第三十七話 新しい剣と魔法
──俺達はグリエールの鍛冶屋で親子の鍛冶職人カルバス、フィーグと出会った。挨拶を終えるとフィーグはサキが腰に携える短剣を目にとめた。
「サキさん、この短剣、ちょっと見てもいいですか?」
「ああ、構わないぞ」
フィーグはサキの短剣を手に取り、鞘から刀身を抜いて光に当てて観察を始めた。カルバスも隣でその様子を見ている。
「鉄製の短剣、丁寧に手入れしてますね。でも、そろそろ限界が近いみたい……」
「そうなのか?」
「いい見立てだな、フィーグ。俺も同感だ。サキさん、この短剣は長く使ってるのかい?」
「ああ。小さな頃にアタシの育ての親、セップさんがくれた物だ。手入れしながらずっと使ってる」
「そんなに可愛がってもらえて、……この短剣は幸せだね」
長年愛用された短剣を思いやるフィーグの言葉に、サキは心をくすぐられた様子で、鍛冶屋の二人に相談を始める。
「そろそろ買い替え時かな? ……とは思っていたんだ。オススメの短剣はあるか?」
「そうだな。同じ鉄製のものもあるけど、フィーグ、伝説の僧侶様のお仲間だ。研究中の試作品ではあるが、あの短剣を持ってきてくれ」
「うん、お父さん」
フィーグは店の奥から一本の短剣を持ってきた。
「……これは? 鉄みたいな色だけど、何て材料の短剣だ?」
「これは、研究中の素材であるウーツ鋼を使った短剣だ。何種類かの金属を混ぜて作るもので、水が流れるような波目模様の刀身が特徴なんだ。強靭で錆びにくく、切れ味は最高の短剣だよ」
その説明を聞き、ユナが短剣を覗き込む。
「本当だ! 刀身の模様が綺麗に波打ってる! 何だか神秘的だね」
「材質を生成する過程でこういう模様が現れるんだよ。サキさん、試し切りを見せよう。刃の部分を上向きにして持っていてくれるかい?」
「ああ、こうか?」
サキはカルバスに言われたとおり、短剣を水平に持ち、刃を上に向けた。そして、カルバスが布切れを一枚、短剣の上から落とす。
……スパッ!!
「なっ!! 何て切れ味だ!? 布切れ自身の重さだけで切れた!?」
「すごいっ! こんな切れ味の刃物、見たことないよ!」
「まだ研究中の材質で量産はできないのだけど、この短剣で良ければ特別に分けてあげるよ。……サキさん、どうだい?」
「いいのかっ!? こんな特別なものをっ!?」
「ああ。実は俺とフィーグは君達のファンでね。聞いたよ。港街ブレゼスの危機を皆で救ったそうじゃないか」
「ええ、まぁ……」
「俺もフィーグも魚が好きでね。漁が盛んなあの街を救ってくれたことに感謝しているんだよ」
「ブレゼスの港町を救ってくれたこと、私からもお礼を言わせてよ。先日ブレゼスに納品で行ったんだけど、ザバを酢漬けにした『シメザバ』だっけ? あれ、美味しかったなあ。翌日でも食べられるっていうから、お土産で買ってきてこの街に戻った翌日も食べたんだよ」
フィーグも嬉しそうな笑顔で感謝をつけ加えてくれた。その話を聞いて俺も思わず笑顔になる。
「うふふ。僧侶様、嬉しそう。よかったね!」
「で、そのシメザバを売っていたお店で、『シメザバを考案した伝説の僧侶テルアキの銅像を建てるための基金募集中!』……って書かれた募金箱があったから、協力させてもらったのよ」
そう言いながら、フィーグは嬉しそうにVサインを出して俺に満面の笑みを向けた。
(……なっ!? クルベットさん!? それはやめてください! って言ったのにっ!!)
