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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第4章「昨日唱えた魔法」

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第45話「帰還までが試験」

 レイルとリィナが正式Fランク試験へ挑みます。


 採取物を揃えること、魔物を倒すこと、負傷者を帰すこと。

 すべてを同時に満点へできない時、何を捨てるかも冒険者の判断です。


 正式Fランク試験の朝、リィナはいつもより一周少ないところで走り込みを切り上げた。


「今日は体力を残しておかなきゃね」

「朝練を休む選択肢ってないのか?」

「身体を起こさず坑道へ入る方が危ないでしょ?」

「僕の理屈を使われている」

「アンタのやつ、便利だから」


 短杖での受け流しと受け身だけを確認し、二人は朝食を取って【大陸継路組合たいりくけいろくみあい・ハルツ支所】へ向かった。試験会場は、何度も地図更新へ入ったエルデ旧坑道(きゅうこうどう)の表層である。ただし今日は普段使っている入口ではなく、組合が管理する別区画が選ばれていた。


 今回のFランク試験において、受験者へ渡された課題は五つであった。


 指定された青(みゃく)鉱を三つ採取すること。坑道内に置かれた負傷者役(ふしょうしゃやく)を救助すること。遭遇した魔物へ適切に対処すること。崩れた標識や危険箇所を記録すること。そして、日没前に全員で帰還し、報告書(レポート)を提出すること。


 試験官は最後に、わざと曖昧な言葉を付け加えた。


「採取物の不足は減点だ。魔物の討伐(とうばつ)数も評価へ入る。最後に、時間内に戻ってこい」


 何を最優先にするかは言わない。レイルは質問を三つに絞り、活動可能区域、救難信号、試験官が介入する条件だけを確認した。以前なら、坑道内の想定湿度から採点基準の配点まで尋ねていたが、分からない部分を残したまま出発する。


 入口から最初の分岐まで、二人は急がなかった。リィナが前方の足跡(あしあと)と風を見て、レイルが壁の印と天井の粉塵(ふんじん)を確認する。これまでの修行や訓練で、二人の息はかなり合うようになっていた。

 最短経路の右坑道には新しい靴跡が残り、青脈鉱の採取地点まで一直線に続いている。


「受験者用の道かな」

「靴跡が分かりやすすぎるな」

「レイル――罠だと思う?」

「分からない。だから天井を見ておく」


 右坑道の入口だけ、天井から細かな砂が落ちていた。空気の流れも弱く、奥から戻る風がない。靴跡は同じ深さのまま続き、人が荷物を持って歩いた時の乱れがなかった。


「偽物?」

「たぶん教官が付けたんだろう。安全とは言えない。危険ではない証拠が足りない」

「じゃあ遠回りだね」


 二人は左の長い経路を選んだ。時間は失うが、途中で崩れた標識を一つ見つけ、地図へ位置と向きを書き込む。さらに進むと、犬ほどの大きさを持つ洞窟鼠(ケイブ・ラット)の群れが、鉱石袋の匂いへ引かれて通路を塞いでいた。


 一体が光へ顔を上げ、続いて壁際から三体、奥の穴から二体が姿を現す。見えている数だけで六体。穴の中に何体いるかは分からない。


「私が前を確認する。レイルは穴を見て」

「わかった。だが一体は追わない。奥へ誘われるからな」


 リィナが狭い坑道で木剣を短く持ち、一体目の鼻先を柄で打った。大振りすれば壁へ当たり、次の個体へ反応できない。二体目の噛みつきを足捌きで外し、木剣の腹を肩へ当てて群れの中央へ押し戻す。


 レイルは頭上へ【灯光(ライト)】を浮かべず、群れの背後近く、地面すれすれへ置いた。暗闇に慣れた魔物たちが光を避け、リィナのいる側へ集まりかける。その瞬間、通路の中央へ斜めの【土壁(アース・ウォール)】を隆起(りゅうき)させ、群れを二つへ分けた。


 一体が壁を回り、レイルへ跳ぶ。朝練どおり短杖で顎を外へ払い、肩から転がって距離を取る。立ち上がる時間を作るため、無詠唱の【風弾】を魔物そのものではなく、足元へ撃った。圧縮された空気が砂を弾き、鼠は驚いて後退する。


「右、二体!」

「見えてる!」


 リィナは一体を倒すことへ固執せず、土壁と坑道壁の間へ群れを追い込み、逃げ道を穴側へ残した。仲間が戻り始めると、残った個体も次々に巣へ引いた。


「討伐数、ゼロだね」

「群れを全滅させる依頼ではないからこれでいい。噛まれて感染する危険を増やす必要もない」

「私もそう思う。......でもバシッとやっつけたいなぁ」


 群れが戻った穴へ近づかず、位置と数を地図へ記した。さらに奥で青脈鉱を二つ採取したところで、助けを呼ぶ声が聞こえる。


 通路の脇に、試験用の負傷者役が座り込んでいた。成人男性の試験補助員で、右脚へ赤い布を巻き、実際に歩きにくいよう木の添え具を付けている。隣には三つ目の青脈鉱が置かれ、少し離れた斜面には、岩に似た甲殻(こうかく)を持つ岩殻甲虫ロックシェル・ビートルが通路を塞いでいた。


