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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第4章「昨日唱えた魔法」

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第48話「終わらない剣」

 旧坑道の救助から数か月。

 レイルは四属性の中級魔法へ進み、リィナは朝練で覚えた違和感を、自分だけの剣へ変え始めます。

 冬の終わりが近づいても、朝のエルデ村には薄い(しも)が残っていた。


 レイルが稽古場(けいこば)へ着いた時、リィナはすでに木剣を百本近く振っていた。白い息を吐くたび、赤みのある栗色の髪が背中で跳ね、踏み込んだ靴底から乾いた土が細く散っている。


「遅いよ。私、もう百本近く振ったんだけど?」

「約束の時刻より三分早い。むしろ褒められる側だと思うが」

「私は十五分前から来てる!」

「それは約束じゃなくて、リィナが勝手に早く始めただけだろ」

「じゃあ聞くけど、私が一人で十五分も待ってたのに、レイルは平気なの?」

「待っていたというより、勝手に素振りをしていたように見える」

「そういうところ! 女の子を待たせたら、まずごめんって言うの!」

「朝練で待たせた場合も?」

「場合分けしない! 罰として二周追加ね!」

「僕は遅刻していない」

「まだ言えるなら元気だね。三周にする?」

「すいません、二周でお願いします」


 反論は通らなかった。


 レイルは背負っていた短杖と記録鞄を柵へ置き、村外れの坂道をリィナと並んで走った。以前なら息が切れた時点で魔法使いに走力は不要だと言い訳していたが、旧坑道で担架を担いでからは、足が動くことも退路の一部だと理解している。


 走り込みの後は受け身、短杖による頭部防御、狭い間合いでの体捌き(たいさばき)へ移った。リィナの木剣が肩口へ入る直前、レイルは短杖を立て、衝撃を正面から受けず外側へ流す。


 木と木がぶつかる音が響き、レイルの腕が痺れ(しびれ)た。


「受ける場所が高い。手首を持っていかれるよ」

「分かっている」

「分かってるなら直す」

「次は半歩下がって――」

「下がる前に、横」


 リィナは斬り下ろした木剣を構えへ戻さず、レイルの右脇へ踏み込んだ。そのまま突きへ移り、短杖に触れた反動を使って身体を回す。振り抜き、構え直し、次の攻撃という区切りがなく、前の動きが次の始点へ変わっていた。


 最後の切り返しだけが僅かに重くなったらしく、リィナの眉が動く。しかし彼女は腕力で無理に終わらせず、重みの残った木剣を下へ逃がし、足を入れ替えて次の斬り上げへつないだ。


『動作連結、四工程ヲ確認シマシタにゃ』

『完成阻害反応ハ確定不能デスにゃ』

「レイル。今の、あんたが止めたんじゃないよね?」

「していない。というより、しない。今の僕が他人の身体動作へ【未完】を使ったら、関節や筋肉に何が起きるか分からない」

「そこまで怖い顔で言わなくても分かってるよ。疑ったんじゃなくて、確認したかっただけ」

「確認は必要だ。リィナの剣を、僕の能力で出来上がったものにしたくない」

「……うん。私も嫌」


 リィナは木剣を握り直し、少しだけ得意そうに顎を上げた。

「これは私が毎朝転んで、手を痺れさせて、お腹を空かせながら作ってる剣だから。レイルに貸す予定はあっても、あげる予定はないよ」

「借りる予定も聞いていない」

「将来、守ってほしい時に使うかもしれないでしょ」

「それは……必要なら、お願いします」

「なんで急に素直になるの。調子狂うんだけど」


 技の終端(しゅうたん)へ生じる違和感が、レイルの固有律によるものかは分からない。だが、リィナは原因が判明するまで待とうとはしなかった。最後まで振れない時があるなら、最後へ戻らず次へ進む。それだけのことだと言い切り、毎朝一つずつ動きをつなげている。


 朝食後、二人はエルシアの作業小屋へ向かった。


 机の上には、赤、青、淡緑、黄褐色の四枚の術式板が並べられている。いずれも初級術式より線が多く、形成の途中で形状を変え、命中後または接触後まで現象を維持する工程が組まれていた。