「あはは。よかったなぁテルアキ。これでお前も有名人確定だなっ」
「……はぁ。 ところでカルバスさん、この貴重な試作品の短剣、代金はおいくらですか?」
「うーん、そうだな。まだ売り物じゃないし、でも、タダというのもお互い気を遣いそうだし……、鋼の短剣と同じ金額でどうだい?」
「えっ!? いいのか? こんな素晴らしい短剣を鋼の短剣と同じ代金でっ!? もっと高くてもいいぞ」
「おいサキ! 代金を払うのは俺だぞ! 勝手に価格を釣り上げるんじゃないっ!」
「ははっ。でも構わないよ。その代わり、定期的に状態のチェックと使い勝手の確認をさせてくれ。こちらも実用品として試してくれる人がいるとありがたいのでね」
「わかった。カルバスさん、ありがとう! 貴重な短剣、大切に使わせてもらうよ!」
──こうしてサキは鍛冶屋で新しい短剣を手に入れた。美しく輝く波目模様の刀身と、試作品であるという希少性にサキはご満悦な様子だ。俺は地図を確認しながら、次の目的地である魔法書店を目指す。……途中でドーナツ屋の前を通りかかると、いつの間にかユナの手には数個のドーナツが入った紙袋が握られていたが、俺は見て見ぬ振りをした。
「僧侶様? まだ私達が覚えていない魔法の書が魔法書店にあるといいね」
「そうだな。この街は魔法の研究も盛んみたいだから、新しい魔法の書があることを期待したいな」
俺達は期待に胸を膨らませながら、魔法書店に到着した。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
優しい声で迎えてくれたのは、ローブを羽織った女性だった。彼女は椅子から立ち上がると、穏やかな笑顔を浮かべた。
「こんにちは。俺達はロティールからやって来た旅の者です」
「それはそれは、遠路ご苦労様。あら? 僧侶様と女の子二人……、もしかして噂の僧侶様ご一行かしら?」
「私達、何だか知らない間に有名になってるんだね、僧侶様」
「俺はテルアキ、こちらはユナ、サキです」
「私はラディ。よろしくね。さて、この店にある魔法の書のリストはこんな感じだけど、君達が覚えていないものはあるかしら?」
俺とユナは渡された魔法の書リストを上から順に確認していく。
「ラディさん、この二つ……、『イグジット』、『グラビティ』は覚えてないのですが、どんな魔法ですか?」
「イグジットは建物や洞窟、遺跡の内部から入口に瞬間移動する魔法よ。戦闘中でも使えるし、危険な状況から避難するのに必須の魔法ね。グラビティは魔法効果範囲内の重力を強くして、敵の動きを鈍らせるのに使えるわ」
「それは便利な魔法ですね! 早速二冊ずつください!」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「ラディさん、そのグラビティって魔法ですけど、重力を強められるなら、空を飛んでる鳥を落としたりもできるんですか?」
「うふふ、残念、ユナちゃん。それはできないわ。グラビティの効果範囲は熟練度にもよるけど、直径五〜六メートルの円形内で、高さも地面から五〜六メートルってところね。敵味方関係なく、全ての物体に対して重力が増すから気をつけてね」
「そっかぁ、残念。でも、使えたら便利な魔法ですね。素早い敵を魔法で攻撃したい時とかは効果がありそう」
「ええ。そういう使い方は有効よ」
「ラディさん、俺からも質問です。以前、ロティールにある資料館で魔法について調べていたら、『僧侶だけが使える極大魔法がある』……って文献を見たのですが、何か知りませんか?」
(……っ!?)
ラディは俺の質問に表情を固くして黙り込む……。
「何っ!? テルアキ、そんな凄い魔法があるのか?」
「ええっ? 僧侶様だけなんてズルいー!」
はしゃぐサキ、ユナとは異なり、ラディは真面目に俺の質問に答える。
「よく調べたわね。でも、その魔法は特別なものだから、ここでは魔法の書は売ってないわ」
「そうなんですね。残念です」
「テルアキ君……、その魔法について名前や効果の詳細は知ってる?」
「いえ、そういう魔法が存在する……ということしか書かれていなくて詳しいことは知りません」
「そう……。なら、この街にも資料館があるから、興味があれば調べてみるといいわ。あと、神官長パタート様もきっとご存知でしょうから聞いてみるのもいいかもね」
「分かりました。ありがとうございます、ラディさん」
「いえ、どういたしまして」
ラディは笑顔で答えたが、その表情には複雑な思いが浮かんでいた。
(……テルアキ君。僧侶だけが使える極大魔法は、君にとって……いえ、君達にとって辛いものになるわよ)
──こうして俺とユナは二つの新しい魔法の書を手に入れた。俺達は魔法書店を後にし、神官長に会うために教会本部へ向かうのであった。




