転・鬼は無双する
◇━◇━◇━◇━◇
十王字ビル最上階、屋上庭園。
普段は観光客で埋め尽くされて賑わっているこの場所も、今やその原型を留めていないほどの荒れ様を見せていた。
天上の庭の名に相応しい美しい風景の中を、男達の怒声と手にした凶器を振り回す音が飛び交っていく。
チンピラの内数人が人工芝を遠慮無く踏み締めて鉄パイプや金属バットを振り回すが、相対する真殿は回避するどころか真っ向からそれを受け止めて、すかさずもう片方の腕でカウンターを決め込む。
「うがっ……!」
「ひっ、ぎゅぅ……!?」
そうして最期の自分の手下が緑の上に倒れたのを目にして、サカキの顔色はこの世の終わりと言わんばかりの原色そのもののような真っ青に変わってしまっていた。
圧倒的な数の暴力と武装。誰から見ても完全に優位なのは後から現れたサカキ達であり、その予想は揺るがない筈だった。
しかし、実際導き出された現実は1人の中年の男の前に全滅させられる街の顔を張っていたつもりの不良少年達の倒れ姿だけだった。
不良少年達にとっては悲惨なことに、全員と真っ向から勝負した上で真殿の身体には傷1つついてすらいない。
「お、おまっ、おおおと、お前!!なんだよ!?なんなんだよチクショー!!」
「なんだ。腰巾着共には戦わせといて、てめぇはやらねぇつもりか?」
目の前の現実に耐えられず身勝手にも激昂するサカキに真殿は鋭い視線を浴びせかける。
「ひっ」
それに目があってしまったサカキは今更面子など取り繕える筈もなく、一瞬で脚が震えてその場で尻餅をついてしまう。
当然ながら、元極道の凄みのかかったメンチを目の当たりにすればただのチンピラ風情がそれまで通りの気丈さで喋れる筈が無く。零距離で胸ぐらを掴まれるまでの間、サカキは終始真殿に視線を合わせたまま歯をガタガタと鳴らせて震えていた。
「言え。てめぇらを雇ったのは何処のどいつだ。何処の組だ!!」
「い、言え、言えないんですっ!!」
「あぁ?脅しでもかけられてんのか?」
「い、いや、あの、その」
脅えもあるせいか、いまいち歯切れの悪い言葉を返すサカキ。
面倒くさくなった真殿は一発拳を軽くぶち込んでやって喋りやすくしてやろうかと、脳筋らしい解決策を思いつきかけたのだが、同時にこの空間に新しい声が現れた。
「知らないんですよ。そいつら、小金で稼がれた文字通りのチンピラですから」
突然、現れた男の声。
その主は探さずとも自分から既に姿を表しており、2つのエレベーターの扉の前で煙草を吸っていた。
白衣姿の背の高い男。ボサボサの髪の毛に整えられていない無精髭のせいでややだらしなくは見えるが、年齢的にはまだ三十代前半とは若い方だろう。
真殿もサカキも、現れたばかりの男に対して抱く印象はその程度の同様のものでお互い見覚えの無い男だった。
しかし、ただ1人。白衣の男の姿を見た時から目を見開いて止まっていた『霜北』の口がゆっくりとその名を紡ぐ。
「志村……さん」
霜北の呼び掛けに志村は無言の一礼で返す。
この場において彼との対話は必要ないと考えたのか。或いはそれよりも重要なことがあるのか。
そこから志村の視線は一切霜北には向かず、いつもの彼を知る者から見ればあまりにも一変した淡々とした口調で、やや警戒態勢の真殿に話し掛けた。
「初めまして真殿隆一さん。私は……貴方に会いたかった」
「生憎と人付き合いは上手いほうじゃなくてな。今日は知らない奴と出会い過ぎて腹がいっぱいなんだ」
「これだけの人数を相手にした後でもそんな冗談を言えるだなんて……いやそれほどの精神力が無ければ……それもそうだな」
会話していた筈の志村の声は徐々に小さくなりやがて独り言へと変わっていく。
