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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第6章「未完と完遂」

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第86話「地下魔導炉、再起動」

 事故の中では、昨日まで正しかった手順が敵になることがあります。

 壊れたレバーを引き続けるか、始めた操作を捨てて目的を守るか。

 アルドに必要なのは、力を強めることではなく、終えるものを選び直すことでした。

 補助魔導炉(ほじょまどうろ)の出力が六〇を超えた。


 この数値は停止前より高い。


 白い補正環が床下で回り、現代式の停止術式へ次々に上書き線を走らせている。排圧口(はいあつこう)は半分まで閉じ、逃げ場を失った熱と魔力が炉内へ戻った。


「主流量、四〇へ下げます!」


 セレネが第一術式を結着する。

 流量計が一度下がった。

 だが、白環の補正線が操作台へ入り、数値を五〇へ押し戻す。


「命令が上書きされました!!」

「二度目を形成できる?」


 ロッテが叫ぶ。


「できます。でも、冷却切替の形成を維持したままです。同時に完成はさせられません」

「先に冷却を主経路へ戻さないと管が持たない!」

「主流量を放せば、炉心が七〇を超えます」


 二つの正しい操作が、互いの完了を待っている。


 セレネの額へ汗がじんわりと浮いた。

(両方とも作れる。けれど、両方を同時に終えられない。私一人では足りない――)


「レイル、順序をお願いします!」


 レイルはオムニアの三環を見る。


『第一媒体、主流量低下術式。補正ニヨリ再形成要求。第二媒体、冷却切替術式。形成完了、未結着。第三媒体、排圧口。閉鎖進行。完成予定順、排圧閉鎖、炉心増幅、冷却逆流』


 最悪の順番だった。


「排圧が先に閉じる。フィア、残り時間はどれくらいだ?」

「完全閉鎖まで二十二秒。冷却管の許容圧まで十五秒」

「ロッテ。主経路へ戻すのに?」

「手動弁なら八秒。でも、あそこまで行く通路が熱で塞がれてる」


「リィナ!」

「道を開けるわ!」


 リィナは双踵噴射環ツイン・ヒール・ノズルの圧力計を確かめた。


「一回目、右二〇、左二〇。手動弁まで二歩。戻り一歩」

「連続噴射は禁止です」


 セレネが術式を維持したまま言う。


「二歩目は床を使う。噴射は一回だけ。通路の熱を越えて、弁の手前へ入るわ」

「着地角度は。前へ行くだけでは、弁を通り過ぎますよ?」

「前へ行って、止まる。いつもの踏み込みと同じね」

「いつもの床ではありません。数値でください」

「今それ聞く? 熱が来てるんだけど!」

「今だから必要です。私が風圧の受けを合わせます」

「十五度……たぶん」

「”たぶん”では補正できません」

「じゃあ十二度! 右足を少し強く、左で止める!」

「受領しました。十二度へ合わせます。外れたら私が一度だけ押し戻します」

「一度でいい。二度目は自分で立つから!」


 ロッテが叫んだ。


「右を十二度外へ。噴射は〇・三秒。それ以上だと弁を越える」

「分かった」


 リィナが床を蹴る。


「【横噴(サイド・ジェット)】!!」


 右踵から短い風圧が噴き、身体が熱流の横を滑った。空中へ飛ぶほどではない。片足一歩分だけ、攻撃線ならぬ熱の噴出線を外す。


 リィナは着地と同時に前転し、手動弁へ手をかける。


「届いた!」

「主冷却路(れいきゃくろ)、開いて!」


 リィナが弁を回す。 古い管の奥で水が鳴った。

 その瞬間、逆流していた圧力が一気に主経路へ入る。


「みんな、下がって!」


 ロッテの声より早く、頭上の継ぎ目が裂けた。


 金属管が外れ、冷却水と破片が操作台へ落ちる。


 セレネは二つの術式を維持したまま動けない。ロッテは圧力計の前で退避が遅れた。


「セレネェェェ!」


 レイルが走り出す。


 だが、二人までの直線上へ蒸気が噴き出した。


「そのまま来たら三人とも塞がれる!」


 リィナが叫ぶ。


「私が線を開ける。レイルは落ちた管を止めて!」

「リィナの装備圧は一回分使ったろ?」

「残圧がある!」

「連続は禁止だ」

「分かってる。だから救助に一回だけ使う!」


 これは、優先順位の問題ではない。

 セレネを助けるか、リィナを止めるかという選択でもない。


 リィナはセレネとロッテを救う前衛で、レイルは落下物を止める術師だ。


(心配だからって、役割を奪うな。信じるなら、任せられた場所を守れ)


