表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

転・少年は連れ去られ、科学者は手を伸ばす

◇━◇━◇━◇━◇


 居炉仔━━上空。



「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁあああ!!!?」


 倭の生涯最高峰の絶叫は、しかして彼を抱き抱えて飛ぶ銀翼の存在以外には誰の耳にも届くことはない。

 突然の風景の変化。ほんの数秒前まで路地裏に居た筈だというに、数秒後の今現在ではヘリや飛行機で無いと到達できない高度に留まっている。

 それも通常気圧の差で息苦しくなったりする筈が、地上と多少差異すら感じられない。だからこそ倭は何の障害もなく絶叫できるのだが、落下すれば即死十割の高さまで連れてこられて、そんな些細な事実に気を配っていられる程の正気を平凡な青年が保てている筈がなく。

 真夏だというのに上空の空気は冷たく、初めて感じる感覚に倭はやはり現状が現実の一部だとは思えなかった。


「な、なんで!?なんでこんな、ひぃいいいっ!!?高い高い!!?足の下で鳥が飛んでる!!」


 悲鳴を上げて両手で両目を隠す倭だったが、彼はすぐに己の恐怖がただの杞憂だと気が付くことになる。

 何しろ彼は自分の非力な力で飛んでいるのではなく、他人の力を借りて空中浮遊を果たしていたのだ。

 倭は大絶叫を終えた後、すぐに自分を抱き抱える銀翼の存在を再認識し、その姿を見て再び叫ぶことになる。


「な、なな、なんで飛べるの!!?」


 疑問としては的を得ているのだが、今このタイミングで尋ねるべきかと問われると少し的外れのようにも思える質問。

 当然ながら殆ど自身の希薄な感情を口にはしない銀翼の存在が青年の言葉に応えることはなく、その視線は飛翔しながら十王字ビルに向けられていた。

 彼女は何も語らない。不要な言葉は話さず、ただ最初から定められた己の目的の為だけに巨大な銀翼を羽ばたかせる。


「えっ!?う、動くの!?飛ぶの!?待って待って!!落ち、ひぃっっ!?」


 青年の悲痛な叫びなど何処吹く風といった無表情で。





◇━◇━◇━◇━◇


 十王字ビル、最上階。屋上庭園。



 様々な人間が現れ、語り、場面が次々と展開していくこの場で。

 事の収集を行う者として最後に視線を集めたのは、白衣を着る顔の良い中年科学者の志村だった。

 彼は皆の視線が自分に集まっていることに気が付き、緊張と、浮世離れした余裕を同時に胸に懐きながら深く息を吐いた。


「私が、話すことは何もありませんよ、伊鶴来さん」


 つい先程、真殿の前に意味深な登場をしたばかりの男とは思えないような白々しさで、志村は自身の独唱を綴るのを断る。

 当然、一目見た時からその独特の格好もさることながら、志村の姿に漠然とした既視感を覚えていた真殿は珍しく声を荒げて初対面の相手に詰め寄った。


「それはねぇだろ。じゃあ、あんたは何のために此処に居るんだ。悪いがたまたま巻き込まれたってだけにはどうにも見えねぇぞ」

「話すことは無いって言った筈だ」


 普段の彼を知る者なら思わず耳を疑ってしまうようなキツイ口調で突き放すように志村は言う。

 それもあからさまに真殿に対してだけ当たりが強いような口調で、志村は一向に真殿の方を向こうとはしなかった。


「適当な駒を雇って穏便に済ませようはしたが、噂通り強いんですね。嘘のような二十年前のあの事件もその強さをもってすれば簡単にできたのかもしれない」

「お前、何の話をしてる」

「だってあなたでしょう。私の、私の父の所属していた宗教団体を壊滅させたのは」


 一瞬、時が止まり、驚くべきことに真殿の脳内に二十年も前の微かな記憶がフラッシュバックする。

 それは戦場から帰還した兵士が毎夜悪夢に魘されるかのように。

 血に塗れた床と壁と、自分。足元に転がる無数の死体とこの後息絶える瀕死体達。

 警察が突入してくるその直前に、真殿は少年を目にしていた。

 異形と化しつつあった組長の娘を抱きかかえる自分を、奥の襖の隙間からじっと睨みつけてきていた少年。年齢は、襖の奥に隠れていたせいで全体像が見えず定かでは無いが恐らく中学生ぐらいだったのではないだろうか。

