しろその『何か』というのは、この世界とは違う多次元宇宙に位置する高位の存在。つまりは異次元の存在だったんだから」


 志村の口から吐き出され続ける宗教の勧誘のような言葉の羅列を理解できる者はこの場には誰一人としていなかった。

 しかし、それで構わない。

 元より誰かに伝えるために語っているのではないし、理解など最初から求めていない。

 これはただの独唱に過ぎないのだと自分自身を客観的に見つめ、志村は独りよがりの言葉を紡ぐ。


「俺には父さんがそんなものを呼び出して何をしたかったかは分からない。でも、この二十年間。独りでずっと多次元宇宙だの時空論だの、世界各地の胡散臭い怪奇現象などを調べて解ったこともあった」

「……何だ?」

「あの日、ミズハさんと、アンタはその『何か』に別の世界へ連れて行かれたっていう推論さ」


 問を返す真殿に志村は一拍入れもせずほぼ即答で述べたかった答えを返す。

 正気とは思えない志村の言葉に真殿は反論を口にする素振りも見せず、それ以降はただ黙って真殿の言葉を聞いている。

 まるで自らの過去を暴いて貰うのを無意識に心待ちにしているかのように。

 志村もまたそれに気がついた上で、掌の上で踊らせる感覚に苛立ちを覚えながらも語るのを止めなかった。


「俺が見たのは蛸の脚のような無数の触手が警官隊を次々と殺し尽くして様だ。だが、大量の死体が転がる中、アンタとミズハさんだけは殺されていなかった。理由は簡単で、とても気持ちの良い答えじゃなかったよ」


 息を呑み、込み上がる感情を抑えながらそれでも志村は、二十年間の長い人生を費やして導き出した答えを口にした。

 

「ミズハさんだ。鍵はミズハさん自身とそのお腹の子供達にあったんだ」

「何?」

「……ほぉ。そいつぁ面白い話だ」


 怪訝そうな表情の真殿に対し、年の功を持った者らしい余裕綽々の調子で横槍を入れる伊鶴来。

 二十年も前に行方不明になった実の娘の話を持ち出されたとあっては、巨大極道組織の頭領であっても流石に知らん振りはできなかったらしく、その瞳には現役時代の研ぎ澄まされた眼光が戻っている。


「志村ぁ。お前には長年手ぇ貸してきたのはこの時の為だ。だかそれにも限度ってものがある。勿体ぶるのはいいが、喋るのはいつだってできるだろ?」

「会長はせっかちですね。では」


 伊鶴来の急かすような言葉に志村は愛想笑いを浮かべることも無く淡々と返答をし、右手首に装着している腕時計を確認する。

 意識を秒針だけに集中させ、丁度秒針が12時を指した瞬間、志村の視線は再びサカキへと向けられる。


「来た」


 何かを待ち望んでいるかのような志村の台詞に周囲の人々の視線も合わせてサカキへと向けられていく。

 良いように利用され、仕事を果たせなかったがために処分された哀れなチンピラ。腹部を銃弾で貫かれてもはや後は死を待つのみの彼に一体何があるのかと内心首を傾げていた真殿の心は、一瞬にして凍り付いた。

 自分の腕に支えられている不良青年は、もはや死に絶える他の運命に沿えない存在の筈。

 そうだというのに。ありえないことに、真殿は目を合わせてしまっていた。

 ()()()()()()()()()()()

 少し前までの彼とは似ても似つかない蝋人形のような異常な程白い肌をして、サカキは活き活きと目を見開いて真殿を凝視している。

 

「お前……!?」


 瀕死状態の人間が突如として意識を取り戻すといった奇跡を見せられた真殿の目の前で、自分の方が珍しい者を見たといわんばかりの目の見開きようで呆然とするサカキ。

 ただそれも一時だけで、少し時が過ぎるとサカキの身体に次の異変が起こり始めた。


「━━あっ、あああああぁぁぁああああぁあぁあぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁあああ」


