承・少女達の苦難
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昨夜の騒動から一夜明け。
部屋の隅に得体の知れない化物が居るという緊張感で殆ど眠れなかったモエの顔は、週明けの学生のように眠気と常に闘っていた。
「ふぁぁぁぁぁ〜……」
「モエちゃん大っきな欠伸だねぇ〜っ。あっ虫歯」
「嘘だろっ!?」
「うーそーっ……っていててててててっ!?痛い痛い!女の子がチョークスリーパーなんて使っちゃ駄目だって!」
最近オープンした高層ビル━━十王字ビルの1階洋服売り場にて、仲良さげな少女達の声が響く。
二人の騒がしい触れ合いは度々周りの視線を集めたが、大量の人が行き来するこの場は元より何処からも喧騒が聞こえてくる為特別目立っているわけでもなかった。
「って、いうか。流石の人の数だねぇ〜っ。なのに涼しい!クーラー作った人って天才!お金あげよう!」
「ムツキみたいな阿呆に褒められても嬉しくないだろ、クーラー作った人も」
「何をぉ〜っ!?喜ぶかもしんないじゃん!クーラー作った人でも!」
友人同士だけができるストレスゼロの他愛も無い話。
まるで前々から予定を立ててこの十王字ビルに遊びに来たような二人だったが、断じて二人は単なる物見遊山で此処に来たわけではなかった。
話が一段落したところでモエがスマートフォンの電源を入れると、その画面には若者の間で人気のSNSアプリである『ボール』のタイムラインが表示される。
其処には謎の白衣男、出現|という題目で投稿された画像が映し出されていた。
注意深く見ずともそれは睦月とモエ、それぞれ抱く印象は違えど共通の知人である志村その人だった。
「戸張の立場が役に立った。あのマッドサイエンティスト……見つけたら絶対ぶっ殺してやる」
「ぶっ殺すのはダーメー!センセーにも絶対何か理由があるんだから!」
「何でそんなに頑なに信用できるんだ……。アタシにはわからん」
友人の志村に対する盲信ぶりにいい加減頭が痛くなってきたモエ。そんな気持ちなど露知らず軽快な足取りでムツキは前に移動して器用に後ろ歩きしたまま胸を張る。
「だってセンセー優しいんだよぉー?部屋のお菓子食べても怒んないし、部屋のゲームやっても怒んないし、あと部屋で暴れても機嫌が良かったら怒んない!」
「いやそれはもう半分呆れられてだけだと思うけど……」
だとしても、と何万回も繰り返しきた睦月と志村の仲を少しでも疎遠にする為の言葉を述べようとするモエだったが、先に紡がれたのは背を向けた睦月の言葉だった。
「それにね。ウチの家がゴタゴタしてる時、ホント帰りたく無くて窓から飛び降りてやろうかなぁ〜ってウチが考えてる時ね。センセーだけは『可哀想』って思ってくれなかったの」
「え?」
随分と前から睦月の家庭がややこしいことになっているのはモエも知っていた。
原因が誰にあるのかは定かではない。ただ自然と親夫婦の仲が徐々に崩壊していき、風化するようにして睦月の居た幸せな家庭は崩れ落ちた。
丁度、崩れ落ちたその時期のことを思い出すと、他人事ながらモエの胸は締め付けられる思いとなる。
大学に顔を出しながらも周りを照らす太陽のような笑みが理不尽に曇っていく様子はモエにとって見るに耐えなかったのだ。
「皆、皆ね。口では大丈夫って心配してくれるの。別にそれが辛かったわけじゃないけど……適当に造った言葉に埋め尽くされるのは、何か嫌だったんだ。パパとママを見てるみたいで」
「睦月」
「でもねっ」
モエが伸ばした手が肩に触れるよりも早く睦月は振り返る。
その顔に裏表の無い、正真正銘の満面の笑顔を浮かべて。
「でもセンセーはね。センセーなんて言ったと思う?━━どうでもいい、って言ったの。顔色一つ変えずにね。その後も普通にいつも通り話すの」
