第二十一話 始動
──巨大サメ退治の作戦会議を終え、解散した。街の代表クルベットが俺に声をかける。
「テルアキ君、見事な作戦の立案と会議の仕切りだったよ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう!」
「いえ、俺なんてまだまだです。これから皆さんが行動に移りますが、何か問題が発生した時は相談に乗ってください」
「勿論だ。街をあげて協力するよ」
「ありがとうございます。では、早速ですが、街の入口に飾られた大きな銛を移動させます。クルベットさんか、カルマールさんのどちらかに同行願えますか? 俺とユナだけで銛を運ぶと、銛泥棒に間違われそうですので」
「ははっ。確かに君達を知らない者も多いからな。カルマール、テルアキ君達と一緒に行ってもらえるか?」
「分かりました。ではテルアキ君、早速、向かうとしよう」
──俺とユナ、カルマールで銛が飾られている街の入口に向かう。
「カルマールさん、今日から、あの大きな銛を三十メートルほどの高さまで浮かせて落とす練習をします。練習に都合のいい広場や砂浜はありますか?」
「それなら港の端にある砂浜がいいよ。あそこなら練習しても安全だ」
「分かりました。ユナ、運ぶのも練習だ。砂浜までムーヴで銛を運んでみてくれ」
「うん、わかったよ、僧侶様」
──ユナは街の入口からムーヴで銛を浮かせたまま、砂浜まで運んだ。途中、人々の視線が集まったが、カルマールが同行してくれたおかげで、混乱は避けることができた。俺達三人は砂浜に到着する。
「この辺でいい? 僧侶様?」
「ああ、お疲れさん。運ぶのを途中で代わろうかと思っていたが、ひとりで運べてしまったな。ユナも魔力と熟練度をちゃんと上げてるんだな」
「……えへへ、まあね。早速、一回浮かせてみていい? 三十メートルからの落下、やってみようよ」
「ああ、頼むよ。カルマールさん、危ないので少し離れてください」
俺達三人は銛から少し離れ、ユナがムーヴを唱えて銛を三十メートルほどの高さに浮かせた。
「じゃ、落とすよ! それ!」
ユナはムーヴを解き、銛はみるみる加速して勢いよく落下した。
……ズドンッ!!
大きな銛は砂浜に真っ直ぐ突き刺さるかと思ったが、少し傾いた状態で落下したため、そのまま倒れてしまった。
「……あれ? 倒れちゃったね。砂に突き刺さって立つかと思ったのに」
「テルアキ君? 私の方から見ると、落下する前から銛が少し傾いていたように見えたよ。地面に対して正確に垂直な向きで浮かせないと……巨大サメにうまく突き刺さらないかもしれないね」
「そうか……。ユナ、銛の柄に三十メートルの縄を結んで、その先に重りを付けて垂らそう。縄が銛と平行になるように浮かせれば、地面に対して正確に垂直な向きにできるし、縄の長さを目安にすれば高さも確認できるからな」
「そうだね、僧侶様。それなら向きと高さ……、あと、巨大サメの真上であることも確認できるから安心だね」
「よし、今日はここまでにしよう。カルマールさん、長さ三十メートル以上の縄を一本もらえますか?」
「ああ。縄は船にたくさんあるからすぐに持ってくるよ」
──カルマールから縄を受け取り、この日の作業を終えた。ユイトルの食事屋に戻る。魔法の書を著す作業を優先させるため、ユイトルの食事屋は休業している。
「ユイトルちゃん、ただいまー」
「ユイトル、店を休んでまで魔法の書を著してくれてありがとうな」
「……別にいいわよ。漁業ができなければお店の営業だってまともにできないんだから」
「そっか。ところで、今日の夕飯は俺が作っていいか? サキもそろそろ帰ってくるだろうし」
「じゃあ、私も一緒に作るわ。ずっと書き仕事で気分転換したいし」
「わかった。ならよろしく頼むよ」
ユナはそんな二人の会話を複雑な面持ちで聞いていた。
(ユイトルちゃんと僧侶様、また一緒に料理するんだ……)
こうして四人分の夕食が完成した頃、サキが帰ってきた。『トルペ茸』解毒用のハーブと山菜がどっさり入ったカゴを持っている。
「サキちゃん、おかえり! ……すごい収穫だねっ。トルペ茸は見つかった?」
「ただいま、ユナ。トルペ茸は三ヶ所で四本見つけたぞ。それだけあれば十分だろ?」
「ああ、それだけあれば強力な毒の餌を作れるな。ありがとう、サキ。……ところで、そのカゴは?」
「これは山小屋で皆に巨大サメ退治作戦の話をしたら、皆が協力してくれてな。解毒用のハーブと、山菜をたくさん採ってきてくれたんだ」
「わぁ、それは山小屋の皆に感謝だね。えっと、この緑色のゴボウみたいなのも山菜なの?」
「……あんたは何も知らないのね、チビ女。これは『山サビ』といって、ピリッとした辛みがある珍しいハーブよ。すり下ろして刺身に少し乗せると美味しいの。ちょうど刺身があるから、すり下ろしてきてあげるわ」
「わぁ、ありがとう、ユイトルちゃん! でも……、そろそろその『チビ女』って呼び方やめてよぉ」
「……ふん、まぁ気が向いたらね」
そう言いながらユイトルは山サビを一本持って厨房に向かった。
「テルアキ、山小屋にいたクランって子を覚えているか? これらの山菜も山サビも、クランがたくさん見つけたんだ。『テルアキに食べてほしい』……って言ってたぞ」
「クランちゃんって、僧侶様が毒の治療をしてあげた女の子だよね?」
「ああ、覚えてるぞ。それはクランに感謝して頂かないとな」
俺は、クランが自分のために食材を採ってくれたことが嬉しくて、思わず笑顔になった。ユイトルがすり下ろした山サビを持って戻ってくる。
「ねぇっ、そのクランって女、……一体誰なのよっ?」
(……なっ!? ユイトルっ!? その言い方っ!)