 心臓の鼓動に合わせて体全体を羽打つように動かしたかと思うと、次の瞬間、サカキの身体の体積が一気に膨張する。

 それは比喩でもなんでもなく、文字通りの意味で膨張していた。

 

「ひ、ひぃ!?今度はなんなんだぁ!?」


 霜北の悲鳴も無理はなく、サカキの肉体変化は止まらない。

 まるで際限なく空気を注入され続ける風船のように、内側から膨れ上がっていくサカキの身体。もはや人3人分の体積にまで到達しようとした時には、流石の真殿でも持っていられず両腕からその場に落としてしまう。

 地面に転がってもなおもはや原型を無くしつつあるサカキは膨張を続け、その不気味さに誰もが顔から生気を失っていたのだが、独り自棄に冷静な志村はただ淡々と腕時計に意識を向けていた。


「20秒でこれか。思ったよりも膨張速度が速いな……まぁいい。感慨に浸る暇は後からいくらでもある」

「お前! このガキに何をした!?」


 明らかに何か知っていそうな志村に狼狽した安藤が脅えながら絶叫するも、時間とサカキの変容に意識を奪われている志村はもはや目を向けようともしない。

 ただ声は聞こえているようで、腕時計を確認しながらという片手間作業ではあるがきちんとした口調で受け答えはしていた。


「あの日父が呼び出した異界の生物の肉片の射ち込みました。あなた達も見た通り、こいつでね」


 腕時計を装着していない方の片腕で先程使ったばかりの拳銃を掲げながら、志村は言葉を紡ぐ。


「俺もあちら側の世界の全てを知り得たわけじゃない。二十年かけても理解できたのはほんの一握りだけ。それでも、その一握りの中にあの日起きた惨状の原因を知り得ることに繋がる手掛かりもあったんだ。例えば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「寄生生物……?」


 骨格を破壊し、膨れ上がった個所から出血し、その度に自己修復を繰り返しては巨大化する歪な肉袋。

 そんな存在を間に挟んで会話する様はあまりにも奇妙であったが志村はそれが自分の役割だと言わんばかりにしっかりとした口調で何も知らない周囲の人々に説明を続けた。


「なんらかの通行規約でもあるのか、もっと別の生物学的な理由か。どちらにしても奴らが此方側の世界に顕現する時、必ず生物にしろ無機物にしろ何らかに寄生して現れる」


 淡々とした志村の説明は一旦途切れ、やがて何処か酷く辛そうな表情(かお)で伊鶴来を見たかと思うと、腹の中に溜めこんだものを吐き出すように呟く。


「ミズハさんも、寄生された宿主だった。だから父さんは彼女を巫女として利用した。もっと大きな存在を呼び出すために」

「……」


 懺悔のようにも聞こえる志村の告白に伊鶴来は険しい表情のまま何も答えない。

 代わりに声を荒げたのは真殿の方だった。


「そんなことの……こんな化物呼び出すためにてめぇの親父も、てめぇも!!人の命をなんだと思ってやがる!?」

「許されることじゃないってわかってる。父さん達がどんな思いで奴らを信仰してたかは今では想像もつかないが、きっとそれは人道から反した外道の信仰心だ。今の時代に生贄で神に救いを求めようとしただなんて笑わせる」