「今日から中級だよ、バカ弟子。嬉しいかい?」

「四つ同時に習うんですか?」

「嬉しいかと聞いたんだけどね」

「はい、嬉しいです。ただ、四つ同時なら経路切替の順番と休憩時間を先に決めないと」

「はいはい、喜び方まで面倒くさい。習うのは四つ。でも、実際に撃つのは一つずつだ。そこで色気を出して連続使用したら、頭から井戸へ落とすからね」


「井戸水で魔力経路を冷却する利点はありますが、衛生面と引き上げ時の転落危険が――」

「冗談を安全策へ採用するんじゃないよ!」


「エルシア、レイルは本気で井戸に落ちた時の手順を考えてるよ」

「それが分かってるから頭が痛いんだよ」


 エルシアが教える中級・熱属性の【炎槍(フレイム・ランス)】は、細く圧縮した炎を槍状に形成し、着弾後も短時間だけ燃焼(ねんしょう)を続ける。流動属性の【水流刃(アクア・カッター)】は、水を薄い刃へ変え、形を保ったまま高速で走らせる。風圧属性の【風刃(ウインド・カッター)】は空気の薄い断面を作り、地質属性の【石槍(ストーン・ランス)】は地面や壁の内部へ圧力を通して、指定地点から石の槍を突き出す。


 初級魔法なら、現象を一度起こして安全に閉じればよかった。中級ではそこから先が増える。形状を保ち、進行方向を管理し、解除後の残留を処理し、味方との距離まで見続けなければならない。


「無詠唱について確認したいんですが」

「禁止じゃ」

「まだ何を聞くか言っていませんが?」

「お前の目が“試せるかもしれない”って言ってる。初級を声なしで撃てるようになった子どもが、次にやらかす事故なんて決まってるんだよ。自分だけは工程を飛ばしても大丈夫だと思い込む」

「飛ばしませんよ。工程を頭の中で処理できるか、将来の訓練条件を――」

「将来の話は、今日の四つを安全に終わらせてからだ。まず声に出せ。詠唱を恥ずかしがる年齢でもないだろ」

「恥ずかしくはありません」

「じゃあ問題ないね」


「なんだか、僕の逃げ道を塞がれた気がする」

「逃げ道を三本作るのが趣味の弟子には、ちょうどいい授業じゃよ」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 そこから数週間、レイルは四つの術式を毎日繰り返した。


 炎槍は標的を貫いた後の燃焼(ねんしょう)が長すぎて消火に追われ、水流刃は薄さを求めすぎて途中で霧へ崩れた。風刃は射線の外側まで砂を切り、石槍は地面の硬さを読み違えて自分の足元へ小さな隆起(りゅうき)を作った。


 成功した回数より、終了後に何を片づけたかの方が多い。それでもレイルは訓練表を捨てず、昨日より一項目だけ修正し、同じ魔法を翌日も唱えた。


 四属性の中級魔法が実地使用を許可されたのは、雪解け水が道の端を流れ始めた頃だった。


 依頼は、旧坑道の奥で増えた鉱石甲虫(オア・ビートル)の巣を調べ、採掘路(さいくつろ)から追い出すこと。鉱石を食べる甲虫は人を積極的に襲わないが、背中へ取り込んだ鉱石によって甲殻(こうかく)が硬くなり、群れで通路へ居座ると採掘道具も荷車も通れない。


 同行する成人組合員は入口の封鎖と退路管理を担当し、前へ出るのはレイルとリィナだった。


 低い天井の先へ【灯光(ライト)】を送ると、赤銅色の甲殻が幾つも明滅した。十体を超える鉱石甲虫(オア・ビートル)が壁の鉱脈(こうみゃく)へ張り付き、その間を、人の腕ほどもある顎がゆっくり動いている。