「……最低だな」
「うん。本当に最低。それ聞いた途端、ウチも涙出ちゃって。あー、本当にどうでもよかったんだなって」
立ち止まった睦月は通路の柵に両腕を置いて、前方に凭れ掛かるようにして上方の吹き抜けの天井を見上げる。
「他人の不幸なんて所詮そんな物。周りから見れば本当にどうでもいいことだったんだって。何か裏があって、悪意があって偽物の言葉を投げ掛けられたわけじゃなかったんだって。勝手にウチが納得したの」
「……」
「だからね。ね?モエちゃん」
いつも天真爛漫な彼女にしては珍しく儚げに笑う睦月。
そんな友人の複雑な笑顔を目の当たりにしてしまい、同じく複雑な感情になりながらモエはわざとらしく息を吐いた。
「む……はぁ。わかったよ。志村を見つけても殴らない」
「やったー!!情に弱いからモエちゃん大好き〜!!」
「おわっ!抱きつくな!というか今滅茶苦茶なこと言ったなお前!?」
二人の少女が和気藹々と交友を深めるその最中。
多くの利用客に恵まれ、休日ということもあって十王字ビルは大変な賑わいを魅せていたのだが。
━━十王字ビルは突然の暗闇に襲われた。
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十王字ビル。1階。
その日、その場所は、日本の公開を間近に迫らせた映画のセレモニーの為に多くのファンが集まっていた。
大人も、子供も、老人も、男女すら関係なく。誰もが海外から来日する有名人を一目見ようと脚を運んだのだ。
それ故に、それが仇となって。
突然の停電と、全方位のシャッターが完全に閉まり切った時、十王字ビルにて最大のパニックが発生した。
「な、何!?停電!?」「それだけじゃ昼間なのにこんな暗くならないだろ!」「外のシャッターが閉まってないか!?なぁおい!?」「うわぁぁぁぁぁっ!!?」「地震か!?」「揺れなんて……火事かもっ」「とにかく明かりだ!明かり!」「懐中電灯とか誰か持ってないのか!」「スマホでいいだろ!スマホの明かりつけろ!」
そうした声が重なり合い、やがて映画に興味を示した来場客ほぼ全員が明かり灯した時、彼等は同時に悲鳴を上げることとなった。
端末から発せられる小さな光が集合し、大きくなった光が照らし出した存在に前に巻き込まれた被害者達は声を失う。
何しろ彼らの目の前に現れたのは、全員が全員、祭りの屋台などで売っているお面や覆面を被って顔を隠した武装した集団だったのだ。
何も全員が銃火器を装備した特殊兵といった雰囲気では無い。
服装からして大概が街のチンピラ。持っているものも、金属バットや鉄パイプなどがいいところだ。
それでも何も知らない街の住人からすれば脅威であることは変わりなく、彼等の冷え切り怯え切った表情は変わらない。
無力な市民を嘲笑うかのように、数少ない銃火器を持つ人間の1人が群衆に向けて一歩前に出る。
「おいおいおいっ!静かにしろよギャラリー達!てめぇらが喚こうが何も状況は変わんねぇんだよ!あっいや、俺を怒らせたりしたら全員皆殺しになるかもだけどなぁ!ぎゃっはっはっ!」
男の尋常ならざるテンションに脅威を感じて押し黙る群衆。
銃火器を持つ男はその様子に制服感を覚え、高揚した気分のまま舌舐めずりをして再び口を開く。
「よぉし良い子だ。どちらにしても、ここから始まるのは俺ら有象無象には関係のねぇ話だ。大人しくしてな。だったら死にはしねぇよ、たぶんな」
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突然の停電。本来は閉店時に使う為のシャッターの閉鎖。それに加えて1階広場に現れた謎の武装集団。
状況を誰かに確認するまでもなく瞬時に異常を察知したモエは、有無を言わさず睦月の手を引いて近くの洋服屋の中へ身を隠した。