 実際は何も可笑しくなどはない。

 可笑しいことなんて何もありはしない。

 二十年間。一夜にしてそれまでの人生の全てを奪われ、生きてきた彼からすれば。

 志村の悲痛に満ちた苦笑はその事実を誰よりも物語っていたが、瞬時に双眸に宿った瞳の薄い輝きが彼の心情が決して負に呑まれただけの弱い心ではないと視る者に伝える。


「だからこれは贖罪なんだ。あの惨劇を引き起こした一人としての、俺の、俺の」


 志村の言葉は弱々しく、徐々に強いビル風によって掻き消されていく。

 黙って事の顛末を見守っていた伊鶴来も流石に痺れを切らしたのか、何処からか取り出した煙草を咥え、自然と安藤に火を点けさせて口を挟んだ。


「で、お前はどうやってうちの娘を連れ戻すつもりだ。お前の話が嘘でなきゃ、其処の坊主を使って何かやらかそうってんだろ?」


 二十年もの間、姿を眩ませた実の娘。それが帰って来るかもしれないというのに伊鶴来の堂々とした態度は一向に揺るぐことなく、極道組織の親分らしく鋭い眼光で志村を睨み付けている。

 年齢を感じさせない迫力の裏には確かに親の愛情があり、それがあるからこそ伊鶴来は志村の言動を完全に理解できないまま二十年間彼の研究の援助をしてきた。


 あの日の地獄の唯一のまともな生存者。事件現場から帰還した警官達に話を聞こうにも、事件現場を見て気をやられたのかどいつもこいつも上の空だったにも関わらず。二十年前、病室で出会ったばかりの志村少年からは一種の報復心にも似た強い感情が滲み出していた。

 とても中学生程度の年齢の少年が抱くものではない、抱いてはいけない果てしない負の感情。

 恐らく、その時の感情の大部分を占めていたのは『嫉妬』だったのだろうと、伊鶴来は推理し、志村は客観的に過去の感情を自己分析する。

 親の戒めの言葉に塞き止められて実行する前に諦めてしまったミズハを救い出すという偉業。

 正体不明の化物に襲われながらも自分のようにただ脅えるのではなく、拳を握った勇気。

 そして何より、一時とはいえ最愛の女性と共に生きられた幸せ。

 

 その全ては志村ではなく、真殿が得たものだ。何一つとして二十年の間に志村の心の隙間を埋められた幸福は無かった。

 何処までいってもあの日の喪失感と自殺を何度も考えてしまう程の自己嫌悪に苛まれる日々。

 失った者を取り戻すために身を削り、拭っても拭っても晴れない卑しい嫉妬は時と共に増大していく。

 此処に立っているのはただの亡者だ。人間を人間たらしめる殆どの構成物質を失ってなお、彼は己のためだけに幽鬼のように其処に佇んでいる。

 そして、亡者には人々が考える楽園を模した空中庭園は似合わない。

 亡者が立つ場所は如何なる場合でも、救いを求めて罰を受ける場所、煉獄でなくてはならないのだから。



「あ、あぁぁあ、ああぁぁあああ、あぁぁあああぁあああ!!?」


そして、無垢なる子を生け贄にすることによって煉獄への扉は開かれる。






◇━◇━◇━◇━◇


 十王字ビル。中央エレベーター内部。



 少女2人に、ホスト並に顔の良い若い青年と、如何にもといった雰囲気のヤクザが2人。

 現在、内も外も大混乱に巻き込んでいる十王字ビルの中で唯一稼働しているエレベーターの中には、全くもって異質な5人組が沈黙を保ったまま相乗りしていた。

 ついさっきまで殺し合いに近い戦闘を繰り広げていたモエと蛇蛾螺が話さないのはまず当たり前として、小一時間前までまるで本当の姉妹のように仲慎ましかった睦月とモエの間にも微妙な空気が流れ始めていた。