俺はユイトルのぶっきらぼうな言い方に若干顔が引きつる……。
「ユイトルちゃん、クランちゃんはね……、ポッシの山小屋にいるとってもとっても可愛い女の子で、僧侶様が魔法でトルペ茸の解毒治療をしてあげた子だよ。……で、お別れの時に『将来、僧侶様のお嫁さんになる!』ってプロポーズした子なんだよ」
……ピキッ!
ユナのひと言でユイトルの顔に血管が浮き上がる……。
「へぇ……、そうなの」
「ねぇ、でも僧侶様? お別れの時、クランちゃんの頭をあんなふうに笑顔で優しくナデナデしなくてもよかったと思うなぁ。命の恩人で、年上のお兄さんにあんなことをされたら……、女の子なら誰でも意識しちゃうもん」
「……ちょっ、ユナ! 今それを言わなくてもいいだろっ? で! そのグーで俺の脇腹を強めにグリグリするのをやめろっ」
「へぇ……、テルアキはそうやって国中の女をたらし込めているわけね」
「ちょっ! ユイトル!? その言い方っ! 何かっ! 壮大な誤解がある気がするぞ!」
「そうそう、もうひとつクランからテルアキに伝言だ。『私のこと、忘れないでね!』だとさ。ちゃんと伝えたからな」
(……なっ! サキ! お前は状況をややこしくすることをっ!)
……ピキッ!
今度はユナの顔にも血管が浮き上がり、ユナとユイトルが視線を合わせた。
「そうなのね……。なら……、そのクランって女が採ってきてくれたこの愛情たっぷりの山サビ……、ありがたく頂かないといけないわね。……ね? テルアキ?」
「あ、ああ……そうだな。って、ユイトル! 何でそんなに大量の山サビを刺身に乗せてるんだよ!? そんな量を一度に食べたら危ないんじゃないのかっ!?」
「何言ってるの? これは愛しいクランが採ってきてくれた愛情の証でしょ。男ならこれくらい一口で食べなさい! 特別に、私が食べさせてあげるわね。ユナ、テルアキが動けないように椅子の後ろから羽交い締めにしなさい」
「わかったよ。ユイトルちゃん。あっ……、やっと名前で呼んでくれたね。ありがとう」
「ええ、今だけはあんたと気が合いそうだわ」
「ふふ、そうだね、ユイトルちゃん」
「……ちょっ! ちょっと待て、ユナ! 椅子の後ろから羽交い締めにされたら、上半身を全く動かせないだろっ!?」
「それは知ってるよ、僧侶様。今から、お行儀良くお刺身食べるんでしょ?」
ユイトルとユナが、不敵な笑顔で俺を左右から挟み込む。
「わわわっ、待て待てっ!! 頼むサキッ、この二人を止めてくれ!」
「あははっ! 残念ながらアタシはユナの味方だ。それにしても、テルアキをからかうのは面白いなぁ」
「この裏切り者! ユイトルッ、そうだっ! お前は料理人だろ!? ……食べ物を粗末にするのは勿体ないぞ!? 食材はっ、ちゃんと美味しく食べないと! ……だろっ!?」
「いいこと言うわね、テルアキ。その意見に賛成よ。……だったら! 吐き出さずに全部飲み込みなさい!」
(……なっ!? 自爆したっ!?)
「うん! 切り返し方が上手いな! ……って言ってる場合かっ!? や、やめてくれっ! わ、わあぁーーー!」
ユイトルは片手で俺の顎を押さえて口を開かせると、大量の山サビがのった刺身を俺の口に放り込んだ。
「ぐわぁぁぁ!!」
(……俺っ!? 何も悪くないのにっ!!)
──こうして俺は山小屋の皆に感謝しつつ、苦しい食事の時間を過ごすのであった。