ぶつぶつと語る仕草は映画などで独唱に浸るマッドサイエンティストのようで、フィクションさながらの姿に思わず周りの方が魅入ってしまう。
といっても置いてけぼりにされて何事かと首を傾げる真殿に気がつくと、志村はすぐに軌道修正して再び会話は再開させたのだが。
「ん、ごほんっ。失敬。私は……今の青州会を束ねる立場にある人と思想を同じくする者と言えばお分かり頂けますか?」
「親父と?」
志村が遠回しに指摘した人物。真殿が親父と呼んで慕うその相手は、彼にとって血縁関係上からそう呼んでいるのではなく、あくまで極道の世界での親と子の関係の相手。
ニュースでこそ報道されていないものの、裏の世界では此処数日姿を消したとして話題になった関東ヤクザの総大将。
事実上の日本裏社会の顔とも呼べる男━━伊鶴来という老人のことを指している。
「アンタと親父の間に一体どんな関係があるっていうんだ」
と、目の前の男の白衣の男が如何せん信用できず一歩踏み出して詰め寄ろうとする真殿。
そんな彼の歩みを止めたのは、志村が白衣のポケットから無造作に取り出した拳銃の銃口を向けられたせいだった。
「ひぃっ!?」
「……」
さっさと逃げればいいものを、律儀に屋上庭園に残った霜北が悲鳴を上げ、志村と真殿の話が始まった時点で乱雑に投げ捨てられたサカキはさっさとエレベーターの方へと逃げて行った。
対する真殿は銃口を向けられようが一向に怯まず、眉間に皺を寄せた険しい表情で相対する志村を睨んでいる。
「そいつは学者先生が握るもんじゃねぇぞ」
「そうでしょうね。オレも、初めて握りましたよ」
一見軽く言葉を返しているようだが、目を凝らして拳銃を握る手を見れば微かに震えているのは一目瞭然だった。
極道が居ようが居まいが今の日本は平和ボケしている。確かに、極道や海外ギャング達が蔓延る裏の世界では密かに重火器など法から逸脱した武器は横流しにされてはいるが、それはあくまで裏の世界の話。
陽のあたる場所で生きる人々は、殆どが銃なんていう誰かを殺す為だけに造られた兵器を握ることなくその人生を終えるのだから。
彼の格好からしてまともではないが、志村がその手の人間にはまず見えない。長年修羅場を潜り抜けた真殿の観察眼からしても裏の人間にはまず見えなかった。
つまり自分で手に入れた物ではなく、誰かから渡された。
「誰から貰った。その玩具」
捻りもなく率直に尋ねる真殿に、志村もまた簡潔に答えを返す。
といっても、返された真殿からすれば到底簡単に容認できる内容ではなかったのだが。
「外面は会長ですよ。中身は私が用意しましたが」
奇妙な物言いを返してくる相手に訝しげな顔になりながらも真殿は覇気を一切緩めずに言葉を返す。
「……ますますわかんねぇな。どうして親父がお前に拳銃なんか渡す必要がある?」
「こういう事態に備えてだよ」
唐突に現れた新たな声。
話に夢中で屋上庭園に居る者の殆どがエレベーターを使って現れたその存在に気づくこと無く、ただ恐怖で焦りながらエレベーターのボタンを連打していたサカキだけが先に対面してその場で尻餅をついていた。
エレベーターの中から現れるのは身体付きの良いゴリラのような男が先導して車椅子を押していた姿であ。。
真殿は思わず息を呑む。何しろ車椅子に座った老人に真殿はこれまで出会った誰よりも見覚えがあったからだ。
黒服は元同業者達だとすぐに理解できた。かつて自分が所属していた組で同じ様な地位に居た筈の同年代の極道達。
それもその筈。何しろ仮に彼らの顔を一時的に忘れていたとしても、彼らが守護する高齢の男性の姿を見て真殿が過去を思い出さない筈が無いのだから。
「親父……」
青州会の現頭目にして事実上の日本裏社会を牛耳る老人。