まるで、親友だと思っていた相手が実は自分への虐めに荷担していた加害者だと知ったかのような。実際そう簡単な問題ではなく両者の心境は実に複雑だった。

この状況を作り出した蛇蛾羅本人は素知らぬ顔でエレベーターが屋上に到着することを待っているのだが、唐突にその最悪な静寂は終わりを告げる。



何の前触れもなく起こるのが天災。

それを前にしては無力な人間は成す術もなくただ災害が過ぎ去るのを待つことしかできない。

例えば、大規模な地震などという逃げ場など最初から存在しない天災は特に人々を恐怖へと陥れる。


「じ、地震!?」

「きゃぁっ!?」


地上の天災はまだ建造されて間もない十王字ビルにも平等に襲い掛かる。

エレベーターの内部も激しく振動し、最新型の造りの至る所が軋む嫌な音を上げ、すぐに予め組み立てられたシステムに従って緊急停止する。

地震が収まるまでに10秒から20秒は掛かり、漸く揺れが収まった時にはエレベーターの内部は先程までの静寂に加えて更に照明が切れたことによる暗闇に包まれていた。

暫くして、自信の身の安全を確認すると、懐からスマートフォンを取り出して一時しのぎの証明を手にした蛇蛾羅が苦笑混じりに同室する他4人に声を掛ける。


「凄い揺れでしたね……一応訊いて置きますが、皆さん無事ですか?」

「ええ。蛇蛾羅さんは?」

「私は無事ですよ。ずっとだんまりのお嬢さん方はどうですか?」


部下からの心配に軽く言葉を返しながら、予備電灯の薄暗い光の中で少女2人に声を掛ける蛇蛾羅。

睦月は突然の出来事に動揺して言葉を失っている状態にあるのに対し、モエは割と平静を保っていたが、未だ気まずさが重荷となって睦月に声をかけられずにいる調子だった。

取り敢えず誰一人として負傷していないことを確認すると、蛇蛾羅は溜め息をひとつ吐いてエレベーターのボタンの羅列を適当に押してみる。

勿論、最初は非常用のものから押してみたが、効果が全く現れなかったので自然と指は違うボタンにへと動いていた。

しかし、どのボタンも反応することはなく、蛇蛾樂は内心これで『最新鋭の設備を整えた近未来のビル』を吟っていたとは、と内心ほくそ笑む。


「さて、取り敢えず此処から脱出しませんと。このまま餓死するのも落下しするのも御免ですから」


冗談混じりの言葉を吐き出しながら蛇蛾樂は自身の部下に視線で合図を送る。するとすぐに黒服達は力一杯扉を左右に引っ張り合い、やがて単なるエレベーターの扉には相応しくない重々しい音と共に外の光景が明らかになる。

どうやら運良く、調度玩具売場に辿り着いた所で止まっていたようで、扉の隙間から外に脱出できるようになっていた。

それを確認すると蛇蛾樂は逸早く外に出て、彼の部下達もその背中に続く。

やがてエレベーターの中の少女達が茫然としているのに気が付くと、蛇蛾樂がやや気遣ったかのような優しい口調で語り掛ける。


「おや、出ないのですか?そんなところにいても何も変わりませんよ?」

「え?」

「貴女達の不安や恐怖は共感はできなくとも理解はできます。ただ、それらの感情を自然治癒に任せてしまうにはあまりに憂鬱でリスキーだ。自分から行動を起こさなくては何も変わらない」


気まずさを作った張本人とは思えない、教師のような正論。

爬虫類を連想させる厭らしい視線でさも最もらしい言葉を吐く相手にモエは今にも飛び掛かりそうな程憤りを胸に溜めていたのだが、横に力無げにへたり込んでいた睦月は違った。

