第36話「謝罪では冬を越せない」
悪意がなくても、壊れた剣と失われた仕事は戻りません。
家族はレイルを守りながら、工房が被った損害を一つずつ数えます。
翌朝、レイルは両親とエルシアに付き添われ、鍛冶工房を訪れた。
昨日と同じ炉が燃えている。
けれど、金槌の音は少なかった。納品剣へ使うはずだった時間が消え、ガルドは別の依頼を後ろへずらす相談をしていた。工房の隅には、先端の折れた長剣が布へ包まれて置かれている。バルドは工房へ入ると、深く頭を下げた。
「息子が仕事を壊した。本当に申し訳ない」
「父さん、僕が――」
「お前も謝れ。だが、子ども一人で返せる損害じゃない。まずは俺が親として話すことがある」
レイルも両親の横で深く頭を下げた。
「僕の【未完】が剣へ移りました。安全装置としていた原稿を、完成へ向けて進めていなかったことが原因だと考えています。申し訳ありませんでした」
「原因の説明は聞く」
ガルドは掠れた声で、話を原因から損害へ移した。
「だが、説明で剣は直らん。””まず損を数える””」
作業台へ帳面が置かれ、鉄材と炭、砥石、柄と鞘に使った木材と革、ガルドとドルガが費やした日数、納品遅延による減額、さらに商隊長が別の工房へ注文を移した場合に失う今後の仕事まで書き加えられた。損害は、剣一本の値段だけでは収まらなかった。
「材料費だけではないんですね」
レイルが言うと、バルドが厳しい目を向けた。
「母さんの祭礼布の時にも説明した」
「分かっていたつもりでした」
「つもりで止めるな。もう一度覚えなさい」
エナは帳面の端へ、返済へ回せる金額を書いた。
「すぐに全額は払えません。私の刺繍仕事と、夫の木工仕事から毎月一定額をお支払いします。レイルの見習い報酬も、生活に必要な分を除いて返済へ回します」
「母さんたちの仕事まで」
「あなたの代わりに謝罪を完成させることはできない。でも、家族として支えることはできるわ」
「僕だけで返します」
「何年かかるんだ」
「計算します」
「そういう意味ではない......」
バルドがレイルの肩へ手を置いた。
「”一人で支えるな”。椅子でも脚は四本ある。だが、支えてもらったことを、自分が返したことにするな」
「……はい」
エルシアは作業台から少し離れ、折れた剣を魔導単眼鏡で見ていた。
「刃へ残っている魔力反応は消えてる。【未完】は原稿へ戻っている。今すぐ同じことが起きる状態じゃない」
「今すぐ、ね」
ガルドが低く返すと、エルシアは目を逸らさずに答えた。
「安全だとは言わない。私の監督も足りなかった。貸与中のオムニアで原稿の進行と保持状態を測れると思っていたが、文字数しか見ていなかった」
「先生の責任では――」
そういうやいやな、コツン、と杖で軽くたたかれる。
「黙りな、バカ弟子が。失敗を隠さないのは師匠も同じじゃ」
エルシアはガルドへ頭を下げた。
「観測方法を改める。今後、こいつを完成直前の仕事へ近づける時は、原稿が物語として進んでいるか私が確認する」
「近づけない、ではないのか」
「近づけなければ、いつか隠れて近づくこともある。昨日と同じだ」
「先生」
「お前は口を挟むな」
ガルドは長く息を吐き、返済を受け入れることと許すことを分けた。
「””許したわけじゃない””」
「承知しています」
「工房へ来るなとも言わん。来なければ働いて返せんからだ」
「僕は――何をすればいいですか」
「最初は掃除だ。炭運び、灰捨て、道具の油引き。剣へは近づくな。触るな。分からないことを勝手に自分で判断するな」
「はい」
「謝るなら手を止めるな。”働いて返せ”」
ドルガは炉の反対側におり、昨日から一度もレイルの方を見ていない。折れた剣の先端を小さな木箱へ入れ、布で動かないよう固定している。
「それは捨てないのか」
レイルが尋ねると、ドルガは初めて顔を上げた。
「傷を捨てたら、どこから壊れたか分からなくなる」
「記録として残す?」
「お前に教えるためじゃない」
ドルガは木箱の蓋を閉じてから、ようやくレイルへ正面から言った。
「信用は磨けば戻る鉄じゃない。今日働いたから、昨日壊したことが消えると思うな」
「思いません」
ドルガはそれ以上話さなかった。返済の取り決めが終わると、レイルはすぐ作業着へ着替えた。
工房の床には、昨日の研ぎで出た金属粉と砥石の泥が残っている。箒で集め、指定された桶へ入れる。炉の灰は熱が残っているため、ガルドの確認を受けてから運ぶ。普段なら効率の良い順番を質問していただろうが、今日は尋ねなかった。
勝手に判断してはいけないと言われた作業は確認し、それ以外は目の前から片づける。言葉で返せない分を、手を止めずに返す。昼を過ぎても、ドルガはレイルへ声をかけなかった。
リィナも工房へ来なかった。昨夜、話を聞いてすぐ駆けつけようとしたが、エナが止めたのだ。重大な損害の直後へ、幼なじみの励ましを持ち込めば、レイルが救われる場面になってしまう。
今ここで救われるべきなのはレイルではない。そのことを忘れないまま、夕方まで作業を続け、最後にガルドへ頭を下げた。
「明日も来ます」
「依頼がある日はそちらへ行け。報酬を得なければ返済できん」
「工房の仕事と両立する予定表を作ります」
「......三頁以内にしろ」
エルシアから聞いたのだろう。笑ってよい言葉か判断できず、レイルは、軽くはい、と頷くだけにした。家へ戻ると、【被害記録帳】へ新しい頁を作った。
【鍛冶工房納品剣損害】
【鉄材・炭・砥石・木材・革】
【作業日数】
【納品遅延】
【将来の信用損失】
【返済開始】
金額が確定した項目だけを書き、分からない部分は空欄のまま残す。以前のレイルなら、全項目を埋められない帳面を嫌っただろう。今は、分からない損害を小さく見積もって完成させる方が間違いだと分かる。
原稿を開くと、勇者は準備が足りないまま森を出たところで立っており、その次の行は白い。レイルはすぐ続きを書かなかった。
安全装置を戻すためだけに、意味のない一文を足してはいけない。書く前に、自分が勇者をどこへ進ませたいのか考える必要がある。けれど、考えることを理由に明日まで逃げてもいけないため、レイルは一文だけ書いた。
「勇者は、迷った道を地図へ残した」
それは完成でも贖いでもなく、壊したものを忘れず、次に同じ場所で迷わないための記録だった。
謝罪、材料費、作業日数、納期、信用は、それぞれ別の損害として残りました。
家族はレイルを庇いながら責任を分け、ドルガは謝罪を受け取っても許してはいません。
次回、返済を続けるレイルとリィナは、罠と退路を使った「臆病な戦い」を貴族の少年に見られます。