「先に鉱石を運べ。俺は試験官だ。後から回収できる」


 補助員の指示は、成人監督者の命令に聞こえる。しかし試験開始時、判断を代行するとは言われていない。右脚を負傷した者を一人残し、硬い魔物の近くへ置いていくことになる。


「リィナ、鉱石を一つ置く」

「うん」

「おい。採取物不足は減点だぞ」

「負傷者を置いていく方が、依頼の目的に反します」

「俺が置いていけと言ってる」

「負傷で判断力が低下している可能性があります。試験官としての正式命令なら、救難信号を出してください」


 補助員はしばらくレイルを睨み、やがて口元だけで笑った。


「続けろ」


 問題は、負傷者を背負っても、岩殻甲虫ロックシェル・ビートルが塞ぐ斜面を越えなければ帰れないことだった。正面の甲殻は硬く、初級魔法を撃ち続けても時間と魔力を失う。成体は旋回(せんかい)が遅く、腹部と脚の付け根が弱い。


「倒す?」

「(少し考えて)退かせるだけだ。斜面の右側を崩せば、左へ向く」

「私が注意を引く」


 リィナが木剣で甲殻を叩き、硬い音を響かせる。魔物は頭部を下げ、彼女へゆっくり向きを変えた。レイルは右前脚の外側へ【掘削(ディグ)】を使い、地面へ浅い溝を作る。そこへ体重が載った瞬間、脚が沈み、巨体が傾いた。


 リィナは正面から押さず、傾いた側の甲殻へ木剣を当て、回転を助けるように力を流す。魔物は斜面の左へ向きを変え、元へ戻ろうとして岩壁に前脚をかけた。


「今!」


 レイルとリィナは補助員の両側へ入り、肩を貸して通路を抜けた。三つ目の鉱石は置いていく。魔物が追ってこないことを確認し、土壁で一時的に通路を狭めた後、遠回りの経路を戻った。


 日没より前には坑道を出たが、指定鉱石(していこうせき)は三つのうち二つ、討伐数はゼロ。時間にも余裕は少なかった。


 支所へ戻った後、採点結果が読み上げられる。採取点は減点。討伐点も低い。だが、偽の最短経路を避け、崩れた標識を記録し、群れを巣へ戻し、負傷者を置かず全員で帰った判断は高く評価された。


 戦闘評価はリィナが受験者中の首位。総合判断と報告はレイルが首位だった。


「二人とも、”全員で帰還した冒険者”として、正式Fランクを認める」


 新しい冒険者証へ名前が刻まれた。仮登録(かりとうろく)証より厚い金属札を受け取ったレイルは、裏面の空白へ家族の連絡先、血液型に相当する治療情報、【未完】暴発時の対応を書こうとした。


「書く場所じゃないよ」

「紛失時に必要だ」

「落とした時に家族の情報まで知られる!」


 リィナが札を奪い、首紐へ通してレイルの胸へ戻す。そこへオルムが現れ、古びた小さな方位磁針(ほういじしん)を差し出した。真鍮の蓋には擦り傷が多く、針も少し震えている。


「昇格祝いだ。王都へ行った時に使った」

「大事な物ではないんですか」

「使わず箱に入れたままの方が、道具には気の毒じゃからな」


 レイルが蓋を開くと、針はゆっくり北を指した。


「道具は正しい道を決めない。迷ってることを教えるだけだ」

「それでも十分です」

「なら、迷った時に見ろ。道具へ決めさせるな」


 胸元ではオムニアが淡く光り、肩のニアが方位磁針を覗き込む。


『方位表示機能、オムニアニ存在シマスにゃ』

「知っている」

『重複装備デスにゃ』

「壊れた場合の予備になる」

「またレイルの悪い癖が始まったあ!」


 支所の中へ、リィナの声とオルムの笑いが響いた。


 その日の被害記録帳(ひがいきろくちょう)には、返済額とは別の新しい欄が増えた。


冒険者資格(ぼうけんしゃしかく):Fランク】


 レイルは完了線を引かず、取得日だけを書いた。資格は取った瞬間に完成する物ではない。これからの依頼で、持つに値する信用を積み重ねなければならないからだ。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 採取物を一つ置いて負傷者を優先し、討伐数ではなく全員帰還と危険記録で正式Fランクを得た少年。


・リィナ・アルセイル

 狭い坑道で大振りを抑え、群れと硬い甲虫を倒し切らず救助経路から退かせた戦闘評価首位の剣士。


・オルム

 古い方位磁針を昇格祝いとして渡し、道具に正解を決めさせるなとレイルへ教えた老御者(ろうぎょしゃ)


・ニア

 新しい方位磁針を機能重複と判定した結果、予備装備を愛する使用者の理屈を再び呼び起こしたナビゲータ。


・組合試験官

 採取数と討伐数だけでなく、危険回避、救助、全員帰還、報告を含めて正式資格を判定した試験官。


・試験補助員

 負傷者役として採取物を優先するよう誘導(ゆうどう)し、レイルが命令の意味まで確認できるかを試した組合員。


【今回の能力・設定メモ】


【Fランク冒険者】


 戦闘力だけでなく、契約理解、帰還、救助、報告、被害抑制を含めて認定される正式資格です。レイルとリィナは同じFランクですが、評価された強みは異なります。


【次回】


 魔法は発動して終わりではありません。余白へ書かれた安全条件が、実際の事故で試されます。

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