第三十八話 神官長パタート
──俺達は神官長パタートに会うため、教会本部を訪ねた。入口で用件を伝えると、神官長パタートが祈りを捧げている大聖堂へと案内された。
ステンドグラスの窓から光がこぼれる大聖堂。その奥で、修道服姿の少女が膝をつき、祈りを捧げていた。高い窓から差し込む美しい光に包まれた少女の姿が神々しい。少女は俺達に気づくと、祈りをやめて立ち上がった。
「あなたが召喚の儀式で現れた伝説の僧侶、テルアキさんですね。私は神官長パタートです」
「初めまして、テルアキです。こちらはユナ、サキです」
「ユナさん、サキさん、よろしくお願いします」
「こんにちは。神官長……っていうからお婆ちゃんかと思っていたら……、こんなに可愛い女の子なんだね」
パタートの隣に立つ修道服の女性がユナの発言を聞き、鋭い眼光で睨みつける。規律を大切にしていそうな厳しい雰囲気を醸し出す大人の女性だ。
「こらっ! 神官長に何と無礼なっ!」
「いいのですよ、クルジュ。ユナさんの言うとおり、私は十二歳の少女です」
パタートの制止にクルジュが一歩引き下がる。
「皆さん、失礼しました。こちらは僧侶のクルジュ。幼い私を補佐してくれています」
「こちらこそ、ユナが失礼しました。えっと、パタート……様?」
「ふふ。皆さん、私のことは呼び捨てで構いません。私の方が年下ですし、神官長を務めるのも魔力と霊感が少しある……というだけのことですから」
パタートの気さくな発言にホッとした表情でユナが話す。
「よかった。私、堅苦しいのは苦手で……。こんな可愛い女の子を『様』で呼ぶのは抵抗あったから。……じゃあ『パタちゃん』って呼んでいい? お友達になろうよ」
(……なっ!? 神官長を『パタちゃん』って言った!?)
「こらっ! そこの魔女! 重ね重ね何と無礼な!!」
「ふふ。ユナさんは親しみやすい方ですね。でも、嬉しいです。私も神官長という立場だけで大人の方々から敬われることにちょっと疲れていますので」
「神官長、何てことをっ! ……いけませんよ! 立場に相応しい立ち振る舞いをして頂かないと!」
「クルジュ、いいではありませんか? 伝説の僧侶ご一行の皆様とお友達……、悪くはないでしょう?」
パタートの笑顔の前にまたもクルジュは引き下がる。十二歳という少女の肩に、神官長という立場と重圧がのしかかっている。パタートは少し疲れているようにも見えた。そして、パタートは俺達にある提案をした。
「皆さんは旅をしながらこの街に来たのですよね? そのお話を聞かせてくださいませんか? 私は外の世界の話を聞くのが大好きなのです。クルジュ、お茶の用意をお願いします」
「はぁ……。この後も祈りを続ける予定でしたが、仕方ありませんね」
そして、談話室に移動しようとしたところ、パタートがモジモジしながら俺に何かを言いたそうな顔をしていた。
「あれ? ……パタート? どうかしましたか?」
「テルアキさん、実は以前、私どもの従者がロティールに伺った時、お土産で『フレンチトースト』なるものを頂きました。聞くところによると、テルアキさんが考案されたものだとか?」
「ええ、そうです。ロティールのあるお店の方に作り方を教えて、その後、商品化されたみたいですね」
「あの美味しさが忘れられなくて……。もし可能なら私どもの炊事係に作り方を教えていただけませんか?」
「それはお安いご用です。というか、パンと卵、牛乳などがあれば作れますので、パタート? もしよかったら今から一緒に作りませんか?」
「えぇっ!? いいのですかっ!? テルアキさん!!」
この提案にクルジュが目を光らせた。
「待ちなさい! 神官長に菓子作りをさせるなどっ! 認めませんよ!!」
「クルジュ! 『待ちなさい』は私の台詞です。菓子のひとつも作れないで何が神官長ですか? それに私は神官長である前に十二歳の少女ですよ?」
「ぐっ、神官長……」
パタートは俺にもクルジュの説得に協力するよう、グイグイと俺の袖を引っ張り可愛い上目遣いでアピールしている。
(……これは? 俺にもクルジュさんの説得を手伝えっ! ……ってことか!?)
パタートのサインを受け取り、俺もクルジュの説得に協力する。
「クルジュさん、パタートもこう言っているし如何でしょうか? それに今後、神官長自ら菓子を作って皆に施す……なんてことができたら、神官長の好感度もきっと上がりますよ?」
(……テルアキッ! 相変わらず性悪の発想だな!)
