第二十九話 調査
──俺達は街の「嫁不足解消」という難題を頼まれてしまった。この日はセザムと夕食を共にし、街の情報を聞く。
「セザムさん、この街について基本的なことを色々教えてください」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「以前は観光で訪れる人も多かった……ということですが、この街の魅力や見どころはどんなところですか?」
「この街は、寺が並ぶ美しい街並みや、禅の修行体験、温泉、それに地元で採れる大豆を使った料理などが魅力だね」
「なるほど……、街自体の魅力はあるわけですよね。観光の方々は主にどの街から来ていますか?」
「南の港街ブレゼス、北の城塞都市グリエールが主だね」
「そこからなら、馬車に乗れば半日で来られますね。例えば、道中で魔物に襲われるようになって、観光客が来なくなった……という状況はありますか?」
「それは少なからずあるね」
(よしっ! まずは問題をひとつ発見したぞ。道中の安全確保が必要だな)
「次に、セザムさんの率直な意見として、女性がこの街を離れてしまった原因は何だと思いますか?」
「それは、道中でパンダ達のイタズラが過ぎたり、などかな。あとは……」
「確かに、あのパンダ達は問題ですね。あとは……、長老のセクハラですか?」
「ぐっ、それは私の口からは言えないな。察してくれ……」
「なぁ、テルアキ? あのエロジジイ……、いや、長老の行為も問題だが、街に入った時から多くの修行僧達にジロジロと見られるのは気持ち悪かったぞ」
「私もそれは感じたよ。女性が少ないからってあんなふうにジロジロ見られると、次もまた遊びに来よう! ……って思えないなぁ」
「サキ、ユナ、それは申し訳ない。近頃は女性が珍しくてな。ついつい視線が向いてしまうんだ」
「でも、街に女性が増えれば、修行僧さん達も女性を珍しがってじろじろ見ることは減りそうですよね。あと、以前はパンダのイタズラ被害はなかったのですか?」
「ああ。訪れる人の減少と共にパンダ達が竹林でイタズラをするようになったんだ。パンダ達も寂しいのかもしれないね。以前は観光客とパンダ達が一緒に温泉に入っていたんだよ」
「えぇっ!? 可愛いパンダちゃん達と一緒に温泉っ!? 変なことされなかったら、それはすごく楽しいよっ!」
「そうだね。パンダと一緒に温泉に入る……というのもこの街の名物なんだ」
「なら、まずは、この街へ来てもらう道中の安全確保が根本的に問題ですね。それが解決したら、観光客が増えて、パンダ被害も減って、修行僧さん達の女性を見る意識も変わって……と、諸々解決しそうですね」
俺達が会話をしていると、料理が運ばれてきた。大豆や野菜料理を中心とした、いかにも『寺院の料理』といった感じだ。
「テルアキ君、この街の一般的な料理をひととおり用意してもらったよ」
「野菜が多くて体に良さそうですね。刻んだ漬物は、山サビですか?」
「ああ。この辺りは綺麗な湧き水や沢も多くてね。山サビもたくさん生えているんだ」
(ヘルシーな料理は魅力的だが、もう少しインパクトのある料理もあるといいよな……)
「三人とも今日は宿屋に泊まるんだろう? 明日は禅の修行体験と、街の散策をしてもらおう。朝のお勤めは六時に始まるから、五時半に迎えを遣わすよ」
「五時半っ! ……早いなっ!?」
「サキ、修行僧の皆さんはそれが普通だ」
「ははっ。驚いたかい? でも、私達は五時前には起きて修行を始めているよ」
「ひえぇ、アタシは修行僧にはなれないな」
──翌朝、作務衣姿の俺達を迎えにきたのはセドラだ。
「皆さん、おはようございます。あ、サキさん……、その、今日もとてもお美しいですねっ……」
「あのなぁ、セドラ。お前、それ毎日言うのか?」
「えっ!? サキさんが迷惑でなければ、その、私は毎日言いたいです……」
「……なっ! バ、バカかお前はっ!?」
「それに私達は、見習いの修行時から感じたことは素直に伝えるよう、指導を受けておりますので……」
顔を赤くしてモジモジとするセドラとサキ。その様子をユナが楽しそうに見ていた。
(セドりん、サキちゃん……、見てる私の方がドキドキしちゃうよっ)
澄んだ朝の空気を吸いながら気持ち良く寺の街並みを歩いた。中央本寺に到着し、本堂で修行僧達の読経を見学する。お香が焚かれた荘厳な本堂で行われる修行僧達の読経は圧巻であった。
「僧達はこの後、それぞれに分かれて修行や依頼業務を行います。観光の皆さんは、竹林や街の散策、温泉、他の修行体験など、自由行動をなさいます」
「セドラ、他の修行体験ってどんなのがあるんだ?」
「はい、我々独自の体操体験、格闘訓練の見学、滝行……ですね」
「体操体験って面白そうだね。私、やってみたい!」
「俺は山サビが生えている綺麗な沢を散策してみたいな」