「見える範囲で十二体。奥に大きいのが一体いる。壁の陰にも熱源があるから、全部で十五前後を想定する」

「一気に真ん中を割る?」

「だめだ。正面から割ろうとすると、硬い甲殻に剣が止まる。群れを左右へ分けて、一度に相手をする数を減らす」

「じゃあ、私が走れる道を作って。細すぎると怒るからね」

「幅はリィナ二人分」

「なんで私を単位にするの」

「一番確実だから」

「……変なところで私ばっかり見てるよね、レイル」

「戦闘中の体格把握は必要だ」

「はいはい。今はそれでいいけど!」


 レイルは地面へ短杖を当て、詠唱を始めた。


「地の層よ、圧を束ね、指定した線より隆起せよ――【石槍(ストーン・ランス)】」


 群れの中央ではなく、左右の隙間から石の槍が斜めに突き出した。甲虫を貫くためではない。壁のように進路を狭め、群れを二つへ割るためである。


 驚いた甲虫たちが硬い脚を鳴らし、狭い通路を這い始めた。リィナは前へ出ると、木剣ではなく実地用の刃引き剣を低く構える。


 先頭の甲殻へ斬りつけても、金属を叩いたような音が返った。彼女は一撃で割ろうとせず、その反動を踏み込みへ変え、横から迫る二体目の顎を剣の腹で逸らす。続けて突きを脚の付け根へ入れ、相手が旋回した力を利用して次の個体の背へ回り込んだ。


 斬撃、踏み込み、突き、受け流し。


 四つの動きが切れずにつながり、甲虫たちはリィナへ噛みつく位置を作れない。


「レイル、右! 二体抜けた!」

「見えてる。リィナは前だけ見て!」

「前だけ見たら、あんたが噛まれるでしょ!」

「僕は短杖で受けられる!」

「受けられるじゃなくて、噛まれないようにして!」

「要求が増えた!」

「生きて帰るためなら、いくらでも増やす!」


 石槍を避けた二体が右壁へ寄った。レイルは水袋から水を引き出し、形成線(けいせいせん)を細く絞る。


「水よ、薄く研ぎ澄まされ、継ぎ目のみを断て――【水流刃(アクア・カッター)】」


 青い刃が床すれすれを走り、甲虫の脚と腹をつなぐ柔らかな膜だけを切った。硬い背は砕けないが、片脚の動きを失った二体は姿勢を崩し、採掘路の外側へ転がる。


 中級魔法一発で、初級魔法数発分の魔力が消えた。レイルの腕輪へ浮いた術式環が熱を持ち、ニアの尾が警告するように太くなる。


『流動経路ノ負荷、上昇中デスにゃ』

『連続中級術式ハ非推奨デスにゃ』

「次は初級で補う」


 群れの奥で、岩壁の一部が剥がれ落ちた。


 現れたのは甲虫ではない。全身を黒い金属質の節で覆い、二十を超える脚を波のように動かす黒鉄百足ブラックアイアン・センチピードだった。坑道の鉄分を長く取り込んだ成体で、細い通路では身体を折り曲げ、壁と天井の両方を使って進む。


「大きいの、甲虫じゃなかったね。あれ、脚が多すぎて数えるだけで嫌になる」

黒鉄百足ブラックアイアン・センチピード。記録を訂正する。顎の正面へ入らないで。天井も使うから、上も見る」

「分かってる。脚を順番に崩す。レイルは私の後ろから出ないで」

「それだと右壁の射線が取れない」

「じゃあ、私より前に出ないで。横へ行くなら声を出して」

「了解」

「あと、怪我したら隠さない」

「リィナも」

「私は顔に出るから大丈夫」

「それは大丈夫とは言わないだろ」


 黒鉄百足ブラックアイアン・センチピードが天井から落ち、前脚を広げた。リィナは一歩下がるのではなく、斜め前へ潜り込み、最初の脚へ短い斬撃を入れる。硬い節を割るには届かない。それでも刃を止めず、次の脚、さらに次の脚へ移り、接地の順番を乱していく。


 百足が身体を捻った瞬間、尾側の脚がリィナの退路を塞いだ。


「リィナ、左の壁を使って!」

「道は?」

「三秒で作る!」


 レイルは通常詠唱の【風弾(エア・ショット)】を二発、百足ではなく左壁へ撃ち込んだ。反射した空気と粉塵が脚の感覚器を乱し、その隙にリィナが壁を蹴って身体の外側へ抜ける。


 だが百足はすぐに向きを変え、頭部を低く沈めた。


 中級魔法をもう一度使えば止められる可能性はあった。しかし水流刃を連続させれば、流動経路の負荷が安全域を越える。炎槍は狭い坑道で燃焼(ねんしょう)が残り、風刃は背後の支柱を傷つける。