 そんな、今のこの現状とは全く関わりようが無い筈の記憶。

 しかし突然志村の発言によって呼び起された記憶が彼と全くの無関係とも思えなかった。


「お前、あの場所に居たのか」


 驚嘆に息を呑む真殿。

 実際のところ、彼はあの日あの場所で見た少年は何かの見間違いだと思っていた。

 何しろ、真殿は()()()()()のだ。

 男も女も老人も。向かってくる全ての狂信者達全てを、彼自身狂ったかのような暴力の嵐で叩きのめした。

 だからこそ彼は知っている。自分が拳を叩きつけた相手の中に一人も子供は居なかった筈なのだ。

 だから自然とあの教団には子供の信者は居ないものだと思っていた。勝手に障子の隙間に垣間見えたあの目は見間違いだと決めつけていた。

 だが、見られていた。あの日、あの場所の眼も疑う惨状を。

 常人ならば間違いなく気が狂う、あの悪夢を。


「全部見てましたよ。ええ、全部。あなたがあの人を奪っていく様を」

「待て。全部見たなら知ってる筈だ。お嬢が消えたのは」


 真相に近づいていくにつれて徐々に額から汗が流れ始める真殿だったが、その苦悶の混じった表情が僅かに見開かれる。

 それは現れたばかりの志村の言葉を思い出しての閃きだった。 

 志村は青州会の会長である伊鶴来と思想を共にする男だと自らを名乗っていた。

 そして、二十年前、伊鶴来が真殿に命じたのは自身の娘の奪還だった。

 

「お前……お前ら、まさか」


 信じられないようなものを知ったかのように目を見開く真殿。そこには他の感情の一切が含まれておらず、ただ純粋な驚きのみが内包された狼狽だった。

 このまま二十年前の大事件の真実が紐解かれていくのか。謎を握る人物達も含めてその行く末に踏み出していこうとしていた矢先、空気の読めないチンピラの雄叫びが屋上庭園に弱々しく消えていく。


「ふ、ふざけんな!!おっさんどものオカルト話に人を突き合わせんじゃねぇ!!」


 自分の脳の限界値を超えた話にとうとう怒りが低い沸点に到達してしまったのだろう。

 恐怖に憤りに疑問。様々な感情をグチャグチャにさせ、真殿の暴力にただ脅えるだけだったサカキは精一杯いきまいて志村に向かって行進していく。

 一番腹が立っているのは真殿だが、純粋な暴力ではまず勝てないと無い脳みそなりに考え、次に怒りを覚えた雇い主である志村に対して八つ当たりをするつもりなのだろう。

 こんな場所に連れてきた雇い主が全ての元凶だと決めつけ、大きく拳を振り上げるサカキ。


「うおおおおおぉぉぉぉっぉおおおおおおおおお━━━えっ?」


 サカキの疑問の声も、志村が躊躇いなく発砲した際の銃声も、一瞬で屋上を吹き抜けるビル風に掻き消されていく。

 力なく、受け身も取れずに芝生の上に倒れ込むサカキ。悲鳴を上げる霜北を余所に全力疾走で真殿は駆け寄り、倒れ伏したサカキの身体を起き上がらせる。

 確認するまでもなく、放たれた弾丸は命中。サカキの腹からは絶え間なく血液が流れ出ていた。

 

「ッ!!おい!しっかりしろ!!」

「ひ、っ、ひゅー……ふ……」


 数分前までの敵対関係など忘れて必死に呼び掛ける真殿。しかし、サカキが与えられた傷は深く今にも消え入りそうな声でか細い呼吸するのみの死に体へと変わり果てている。

 

「お前!!何で撃った!!」

「襲われそうになったから正当防衛……じゃ納得してくれませんよね」


 糾弾する真殿に対し、された側の志村はというと狂気のマッドサイエンティストらしく薄ら笑いを浮かべているかと思えば、今にも吐き出しそうな程の具合の悪そうな表情で拳銃を握った両手を震わせていた。

 食べ物目当てで大人を撃つストリートチルドレンの方がまだマシな表情をしているというもの。

 まだ銃口から消炎を放つ拳銃を半ば誤ったかのように手から落とした後も、志村の手の震えは止まらなかった。


「何だ。刃物と違って銃は生々しい感覚が無いから楽だって映画では言ってたのにな……結構キツイじゃねぇか」

「てめぇ……そんな覚悟で人を殺しやがったのか!!」

「あんたに人を責める権利があるのか!人殺しのヤクザめ!」


 激昂する真殿に、志村もまた慟哭するかのような激昂で返す。

 やがて浅い深呼吸をして自身の顔を掌で覆うと、一転した哀しげな表情で一番の部外者でありこの場の被害者でもある霜北に視線を傾けて謝罪の言葉を口にした。


「すいません、霜北さん。あの子を育ててくれた貴方を、私は巻き込むことになる。それだけが心残りだ」

「えっ、な、何言って」


 志村はそれ以上霜北に対して何も語ろうとはせず、再び深い隈が刻まれた双眸で真殿を、そして彼の腕に支えられたサカキを見据えた。

 もはや慟哭も後悔すらも捨て去った、与えられた役割だけを熟す自動人形かの如き無機質さで。


「俺は門を開く。父さんが求め、あの人を連れ去ったあの世界に繋がる門を!!」


 志村は叫ぶ。誰にも理解されず、また理解される必要も無いと自覚している覚悟の言葉を。

 そしてその言葉は同時に、これから起こる惨劇に巻き尾まれる全ての人々に贈る謝罪の言葉でもあった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