周囲はパニックに陥り、そこかしこで人々が走り回っている為、ぶつかれば危険だと判断したのだろう。
動揺していないわけではないがモエの判断は早く、そして迅速で的確だった。衝動に駆られて助けを求めたりはせず、一時的に息を潜める。
今の『異常』が自然災害などではなく人為的に起こされたパニックだと解った時点で、下手に目立つ行為をするのは危険だ。
その為、自身の腕の中で慌ててスマホを開きかけたムツキの手をモエが優しく制止する。
「今は電源を付けるな。気付かれる」
声量と伝えるべき内容を最低限にして睦月にだけ聞こえるように呟く。
それ以外にも洋服屋の陳列棚の後ろに回り込むなど、モエの行動は明らかに何かから隠れるようにしていた。
ムツキは不思議に思いながらも友人の判断に従ったのだが、その視線が動いた時、店の外の廊下で不意に明かりが灯った。
どうやらサラリーマン風の中年男性が暗闇に堪えきれず、スマートフォンの電源を付けたらしい。
陳列棚の裏に隠れるムツキとモエからはギリギリその姿が視認できていたのだが、きちんと視認するよりも先に、男性の肩辺りから赤い水が吹き出た。
それよりも僅かに先に銃声らしき音を耳にしたモエは苦々しく奥歯を噛み締める。
「マジ、かよ……!」
ノーモーションで地面に倒れ込む男性の姿を目にすれば、誰もがそれが作り物でないことぐらい理解できる。
明確な銃弾による暴力行為。初めて残酷な現実を目にした睦月は瞳孔を開き、過呼吸気味に息を荒げてしまう。
「あっ、あぁっ……!━━んぐっ」
「ちょっと我慢してくれっ。今気が付かれたらホントにやばい」
背後から覆うように睦月を隠していたモエがすかさず口を塞ぐ。
そうしなければ、倒れ込むサラリーマンの近くまで歩いてきたチンピラ達に自分達の存在がバレてしまっていただろう。
「おいおい、誰も殺すなって蛇蛾樂さんに言われてたんじゃねぇのかよ」
「殺してねぇし。生きてるし。っていうか、お前こそ蛇蛾樂さんの名前出してねんじゃねぇよ。命令して来たのは部下の人だろ?」
「あの人名前なんていったけ?」
「さぁ?」
武器を持ったチンピラ達の会話はすぐに終わり、再び場を暗闇と静寂が包む。
モエは故あって夜目が効く方だが、この特技はこの平和ボケした日本国でそう何人と習得できるものではない。
恐らく、先程のチンピラ達を含め異常事態を作った集団は暗視スコープなどを用いて邪魔者を排除している。
更に彼等の武器。金属バットやバール、鉄パイプなどはまだしも、銃火器を持っているものが少数ながら何人か居た。
それだけで彼等が何らかの尋常ならざる目的の為に動いているのは容易に想像ができた。
「いいか睦月。アタシが絶対お前を外に出してやるから、もうちょっと泣くのは我慢してくれよ」
てっきり自身の腕の中で恐怖で我を忘れているものばかりだと思って、そうモエは友人に語り掛ける。
しかし、顔を上げた睦月が脅えきった表情と震えた唇で呟いたのは、慟哭や助けを求める声でもなかった。
「センセーが……」
一瞬、モエの表情が固まる。
この期に及んでまだ睦月はあの男を気にかけるのか、と。
必要の無い考えが脳内を支配し、胸が詰まるような息苦しさを感じ、やがて大きく息を吐き出したモエの顔には苦笑が浮かんでいた。
「あぁ。もう。泣きそうな顔するなって。わかった。志村も探せばいいんだろ」
はっきりと言ってその判断はを常軌を逸していた。
敵は武装した集団。数は未知数。この暗闇で自由に動ける装備まで所有している。
だというのに両手にテーピングを巻く少女に恐れは無い。
必要なことは動きを安いように髪と靴の紐を結び直すことだけ。
例え、武器を持った敵が目の前に現れたとしても。
「……ッ!?おいっ!何してるガキ共!!」
「っ、モエちゃん!」
━━少女の眼光は一寸も曇ることは無い。




