第三十九話 僧侶
──パタート達との会食と懇談を終え、解散の時を迎える。俺達が席を立とうとすると、パタートが俺に声をかけた。
「テルアキさん、今日はありがとうございました」
「どういたしまして」
「今日のお礼と言っては何ですが、神官長としてテルアキさんに真面目なお話があります。少し残っていただけますか?」
パタートは穏やかな少女の表情から一変し、威厳のある神官長の顔つきになった。俺達は思わず姿勢を正した。
「分かりました。ユナ、サキ、先に宿に戻ってくれるか? あと、俺はこの後、資料館で例の極大魔法について調べるつもりだから帰りは少し遅くなる予定だ」
「うん、わかったよ、僧侶様。何だか大切な話みたいだね。調べ物の方も頑張ってね」
ユナとサキは教会を後にした。
「サキちゃん……、最後のパタちゃん、凄い雰囲気だったね。僧侶様と何か重大な話があるのかな?」
「どうだろうな。テルアキはあれでも特別な存在だし、僧侶だけの極大魔法の件もあるし、気になるならテルアキが宿に戻ったら聞いてみろよ」
「……うん、そうだね」
ユナとサキを見送り、クルジュが同席する中でパタートが話を始めた。
「テルアキさん、話というのは僧侶だけが使える極大魔法についてです」
「はい、俺もそれについて聞こうと思っていました」
「テルアキさんはその魔法について名前や詳細は何も知らないのですね?」
「はい、知りません」
「では、まず魔法の名前をお伝えしましょう。その魔法は……『ホーリーサクリファイス』といいます」
「そうなんですね。……えっ!? サクリファイスって、『犠牲』って意味ですか!?」
「そのとおりです。その魔法は『聖なる犠牲』という名前を持ちます」
(……聖なる犠牲って!?)
「驚いているようですね。この魔法は非常に危険なものです。魔法の書を所持しているのも、私を含めごく限られた者だけです」
「その魔法……、詳細は一体!?」
「今日、全てをお話しするのはやめておきましょう。まずは自分で調べてみてください」
「わ、分かりました……。早速、資料館に行って調べます」
「いい心がけです。テルアキさんがこの魔法の詳細を知ってもなお、この魔法を欲するのであれば、……その時は相談に乗りましょう」
「今日は貴重なお話をしていただき、ありがとうございました」
俺は教会を後にして、資料館に向かった。資料館へ向かう俺の後ろ姿を見ながら、クルジュとパタートが話す。
「神官長、宜しかったのですか?」
「クルジュ……、テルアキさんがどんな結論を出しても、私は私の判断をするだけです。もしテルアキさんがこの魔法を覚えるのに値する人物なら……、私は彼に魔法の書を渡します」
「神官長、いえ、パタート……。あなたはまだ少女なのに、いつも辛い判断をさせてしまうわね」
そう言うと、クルジュはパタートを優しく抱き寄せた。
「うぅっ……、クルジュ……。私だって、テルアキさんがこの魔法を使うなんて考えたくありません……」
……そう呟きながらクルジュの温かい胸の中で、パタートは涙を流していた。
──そんな二人のやり取りを知ることもなく、俺はホーリーサクリファイスの魔法について調べるため、資料館を目指した。しばらく街並みを歩き、資料館に到着する。俺は魔法関連の蔵書がまとめられたエリアに行き、ホーリーサクリファイスの魔法について調べ始めた。数冊の蔵書を確認したが、なかなか欲しい情報が書かれた蔵書が見つからない。……調べ始めて一時間ほど経過し、ようやく目的の蔵書を見つけることができた。
「あった! これだなっ! えっと……、なになに?」
俺は緊張しながらホーリーサクリファイスに関する詳細が記された部分を読み始める。
──ホーリーサクリファイスは僧侶のみが使うことができる魔法である。この魔法を使用すると、術者の身体から光が放たれる。その光は、周囲の敵に強大な攻撃を与えると同時に、敵の攻撃を強大な力で打ち消すことができる。
(おおっ! なんて凄い魔法だ!? この魔法があれば、かなりの戦力アップになるぞ!)
しかし、俺は次に書かれたホーリーサクリファイスの効果を読み愕然とする……。
──しかし、この魔法は一度しか唱えることができない。それはこの魔法を唱えるのに、術者の生命を捧げる必要があるためだ。自らの生命を犠牲にして、最大級の攻撃と防御を同時に放つ魔法……それがホーリーサクリファイスである。
(……なっ!? これは本当かっ!? 術者の生命を犠牲に!?)