「任せた。角度を言って!」

「左十八度、低出力!」


 ロッテが答える。


 リィナは左踵を噴かした。


 身体が半歩ずれ、セレネの肩へぶつかる。勢いを殺さず、そのままロッテまで押し、二人を緊急遮断壁の内側へ転がした。


 同時にレイルは短杖を掲げる。


「【風圧偏向(ふうあつへんこう)】!」


 落下した管を破壊せず、横へ押す。応急修理中の七環導杖(セプテム・ロッド)が震え、風圧経路の警告灯が一つ点いた。


 管はセレネたちがいた場所を外れ、床へ激突した。


 リィナの左踵で、鋭い破砕音がした。


 【双踵噴射環ツイン・ヒール・ノズル】の外環が割れ、金属片が床を滑る。


「リィナ!」

「私は立てるから! セレネとロッテを見てあげて!」


 リィナは左足を引きずりながらも、自分で遮断壁の内側へ入った。


 セレネは肩を打っていたが意識はある。ロッテの額には浅い傷。二人とも自力で呼吸している。


「負傷記録。セレネ右肩打撲、ロッテ前額部裂傷、リィナ左足装備破損。搬送順位――」

「まだ炉は止まってないわ」


 セレネが立ち上がろうとした。


「右肩が動いてない。術式を支えたままでは、関節が外れるぞ」

「右手が使えなくても、左手で形成できます。ですが、今の二式を維持したまま移すのは無理です」


「二式維持は捨てるのか」

「一度解除します。痛いからではありません。最初から作り直した方が、混線が少ない」


「解除した瞬間、炉心温度が上がる」

「分かっています。だから、誰が何秒押さえるか、順序をください。私一人で二式を抱えたまま壊れるより、交代した方が早い」


「……フィア、三秒数えろ。リィナが風路を開き、俺が一件保持する。その間にセレネは左手で再形成」

「受領しました。三秒あれば戻します」


 フィアが残り時間を読む。


「排圧完全閉鎖まで――残り、九秒」


 アルドは停止レバーを引き続けていた。


 白環補正が反対方向へ押し返し、金属軸が軋んでいる。


「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」


 アルドが力を込める。


「俺は停止を完遂(コンプ)する!!!!!」


 レバーの根元が裂けた。


 それでも、【完遂(コンプ)】は始めた操作を最後まで進めようとする。腕と肩へ力が集まり、壊れた軸を引き切るため身体まで固定され始めた。


「アルド、ダメだ!! 捨てろ!」


 ヘルマンが叫ぶ。


「まだ引けるのだ! ここで手を離せば、停止操作が途中で終わる!」

「レバーはもう停止盤(ていしばん)につながっていない! 折れた軸を動かしても、炉には届かない!」

「だが、俺はこれを始めた!」

「任務を思い出せ、アルド! お前が終えるのはレバー操作じゃない。全員を帰して、炉を止めることだろ!」

「……手段を捨てても、任務は残る、か」

「そうだ。こっちへ来い。別の停止線を作る!」

「受領した。レバー操作を破棄。搬送と排圧へ移る!」


 アルドの目に、折れた金属しか見えていない。


 その時、レイルは一件の保持枠が空いていることを確認した。


 身体へは使わない。

 筋肉にも、腕にも、踏み込みにも触れない。


 狙うのは、壊れた停止機構が”操作を完了したことにされる瞬間”だけ。


「アルド! お前の身体ではなく、レバー側を止めるぞ!」

「何をする気だ」

「壊れた操作を完成させない。 お前は任務を選び直せ!」


 レイルは折れた軸へ手を向けた。


「【未完(ノット・コンプ)】!」


 金属軸の動きが止まった。


 アルドの腕に対してではない。

 操作機構の最後の噛み合わせだけが成立せず、【完遂(コンプ)】が向かう先を失う。


 反動がアルドの身体へ返る前に、レイルは叫んだ。


「レバーを捨てろ! お前が終えるのは何だ!」


 アルドの指が震えた。


 始めた操作を捨てる。

 途中で手を離す。

 四年前なら、敗北だと思った行為。


(違う。最初の一手が間違ったんじゃない。今は、もう役目を失った)