「アタシはやはり温泉だな!」
「では、順番に回りましょう」
グラチネ独自の体操は『太極拳』のようなものだ。ゆっくりと拳法の『型』に近い動作を行い体幹が鍛えられる修行でもある。俺とユナはバランスを崩して途中で何度か倒れてしまったが、サキは持ち前の身体能力で美しく動作をこなした。
「サキちゃん、凄いねー! 動作が綺麗でカッコイイよ」
「この程度で倒れる方がどうかしてるぞ。お前達、もっと身体を鍛えろよ」
「サキちゃん……、そこは耳が痛いよ」
続いて、山サビが生える湧き水の沢を見る。澄んだ水がせせらぐ音を聞きながら散歩をするのは気持ちがいい。
「綺麗な水が流れる風景は癒されるな。ところでセドラ? あそこに水車小屋がたくさんあるが、何かに使っているのか?」
「主に玄米の脱穀用に使っています。信者の皆様から御奉納として設置して頂くのですが、数がどんどん増えていまして、……今は半分も使ってません」
(水車の動力が余っているのか……。これは使えそうだな)
最後に温泉がある河原に向かう。
「皆さん、温泉は河原に男性用、女性用、家族貸切用の三つがあります。今は塀と脱衣所を新しく設置する工事中です」
「……え? セドりん? これまでは塀と脱衣所はなかったの? 河原で服を脱いで、入湯中も外からまる見え……ってこと? それはちょっと恥ずかしいよ」
「はい。そこは街としても改善すべき……ということになりました」
「セドラ? 工事中でも温泉に入っていいのか?」
「はい、入湯は可能です。設置工事を依頼したロティール木材職人の皆様が手際よく工事を進めてくださいまして、工事はほとんど終わっているようです」
(……何っ!? ロティールから木材職人!? もしかしてっ!?)
「あちらです。セザム寺長もいますね。……ちょうどよかった。皆さんが入湯することを伝えてきます」
セザムの隣で打合せをしている懐かしい大きな後ろ姿。俺は駆け寄りながら声をかけた。
「クルガーヌさんっ! お久しぶりです!」
俺の声に振り向く大きな男性。俺がロティールの街で一緒に暮らしていた森林業長クルガーヌだ。
「おおっ!? テルアキか!? 久しぶりだな!」
「こんなところで会えるなんて! 嬉しいです!」
「ココで仕事の依頼を頂いてな。ところで、後ろのお嬢ちゃん二人は?」
俺を追いかけてきたユナとサキを見てクルガーヌが尋ねる。
「俺の仲間で、ユナとサキです」
「おぉ! あんたがユナちゃんかい? テルアキは一緒に暮らしてた時、いつもユナちゃんのことを楽しそうに話していたんだよ!」
「ちょっ! クルガーヌさん!? 何を言い出すんですかっ!?」
クルガーヌの発言を俺は赤面しながら慌てて制止する。
「初めまして、ユナです。クルガーヌさん、そこのところ……、詳しく教えてくださいっ!」
「ユナッ! お前も変なことを言うんじゃないっ!」
「はは、ふたりは仲がいいな。今、修行僧さんから聞いたよ。温泉に入るんだろ? 予定の工事はもう終わっていて、今は細かい修正部分の打合せ中だ。好きに入っていいぞ」
「よしっ! 念願の温泉に入れるな」
サキは軽快な足取りで女性用の温泉に向かう。
「じゃ、僧侶様。サキちゃんと入ってくるから、また後でね」
「ああ、俺も男性用に入ってくるよ」
分かれて進もうとするユナと俺の間にクルガーヌが立ち、二人の肩に手を乗せた……。
「待て、お前達。一緒に旅をしてるなら家族も同然だろ? せっかく、こうして家族貸切温泉の脱衣所と塀を建てたんだから、男女で一緒に入って使い勝手を確かめてくれ」
「……えぇっ!? クルガーヌさん!? ……何をっ!?」
するとクルガーヌは大きな腕で俺とユナを両脇に挟んで軽々と持ち上げ、脱衣所の扉を足で開けて俺とユナを中に放り込んだ。
……ドサッ! ……バタッ!
「うわぁ!」
「きゃぁっ!」
「じゃあな! 後でちゃんと感想を聞かせてくれよ!」
……バタンッ!
勢いよく扉が閉められる。
「ちょっ! ク、クルガーヌさんっ!?」
「わわっ! ……もう、クルガーヌさんって強引だね、僧侶様」
「ああ、いい人なんだが……、すまないな」
俺とユナは戸惑いながら状況を理解し始める……。
狭い脱衣所で二人きり……
扉は閉められている……
この先には貸切用の温泉……
数秒間見つめ合う俺とユナ……
「えっと、僧侶様……? この状況って……」
二人は見つめ合いながら、今から起きることを想像する……。そう、これから起きることを……。そして、俺とユナは互いに顔を真っ赤にし、堪らずに背を向けた。
(ちょっ!? こ、これっ!? どーするんだよっ!?)
(あわわっ!? わ、私っ!? どうしたらいいのっ!?)
──こうして俺とユナは強引なクルガーヌによって、家族貸切温泉の脱衣所に無理矢理ねじ込められたのであった。