俺のこの言葉にサキは苦笑いをしている。
「ぐっ、それは……」
(クルジュさんの説得もあと一押しだな。何か他の説得材料が見つかれば……)
「ところでクルジュさん、フレンチトーストに添えるなら、どんなトッピングがお好きですか? ハチミツ、メイプルシロップ、フルーツ、アイスクリームなどですが……?」
「はいっ! 僧侶様! 私っ、アイスクリーム!」
「ユナッ! お前には聞いてないっ!」
「わ、私は別に……。強いて言えばフルーツでしょうか……」
戸惑いながら答えるクルジュの姿に俺は説得の活路を見いだす。
「それはよかった。ではクルジュさん、ユナとサキと一緒に、フレンチトーストのトッピングを買いに行ってもらえますか? 俺とパタートはここでフレンチトーストを作って待っていますので」
「やったぁ! 僧侶様! 好きなの買ってきていいの?」
「ユナ、途中でつまみ食いするなよ」
「わーいっ!」
(……いやっ、『つまみ食いするなよ』の返事をしろよっ!)
パタートはクルジュの背中を押しながら出入口の方に誘導する。
「決まりですよ、クルジュ! ユナさんとサキさんと一緒に、買い出しに行ってきてください!」
「……ちょっ! 神官長!?」
「はいはいっ! 行ってらっしゃーい!」
パタートは半ば強引にクルジュ達を追いだし、俺に笑顔を見せた。
「はは。パタート、なかなか強引だな」
「ええ、クルジュにはこのくらいしないと。ではテルアキさん、フレンチトースト作りのご指導、よろしくお願いします!」
俺はパタートと教会の炊事係にフレンチトーストの作り方を説明しながら一緒に作った。パタートは慣れない調理を楽しんでくれた。
「テルアキさん、私、お菓子作りなんて初めてですが、こんなに楽しいものなんですね」
「喜んでもらえてよかったです」
「それに、殿方と隣同士で作業するなんて……、まるでお兄ちゃんができたみたいです」
「ははっ。それは嬉しいお言葉です。神官長のお兄様になれるなんて光栄です」
調理を終えた頃、タイミング良くユナ達が買い出しから帰ってきた。それぞれ好みのトッピングを添え、フレンチトーストを完成させ、皆で席に着いた。
「皆さん、今日はテルアキさんの指導で、フレンチトーストを作ることができました。楽しくお喋りして、美味しく頂きましょう」
クルジュは綺麗にでき上がったフレンチトーストに驚き、パタートに確認する。
「これを……、本当に神官長がお作りになったのですか?」
「ふふ。そうですよ。フレンチトーストの作り方を覚えられたのは、今日得られた二つの大きな収穫のうちのひとつです」
「……うん? パタちゃん、二つの大きな収穫って、もうひとつ何かいいことでもあったの?」
ユナの質問に、パタートが屈託のない笑顔で嬉しそうに答えた。
「ええ、ユナさん。今日は私に……、テルアキさんという素敵なお兄ちゃんができました」
(……なっ!? パタート! 皆の前でなんて冗談をっ!)
……ピキッ!
驚く俺の隣で、ユナの顔に血管が浮き出るような気配がした。
「待て、ユナ。これは違うんだ」
「うん? ……僧侶様? 私、まだ何も言ってないよ? でも……、へぇ……そうなんだ。僧侶様はパタちゃんのお兄ちゃんになったんだ……」
ユナは冷たい軽蔑の目線で俺をじっと見ている……。
「ユナ、もう一度言うぞ。これは違うんだ。頼むから、最後まで俺の話を聞いてくれ」
「……勿論だよ、僧侶様。誤解は良くないもんね。相手の言い訳は……、ちゃんと最後まで聞かないとねっ」
……ゴゴゴッ。
「ユナ、まずはその手から出ているファイアの炎を鎮めるんだ。こんなところでファイアを使ったら、教会が火事になってしまうぞ」
「あ……、そうだね。ごめん、ついうっかり……。燃やすのは僧侶様の顔だけ……それくらいの火力に調整しないとね」
「いや、だから誤解なんだって」
「……なぁ、テルアキ。お前の素行に関してイチイチとやかく言うつもりはないが、十二才の少女に手を出すのはさすがにどうかと思うぞ」
「サキ、お前は黙れ。そして誤解を助長する発言はやめるんだ」
こうしてフレンチトーストを食べる懇談の間、俺はユナとサキの誤解を解くのに苦労したのであった。