「全員が帰れる状態で、炉を止める、それが俺の終える、こと」


 アルドは言った。


「このレバーでは、終わらせない」


 両手を離した。


 【完遂(コンプ)】の圧力が、壊れた金属から広い任務へ戻る。


「レイル、返せ。壊れた操作を、壊れたまま終わらせろ」


「ああ。完成権を――”返す”」


 金属軸は最後まで外れ、床へ落ちた。


 操作としては失敗。

 だが、アルドはもう拾わなかった。


「次の手を示せ」

「排圧口を物理的に開く。アルドと俺で遮断杭を外す」


 ヘルマンが指示する。


「リオン、予備工具!」

「一式だけ用意済みです!」


 外周扉から工具箱が滑り込む。


「役に立ったな」


 ロッテが言う。


「三倍ではなく一式ですが」

「一式で足りる時に一式出すのが調達だ」

「覚えておきます」


 アルドは工具箱を受け取り、排圧口へ走る。


 今度は最短の直線ではなく、蒸気を避けて右へ回った。


 リィナが気づく。


「道、変えたね」

「熱いからだ」

「うん。それでいい」


 炉心出力は八〇。


 排圧口は閉じた。


 冷却主経路は開いたが、落下した管のせいで流量が足りない。


 セレネは左手で新しい術式を組む。


「第一術式、炉心流量低下。第二術式、冷却流量増加。両方形成します。結着順は、排圧口の手動開放後に冷却、次に炉心」

「順序を表示」


 レイルの三環へ、全員の操作が並ぶ。


『排圧手動開放、冷却増加、炉心低下。推奨順序、一、二、三』


 その時、白環補正が新しい線を伸ばした。


【不足出力補正】

正形完成(せいけいかんせい)要求:最大】


 炉全体が震える。天井から砂が落ちた。

 リィナの足元へ、割れた噴射環が転がる。


「次の振動で天井の支持管が落ちる」


 ロッテが言う。


「排圧口までの射線が塞がれる」

「私が開ける」


 リィナが左足を踏み出した。


「装備は壊れてる」


 レイルが止める。


「分かってる。装備なしで半歩だけなら、校外実習でできた」

「成功例は一回だ」

「だから一回だけ使う」

「足裏の状態が」

「今、診察してる時間ある?」


 リィナは笑った。


「レイル。私の役割、信じて」


 天井の支持管が外れた。


 次の一歩で、全員の射線が決まる。



【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 アルドの身体ではなく壊れた停止機構の完了だけを【未完(ノット・コンプ)】にし、本人へ任務目的を選び直させた術師。


・アルド・クロイツ

 壊れたレバーを引き続ける【完遂(コンプ)】から手を離し、「全員が帰れる状態で炉を止める」という任務へ戻った騎士科生。


・リィナ・アルセイル

 【横噴(サイド・ジェット)】でセレネとロッテを救出し、【双踵噴射環ツイン・ヒール・ノズル】を破損しながらも退避線を維持した前衛。


・セレネ・グランツ

 二術式を同時結着できない制限を抱えながら、一度解除して形成順を作り直した術式設計役。


・ロッテ・ベルクマン

 冷却管の破断と噴射角を読み、装備破損後も次の流路を判断した工学担当。


・フィア・レコード

 負傷、排圧閉鎖、残り時間、条件変更を記録し、事故中も順序を失わなかった記録科生。


・リオン・ゴルディス

 三倍ではなく要求どおり一式の予備工具を送り、事故時の適量調達を実行した商務担当。


・ヘルマン教官

 壊れたレバーに固執するアルドへ任務定義を思い出させ、排圧口の手動開放へ役割を変更した指揮官。


・ニア

 炉内の複数媒体を経路と完成予定順へ分類し、最悪の進行順を警告した案内人格。


【今回の能力・設定メモ】


・レイルが【未完(ノット・コンプ)】にした対象は、アルドの身体行為ではなく壊れた停止機構の操作完了です。

・【未完(ノット・コンプ)】保持は一件のみで、解除後に枠は空いています。

・リィナの【横噴(サイド・ジェット)】は一歩、短時間、救助目的に限定されています。

・【双踵噴射環ツイン・ヒール・ノズル】は左外環が破損し、以後の使用は不可能です。

・セレネは二術式を形成できますが、同時結着はできません。


【次回】


 装備を失ったリィナが、足裏の風圧だけで半歩を選びます。全員の専門を一つの順序へつなぎ、壊れた炉を”成功させずに”停止します。


 壊れたレバーを捨てた一手も、終わりへ必要な選択でした。レビュー、ブックマーク、フォローで、最後の半歩へ力を貸してください。


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