俺は魔法の詳細を知り、しばらくの間、頭が真っ白になった。
……そして、この世界にやってきて今まで出会ってきた人々や出来事を思い出す。
(この魔法を使ったら俺は死んでしまう……。皆との思い出も全てなくなってしまう……)
様々な出来事が頭の中を駆け巡る。そして最後に、俺の頭に浮かんだのは、いつも隣にいてくれたユナの声と笑顔だった。
(……僧侶様っ!)
(……ねぇ? 僧侶様?)
(……もぅっ! 僧侶様!)
俺は資料館の片隅で立ち尽くしていた。
(……ユナ、……ユナッ! そんなっ! ユナッ!! この魔法を使ったら……、お前を残して俺だけ死んでしまうのか? 俺はどうしたらっ!?)
この魔法を唱え、自分が死んでしまった時のことを想像すると自然に俺の目から涙があふれ出てきた。
(これが、僧侶だけが使える極大魔法ホーリーサクリファイスなのか……)
──こうして俺は、資料館でホーリーサクリファイスの真相を知るのであった。俺は資料館を後にしたが、すぐにユナとサキが待つ宿屋に戻ることができなかった。
目的もなく街中を歩いていると、ラディの魔法書店の前にいた。何となく魔法書店の扉を開けてしまう……。
「いらっしゃいませ」
ラディの優しい声が俺を迎えてくれる。
「あら? テルアキ君? そんな暗い顔をして、どうかしたの?」
「ラディさん……俺、たった今、僧侶だけが使える極大魔法の真相を知りました」
「そう……、ホーリーサクリファイスの真相を知ってしまったのね」
「はい。あの、俺、何て言ったらいいか。『自分の生命を犠牲に』って言われたら急に怖くなってしまって……」
「テルアキ君、それはとっても自然で普通の感覚よ。自分の生命を犠牲にした魔法……と言われて恐怖を感じない人なんていないわ」
「そうですよね……。俺は……この魔法を覚えるべきでしょうか?」
「……うふふ。その答えは分かっているでしょう? あなた自身が決めることよ。自分の生命を犠牲にしてでも護りたいもの……。人? 国? 世界? それとも他の何か? ……この魔法と向き合うということは、自分にとって一番大切なものと向き合うことでもあるのよ」
「そうですよね。ラディさん、お話を聞けて少し楽になりました。ありがとうございます」
「お役に立てたようでよかったわ。またいつでもいらっしゃいな」
俺はラディと話して少し気が楽になり、ユナとサキが待つ宿屋に戻った。
「あ、僧侶様、お帰りなさい。パタちゃんとはいい話ができた?」
「……あ、ああ。『僧侶とは何たるか?』みたいな大きなテーマで話を聞いてきたよ」
「そっかぁ。例の極大魔法については何かわかったの?」
このユナの質問に、俺は少し戸惑った。
(今日知った全てのことをユナに話したら心配かけるよな。しばらくは黙っておいた方がいいかな……)
「……うん? 僧侶様?」
「ああ。それについては、自分で調べなさい……だとさ。……で、資料館に行って今まで調べていたんだが、詳細はよく分からなかった。また時間を作って調べに行くよ」
しどろもどろに答える俺の様子をサキは不思議そうな顔で見ていた。
「今日はちょっと色々あって疲れたから部屋に戻って休むよ。明日は、街の近くにある鉱石の採掘場に行って付近の魔物達と戦ってみよう。勇者の盾を奪還するのに付近の魔物達の強さを把握する必要があるからな。……じゃあな、お休み」
「うん……、お休み。僧侶様」
俺は宿屋の部屋に戻り、ベッドで横になった。
(ふぅー……、はてさて、今後はどうしたものか? 極大魔法のことは後にして、まずは勇者の盾奪還に専念した方がいいな)
……コンッコンッ。
俺が横になって考え事をしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「おい、テルアキ。ちょっといいか?」
「サキか? いいぞ、入ってくれ」
「なあ、テルアキ……。さっきはちょっと様子が変だったぞ。……大丈夫か? お前もユナも嘘が下手だからな。あんまりお互いが苦しくなるようなことはするなよ。それだけだ。じゃあ、お休み」
サキはそれだけを言い残し、自分の部屋に戻って行った。
(サキ……、さすがだな。嘘だってバレてたか)
こうして様々なことが起きた俺にとって長い一日が終わった。