真殿にとっては、この世でただ一人の“親父”と呼んで尊敬する相手。
かつて彼はこの老人のある頼みを聞き入れて先日まで十数年間投獄され続けたのだ。
だというのに、長い時を経て旧友や親父を目にした真殿に憤りや恨みといった激情の感情は見受けられない。
それどころか懐かしさに震えるように自分でも気付かぬ内に頬を緩め親父の元へと詰め寄ろうとする真殿。
そんな彼に、今度は車椅子を押すスーツ姿のゴリラ風の男が険しい表情で銃口を向けた。
「っ」
反射的に立ち止まる真殿と相対するゴリラ風の男の双眸は真剣そのものであり、銃を握る手にも志村のような震えも感じさせない。
殺そうと思えばいつでも殺せる。冷たい表情と殺気が痛い程にその意思を伝えていた。
「お久しぶりです、真殿さん。安藤と申します」
「……誰だ?顔合わせるなりハジキ向けてくるとはどういう了見だてめぇ……」
親の姿に目を奪われて一瞬存在を忘れてしまっていたが、よくよく見ると車椅子を押すゴリラ風の男が立っていたのだが、真殿には全く見覚えの無い男だった。
反して安藤と自らを名乗ったゴリラのような強面の男はかつての上役である真殿を知っているらしく、つらつらと彼の情報を舌に乗せて喋り始めた。
「どうもこうもありませんよ。狙撃した時に貴方がきっちりと死んでくれないから、無駄に怪我人が出たり、こんな大掛かりなことになってしまうんです」
「ッ!てめぇ……てめぇか。てめえが俺を狙った親玉か」
思わぬ相手に狙われ、しかもその犯人が目の前に現れたという状況。
驚きながらも拳を握り締める真殿だったが、それを見るなり安藤は自身を守護するという意味で極道世界で格が天と地ほどある親の頭に銃口を向ける。
「っ!?親父!!」
「動かないで下さい。俺だって会長を殺したくはないんですから」
体育会系というより、もはやプロレスラーのような見た目に反してやけに理性的な口調で話す安藤。彼の立つエレベーター前からは真殿の立つ庭園中央付近までは距離があり、いくら真殿の運動能力が人並外れているとはいえ一瞬で距離を詰めたりはできない。
加えて、狙われているのは極道にとって何よりも大事な親の命だ。真殿は動けず、銃口を向けられてるのが自分であればと憂いて奥歯を噛むことしかできない。
対して現状の優位を実感している安藤は勝利を既に確信した笑みすら浮かべて、よく回る舌で口上を紡ぎ始める。
「蛇蛾樂さんやそこの科学者が不可解な行動をお越し始めた時は肝を冷やしましたが、まぁ最終的には貴方の喉元にまで迫れたんだ。まぁ良しとしましょう」
「安藤っつったか。てめぇ、何が狙いだ?てめぇ腐ってもヤクザだろ。親に銃向けて、あまつさえビルを占拠してカタギに迷惑かけやがって……てめぇには極道としての矜持はねぇのか!?」
「プライド……?プライドね」
極道としての在り方を語る元極道を前にして、まるで嘲笑うかのような不敵な笑みを浮かべた後、安藤の表情もまた明らかな憤怒の色を携えた凶悪なモノに豹変する。
「そんなものがあるなら俺は刑事辞めてませんでしたよ。真殿さん」
諦めと後悔。
相反する二種類の負の感情を胸に懐きながら、安藤の暗く重い言葉は続く。
「今の対応でよくわかった。アンタが俺を本当に覚えてないってことも」
「……?何を言ってる?」
「いや、覚えてないのも無理は無いですよ。だってあの時、俺はアンタと一度も顔を合わせて無かったんだから。それどころか」
徐々に声は震えるように小さくなっていき。やがて安藤の視線はまだ何も語らない伊鶴来へと一度向けられた後、彼は意を決したように瞳に焔を灯して語り始めた。
十数年前のある悲劇の出来事を。
「俺もね居たんですよ。貴方が捕まる原因となったあの頭のおかしい宗教団体の総本部の中に」