 レイルは地面の亀裂と百足の脚の位置を見た。


「一発だけ。地質へ切り替える」

『属性切替ニ伴ウ経路負荷ヲ確認シマスにゃ』

「許容値内で止める」


 短杖を地面へ当て、石槍の形成を始める。百足本体を狙わず、次に前脚が着く場所だけを読む。


「地の層よ、深く沈み、踏み込む足を下から折れ――【石槍】」


 黒い前脚が床へ触れた瞬間、その直下から石の槍が突き上がった。甲殻を貫くほどの威力はない。それでも接地の順番が一つずれ、長い身体全体の重心が崩れる。


「今!」


 リィナは斬り下ろしを前脚へ当て、その反動を踏み込みへつなげた。突きで二本目を外し、身体を回して三本目を剣の腹で跳ね上げる。百足が横倒しになった勢いを利用し、最後は頭部を地面へ押しつけた。


 派手な一撃で決着したのではなかった。脚を一本ずつ崩し、相手の重さと動きを利用し、ようやく地面へ伏せさせた。


 前の動きを終わらせず、相手の受けと失敗を次の一歩へ変え続けた結果だった。


「……やっぱり、僕の近くにいる時のリィナの剣が、一番きれいだ」

「な、なに急に言ってるの!? 今、百足を押さえてるんだけど!」

「だから今言った。さっきの四手、途中で苦しくなっても無理に終わらせず、全部次へつながってた。見ていて――」

「見ていて、なに!」

「すごく、()()()()()()


 リィナの頬だけでなく、耳まで一気に赤くなった。

「そ、そういうの、終わってから言ってよ! 戦ってる最中に言われたら、剣より心臓の方が変になるでしょ!」

「褒める時機にも安全確認が必要なのか」

「必要! すっごく必要なんだから!」

『体温上昇ヲ二名ニ確認シマシタにゃ』

「ニアは黙って!」

『内部演算音ニ切替エマスにゃ』

「絶対、分かって言ってるよね!?」


 リィナの顔が耳まで赤くなったが、百足を押さえる足は緩まない。成人組合員が麻痺針(まひばり)拘束縄(こうそくなわ)を持って入り、上位個体(じょういこたい)を採掘路の外へ運ぶ準備を始めた。


 帰還後、エルシアは戦闘記録を最後まで読み、リィナの動作線だけを別紙へ写した。


「流派と呼ぶには、まだ早い剣技だね」

「分かってるよ。今日は四つ続いただけだし、最後はレイルの魔法がなかったら危なかった」

「数だけの話じゃないよ。偶然うまくいった動きを、次も使える形へ直して初めて技術になる。今のお前は、事故に合わせて身体が動いただけのところから、自分で次を選び始めた」


「じゃあ、もっと続ける。五つ、六つって増やして、いつか相手が息をつく暇もないくらいにしてみせる!」

「欲が出たね。悪くない。ただし、“終わらない剣”を作るために斬り続けるんじゃない。守る相手が帰れる場所まで道を開いたら、最後は自分の意思で止めな」

 リィナは少し考え、隣のレイルへ視線を向けた。

「......止める場所は、私が決める」

「うん」

「レイルが勝手に決めたら蹴る!」

「どうして僕だけ追加条件があるんだ」

「一番勝手に決めそうだから」


 ニアが机の上へ黒銀猫の姿を投影し、戦闘記録へ仮の分類名を表示した。


【未登録連続剣技:終端なし】


 リィナは表示をしばらく見つめ、首を横へ振った。


「名前なんて後でいい。まだ途中だから」


 その言葉を聞いたレイルは、途中であることを恥じずに言えるリィナを、少しだけ羨ましいと思った。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 四属性の中級魔法へ進み、威力より消費と終了条件を意識しながら、石槍と水流刃で硬殻個体の継ぎ目を崩した少年。


・リィナ・アルセイル

 一撃で割れない甲殻へ固執せず、斬撃、踏み込み、突き、受け流しをつないで自分の剣の原型を作り始めた少女。


・エルシア・ヴァント

 中級魔法の無詠唱使用を禁止し、リィナの連続剣技も完成扱いせず、現在地を正確に示した師匠。


・ニア

 中級魔法の経路負荷を警告し、リィナの連続動作へ【未登録連続剣技:終端なし】という仮分類を付けたナビゲータ。


【今回の能力・設定メモ】


【中級魔法】


 初級魔法より工程数が増え、形状の維持、着弾後の効果、終了処理までを制御する魔法です。レイルは通常詠唱のみで使用し、連続使用や無詠唱はまだ許可されていません。


【次回】


 未登録区画【結晶音洞】。二人が自力で届いた場所の先に、師匠との決定的な等級差が待っています。

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