表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

15 : 黒犬と宴の夜。





 剣を握って、おれは深呼吸する。

 手のひらに馴染んだ剣は、片刃。ここでは片刃の剣が珍しいみたいで、おれ以外に片刃の剣を操っている人間を見たことがない。シスイの大剣も珍しいけど、それでも両刃だから、リョクリョウ国ではふつうだ。片刃だと一面でしか害獣を斬れないから、両面で斬れる両刃が好まれる。

 おれは片刃の剣を、両手に一本ずつ持って、操る。風を斬り、空気を往なし、草や花を舞い散らせる。


 イザヤ、と呼びかけられて、おれは操っていた剣をぴたりと止めた。


「おいで、イザヤ。お茶にしよう」


 カク・リツエツ。おれの養父になってくれたオジサンの名前。呼びにくい名前だから、おれはリツって呼んでる。


「お茶にはまだ早いよ、リツ」

「ユキイエさまとツヅクモさまがいらっしゃっている」

「あ、それなら行く。先に行ってて」


 剣を鞘に納めて、寝そべっている黒い犬に声をかけた。


「ギル、おいで」


 おれの声に耳をぴぴっと動かしたギルは、のそりと顔を上げると欠伸をした。ゆっくりと立ち上がり、のこのことおれのそばに寄ってくる。

 おれは屈んで、その柔らかな黒毛を撫でた。


「イーサ、変わったな」

「へ? なんだよ、いきなり」

「いや、変わったというより、戻ってきた」

「は? なにが?」

「イーサは起きた……眠っていてもよかったのに」


 ギルはたまに、変なことを言う。おれが眠っていたり、起きていたり、そんな話だ。よくわからないことだから、大抵はスルーする。


「ばあちゃんとじいちゃん……じゃなかった。ユキちゃんとツクモさまが来たから、休憩するぞ」


 祖母ちゃんと祖父ちゃんを名前で呼ぶと、祖母ちゃんから鉄拳がくる。それは最近のことだ。どうして呼び名を変えるのだ、と怒る。でも仕方ない。だってふたりは、このリョクリョウ国の先王夫妻だ。おれが「ばあちゃん、じいちゃん」て呼んだら、おかしいだろ。もともと血も繋がってないのに。


「いいのか、イーサ」


 おれが立ち上がると、ギルがそう問うてきた。おれはちらっとギルを見て、それから空を仰ぐ。


「ここにふたりがいる。それがおれの答え」

「……また、剣を握るのか」

「おまえはいやなの?」

「イーサはもう、戦わなくていい」


 おれは苦笑して、ギルの頭を撫でた。


「この世界で生きるには、必要なことがある。幸いおれは、なぜかこの剣が握れる。扱いもわかる。これで斬るものがなにかも、わかる。それならおれは、戦うことを選ぶよ」

「なにを護る?」

「ふたりを」

「どうして?」

「おれを助けてくれたのは、ふたりだから」

「……助けた?」


 ああそうか、とおれは思い出した。

 ギルには、なにも話していない。シスイやリツエツにも、話していないことがある。


「説明のしようがねぇな……まあ、いつか話してやるよ。とにかくおれは、ばあちゃんとじいちゃんがいれば、それでいいから」

「……本当に?」

「ああ。おれはばあちゃんとじいちゃんのところに、帰ることができた。だから、いいんだよ」


 にこ、とおれは笑う。胡散臭げなギルは、それでもふっと息をつくと、おれの前を歩き始めた。


「なあギル」

「なに」

「おまえ、いつまでここにいるんだ?」

「言っただろう。おれはイーサを護る。イーサが好きだから、そばにいるんだ。捕まったんじゃない」

「……、そっか」


 最後の、捕まった、というのはよくわからなかったけど、強いギルがそばにいるなら、おれは安心して剣を握れる。いくら扱いがわかる剣でも、やっぱり不安だし、ギルは強いからいざってときに頼れる。


「頼むよ、相棒」

「任せろ」


 立派な尻尾がぶんぶんと振られる。それに笑って、おれは見えてきた光景に目を細めた。


「……うん、ただいま」


 おれを愛してくれる人たちのところに、おれは帰ってきたんだ。

 だから、もういい。





 これがおれの、黒犬と歩む、物語の始まり。

 日本で産まれて、異世界に渡って、生きて行く物語の始まり。





これにてイザヤ登場編は完結致します。

次はヒョウジュ編『宴の夜に舞い降りる。』へ物語の舞台は移動します。


読んでくださりありがとうございました。

お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