気の抜けたままだった表情に、僅かに変化が現れる。

奥歯を噛み締めた彼女の心境の変化に誰も気づかないまま、睦月は目尻に涙を溜めてエレベーターの外へと飛び出す。


「あっ、おい!睦月!」


親友の制止と、黒服達の視線を背中に感じながら少女は走る。

重荷にとなった己の感情を手離さずに、重荷として抱えながら、ただひたすらずっと会いたかった人のもとへ走り続ける。

その先に在るのが希望であろうと絶望であろうと、このまま何も行動しないよりかはマシだと。そう信じて。




走り去った少女と、それを急いで追い掛ける少女。

2人の少女の背中を見送った後、最上階の屋上庭園まで掛け上がっていく彼女達とは対照的に、黒服のヤクザ達は階段を下り始めていた。

実際、蛇蛾樂にとっては目上の人間達の勢力争いなどどうでもいい遊戯に過ぎないのだ。

彼を極道の世界に導いた起因となった碇に現頭目である伊鶴来と次期頭目最有力候補である真殿を消せと言われていたが、それも彼にとっては些細なこと。

そもそも、昔ながらの極道の任侠感を持たない蛇蛾樂にとって、碇と云う存在は手っ取り早く裏社会で伸し上がるための駒に過ぎず、親と子の恩義など有りはしない。

その事に関しては彼の部下も理解していたので余計な口を挟むつもりはなかったが、それ以外の疑問も抱いていたようで、部下の内の一人が不意に口を開いた。


「少し意外でした」

「はい?」

「いえ、蛇蛾樂さんがあんなガキンチョ達に助言をするだなんて。あまりに普段のイメージとはそぐわなかったので」


それは遠回しに自分に嫌味を言っているのだろうか。

部下の無意識の無遠慮さに苦笑しながら、蛇蛾樂はクツクツと小さな笑い声と共に嘘偽り無い本心を返答として返す。


「別段、彼女達が憐れだったからとか、そういう優しい感情では動いていませんよ。私は」


ただ、と続けられた言葉を語る蛇蛾樂の表情は、停電による室内の薄暗さを重なりあって、まるで人々の一喜一憂を萱の外から楽しむ悪魔のように邪悪な笑みを溢していた。


「物事は面白可笑しい方向に進んだ方がいい。そういう信念に基づいて行動してるだけです」






◇━◇━◇━◇━◇


十王字ビル前。



運が悪ければ戦後最大のテロ事件として人々の記憶に残るかもしれない事件現場の付近には、依然として多くの野次馬が集まっていた。

 その数は何十人もの警官隊が注意しているのにも関わらず、際限無く増幅していく。

 己が歴史の生き証人と成らんとすべく、ある者はスマートフォンを、ある者は取材用のカメラを、ある者は他者と論争を繰り広げながら嬉々として現状を楽しんでいた。

 

 そう、()()()()()()()()


 ビルの中に閉じ込められた人々がどれほどの恐怖を抱いているのかも知らずに。そもそも理解しようともせずに。

 単純な脳髄を嵌め込んだ頭は形だけの同情の言葉だけを思い浮かべ、反して彼ら野次馬達の表情は皆一概に嬉々としたものばかり。

 まるで映画やアニメの架空の事件を鑑賞しているかのように。

 自分達には絶対に危害が加えられない特等席から、彼らは事の顛末を見守っていた。

 

 だからそんな極上の劇に夢中の彼らが、舞台の演目の変化に逸早く気が付いたのはある意味当たり前とも云えるだろう。

 

「ん?……え、な、え?」


 一番初めに誰が気が付いたのかは定かではない。

 ただ、初めの方に気が付いた者達が見た光景は、屋上庭園がある筈の最上階から真っ直ぐ空へと伸びる青い光の直線だった。

 光は夕方に入り掛けて橙色がかってきた空へ伸びていき、やがてそれ自体が光の屈折か目の錯覚であったかのように曖昧に消えていく。

 何事かと、ビルに向けられていた野次馬達の視線も次々空へと向けられていき、そして彼らは見た。

 それまで意味の無い論争を繰り広げていた有象無象が一概に言葉を無くす、目を疑う光景を。

 言葉とは、例え解釈が間違えていたとしても自身の脳内で理解し断定した考察を他者に伝える道具である。

 しかし、この時彼らが目にした光景は、平凡な脳髄しか持たない彼らには理解のできない光景。

 即ち、言葉を失うような光景だったのだ。

 故に彼らができるのはただ眼にすることだけ。

 手軽に手にした文明の利器で記録するのも忘れ、ただ与えられる餌を待つ雛鳥のように。

 事の顛末を、彼らの望み通りの蚊帳の外から。


 今は、まだ。

  

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